LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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出会いと別れ
第三十八話 神と世界と人間と


不意に漂ってきた、複数の薬草を混ぜた青臭い匂いにツアーは目を覚ました。

 

地下深くに位置するこの場所に、これほどに強い草の香りなど漂ってくるはずがない。

 

だとすれば、選択肢はごく限られる。

 

ツアーが目の前の暗闇に目を凝らすと、一人の老婆の姿が浮かび上がってきた。

 

「君か……」

 

「久しぶりじゃのお、ツアーよ。 わしが此処まで近寄るまで気づかないとは。 ドラゴンも耄碌するのかのぉ」

 

「相変わらずだね、リグリット。 ふふ、心配しなくとも竜の感知網に引っかからずに、ここまで接近できる存在など、今の世では片手の指で足りるほどしかいないさ」

 

「ほほ、そう褒めるな。 あんたにそんなことを言われると、照れくさくてならんわ」

 

純粋な実力では、リグリットなどツアーに及ぶべくもない。

まさに彼は、制限さえなければ世界最強の個と言って差し支えない存在。 そんなツアーから賞賛の言葉を受けるのは、遠い昔に師匠から術の上達具合を褒められた時のような、嬉しさとこそばゆさが混じったような思いがする。

 

「しかし、君がここへ来るとは珍しいね。 ……もしかして冒険者の仕事に関わることかい?」

 

ツアーが噂に聞いた話では、彼女は数年前に王国で冒険者を始めたという情報があった。

その仕事に関わることならば、もしかしたら竜が関わる出来事なのかもしれない。

 

だが続くリグリットの言葉は、ツアーの予想を大きく上回るものだった。

 

「そんな平和な用事なら良かったんじゃがのぉ。 その様子では知らんようじゃな。まあ、評議国は法国内部の情報については、スパイを容易に侵入させられないという都合上難しいか。 ………スレイン法国の首都が昨日、何者かに………恐らくプレイヤー関連と思われる者に襲われた」

 

「なんだって!」

 

確かに百年の揺り返しの周期から言えば、近い内に世界に大きな変動が起きるかも知れない、という覚悟はしていた。 しかし、いきなり人類最大の国家であるスレイン法国を襲撃するとは………もしプレイヤーだとしたら、今までに無いパターンだ。

 

「ま、待ってくれ。 迷宮攻略者の仕業という線は無いのか?」

 

迷宮……、数年前から世界各地に現れ始めた巨大な力を宿す場所。

 

そこを攻略し、ジンに認められた『王』達は非常に強力な存在だ。 それに……亜人出身の王ならば場合によっては人間と敵対することも十分有り得る。

 

しかし、リグリットは重々しく首を振った。

 

「それは……可能性は低いじゃろうな。 私が聞いた話では、スレイン法国に現れた者は三体。 そのいずれも恐ろしい力を持っており、その一人は確実にアンデッドだったらしい。 迷宮には命なき者は入れない。 ……故に彼らが金属器使いという可能性は低いじゃろう」

 

「それは……確かに」

 

ただ、そのアンデッドの姿も幻ということも考えられるが………。

そこまで考えていれば切りがないだろう。 それに、金属器使いならばスレイン法国の首都を自ら襲撃するというのは下策だ。 

 

金属器使いの能力は確かに強力無比、場合によってはかつての八欲王の第十一位階の魔法にも匹敵するが、その分万能という訳ではない。 

 

彼らの弱点は、この世界の魔法……ツアーから見れば別の世界から持ち込まれた物だが……に対する耐性が低いことだ。

 

魅了や睡眠、そして石化。

 

何の対策もしていない金属器使いがスレイン法国を襲ったところで、噂に聞く漆黒聖典の魔物使いが操るギガントバジリスクに石化の視線を飛ばされれば、あっという間に勝負はついてしまうだろう。

 

それならば、リグリットがこうまで深刻そうな雰囲気を纏う理由が説明できない。

 

「それで……法国は滅びたのかい?」

 

スレイン法国は、未だに六大神の遺産を多数保有していると噂されている国家だが、流石にアイテムだけではぷれいやーには敵わないだろう。 

 

呪文一つ、技一つで国を滅ぼしうる。 だからこそ、ぷれいやーは神とも悪魔とも呼ばれる存在なのだ。

 

しかしツアーの予想は再び裏切られる。 今度は更なる驚愕を持って。

 

「いや……これはスレイン法国の内部にいる私の知り合いからの又聞きじゃ。 信頼はおける奴じゃが、自分の目で見たわけでは無いのだがの………、その者が言うには『法国に再び神が舞い降りた』と」

 

「神だって……それは何かの比喩ではないよね? 法国の者が神と呼ぶのは……まさか人間に与するぷれいやーが現れて、法国に味方したと?」

 

もしそうであれば、かなりまずい展開になる。スレイン法国は人間以外の種族に対して迫害を繰り返す、人間至上主義国家。 しかも最近は更にその苛烈さを増していて、エルフの国を滅ぼしたのみならず、国内で奴隷としていたエルフ達を処分したという噂も流れている。

 

帝国の介入により、ある程度のエルフは法国から買い取られ、帝国経由でダークエルフの国へ逃れたらしいが、その数は評議国が予想していたスレイン法国内のエルフ奴隷の数と比べて大幅に少なく、そして現在法国にエルフの奴隷はいない。

 

念入りに隠蔽しているのか、法国がエルフの奴隷を処分した確実な証拠は出てこないが、ほぼ確実と見てもいいだろう。

 

その状況を知っていながら、法国に味方するぷれいやーが現れたのなら……今回は二百年前のようには行かないかもしれない。

 

「それはまだわからん。 もしかしたら、スレイン法国の隠し玉という線もあるからの。 ……だが、一部の民はそのぷれいやーと思われる人物を、アーラ・アラフの再臨と信じておる。 ……白い髪の女性であり、強大無比な天使を召喚する………少なくとも法国を守ったぷれいやーはその特徴には合致していたらしい。 まあ、ある程度願望を重ねているんじゃろ。 アーラ・アラフ信仰は法国の最大宗派でもあるし……」

 

「アーラ・アラフ! ありえない! 奴は……老衰で死んだ、蘇生魔法も受け付けないはずだ」

 

「どっ、どうしたんじゃ?」

 

突如として大声を上げたツアーにリグリットが思わず目を丸くする。

 

老いを感じさせない快活さを持っているとは言え、身体は老婆。 竜に目の前で叫ばれては、驚いてしまうのも無理はないだろう。

 

「い、いや……済まなかった。 しかし嫌な名前を聞いたものでね。 アーラ・アラフに似た少女、か。 もしかしてアーラ・アラフの子孫……ではないか。 奴が子供を作ったという話は聞かないし……」

 

ツアーの明らかに動揺した様子に、リグリットは疑問を抱いた。

 

「どうしてそんなに焦っておるんじゃ? 確かお主はスレイン法国を築いた六大神とは取引をしたこともあるんじゃろう? 特にスルシャーナは話の分かるぷれいやーだったと聞いたことがあるが……」

 

リグリットは確かにスレイン法国の出身だ。

しかし十三英雄のリーダーだったぷれいやーから、恐らく六大神の正体はぷれいやーだと聞かされており、ツアーからの情報もあって、六大神を崇めているという訳ではない。

 

だがツアーは多くは語ってくれなかったが六大神は八欲王とは異なり話の分かるぷれいやーだったと聞かされており、悪印象を持ってはいない。 スレイン法国の上層部に対しては、人間を守ったぷれいやーの行動を都合よく解釈して、他種族への迫害を正当化している奴ら、と蔑んではいるが。

 

ツアーは暫く黙りこみ、やがてリグリットと目を合わせる。

彼女の目を見たツアーは、もはや誤魔化せる段階では無いと悟り、ゆっくりと口を開いた。

 

「君はスレイン法国の上層部のことを、自分達の都合で神の言葉を捻じ曲げている、と言って他種族の迫害には反対していたよね。 スレイン法国の内部にも僅かにいる、君のような良識派の為に黙っておこうとは思っていたんだが………、実はスレイン法国の今の方針は全くのデタラメって訳じゃない。 六大神の中に一人だけ……他種族の排除を本気で提唱し、ほぼ独断で幾つもの国を破壊してしまった怪物がいるんだ」

 

「なん……じゃと………」

 

リグリットはその言葉に信じられない、といった様子で目を見開く。

 

しかし、ツアーは更に続けた。

 

「どうしてスレイン法国や他の人間の国々があんなに肥沃で住みやすい土地を確保できているのだと思う? ……それは人間の力なんかじゃない。 奴……アーラ・アラフが本来そこに住んでいた種族達を滅ぼしたからだ。 元々スレイン法国は、前人未到の森の中に現れた小都市が起源。 そこにいた六大神と従属神達は、大陸で迫害され辺境へ追いやられていた人間を保護して、彼らと共に国を築いた………そこまでは話したね?」

 

「あ、ああ。 その後、八欲王が出現しスルシャーナを滅ぼし、真なる竜王達は八欲王に戦いを挑む……と続くんじゃったな」

 

「そうだ。 ……しかし、六大神の出現と八欲王の出現までの百年間は語らなかった。 ………君になら話そう、これはこの大陸でも恐らく僅かな者しか知らない歴史だ」

 

そこからツアーは語っていく。 今から話す中には、スルシャーナ自身から聞いた内容も多く含まれると前置きをして。

 

小都市で国を築いた六大神は、庇護下に置いた人間達を手厚く世話し、また生きていく術を教えていった。 その間は周囲の国家からはほぼ完全に隔絶しており、ツアーも詳しいことは知らない。 しかしながら、30年も経ったときには、六大神の国家の人口は爆発的に増えていたらしい。

 

やがて六大神は考える、今後更に増えるであろう国民をどのように養えばいいのか。

 

ある者は、森を更に切り開き畑や村を増やすべきだ。 またある者は、建築技術を向上させ土地を有効活用するようにすればいい、と訴える。

 

しかし彼らが住む森の面積は限られており、小細工を弄したところで近い将来に限界が訪れるのは確実に思えた。

 

そんな中で六大神の一人、アーラ・アラフが口を開く。

 

『この周辺の肥沃な土地には、数多の他種族が国を作っている。 彼らから土地を奪って、皆に与えましょう。 私達にとって守るべきは人間のみのはず。 遂に、それ以外を犠牲にする覚悟を決める時が来たのでしょう』

 

この意見を他の者達は皆否定した。 いくら大切な物を守る為とは言え、関係のないものを犠牲にするのは間違っている、と。

 

かといって有効な打開策も見いだせぬまま、時ばかりが過ぎ………、ある日、アーラ・アラフが独断で複数の国に侵攻を開始した。

 

転移魔法で敵国の重要拠点に移動し、あっという間にそこを滅ぼす苛烈な攻撃に、六大神の国の周囲は僅か一週間程度で他種族の手から奪い取られた。

 

その間………、他のぷれいやーは何も出来なかったらしい。 

スルシャーナはその事を、ずっと悔やんでいたという。 皆が彼女の行動は間違っていると思っていた………だけど彼女は人間を救おうとしていて、自分たちはしていない……その負い目から止められなかったのだと。

 

邪魔な国を滅ぼし、更に勢いを増した彼女は遂にある計画を唱え始めた。

 

人間にとって脅威となる種族……人から奪って増えるしか能の無い下等種を滅ぼし、この大陸を人間の理想郷にしよう。 それが人間という種を遠い未来まで守る唯一の方法だ。

 

その思想は今や国の過半数を占めていた彼女の支持者達には受け入れられ、遂に彼女の言うところの聖戦が発動されようとした時、やっと大陸の竜王達が協力し、彼女を押さえ込みにかかった。

 

アーラ・アラフは正面対決の構えを見せたが、他の六大神達が必死でそれに反対し、流石に一人では分が悪いと判断した彼女は、やっとその矛を収める。

 

その後、六大神は竜王達と、これ以上他種族に六大神側からは危害を加えないことを条件に、竜王達も身を引くという不可侵条約を結んだのだ。

 

「そんなことが……」

 

「ああ。 歴史が流れる内に、いつの間にか彼女の思想は六大神の総意とされてしまったけどね。 ……彼女が居なければ今のスレイン法国は無かっただろう。 そして、もし万が一彼女が蘇り、同じ道を進もうとするのだとしたら……今度は戦うしかないね。 今や真なる竜王はごく少数。 彼女も留まる理由は何も無いだろう」

 

それに、とツアーは呟く。

 

「まだスレイン法国を襲ったぷれいやーが敵と決まったわけじゃない」

 

「それは、どういうことじゃ? 宣戦布告も無しにいきなり人間の国を襲うなど、まともとは考えられんが……」

 

怪訝そうに眉を顰めるリグリットにツアーは何も答えることはなかった。

 

(人間の敵が、世界の敵とは限らないさ。 ……彼らがスレイン法国や人間にのみ恨みを抱いているならば、交渉の余地はある。 裏切り者の竜王とゴブリンの女王プーカの問題を抱えている今……あまり敵を増やしたくはないからね)

 

 

 


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