LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第三十七話 脅威

スレイン法国、神都レインフォールには六大神信仰の本拠地とも言える七つの聖域が存在する。

 

都市の中央部に存在する、壮麗たる建造物、中央大神殿。

 

そして、都市を囲む城壁に沿うように円を描いて配置された六つの神殿。 それぞれ光、闇、火、水、風、土の神が座していたと伝えられることから、六色神殿と呼ばれている。

 

レインフォールの七つの神殿が存在する場所は全て隔壁で区切られており、神都は七つの区に分かれていた。

 

ここは中央大神殿内の一室。

かつて六大神が会議に使用していたと伝えられる、法国の最高位に属する者達のみが入室を許されるこの部屋で緊急会議が開かれていた。

 

そこにいるのは、法国の事情を知る者が見れば目を見張るであろう、そうそうたる面々。

神官として法国の最高位に位置する最高神官長に、六大宗派の最高責任者である六人の神官長。

そして国家の運営を担う司法、立法、行政の三機関長に、魔法の研究などを担当する研究機関長。 そして軍事機関の最高責任者たる大元帥までもが揃って、席の前に起立している。

 

当然のことながら、各人とも寝食を削り多忙を極める毎日を送っており、最高神官長といえども軽々しく招集などかけられるものではない。

 

各々の予定を調整し事前に情報の共有を行うなど、ただ集まるだけでもそれなりの準備期間を設ける必要があるのだ。

 

だが今回に限っては朝の緊急招集であったにも関わらず、最高責任者達の誰ひとり異議など挟まずに、全ての予定を取り消し、ここに集まっている。

 

いや、文句など言える筈もない、と言い換えた方がいいだろう。

 

今回の緊急会議の開催を決定したのは、人間の役職など何の意味も持たないほどの偉大かつ尊い存在。

六大神の一人、アーラ・アラフその人なのだから。

 

「座りなさい」

 

その一声でこの部屋に集まっていた十二名が素早く、しかし可能な限り音を立てずに席についた。

 

現在、この部屋に立っているのはアーラ・アラフが座る一際大きな椅子の後ろに影のように佇むクリストのみ。

だが、この光景に慣れているこの部屋の者達は特に反応は示さない。

 

「朝の緊急招集にも関わらず、迅速に集まってくれたことを感謝する。 ………今回の要件について、恐らく皆ある程度推測してきたのでは無いかしら?」

 

アーラ・アラフは自室でのプライベートな話し方では無く、この国の神としての威厳を意識した、凛とした声で全員に問いかける。

 

すると案の定、あちこちからその言葉を肯定するような気配が返ってくる。

 

「昨日の夕刻に発生した、神都襲撃事件のことでありましょうか?」

 

声を上げたのは、土の神官長、レイモン・ザーグ・ローランサン。

元々漆黒聖典の一員として、十五年以上も戦い続けた英雄である彼は神官長の中でも特に腹が据わっている。

 

その為、アーラ・アラフに対しても比較的萎縮せずに意見を言うことも多かった。

 

――他の者達の名誉の為に言っておくと、彼らとて保身からアーラ・アラフへ積極的に話しかけない訳ではない。

ただ、彼女を目の前にするとどうしようもなく感じてしまうのだ。

 

肌がひりつくような緊張、思わず押し黙ってしまう程の圧力。

 

それは威圧でも、恐怖でもない。 ただ本能が訴えているのだろう。 この方の不況を買ってはいけないと。

 

しかし実際にアーラ・アラフが怒りを顕にすることはまずない。 ……身内に対しては、という限定つきではあるが。

レイモンの言葉にアーラ・アラフを柔らかく微笑み、頷いた。

 

「ええ、それに関することだけど……ちょっと事情が複雑になってね。 ただ、まずは言っておきます。 我々スレイン法国は、これから世界に降りた悪神達と……全面戦争に突入する。 悪神の首魁は世界の全てを滅ぼすと宣言しており、その脅威は八欲王に匹敵すると思って欲しい」

 

「…………」

 

この場にいる十二名は皆一様に押し黙り、部屋には緊張を吐き出すようなため息の音がいくつも響く。

 

彼らがそれ程取り乱さなかったのは、昨日の内にアーラ・アラフから、これから悪神との戦争に突入する可能性が高いと伝えられていたからだ。

 

しかし可能性が高いのと、確定したのとではやはり別物。

改めて全員の心には深刻な危機感が植えつけられた。

 

本来ならば、スレイン法国に八欲王に匹敵しうる程の勢力と戦う力などない。

故に、この会議も徹底抗戦、全面降伏、和平など様々な意見が飛び交い割れたかもしれないが、一年前にアーラ・アラフが再臨してからは、会議が割れたことなど一度もなかった。

 

若い頃より神を信仰し、人類の為に戦い続けた彼らにとって、目の前にいる本物の神の意見は絶対だ。

 

アーラ・アラフが戦うと言えば、それが国家の総意と同義。

 

もしも異論など唱えようものなら、アーラ・アラフ本人が許しても、他の者達が許さないだろう。

 

アーラ・アラフもそのことは自覚しており、皆の意見が聞きたい時は自分はあえて発言せずに議論させることもあるのだが、今回に限ってはそんな悠長なことをするつもりは無かった。

 

「しかし……昨日神都を襲撃した悪神は、あなた様が退けたと伺っております。 いかに悪神といえども、アーラ・アラフ様が召喚する天使様には敵わないのでは?」

 

水の神官長であるジネディーヌが、老人故幾分かすれてはいるが、はっきりと場に響く声を発した。

 

幾人かがそれに追従し頷くが、アーラ・アラフは重苦しく首を振った。

 

「いや……昨日はちょっと事情があって向こうが最後まで戦わなかっただけ。 あのまま戦っていれば、多分不利だったと思うわ」

 

「そ、それ程に強大な敵なのですか?」

 

誰かの言葉にアーラ・アラフは少し考えて後、呟いた。

 

「……相手との相性を考えれば昨日の一戦には勝てたかもしれない」

 

「おおっ、では……」

 

「ただその場合こちらも力の制限を一切せずに、周囲の全てを巻き込む程の魔法を使わなければならないわ。 昨日も一か八か超位魔法を発動しようとしたけど、やはり神都の全てを破壊してしまうような魔法を使用する訳にもいかないから、威力は控えめなものにせざるを得なかった。 ………こちらには守るべきものがあるが、あちらは恐らくなりふり構わずに全戦力をこちらに傾けてくる。 これが何を意味するかはわかるでしょう」

 

「………例え戦には勝ったとしても、国は滅びる、ということ……ですか?」

 

「その通り。 勿論こちらも全戦力を投入するわ、黎明聖典に、金属器使いのクリストとカイレ。 そしてあの子と……今は言えないけど切り札はまだある。 ただ全戦力を投入しても、正面戦闘では勝目は無いと思って欲しい。 向こうの戦力をざっと挙げてみると、私に迫る強さを持つ従属神が十体はいるし……他にも無数のシモベや従属神がいる。難度240以上の者だけでも百を越えるらしいわね」

 

「ひゃっ、ひゃくですとっ……」

 

闇の神官長、マクシミリアンが驚愕のあまり素っ頓狂な声を上げた。 

神の前で、このように取り乱すのは不敬だと分かってはいるのだが、抑えきれない。 

そしてマクシミリアンを咎める余裕を持つ者もいなかった。

 

「そ、そんな……どうやって戦えば………」

 

「真なのですか? い、いえ、アーラ・アラフ様を疑う訳ではありませんが、それはあまりにも……」

 

狼狽の仕方は人それぞれだが、殆どの者が完全に平常心を失ってしまっていた。

 

アーラ・アラフという規格外の力に接して、ある程度は耐性が出来た彼らにとっても、今の話の内容は理解を越えるものだった。

 

だがその中で一人だけ、身動ぎもせずに落ち着いて椅子に腰掛けているものが存在する。

 

光の神官長、イヴァン・ジャスナ・ドラクロワだ。

 

彼は、アーラ・アラフ信仰の最高責任者として日常的にアーラ・アラフに接する機会が多いが故に理解していたのだ。 

 

この御方は、ただ無暗に人を狼狽させるような方では無い。 

 

先に悪いことを語る時は、その後に必ず希望を持ってくると。

 

「ただ、悪いことばかりではない。 昨日神都を襲った悪神の内二人。 骸骨のマジックキャスターと全身鎧の戦士だが、彼らは邪悪な術を用いられ、自分の意に反してあの悪魔に操られていたのよ。 しかし、昨日の戦闘中それに気がついた私は彼らに洗脳を解く魔法をかけ……それに成功した」

 

「「……!」」

 

クリストさえも含む彼女以外の全員が驚愕に目を見開いた。

 

さらにアーラ・アラフは続ける。

 

「昨日の戦いの途中で彼らが引き上げたのはその為です。 そして、今日の朝。 彼らは自分の罪を償うために、悪魔の本拠地からいくつかのワールドアイテムを持ち出した上、スレイン法国に強力しようと申し出たの。 ……実は今、光神殿内に彼ら二人は滞在している。 私は彼らを客将として迎え入れ、共同戦線を張ろうと思います」

 

「し、しかし危険では無いのですか? 例え洗脳されていたとしても、元々敵の仲間だったのでしょう?」

 

最高神官長の問いかけに、アーラ・アラフは理解を含ませつつも毅然として答えた。

 

「確かに危険だと言うことは否定しない。 しかし……彼らが持つ敵の拠点の情報や、アイテム、そして何より実力は勝利の為には確実に必要になる。 ………砂漠で喉が渇いていれば、例え泥水でも飲むしかないでしょう? 今のスレイン法国は、破滅に直面している。 スレイン法国の襲撃の件に思うところがある人もいるでしょうけど、今はそれが最善の答えよ」

 

長い沈黙が続き、やがて誰かがそれを破った。

 

「それしか………ありませんな」

 

この一言を皮切りに、次々に声が挙がった。

 

「アーラ・アラフ様のご判断ならば、私は従うのみです」

 

「私も国が滅ぶよりは……」

 

「異議はございません」

 

 

「ありがとう、みんな」

 

アーラ・アラフが全員の意見がある程度一致したことを確認し、安心した表情を見せる。

 

始めに悪い情報を話し危機感を煽ったあと、危険は伴うが生き残りの希望がある選択肢を提示する。

彼女なりに色々と小細工はしたが、最終的には彼らがアーラ・アラフに寄せる信頼に救われたようだ。

 

「法国の民もこれから、戦の激流に揉まれていくことになる。 ついては明日……私自らスレイン法国の民に対して事態の説明を行う。 ……ただ不要な混乱を引き起こさないように情報制限は当然行うけれど。 今日中に国民への告知と、各機関の調整をしておいて」

 

「明日………承知致しました。 実は現在も、各神殿に国民や下位の役職につく神官達がつめよせて、あなた様について情報を得ようとしているようでして。 何せ、あなた様の存在は我々を含め、一部の人間しか知りませんからな。 あなた様御自ら姿を現すとなれば、確実に国民全てにとっての希望となりましょう」

 

一人が発した他愛もない言葉。

それを聞き、アーラ・アラフは誰に聞こえるともなく、口の中で呟いた。

 

「希望……か。 そうね………私は皆を幸せにしてあげたい………それだけ」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

アーラ・アラフとクリストは、モモンガ達に会議の結果を伝えるために、二人がいる部屋へと続く廊下を進んでいた。

 

「アーラ・アラフ様……良かったのですか? あのモモンガという者の話では、特に洗脳されていたとは言っておりませんでしたが」

 

「そうね。 ………でも、彼らが神都で虐殺を繰り広げたデミウルゴスという悪魔の仲間だった事実は変わらない。 それで、もし改心し己の罪を悔い改めて私達に協力したなんて言ったところで誰が信じるの? もし信じられても、不快に思って強く当たる者は確実に出るでしょうし……少し話しただけだけど、あのアルベドって女は危ない。その結果、彼女が暴走してしまえば全ては水の泡になる。 ここは洗脳されていたとでも言っておいた方が、少しは同情心も買えるし、いいかなって」

 

「し、しかし……神官長達まで騙すのは……」

 

まだ納得しきれないらしく引き下がろうとする彼に、アーラ・アラフははっきりといった。

 

「重要なのは人を、この国を守ること……その為には小さい目線では悪と思えるようなことも行う必要がある。 大きな善の為ならば、その過程は全て神たる私が許してあげる。 この前、裏切り者のエルフ達の国を排除したことも、大局的に見れば国家の安全に繋がったでしょう? あの時、全滅させるのはやりすぎでは、とか。 せめて奴隷として使えばいい、という声に耳を貸していたら………国を守れなかった。 誰よりも国の為に働いてきたあなたなら、分かるはず」

 

クリストはその言葉に押し黙る。 

……彼は幾多の亜人の集落を滅ぼし、エルフ達を血祭りに挙げてきた。

 

だが、彼はそのことを苦に思ったことはない。 

 

彼にとって最も重要なのは国を、人間を守ることであり、その為に、他種族を犠牲にすることを躊躇うことは悪だ。

なぜなら、彼らは人間にとっての敵なのだから。

 

クリストにとって辛く、苦しい任務はただ一つ。

人を守る為に……人を犠牲にすること。

 

スレイン法国には、巫女姫と呼ばれる存在がいる。

 

叡者の額冠というマジックアイテムの効果で、第八位階の魔法を発動する生けるマジックアイテムにされた少女達。 

 

一人辺りが巫女姫でいられる期間はせいぜい五年間。 それ以降は魔法を発動する力を失ってしまうが故に、その場合は新しい巫女に叡者の額冠を明け渡す必要がある。

 

叡者の額冠を取り外す手段と巫女姫は回復不能な発狂状態に陥ってしまい、役目を終えた巫女姫を殺す役割は漆黒聖典が担っていた。

 

一年前アーラ・アラフが降臨してからは巫女姫の役割は全て彼女が代用できるということで、一時的に制度は停止されたが、その際に彼女は巫女姫の正気を失わせずに叡者の額冠を取り外すには、叡者の額冠を壊せばいいと魔法による鑑定で知った。

 

あの時、クリストを含め多くの者達は、彼女が叡者の額冠を壊してしまうのでは無いかと思い……内心でそれを歓迎した。 

法国の上層部の者達は、国家全体の為に幼い少女達を犠牲にしていることを、誰もが一生消えない傷跡として共有していたのだ。

 

神がこの呪われた歴史を、全て壊すというならば、それを拒絶するものはいなかっただろう。

 

 

……だが彼女は、アーラ・アラフは叡者の額冠を壊さないことを選んだ。 いつか自分が居なくなった後、より多くの者を救うのに必要だと判断して。

 

発狂した巫女姫は、アーラ・アラフの魔法でも治癒させることが出来ず、一度殺してから蘇生魔法で蘇らせるという手段が取られたが、彼女の力を以てしても蘇生時の生命力の消費をゼロにすることは難しい。

 

高位の魔法を行使している内に、多少は巫女姫の生命力が上がっていたらしく、四人は復活させ正気に戻すことが出来たが、残りの二人の肉体は耐え切れずに灰になってしまった。

 

クリストはあの時のアーラ・アラフの目が忘れられない。

 

悲しみ、絶望、後悔……全てを混ぜ合わせたような暗い瞳で、暫く灰となった巫女姫を見つめて、やがて自らの手で灰を壺に収め、彼女らの故郷の土に蒔いた。

 

 

彼女は全てを救えない。 人間と他種族ならば、人間を。 少数と多数ならば多数を取る。

それがアーラ・アラフ、法国が待ち望んだ六大神の一柱。

 

アーラ・アラフを信仰する宗派の者だけでなく、他の宗派の者達までもが彼女を崇めるのは、彼女が万能の存在だからでは無い。 

それはきっと………彼女が生きるために誰かを傷つけるという、人の罪を背負っているからだろう。

 

「そうですね。 私が間違っておりました」

 

クリストは答える。

 

アーラ・アラフとクリストは、モモンガ達の待つ部屋へと急いだ。

 

 

 

 




次回から、新章に突入します。

新章の舞台は、モモンガが最初に訪れたあの街になります。

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