LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第三十九話 彷徨う正義

桜花聖域。

 

ナザリックの第八階層、荒野の一角に存在する領域であるそこは、桜の花が咲き誇り、周囲と比べあまりに場違いな美しさを湛えていた。

 

そこにはセバスと、もう一人の人影があった。

 

「そうですか………、遂に外部勢力との敵対を……」

 

紅白の巫女服を来た十代後半程に見える若い女性が、セバスの言葉に目を伏せる。

 

「ええ、あなた達プレイアデスにもこれからナザリック防衛の為に動いてもらうことが多くなるでしょう。 勿論モモンガ様がどのような決定を下すかに依りますが」

 

セバスは現在、ナザリックの重要防衛地点のチェックの為、モモンガから与えられたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使い巡回を行っていた。

 

基本的には階層守護者のみに与えられた指輪だが、その他にモモンガと接する機会が多く、与えられた任務の重大さも階層守護者達に勝るとも劣らないアルベドとセバスも指輪を所持している。

 

目の前にいる、プレイアデスの末娘、オーレオールも先程から何度か羨ましそうな視線を投げていた。

 

「私でお役に立てることがありましたら如何様にもお申し付けください、とモモンガ様にお伝え願えませんか? シモベが主に意見を申すなど差し出がましいとは思うのですが、ずっとここへ閉じこもったままというのも……」

 

「直接敵と戦うばかりではなく、拠点の内側をしっかりと守るのも立派な仕事ですよ。 焦る気持ちは分かりますが、モモンガ様もあなたの貢献は把握していらっしゃることでしょう。 ナザリックでオーレオール殿ほど拠点防衛力に優れたシモベはおりませんから」

 

「……そう言っていただけると嬉しいのですが。 こんな分不相応な物までお預かりしている身、確かに今の仕事をきちんとこなすことこそ、ナザリックへの忠義を証明することかもしれません」

 

「ええ、では私はそろそろ………」

 

「はい、私のお姉様達にもよろしくお願いします」

 

挨拶を済ませ、セバスが桜花聖域の外へと歩き出した。

 

この領域内では指輪による移動も制限されており、使用するためには一度外に出なければならない。

 

行きと同じ道をセバスは歩くが、その途中で聞こえてきた涼やかな鈴の音色にふと足を止めた。

 

……いや、足を止めたのはもう一つ。 セバスの身体を唐突に何かが吹き抜けたような感覚がしたからかもしれない。

 

「これは何かのアラームで………」

 

オーレオールの方へ向き直り、音の出処を尋ねようとしたセバスは思わず言葉を失ってしまった。

 

今、オーレオールが手に持っているものは直径三十センチメートル程の大きさの金属製の鏡。

……その名を、八咫宝鏡。 

オーレオールが所持するワールドアイテムであり、全ての効果を知る訳ではないが、一定範囲内にいる者をワールドアイテムの効果から守り、その使用者の情報を映し出すというものだったはずだ。

 

「どうしたのですかオーレオール殿! まさか敵がワールドアイテムを発動して……」

 

だが、オーレオールはセバスの言葉に首を振り、ゆっくりと呟いた。

 

「いいえ……、発動者はデミウルゴス様。 ……そして発動されたアイテムは簒奪の薔薇です」

 

「簒奪の薔薇?」

 

聞いたことは無いアイテム。 だが、その言葉が持つ響きに嫌な予感を覚える。

 

「鏡によると、そのアイテムの効果はギルドマスター権限の剥奪。 ………つまりナザリックはデミウルゴス様の手に落ちたことになりますね」

 

「なっ!」

 

セバスは、オーレオールの言葉を直ぐに理解することが出来ず、自ら鏡に映った文字を確認する。

 

しかしそこには、デミウルゴスの裏切りの結果、ナザリックの全てが奪われてしまったことが記されているだけだった。

 

どうしてデミウルゴスが? 敵に洗脳を受けたのか?

 

セバスの脳裏を、数々の思考が瞬時に過ぎっていくが、もしデミウルゴスが主に敵対していた場合、この後デミウルゴスが取るであろう行動にセバスは思い至った。

 

それは……今後邪魔と成りうる、ナザリックの旧主モモンガの排除だ。

 

「何てことですか! オーレオール、こうなっては形振りなど構っていられません。 行きますよ!」

 

「……どこへですか?」

 

「どこへって……、モモンガ様をお守りする……為に?」

 

セバスの言葉は途中で途絶える。

 

普段ならば、主の身に危機が迫っていると知れば、窮地を救わんと真っ先に駆けつけるはず。

 

そう、それが正しいナザリックのシモベの在り方。

 

そのはずなのに。 

 

今のセバスは何故かそれを行動に移すことに、例えようもない抵抗を覚えるのだ。

 

「こ、これは……どうして……でも……」

 

混乱するセバスを見ながらオーレオールはもう一度鏡を見つめる。

 

そして、セバスに視線を戻し語り始めた。

 

「やっぱりそうですか……。 恐らく、簒奪の薔薇の効果は二段階に分かれている。 最初はギルド武器に働きかけ、モモンガ様からギルドマスターの権限を奪い……次にワールドアイテムの効果で全てのシモベとナザリックのシステムを乗っ取る。 私達は、鏡に守られていたおかげで洗脳は受けなかったものの……モモンガ様がギルドマスターでは無いという事実の影響は受けるようです」

 

「そ、それは……?」

 

セバスの問いかけに、オーレオールははっきりと答えた。

 

「我々は恐らく……、既にシモベとしての役割を失ってしまった。 モモンガ様への忠誠心を失い、しかしデミウルゴス様へ忠誠を感じることも出来ない。 端的に言えば……このナザリックにとって異物となってしまったのでしょう」

 

「い、異物ですと? そんなことはありません! 私はモモンガ……様……」

 

モモンガ様への忠誠は揺らがない。 そう告げるつもりだった。

 

しかし頭とは裏腹に、心がそれを口に出すことを拒否している。

 

今、心の奥から自分に強く呼びかけている存在があるのだ。

 

それはこう言っている、モモンガ様を助けることは"正義"では無いのではないかと。

 

つい先程までは、例えこの後の戦いでどれだけの人間を犠牲にすることになっても、迷うことは無いという、強いナザリックへの忠誠を感じていた。

 

しかし今は、嘘のようにそれが消えてしまっている。

 

自分の心を占めていた最も大きな部分が失われた分、それを埋めるように本来の自分……たっち・みー様にこうあれと願われた在り方が決して無視できないほどに大きくなってしまっていた。

 

「正義……正義を為さなければ………」

 

モモンガ様をお助けすることは正義だろうか。 モモンガ様は世界征服という覇業を成し遂げる為に、今後多くの命を犠牲にするだろう。 あの方は、人間や他の種族……いや、ナザリック以外の存在など虫けら程にも思っていないはず。 ならば、それを助けることは悪なのでは無いだろうか?

 

……しかし、たっち・みー様は言っていた。

目の前で困っている人がいたら助けるのが当たり前、と。

 

ならば、モモンガ様を見捨てることはやはり悪か?

 

しかし、刑場で処刑されそうになっている悪人を、目の前で助けを求めているからといって助けることは正義と言えるのだろうか。 もし彼を助けても、更に多くの人が犠牲になるかもしれないのに?

 

「正義……正義? 私は……どうすればいいのですか? たっち・みー様」

 

セバスは抜け出すことの出来ない思考の渦に囚われてしまう。

 

正義を為せ。 心の中で強く叫ばれているのに、いざとなると、どうすればいいのか分からない。

 

……だがその内心の混乱の中で、唐突にセバスは自分に迫る殺気を感じ、飛び退いた。

 

一瞬前まで、セバスの首があった場所をオーレオールが握る刀の刃が通過する。

 

咄嗟にセバスがオーレオールを伺うと、彼女の手は震え、目は怯えと殺気が入り混じった奇妙な色をしていた。

 

「何のつもりですか? オーレオール殿」

 

オーレオールは、動揺に眼球を揺らしながら搾り出すように答える。

 

「私は……私は怖いのです。 ナザリックにとって異分子となってしまった私にはもう居場所がない……。 下手をすれば危険因子として排除されるでしょう。 でもだからといって逃げ出しても……今まで私の全てと言っても良かった忠誠を取り上げられて……私はこれからどうして生きていけばいいの!? だから私は、デミウルゴス様に忠誠を誓い……これからもお姉様達と同じナザリックのシモベとして生きます。 セバス様……私は知っていますよ。セバス様はたっち・みー様に正義の人として作られた。 だから究極の悪であるナザリックの味方など、もう出来る訳が無い、違いますか?」

 

「そ、それは……」

 

オーレオールに、認めたくは無かった現実を突きつけられたセバスの背筋に冷たいものが流れる。

 

自分はもうモモンガ様を助けられない。 だがデミウルゴスに忠誠を誓うことも出来ない。

 

それはナザリックから完全に不要とされたことを示すのだ。

 

「だから……あなたは敵、粛清すべき異物。 あなたを殺して私はデミウルゴス様への忠誠の証とします。 ……セバス様、確か正義とは困っている人に手を差し伸べることなのでしょう。 このまま、そんな不確かでくだらない概念に縋り生を送るくらいなら……今死んでください、私の為に!」

 

オーレオールは周囲にいた自分直属のシモベに指示を出すと、刀を振り上げセバスへと飛びかかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

赤茶けた大地が見渡す限り続く荒野を、一陣の風が駆け抜ける。

 

セバスは、オーレオール達に追われながら必死で走っていた。

 

もはや、何処へ向かうなどは考えていない。

 

元々セバスは第八階層についての知識には乏しく、管理の都合上必要だった桜花聖域周辺の知識しかない。

 

だが、今はリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがある。 桜花聖域からなんとか脱出した今、ナザリックの何処へでも一瞬で脱出できる筈だった。 

 

そう、本来ならば。

 

「逃げても無駄ですよ! あなたは私の結界から逃れることは出来ない。 ただ苦痛が長引くだけです!」

 

現在のセバスには指輪を発動させることは出来ない。

 

なぜなら、オーレオールの魔法により貼られた転移妨害の結界が、逃走を妨げているからだ。

 

オーレオールが習得している魔法は、精神系の魔法職である巫女が使用可能な系統、巫術に属するもの。

 

直接的な攻撃魔法には乏しい代わりに、肉体強化や支援魔法、妨害魔法など援護に特化した巫術の一分野に、様々な効果を持つ結界も含まれている。

 

オーレオールのスキルにより更に範囲を増した妨害結界から逃れることは、余程の速度差がない限りは不可能だろう。

 

「オオトシ!」

 

オーレオールの声に合わせ、太陽のモチーフが使われた仮面を被った、少年のような姿をしたモンスター、オオトシの手から小型の太陽と見紛うような超高密度の火球が打ち出される。

 

「くっ!」

 

セバスは必死で飛び退き直撃は避けたものの、攻撃はすぐ近くの地面に着弾し、セバスにもその熱と衝撃を少なからず伝えた。

 

いずれも八十レベルを越える七体のシモベに囲まれたオーレオールと正面から戦っては、いかにセバスといえども勝てるはずがない。 しかもそのシモベ達は、オーレオールの魔法により強化されているというおまけ付きなのだ。 

 

かと言って、このまま防戦一方では、今のように少しずつダメージを蓄積され、遠からず限界を迎えるだろう。

 

反撃の見込みのない以上、今の逃走も無駄なあがきだろう。

 

焦りを募らせるセバスとは対照的に、確かな手応えを感じ薄く笑みすら浮かべているオーレオールは自分の勝利を確信していた。

 

もしセバスが真の姿である、竜形態で反撃をしてきても、この数の差と自分の支援魔法があれば、多少の被害は出ても確実に押し返せる。

 

そして、彼の首を手土産にすれば、これからもナザリックのシモベとして生きていくことが認められる可能性は高くなるだろう。

 

近い未来に迫る、追撃戦の結末に思いを巡らせるオーレオール。

 

その時、第八階層の上空を飛ぶ一つの影が、荒野の上で戦う彼らの姿を捉えた。

 

 

 

 


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