LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第四十四話 決壊

エ・ランテル内の市場に、エンリとネム、プーカは居た。

 

現在既にエ・ランテルの周りを悪魔達が包囲していたが、この市場が衛兵の見張り台からは遠い事、悪魔による攻撃の様子が見えなかった事などが災いし、まだ自分達の置かれている状態について、ここにいる殆どの市民達は理解してはいない。

 

尤も、理解したところで何も打つ手の無い一般市民にとっては、例え束の間でも平穏でいられる時間が伸びる分、目前に迫る恐怖を認識していないことを、幸いと言えるかも知れないが。

 

エンリ達は屋台で買った、小麦粉と砂糖を練り混ぜ、香ばしく焼いた菓子を食べながら会話に華を咲かせていた。

 

「そういえば、プーカさんは何のお仕事をされているんですか?」

 

エンリが尋ねた。

恐らく高位と思われる魔法を使い、話し方も普通の農家の人間のものではない。

 

大きな村には、治療魔法を使える神官が常駐している所もあると聞いたことがあるので、そのような感じだろうか。

 

「……まあ色々だ。 皆のまとめ役をやったり、教師みたいなこともやるし……、モンスターと戦うこともあるか」

「モンスター、ですか?」

 

エンリの住んでいたカルネ村は、モンスターの領域であるトブの大森林のすぐ近くにあるのにも関わらず、殆どモンスターの襲撃を受けることは無かった。

ごく稀……年に一度くらいは村の近くにモンスターが出てくることもあったが、いずれも村人のみで対処できる程度のもののみ。 カルネ村周辺の森を縄張りにしていた森の賢王ことハムスケが、縄張りへの他のモンスターの侵入を防いで居たために、カルネ村はその恩恵を受けていたのだ。

 

だがそれは特殊な例で、プーカの村はそこまで恵まれてはいないのだろう。

 

「それってやっぱり、ゴブリンとかオーガとかですか? 人里近くに出てくるのは、その二種類が多いって聞きます。 ……人間を食べてしまう為に」

 

エンリが実際に亜人に襲われた経験は無いが、他の村の人間がオーガに喰われた、という話はよく聞いていた。

ゴブリンやオーガなどの亜人は人間を喰う人類共通の敵。 それはエンリに限らず、殆どの人類国家においての共通認識と言ってもいいだろう。 

 

「いや、あまり、そいつらと闘うことは無いな。 ……擁護のようになるが、ゴブリンとオーガは人間を専門に喰うという訳では無い。 むしろ、人を襲うのは少数派だな。 普段は森の奥地で集落を作り、虫や木の実を食べて暮らしている」

 

その言葉はエンリに軽い衝撃を与える。 幼い頃から、亜人は人の敵であり、邪悪な存在であると聞かされていた彼女にとって、自分の知らない亜人の姿を語るプーカの言葉は新鮮だった。

 

「えっ、そうなんですか? でも……、それだったら人間を襲う必要はないのでは?」

「……そう上手くは行かないのが、ゴブリンの悲しいところだな。

なにせ、ゴブリンは弱い上に、頭が悪い。 その弱さ故に、彼らの住む環境の中では常に外敵に捕食される危険に晒されているんだ。 故にゴブリン達はとにかく繁殖して、仲間を増やすことで、生き残る子孫を増やそうとする……まあ本能なのだろう。 ゴブリンの妊娠期間は短いからな。 一つの夫婦の間に、十人の子供がいるなんてざらだ」

「じゅっ、十人ですか?」

 

人間の夫婦が、皆十人の子供を持っている世界をエンリは想像してみたが、どう考えても大変なんてものではない。

そもそも、そんな大勢の子供の喰い扶持を稼げる親などは貴族や富裕層などの一握りしかいないだろう。

 

「ゴブリンは成長期間も短いから、皆数年で自立できる。 人間や他の種族のように、子供を長年育てる習慣が無いからこそ生める人数だな。 ……だが急速に膨れ上がる人数に対して、集落の縄張りで獲れる食物の量は決まっている。 知恵の働くゴブリン……いや、殆どホブゴブリンか。 そいつらがいる集落では虫の繁殖などを行い、生産量を増やすこともあるが、そんなのはごく一部。 大抵、その縄張りで養える許容量を超えた分の奴らは新しい土地を求めて集落を出るが、様々なモンスターや他種族、他の部族のゴブリンが犇めく森の中で新しい縄張りを確保できる者は限られる。 その競争に敗れた者達は、ゴブリンでも狩れる弱い生物……人間のいる領域に出ていって人を喰ってしまう。 オーガもまあ似たようなものだ」

「そうだったんですか……。つまり、食べ物が無いことが、ゴブリンやオーガが人間を襲う原因ってことですか?」

「その通りだ。 ……もしも街道でゴブリンに襲われたときは、食料を目に見えるように周りにぶちまけてから逃げると良い。 大抵のゴブリンは苦労せずに手に入れられる食料があれば、そちらに集中するから、大分逃げやすくなる」

「へえ、初めて知りました……」

 

プーカは自分の話を、面白がって熱心に聞いてくれるエンリに気をよくしたのか、更に亜人の事について語ってくれる。

 

トブの大森林の奥にはリザードマンという種族がおり、魚を主食としていること。

人間を食べることに拘る訳では無いゴブリンやオーガとは違い、トロールやビーストマンなど人間を特に好物にしている亜人もいる事。

遠くに聳えるアゼルリシア山脈に住む、人間とよく似たドワーフや穴を掘るのが得意なクアゴアという種族のことまで。

 

「はぁー、なんか……世界には色々な種族がいるんですね。 私は人間が住む国の外に、それ以外の国がある位にしか思っていませんでした」

「むしろ人間の国家は少数派だ。 ……人という種の武器は、それなりの数と比較的高度な知恵だけだからな。 まあ人間よりも優れた知恵を持つ種族はいるが、平均よりは上だろう。  ……だが如何せん人は力が弱すぎる。 はっきり言ってスレイン法国が他種族の侵攻を食い止めていなければ、とっくの昔に人間の国家は滅ぼされていたぞ」

「スレイン法国ですか?」

「ああ。 基本、見境なく他種族を殺している国だ。 全ての亜人を人類の敵と位置付けている位だからな」

「そんなことが……」

「まあ、人間もかなり危うい状況に置かれているからな。 他種族からすれば堪ったものではないが、目的と気持ちは理解できる」

 

スレイン法国。

確か、エ・ランテルよりも北にある六大神を信仰している国だったか。

今までエンリには六大神という独自の神を信仰しているせいで、四大神を信仰している周辺国家とは疎遠な国、という印象しかなかった。

 

今プーカから他種族を見境なく殺していると聞いても、実際に見た訳ではない為に特に強く感情が動くという事は無い。 

だがプーカに世界には色々な亜人がおり、人間と敵対する種族ばかりではないと聞かされた今では、その国のする事は酷く野蛮なものに思えてしまう。

 

「で、でも、他の種族ともやり方によっては協力できるんじゃないですか? 例えば、ゴブリン達に農作業を教えて、食料を沢山作れるようにするとか。 ………北の方に、沢山の種族が協力して暮らしている国があるって聞いたこともありますし」

 

エンリの言葉に、プーカは少し意外そうに眉を上げた後、小さく笑いかけた。 

 

「協力か。……難しいだろうな。 限定的なものならば共通の敵や目的を持っていれば可能ではあるかも知れないが、異なる種族が同じ国の中で平等に共存することは出来まい。 人間だって国籍や髪の色の違いなどで、時には反発しあうだろう。 それが種族の違いまで溝が深くなるとな……、事実、お前は自分とゴブリン一匹が法の下で平等だと言われて納得できるか?」

「えっ? そ、それは……」

 

エンリの口からは直ぐには言葉は出なかった。

現実に他種族と自分達人間が平等な世界。 これまでの価値観が全て覆るようなその世界を直ぐには想像できなかったから。

 

その反応を返答と見たのか、プーカは頷いた。

 

「全ての種族が手を取り合うにはもっと……全ての仕組みをぶち壊すような出来事が必要だ。 革命……世界の革命が」

「えっ?」

 

プーカの発言の意味を理解できなかったエンリは、彼女の顔をのぞき見るが、彼女は喋り過ぎたとでも言うように、気まずそうに目を逸らして黙ってしまった。

暫く三人が無言で菓子を口に運ぶ時間が続き、やがてプーカがまるで独り言のように呟いた。

 

「事実、アーグランド評議国だってそうだ。 あそこを理想郷なんてほざいてるのは、強い種族だけさ」

「えっ?」

「………いや、これは忘れてくれ。 単なる愚痴になるし、其方には関係のない話だった」

 

その言葉を最後に、また場は気まずい沈黙に支配されてしまう。

 

やがて三人は菓子も食べ終え、そろそろ解散という雰囲気になった時。

 

エンリは城壁から飛び出した、黒い影に気が付いた。

 

「あれは……鳥?」

 

始めは一つだった影が、やがて次々とエ・ランテルの上空へと躍り出てくる。

まだ状況の掴めていない市民達は騒めきながら、ただそれを見つめるのみだったが、やがて影の外観が朧げながら見えてくる。

 

翼を持つ生物が、それぞれ大きさの違う何かを抱えているようだ。

 

「こっちに来る……」

 

エンリの横で、ネムが呟いた。

 

直後、一体の影が上空から市場目がけて滑るように降下してくる。

そして………、広い道の中央に抱えていた、それが落とされた。

 

それは一見、大型の犬に見える。

だが、その目は邪悪な意思を感じさせる赤い眼光を放っており、口からは青白い炎がよだれのように漏れ出している。

 

モンスターだ。

そう誰かが呟いたのを聞いた直後、その犬型のモンスターは大きく口を開けて、十メートル程の距離まで届く、青い炎を吐き出した。

 

モンスターから三十メートルは離れていたエンリにさえ、じりじりと肌を焼きつかせる熱風を感じさせた炎。

当然直接それを浴びた数人の人間は、声にさえならないような悲鳴を上げ、地面に倒れ伏す。

 

このモンスターの名前は、上位地獄の猟犬(グレーター・ヘル・ハウンド)

レベルにして十二に位置するモンスターで、回数制限はあるが、強力な炎のブレスを吐くことが出来る悪魔の一種。

 

余裕を持って相手をするには、少なくとも銀級冒険者のチームが必要なモンスターであり、一般人の手に負える相手ではない。 

 

そして辺りに肉の焼ける匂いが漂った時。

恐怖に固まっていた民衆は堰を切ったように、悲鳴を上げ走り出した。

 

「きゃあぁ!」

 

咄嗟にエンリもネムの手を握り、多くの人が走っていく方向……内周部の城門へ繋がる道へと逃れようとしたが、その時エンリは肩を掴まれ、引き留められるのを感じた。

 

「ひっ! あっ、プ、プーカさん」

 

一瞬モンスターに捕まってしまったのかと錯覚したが、そこに居たのは先程まで話していたプーカだった。

彼女もまた顔を強張らせ緊張しているようだが、その目は真っ直ぐにエンリを見つめており、混乱しているような雰囲気は無い。

 

プーカはエンリとネムを近くの路地まで引っ張っていった後、話し始めた。

 

「そちらは止めた方がいい。 状況は良く分からんが……とにかく今エ・ランテルはモンスターに襲撃されたんだろう? ならば逃げなくてはならないが、敵には飛行能力を持つモンスターが多数含まれているようだし、内側の城壁に逃げても特に意味はない。 自ら退路を狭めてしまうだけだ。 かと言って、外側の城門は固められているだろうし……ここは付近の建物に隠れて、何とかやり過ごした方がいい。 人が集中しない分、少しは見つかる可能性が下がるだろう」

 

プーカの冷静な分析を聞いている内に、エンリの心も少しではあるが落ち着いてくる。

 

確かにプーカの言う通り、下手に逃げた結果、逆に狭い場所に追いやられ退路を無くすよりは隠れて嵐が過ぎるのを待つ方が危険が少ないかもしれない。

 

 

内周部には警備隊の本部もあるが、アンデッド襲撃の時の対応で警備兵の弱さはエ・ランテル中の噂になっている。

アンデッドから真っ先に逃げだした彼らが、本当に市民をモンスターから守ってくれるのか……。

 

エンリは少し逡巡するが、プーカ自身はエンリ達に顔を背けて路地の奥へと目をやった。

 

「一応、世話になった義理として忠告はした………が、余の考えが正解とは限らん。 例えその時は一番最良の選択に思えても、結果は蓋を開けてみるまで分からない」

 

その時、路地の入口付近から先程のモンスターの吠える声が入り込んできた。

 

「ちっ、時間が無いか……。 ではな、生き残れることを祈る」

 

プーカは、エンリ達に背を向け歩き出す。

 

それを見たエンリはやっと心が決まり、プーカの背中に声を掛けた。

 

「あの、待ってください! 私達も隠れることにします。 それで……私達を一緒に連れて行ってくれませんか?」

 

エンリの言葉を受けたプーカは、しかし少し困ったような表情を浮かべた。

 

「うむう、一緒にか……。 しかし、言っては悪いが……、お前達と共に行動すれば、重荷になるだろう。 知り合った縁で助言はしてやったが、それ以上となるとな……」

 

だが、エンリは諦めない。 力が無い者なりの本能がここでネムと共に孤立すれば、高確率で死が待っていると告げているからだ。

 

「も、勿論御礼は私に出来ることならなんでもします。 ……私とネムじゃ、一度でもモンスターに襲われたら終わりでしょうし………」

 

エンリの言葉にプーカは少し考え込む素振りを見せる。

 

「そういえばエンリよ。 そなたエ・ランテルに来る前は農民だったそうだな。 ……作物の育て方などの知識はあるのか?」

「えっ?」

 

あまりに場違いに思える質問に、エンリは戸惑った。

しかし、プーカの表情は至って真剣であったので、とにかく正直に答える。

 

「え、ええ。 芋とか、キュロットとか……、何種類かの野菜を栽培していましたから」

 

その返事にプーカは口元で笑みを浮かべる。

 

「ほう。 まあそれなら……、分かった。 お前のなんでもするという言葉を信じるぞ。 とりあえず隠れる場所を探そう」

 

エンリ達は、路地の奥へ向け小走りで歩いて行った。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

エンリ達は現在、狭い通りに面した建物の中に居た。

元々は住宅だったらしい建物の三階の窓についている鎧戸の隙間から、プーカは外の様子を窺っている。

 

「……まずいな。 ここからでは見通しが悪くて広範囲は見渡せないが……、空を飛ぶ怪物の数は増えている気がする。………しかも抱えているのは人間、か? 食糧にするつもりか、奴隷にするつもりかは分からないが……もしかしたら、奴らは物資略奪程度では無く、更に質の悪い目的を持っているのかもしれん」

「そ、それって……、私達死んじゃうの?」

 

不安そうに擦り寄るネムを、エンリは安心させるように抱きしめた。

 

「大丈夫よ、この辺りには、あまりモンスターが来ていないみたいだし……」

「それが、唯一の救いか。 ……やはり多くの人間は、内側の壁内に逃げたようだ。 言い方は悪いが、彼らが結果的に怪物を引き寄せてくれているんだろう。 だが、このペースでモンスターが増え続ければ、どこに逃げようと最終的には見つかるかもしれん」

「……そうですか。 ンフィーレアとリィジーさんも無事でいると良いんですが」

 

市場からバレアレ薬品店までは、かなりの距離がある為、とても二人の安否を確認することなど出来なかった。

エンリは自分達を救ってくれた二人への心配で、胸が塞がれるような思いを味わっていた。

 

「さっき聞いたが、その二人は魔法の使い手なのだろう? ……はっきり言ってお前達が一緒にいても足手纏いにしかならんだろうし、別々に行動して良かったと思えばいい。 少なくとも自分より強い相手の心配をするのは辞めておけ。 体力の無駄だ」

「……確かにリィジーさんとンフィーレア二人だけの方が、生き残る確率は高いかもしれませんね」

「……その二人も一緒に居れば、守ってやったんだがな。 なにせ魔法と薬師の技能は貴重だ。 悪魔などに渡すには―――くそっ! やばい事になった」

「どうしたんですか?」

 

プーカはそれには答えず、無言でエンリを手招きする。

エンリは彼女の横に座り、鎧戸から前の通りの様子を覗いた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「《マジックアロー/魔法の矢》 ……よし、隙は作れました。 このまま逃げ……られませんか」

「ああ、通りの反対からも悪魔共が来やがった。 ……どうする? ぺテル」

「まともにやり合っても勝ち目はない。 一か八かどちらかの悪魔達を強行突破するしかないが………、やるなら、あっちの方角一択だな」

「分かったのである。 確かに、あの悪魔は……戦ってはならない気がするである」

 

建物の近くの通りには、四人の人間が居た。

それぞれ杖や剣などの武器を構えているが、警備兵のように決まった服装はしておらず冒険者であることが伺える。

 

彼らは銀級冒険者チーム、漆黒の剣。 突如として都市へと侵攻してきた悪魔達を撃退するべく戦闘をするも、直ぐに敵の予想外の強さと物量に正面戦闘は困難と悟ってしまった。

 

それでも市民が避難する時間を稼ぐ為に、出来るだけ多くの悪魔を引き連れ逃げ回っていたが、それもついに限界が来た。

 

彼らを挟み込むようにして、前方と後方から、合わせて十体程のモンスターが近づいていたのだ。

 

市場に居た犬の悪魔と同じ種族、上位地獄の猟犬(グレーター・ヘル・ハウンド)、黒い粘液を纏った、皮膚の無い人間のような悪魔、朱眼の悪魔(ゲイザー・デビル)、ぶくぶくと醜く膨れ上がった人間に似た青白い体と、カエルに似た頭部を持つ悪魔、貪食の尖兵(デーモンソルジャー・グラットニー)などレベルとしては十レベルから十五レベル程のナザリック基準では雑魚の中の雑魚のモンスターがその多くを占める。

だがそれと対峙する彼ら、レベルにすると十レベル前後の力しか持たない銀級冒険者である、漆黒の剣にとっては格上の相手。 しかも数でも敵が上回っている絶望的な戦況だった。

 

しかも……、その悪魔達の中に一体だけ異質な存在感を放つ巨大な悪魔もいる。

 

三メートル程もある、爬虫類のような鱗に覆われた人型であり、背中からは蝙蝠のような翼が突き出ている。 山羊の骸骨のような頭部は、その虚ろな眼下から世界の全てを呪うかのように猛る、蒼白い炎が燃えており、その太い両腕に握られた巨大な金槌は、例え金属製の鎧でも、まるで粘土のようにひしゃげさせてしまうことを予感させた。

 

この悪魔の名は鱗の悪魔(スケイル・デーモン)。 自動ポップするモンスターの中では、トップクラスの強さを持つ、レベルにして二十九にもなる悪魔だ。

 

四人は生き残るために正面から戦わず包囲網を一点突破する作戦に出ると決めたが、もし鱗の悪魔と闘えば、簡単に全滅してしまうだろう。

 

……しかし、鱗の悪魔は自分に背を向けて戦い、逃げようとする者を見逃す程甘い相手ではない。

 

どのような作戦を取ろうと、自分達の実力を遥かに上回る敵と出会ってしまった時点で四人の運命はほぼ決まっていたのだ。

 

漆黒の剣のメンバー達もそれを理解しており、目前に迫る濃密な死の気配を感じ取りながらも、誰もが黙って武器を構えている。

最期まで抗おうと構えるのは、冒険者として鍛えられた精神の賜物だろうか。

それともモンスターに一方的に蹂躙されるままでいる事を許さない人間としての矜持か。

 

絶望的な撤退戦を戦おうとする四人の頭上から、まるで歌うような声が響いた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「あの人たち……どうなるんでしょうか?」

「………逃げる事さえ出来るかどうか。 私は別に戦士では無いが……、あの鱗に覆われた奴はどう見ても、尋常な相手ではない。 勝ち目はまずないな」

 

エンリもここに来るまでに怪物にやられたであろう死体を見てきたし、アンデッド事件の時はンフィーレアにアンデッドの放つ矢が突き刺さる所にも立ち会った。

 

しかし、目の前で今にも殺されそうな人間がいる、と言うのはエンリにとって初めてとなる経験だ。

彼らは所詮赤の他人。

その光景にエンリの心は、自分でも意外なほどに助けたい、という気持ちで乱れていた。

 

これがもし……、アインズさん達だったならば、迷うことなく彼らを救うのだろう。

何の縁も所縁もない自分とネムを……しかも、自分に至っては故郷の村とアンデッド襲撃の時とで二回も救ってくれたのだから。

 

(でも……私はあの人達とは違う。 ……私には何の力もない。 自分とネムの事さえ守れずに、人に泣きつくような私が、アインズさんと同じことなんて……出来るわけない)

 

一瞬、プーカに頼んでみるか、とも思ったが、その考えは心の中にしまい込む。

ただでさえ、彼女には自分達を守るという重荷を背負わせてしまったのだ。

 

更に、あの冒険者達を守ったところで彼女には何も特は無いだろう。

 

ただ可哀想だから助けてやってほしいという頼み事が出来るほどエンリは傲慢では無かった。

 

エンリが苦悩する中、依然として窓から下の様子を窺っていたプーカが小さな声で呟く。

 

「あの鱗の怪物、翼を持っている……、さっき飛びながら移動しているのも見た……。 このまま隠れていても、果たして生き残れるのか雲行きが怪しくなってきたし、この通りは高い建物が多くて短時間ならば空から目撃される危険は小さい。  ……よし!」

 

プーカは徐に立ち上がると、エンリが止める間もなく、鎧戸をゆっくりと開けていった。

 

「プ、プーカさん?」

「お前達はここに居ろ。 ………敵の様子からすると、隠れているだけでは生き残れない気がしてきたんだ。 数も増えているしな。 ……計画変更、まずは乗り物の調達だな」

 

プーカが右腕を高く掲げると、裾の長いローブが落ちて、その中に隠れていたブレスレットが姿を現す。

そして彼女は屋外まで響くような声で、朗々と唱え始めた。

 

『精神と傀儡の精霊よ。

汝に命ず、我が身に纏え、我が身に宿れ……、我が身を大いなる魔神と化せ、ゼパル!』

 

 

ブレスレットに刻まれた八芒星が光り輝き、虹色の泡のような球体がプーカの周囲に現れる。

そして彼女の体は、眩い黄金の光に包まれた。

 

 


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