LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第四十五話 悪魔

様々な種類の悪魔達が次々と、空からエ・ランテルに侵入し市民を襲っている。

 

老若男女問わず、市民たちは悲鳴や怒号を上げながら、悪魔に追い立てられるように市内を逃げ回っていた。

 

そんな中、押し寄せる人波を搔い潜り、全速力で走り抜ける一団……ラナー達と、彼女らに先行する蒼の薔薇の一行が居た。

 

「また来る! 前から八体」

地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)五体と……小悪魔(インプ)が三体」

 

蒼の薔薇の斥候役であるティアとティナが、周囲の混乱にも関わらず、誰よりも早く敵を補足すると、その報告に応じてラキュースがメンバーに指令を出した。

 

「その程度なら走る速度は緩めないで。 ティア、ティナは索敵を継続。 イビルアイは市民を巻き込まないように魔法で先制攻撃、取りこぼしは私とガガーランが始末する!」

「「了解」」

「わかった」

「おう!」

 

数秒も経たない内に、口から炎を垂れ流す地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)と毒の滴る尻尾を持つ、身長三十センチ程の小悪魔(インプ)が一行の前に立ちふさがった。

 

(体が小さく、動きが素早い小悪魔(インプ)は接近戦の方が倒しやすい……、地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)を重点的に狙うとするか)

 

イビルアイが素早く狙いを定め、魔法を詠唱した。

 

「《クリスタルランス/水晶騎士槍》」

 

イビルアイの周囲に、数十本の水晶の槍が生成される。

 

その槍は朝日を反射させ、流星のような光筋を描きながら悪魔へと飛翔して、簡単に肉を貫いた。

 

(よし! 地獄の猟犬は全滅、小悪魔も一体撃破。 ……後は小悪魔、二体か)

 

イビルアイが放った魔法の効果を素早く把握したラキュースが、直ぐにガガーランに指示を出す。

 

「ガガーランは右、私が左をやる」

「ああ」

 

そして、二人は走り抜けながら、危なげなく小悪魔二体を撃破した。

叩き潰され、あるいは切り裂かれて地面に崩れ落ちた悪魔達の骸は光の粒子となって搔き消える。

 

それを確認した後、行き先を阻む脅威を排除したラナー達はバレアレ薬品店へと急いだ。

 

一行は、先程からも同様の遭遇戦を二度切り抜けて来ているが、蒼の薔薇の活躍により殆ど時間を取られずにここまで来ている。

 

それには、遭遇する悪魔がそこまで強力なものでは無かったという運もあるが、何よりも蒼の薔薇の実力が大きい。

 

ラナーは蒼の薔薇の後ろを走りながらも、予想を超える蒼の薔薇の実力に驚愕の感情を覚えていた。

 

(蒼の薔薇のメンバー達は、単純な実力でいうならクレマンティーヌや私、場合によってはクライムにも劣る実力しか持っていないと思っていたけど………、本当に連携の取れたチームというのは、ここまでの力を発揮するのね。 ……ラキュースと言う頭脳の元、全体が一つの生物のように動いている。 クレマンティーヌとクライムではここまでスムーズに進めたかどうか……。 しかし、何と言ってもイビルアイというマジックキャスターは別格ね)

 

ラナーが独自に集めた情報によると、蒼の薔薇で最も強力な戦闘力を持つ存在は、かの十三英雄の一人、リグリットと入れ替わりに蒼の薔薇に加入したイビルアイが最有力という事だった。

 

第五位階魔法を使える魔力系マジックキャスターであり、必要とあらば徒手での接近戦も高いレベルでこなせる強者。

だが、戦いの世界に身を置く者ならば、それがどれほど異常な事か直ぐに理解できる。

 

通常、イビルアイのような魔力系マジックキャスターは魔法の研究に重点を注いでいる為か、肉体的には脆弱というのが、この世界での常識。 

 

もしかしたら、前衛が崩れ、敵に接近されたときの対策に、多少の格闘術を学ぶ魔力系マジックキャスターはいるかもしれない。

だが話に聞くイビルアイの実力は、そのように少しかじった程度の物とは思えず、かと言って戦士が使う武技や、モンクが身に着ける技能を使用しているという情報も無かった。

 

(しかし彼女の闘いを見る限り、私が得た情報は真実。 ……だとすれば残る可能性は……、種族としての身体能力、か。 トロールなどの亜人は特別な修行を積まなくても、並みの戦士を遥かに凌駕する白兵戦能力を持つ。 もしそのような存在が魔法の修行をすれば、丁度イビルアイのような強さを身に着けるのではないかしら)

 

ラナーは、自分が様々な断片的な情報を集めて組み立てた仮説が真実である可能性が高いと感じていた。

 

幼い少女に見えるイビルアイが少なくとも二百年前から生きているであろうリグリットと面識があったこと。

決して人前で仮面を取ろうとせず、頑なに顔を隠そうとしていること。

新王国に滞在した時、ラナーは蒼の薔薇のメンバーを食事に誘ったが、急に体調を崩したという理由で、イビルアイのみが欠席したこと。

 

それらをつなぎ合わせれば、自ずと答えは限られてくる。

 

(私の予想が正しければ……。イビルアイ、ぜひ手駒に加えたい存在ね)

 

ラナーがそう思索を巡らしていると、上空から低い悲鳴が聞こえてきた。

 

一行が上を見上げると、翼を持つ瘦せこけた人型の悪魔が、一人の男性を抱えてエ・ランテルの外へと飛び去ろうとしている。

 

「くっ……また! あの悪魔達、若い男を攫っているようだけど……何がしたいの⁉」

 

ラキュースが苦々しげに、上空を飛ぶ悪魔を睨みつける。

彼女が怒りのあまり、剣の柄を手が白くなるほど強く握りしめていることに気が付いたイビルアイが、ラキュースの手に自分の右手を重ねた。

 

「ラキュース……、気持ちは理解できるが情に流され、冷静さを失うな。 我々はあくまでも偶然この事態に巻き込まれただけ。 別に市民を救う義理は無いし、それを気に病む必要もない。 ただ彼らが弱かっただけだ。 ……今は仕事を早く済ませることに集中しろ。 どうやら相当厄介そうな悪魔も敵には含まれている。 そいつらと出くわすとかなり危険だぞ」

「………………」

 

自身の言葉に応えず、目を上空の悪魔に釘付けにしたまま沈黙を続けるラキュースにイビルアイは更に続ける。

 

 

「……もう私達、いや、お前には後が無い。 こうして王国を裏切り新王国を利する依頼を受けてしまったんだ。 ここで依頼を放棄して新王国に見捨てられれば、行き場を無くしたお前の家族は、反逆者の一族として処刑されてしまう。 お前はそれで――」

 

だが、イビルアイの言葉は途中で途切れた。

ラキュースがそれ以上の発言を手で制し、再び顔を前へと向けたのだ。

 

「ごめんなさい、心配させて……。 私達に選択肢が残されていない事は分かってる。 ……この任務は絶対に成功させるわ。 ただ……、今まで守るべき存在だった王国の国民を、私は家族と引き換えに見捨てる選択をしたんだって改めて感じて……、ちょっと面食らっただけ。 ……進みましょう」

「了解。 あそこに見える角を曲がれば、バレアレ薬品店はすぐ」

 

ラナー達は、急ぎ足でティナが指示した角を曲がり……その先にあった光景に思わず立ち尽くした。

 

その通りの惨状はこれまで見てきたものとは明らかに異質だった。

地面に転がってる数十の死体は、人間の仕業ではあり得ない、冒涜的な破壊が加えられており、この地獄を作り出したものの異常な残虐性を表している。

 

何かが無秩序に暴れた結果こうなったのではなく、全ての死体は初めから邪悪な意図を持って殺された、という印象を与える光景だった。

 

「これでは……リィジー・バレアレが無事でいる可能性は低いかも知れせんが……とにかく急ぎましょう」

「ラ、ラナー様……、今更かも知れませんが危険すぎます。 私が一人でバレアレ薬品店に向かい状況を確認してきますので、ラナー様はここにいた方が……」

「心配は分かるけど……、時間がありません。それに、いくら惨い現場だからと言って危険とは限らないわ。 これだけの殺戮を繰り広げた後なら、暫くは悪魔達も寄り付かないかもしれないでしょう。 襲う人間がいないんだし……。 ……行きましょう、バレアレ薬品店に」

 

血しぶきが地面に沁み、赤黒く染まった道路をラナーは内心で焦りを感じながらバレアレ薬品店に急ぐ。

 

……店の目の前でこのような徹底的な殺戮が行われた状況で、リィジー・バレアレとンフィーレア・バレアレだけが生き残っていると考えるのは楽天的に過ぎるだろう。

もしンフィーレアが店に居たならば、確実に攫われている、と見るべきだ。

 

だが、ラナーは同時にある違和感を感じてもいた。

それは、もし悪魔達がンフィーレアを攫い、目的を済ませたならば、なぜ今もエ・ランテルを襲撃し続けているのか、という事だ。

 

彼のぷれいやーが部下の悪魔達への褒美としてエ・ランテルで暴れることを許した、という可能性もあるにはあるが、それでは、どうして悪魔達が若い男のみを攫いどこかへ連れ去っているのか、の説明にはならない。

 

もしかしたら、何らかの不測の事態が発生して、敵の計画にも狂いが生じた可能性もある。

 

その僅かな可能性に賭けたラナーがバレアレ薬品店の前に到着した時、一行の前には最悪の事態を表す光景が横たわっていた。

 

「やっぱりかよ……」

 

やるせなさそうに呟いたガガーランが見つめる先には、通りに面する壁を破壊され、無残な姿を晒す店。

そして、壁に開いた大穴から覗くのは血だまりの中に横たわる一人の老女だった。

 

「ラナー達はここにいて、まず私達が入るから」

ラキュース達が先行し、壁の穴をくぐって慎重に店内に足を踏み入れた。

 

ティアとティナが素早く室内を見渡し、やがて生物の気配はないと判断して、床の老女へと視線を移す。

 

「死因は、首筋をナイフで掻き切ったことによる失血死」

「だけど……、多分自殺だと思う。 手に持っているナイフに血が付いてる」

 

悪魔に殺されたのではなく、自殺というこの状況にはそぐわない死因にラキュースが眉をひそめた。

 

「それは確かなの? 例えば誰かに殺された後、自殺に見せかけるために工作を……、ってそれは無いか。 エ・ランテルが悪魔に襲われているって時に、そんな面倒な工作をする意味なんてないでしょうし………」

「そうだな……。 まあ考えられる可能性としては、悪魔が店内に侵入した時、殺されるくらいならば……と自害したという所だろう。 これからどうすればいいんだ? ラナー殿」

 

イビルアイが、丁度蒼の薔薇の後から店内に入ってきた、ラナーに尋ねた。

 

「そうですね……。 ラキュース、見た所死体の損壊は少ないようですし、蘇生魔法を使ってくれませんか? リィジー・バレアレは第三位階を使えるマジックキャスターと聞いていたから、あなたの魔法で蘇生は可能でしょう。それに……、店内にリィジー・バレアレの息子であるンフィーレアの姿が見えないのも気になりますし」

「蘇生魔法………、確かにそれなら復活させることも出来るかもしれないけど、この場ではちょっと……」

 

ラキュースが言いにくそうに、言葉を濁した。

 

(報酬の問題……ではないか。 まさか新王国の将軍である私の財力を疑っている訳でもないだろうし。 だとすれば………ああ、そうだったわね)

 

「触媒を持っていないの?」

「え⁉ た、確かにそうだけど……良く知っていたわね。 そう、蘇生魔法を使用するには、大量の貴金属や宝石を触媒として使用しなくてはならないし、儀式の必要もある。 だからこそ蘇生魔法を他人に使う場合は飛びぬけて高い報酬を取るの。 ……今直ぐに、このリィジーさんを蘇生させるのは難しいわ。 安全な場所で、二時間程の時間があれば可能だけど」

「そう、ですか………」

 

二時間。 

一分一秒を争うこの状況でそんな悠長なことをしている暇はない、とラナーは判断した。

 

(本当はラキュースの魔法が使えれば安上がりだったんだけど……これを使うしかないか。はぁ………、この杖を一本手に入れるのにスレイン法国に払った額は、大分値切ったとはいえ、 ラキュースが取る報酬の軽く三十倍はするのに……)

 

蘇生魔法の使い手がいなかった当時の新王国の事情を考えると、半年前、非常用にこの杖を買ったことは仕方が無い出費だった。

とは言え、当時のラナーの個人資産を大幅に目減りさせて手に入れたこの杖を、見ず知らずの他人に使う日が来るとは……、ラナー自身、今この時まで思いもしていなかった。

 

「仕方が無いわね……、私がやるわ」

「えっ⁉」

 

思いがけないラナーの言葉に驚愕したラキュースが彼女の方を向くと、ラナーは腰に掛けていた革製のポーチから一本の短杖を取り出した。

 

三十センチ程のその杖は、恐らく何かの牙を削り出したと思われる白い光沢を放つ物体から削り出されており、先端部分には美しい黄金の装飾が施されている。

 

そのアイテムの名は、蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)

第八位階の蘇生魔法を封じ込めた存在であるこの杖の使用回数は五回。

ラナーはこの内の一回を使う決意をした。

 

「それはまさか……ワンド?」

「ええ……、値は張るけど仕方がないわね」

 

そして、ラナーがリィジーの遺体に向かってワンドを振る。

 

すると次の瞬間、ワンドから柔らかな白い光が漏れてリィジーの体を包み込んだかと思うと、血の気を失い青白く固まっていたリィジーの頬に赤い血の色が戻って来た。

 

「こ、こんな事がっ……、蘇生魔法を封じ込めたワンドなど聞いたことが無い! ど、どうやってそんな……伝説に謳われてもおかしくないような道具を手に入れたんだ⁉」

「……秘密です、少なくとも今は。 それよりリィジー殿が目を覚ますようですよ」

 

ラナーの言葉通り、数度咳の音が聞こえた後、リィジーの口が息をしようとして喘ぎを漏らした。

 

「ぜぇ……ひゅっ、ごほっ………、ん? ここ、は―――あ、悪魔ぁ!」

 

まだおぼろげな意識の中で、リィジーは死の直前の記憶を思い出し取り乱す。

ラナーは軽くリィジーの背中をさすりながら、優し気な声でゆっくりと語り掛けた。

 

「安心してください。 もう悪魔はここには居ませんよ」

「ひ、ひぃっ……、えっ。 ど、どうなっとるんじゃ?」

 

やがて意識がはっきりとし、周りの状況を認識したことでリィジーはやっと落ち着きを取り戻す。

 

「あ、あんた達は? それに、悪魔達は一体?」

「私達は、新王国の者です。 実は王国が黒粉の生産量向上の為に、あなたを徴用しようとしているという情報がありまして。 あなたの貴重な頭脳をそんな事に使わせるわけにはいかない、と新王国にお迎えに参りました。 ……しかし、どうやら大変なことに巻き込まれてしまったようですね。何があったのか、お話して頂けますか?」

「黒粉⁉ い、いや、確かに合法化の動きがある事は聞いていたが……、ってそれどころじゃない! じ、実は……」

 

そこからリィジーはラナー達に、都市の外をモンスターが包囲しているという情報を聞いた後、孫のンフィーレアが、つい先日バレアレ薬品店で働きだした姉妹を、市場へと探しに家を出た事。 その数分後に店が悪魔に襲撃され、なぜかその悪魔はンフィーレアの居所を執拗に聞き出そうとして来たため、魔法により口を割らせられる前に孫を守ろうと自害したことなどを、所々詰まりながらも話した。

 

「リィジー殿を拷問してンフィーレアさんの居所を聞き出そうとした二体の悪魔。 そいつらが首魁らしいわね」

「ええ……そうですね。 他の悪魔に指示を出していたらしいですし……間違いないでしょう」

「でも……不可解ね。どうしてそんな奴らが、只の薬師である、リィジーさんの息子を狙うの?」

「さあ……」

 

リィジーから聞いた話により、ラナーは今回の襲撃の全体像が朧気ながら見えてきた。

 

恐らく、その悪魔達はンフィーレアを攫う為バレアレ薬品店を襲撃したが、丁度その時、ンフィーレアは留守にしていた。 そして、リィジーからンフィーレアの居場所を聞き出すことにも失敗した悪魔は、力業でンフィーレアを探す策にでる。

 

それこそが、このエ・ランテル襲撃であり、若い男性を手あたり次第に攫っているのはンフィーレアを確保する為と見て間違いないだろう。

 

(だけど……この仮説が正しければ、幾ら何でもやり方が雑すぎる。 もし相手がぷれいやーなら、他に幾らでもやりようはあるだろうに……。 もしかして敵は余程焦っている? 少しでもンフィーレアの確保に動くのが遅れれば、確実に横槍が入ると分かっているからこそ、このような乱暴な手段を取った……)

 

このラナーの推測は、実は現在ナザリックの置かれている状況を見事に言い当てていた。

 

デミウルゴスは、傭兵モンスターの召喚者としてンフィーレアを絶対に確保したい……と考えていたが、そもそもデミウルゴスがンフィーレアに注目したのはモモンガが彼と多く接触しているという情報があったからだ。

 

だとすれば、モモンガ自身もンフィーレアが持つデミウルゴスにとっての有用性は理解しているはず。

モモンガがナザリックの外に逃げ出した今、もし体勢を立て直すことを許せば、即座にンフィーレアを確保する為に動くのは間違いない……。

モモンガが転移魔法を使えば、僅か数分でンフィーレアを攫うことが出来るのだから。

 

デミウルゴスにとってナザリックから逃げたモモンガを倒すことは、後に大きな脅威となり得る存在を滅ぼすという、最重要事項ではあるが、ンフィーレア確保の重要性もそれに劣るものではない、と認識していた。

 

もし現在ナザリックにある財産を使い大量の傭兵モンスターを召喚できれば、ナザリックにとり大きな戦力増強になる上、簒奪の薔薇の弱点もカバーできるのだ。

 

その簒奪の薔薇の弱点……それは、このワールドアイテムは実は全てのギルドマスター権限を乗っ取れる訳ではないと言う事だ。

このアイテムの効果は、あくまでも既存のNPCやギルドに組み込まれている傭兵モンスター、拠点内のトラップやエリアエフェクトの支配権を握るというもの。

簒奪の薔薇の効果で、新しいNPCを作成することや既存のNPCの削除、死亡したNPCを復活させる、と言った権限まで奪うことは出来ない。

 

その為、現在ナザリックに存在するシモベの内、レベル30以下の自動ポップモンスター以外は、補充の効かない戦力なのだ。

 

デミウルゴスはこの欠点を補うべく、モモンガの追跡と同時にンフィーレアの早急な確保を部下の魔将二体に命じたが、その際にこれは決して失敗の許されない任務だ、と念を押したことが仇となった。

 

二体の魔将はデミウルゴスからの罰を恐れ、しかもナザリックのシモベの傾向として人間をあまりにも軽く見ていた為に、慎重さに欠ける行動に出てしまい……その結果事態は混迷を極めることとなる。

 

だが、状況は依然としてナザリック側の圧倒的な優位には違いなかった。

 

(不味いわね……。 膨大な数の悪魔がンフィーレアを探している以上、いずれは彼は敵側に確保されてしまう。 いや、もしかしたらもう既に……、いや、捜索は今も続いている以上、ンフィーレアはまだ確保されていない可能性が高い。 これから同じようにンフィーレアを探しても……、駄目ね。 そもそも兵力が違い過ぎる。 ……ただ、ぷれいやーがこれだけ必死になって彼を探しているってことは、彼の利用価値は私の想像を絶するのかも知れない。 絶対に彼をぷれいやーの手に渡すことは避けなければ)

 

しかし、どうするのが良いのだろうか。

ラナーは、周りの雑音を意識から遮断して思考を巡らせる。

 

探しても間に合わない。 手がかりも朧気。 そして兵力では悪魔の方が圧倒的に上手。

 

八方塞がりにも見えるこの状況を打開する術を考えていたラナーはふと、手に持っていた蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)に目が止まった。

 

ラナーはこのアイテムをスレイン法国から受け取るときに、聞いた説明を思い出した。

蘇生対象の肉体の一部……例えば髪の毛一本でもあれば、効果を発揮できる蘇生魔法が封じ込められていると。

 

(そうか……、探せないのなら、探さなければいいだけのこと。 この家の中にはンフィーレアの毛髪が残っているはず。 それを確保できており、尚且つンフィーレアが死んでいれば、私の元で彼を蘇らせることが出来る)

 

この条件の内、ンフィーレアの毛髪を見つけることは、もう満たしているも同然だ。 彼の部屋を探せば、髪の毛など簡単に手に入れられる。

 

(問題は……死んでいる、という事か。 悪魔が若い男を生け捕りにしているという事は既に殺されているという線は薄い。 もし捕まっていてもンフィーレアはまだ生きている可能性が高いし、そうなったらお手上げだけど……。 まだ都市内で逃げ延びている、この可能性に賭けるしかないわね)

 

ンフィーレアを確保する唯一の道。

それは……、都市内で逃げ延びている彼を自分の手で殺し、すぐに蘇生魔法を掛ける。

 

最早、この方法しか悪魔達を出し抜く術は残っていないとラナーは判断した。

 

(これは確実にスレイン法国に露見する……が、ぷれいやーの脅威が迫る今、私を切ることは絶対に出来ない。

多少揉めるのは……仕方ないわね。スレイン法国も人類を守るために多大な犠牲を払ってきた国だし、最終的には理解されるでしょう。 懸念事項は王国や帝国にまで、私の仕業だと見抜かれて、みすみす大義名分を与える事。 それを防ぐためには、私の姿を目撃した者をエ・ランテルから逃すことは防ぐ必要がある。 中途半端な攻撃でンフィーレアを仕留めそこなうことも避けなくはならない………、あの魔法を使うのが最良か。 どうせ今にも滅びそうな街だし……)

 

エ・ランテルの運命を決める最終結論を出した後、ラナーは店内にいる者達に告げた。

 

「リィジー殿と、イビルアイさんを除く蒼の薔薇の方々、そしてクライムとクレマンティーヌは新王国に帰ってください。 私は……リィジーさんの仰っていたンフィーレアさんと、彼と一緒にいるかも知れない姉妹を探してみます。 悪魔がンフィーレアさんを狙っていた、というのは興味がありますし。 イビルアイさんには私を手伝って頂きたいのですが」

「「⁉」」

その提案に驚いたのは、リィジーや蒼の薔薇のみではなく、クレマンティーヌとクライムもだった。

 

「ラ、ラナー様。 イビルアイ殿が付いているとはいえ、たった二人で探すなど無茶です! せめて私か……クレマンティーヌ殿を着けてください!」

「ありがとう。 でもそれは駄目よクライム。 きつい言い方をするけど……、貴方とクレマンティーヌではイビルアイさんの代わりにはならない。 同化を使えば別だけど、こんな都市の中で使う訳にも行かないし……」

「ちょっ、クライムはともかく私は―――」

 

例え同化なしの状態でも、自分がイビルアイより劣るというラナーの言葉に、プライドを傷つけられたクレマンティーヌは咄嗟に反論しようとしたが、それに答えるようにラナーが彼女の目をじっと見据えた。

 

その視線が伝える言外のメッセ―ジに気が付いたクレマンティーヌは、直ぐに口をつぐむ。

ラナーの鋭い視線は言葉よりも雄弁に、今は命令通りにしろ、と物語っていた。

 

「無理よ、ラナー。 幾らなんでも、悪魔が蠢くこの都市の中で一人の少年を探すなんて……そんなの成功する訳無いわ! しかも悪魔がその人を狙っているかも知れないんだし……。イビルアイにもそんな危険な事を手伝わせるわけには……」

「大丈夫よ……私こう見えてとても強いのよ? あなたも噂くらいは聞いているでしょう、ラキュース。 それに……イビルアイさんも、私に聞きたいことがあるんじゃないかしら? 引き受けてくれれば、教えて差し上げますよ……色々と、ね」

 

見方によっては挑発とも取れるラナーの発言に、イビルアイは仮面の中からラナーを睨みながら答える。

 

「ああ……、私はそれで異論はない。ラキュース、ここは私に任せてくれないか? ……頼む」

「イビルアイ、あなたがそう言うなら……、私もその判断を尊重するわ。 ただラナー、一つ約束して……無理だけはしないって」

「ええ、約束しましょう。 リィジー殿も安心してください。 貴方が守りたい人は……必ず救います」

「お、お願いします」

 

そしてラナーはイビルアイ以外の人間を新王国に設置した魔法陣へと転送する為、右手の中指にはめられた指輪に宿るジンの能力を発動させた。

 

『英知と冷徹の精霊よ、汝と汝の眷属に命ず、我が魔力(マゴイ)を糧として、我が意思に大いなる力を与えよ。 出でよ、ダンタリオン』

 

ラナーが指先をラキュース達の頭上に向けると、七つの光点が宙に浮かぶ。

 

七星転送方陣(ダンテ・アルタイス)

 

ラナーが軽く指先を振ると七つの光点が線で結ばれた魔法陣が生成され、降下しながら彼女らを呑み込んでいく。

 

数秒後、バレアレ薬品店には微笑を浮かべるラナー、そして、彼女を鋭く見据えるイビルアイの二人のみが残され、対峙するように向かい合っていた。

 

 


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