LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第三十二話 ひび割れ

デミウルゴスは、寝室へと転移していったモモンガを見送った後、自分の持ち場である第七階層へと戻ろうとしたが、後ろから呼び止められた。

 

「待ちなさい。 デミウルゴス」

 

アルベドだ。

このナザリックでも自分と並ぶ知恵を持つ守護者統括の声に、デミウルゴスはゆっくりと振り向く。

 

「どう……しましたか? アルベド。 私はこれから、ナザリックの防衛網を構築しなくてはならないのですが」

 

「少し気になることがあるの。 ……あなたは、スレイン法国でモモンガ様と私が敵と戦っているとき、後ろで見ているだけだったわよね。 戦闘向きでは無いあなたとて、階層守護者の一角。 もし貴方も戦闘に参加していれば、あそこで決着がつけれられたかも知れない。 私が納得するだけの理由があるのかしら?」

 

その言葉を聞いた、他の階層守護者達の視線もデミウルゴスに集中する。

考えてみれば、戦っていたのはシモベ達が最優先で守らなければならない主と、アルベドだけ。 当事者であるはずのデミウルゴスはやけに消極的だった、と思い出して。

 

咎めるような色さえ混ざった視線を受けながら、デミウルゴスはあえて余裕を崩さない口調で答える。

 

「あそこで私が参戦しても、却って足手纏いになる可能性が大きかったですからね。 モモンガ様とアルベドの連携を崩してしまう結果になるのは不本意ですし、ワールドアイテムを持たない私が敵と接近戦をしていてはアルベドも、ギンヌンガガプを思うようには使えなくなるでしょう? ですから、様子見に徹しつつ、参戦の機を伺っていたのですよ」

 

「……なるほどね」

 

確かに、あの状況でデミウルゴスが出来ることは多くはない。

ならば短絡的に、相手に突撃するよりは待ちの姿勢を選ぶのも、多少思うところがないでもないが納得は出来るか……、他の守護者達がそう考える中、唯一アルベドだけが、元々あった疑念を確固たるものにしていた。

 

あの場所でデミウルゴスの近くにいたアルベドのみが感じていた違和感。

それは敵と戦っている自分達を見ていたデミウルゴスの態度にあった。

 

もしデミウルゴスが説明したように、今すぐ主を助ける為に戦いたい、しかし今参戦しても邪魔になるだけ、という理由で逡巡していたのなら、焦りや葛藤が表面に現れなくてはおかしい。

 

しかし神都でのデミウルゴスからは、それらが全く感じられなかった。

むしろ何処か他人事という感覚で、冷静に観察されていた様な………。

 

「そういうことならいいわ。 私はモモンガ様の寝室の前で警備しているから、何かあったら教えて。 ……他の守護者も持ち場についてちょうだい。 もしかしたら、神都で戦った敵が襲撃してくる恐れもあるから」

 

だがアルベドは、それ以上の詮索は止めることにした。

 

デミウルゴスの言っていることも辻褄があってはいるし、自分が感じている違和感は、あくまで勘に近いもの。

 

確固たる証拠も無くデミウルゴスをこれ以上問い詰めることは、ナザリック内に無用な不信感をばらまくだけだ。

 

驚異となる外敵がいる今の段階で、内輪揉めの愚を犯すことは避けなければならないのだから。

 

アルベドの言葉を受け、玉座の間にいた守護者達は自分の守護階層へと帰還していった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

(やはり気をつけていても、ふとした瞬間に違和感は出てしまうものですか……。 出来るだけ急いだ方がいいですね)

 

デミウルゴスは、第七階層の赤熱神殿の中に置かれた黒曜石の椅子に座り、思考を巡らせている。

 

周囲には自身の親衛隊であり、レベル80台の強大な悪魔、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)強欲の魔将(イビルロード・グリード)の三体が控え、デミウルゴスを守るように立っていた。

 

(宝物殿の情報は、幸いにもそれなりに知っている……、タブラ・スマラグディナが複雑な防御システムを組んだらしいですが、複雑すぎるのも考えものですね。 ウルベルト様が、しょっちゅう合言葉やルールを忘れて人に尋ねていたので、近くで聞いていた私も覚えてしまいましたよ)

 

この赤熱神殿は、ウルベルトがギルドメンバーとの雑談場所として度々利用していたこともあり、その会話をデミウルゴスの頭脳を以て繋ぎ合わせれば、ナザリックに関するかなりの情報が知れる。

 

既に自身の手には、宝物殿への鍵であるリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがあり、噂に聞いている宝物殿の番人とやらも、突破する方法は考えてある。

 

そして宝物殿の最奥に保管されているという、とあるワールドアイテムがあれば、己の目的に一気に近づくことが出来る……。

 

デミウルゴスの目に野望の炎が宿るが、逸りそうになる心は押さえ込む。

 

そう、焦ることは危険だ。

神都で学んだではないか。 高揚や万能感に身を任せ短絡的な行動を取ることの危うさを。

 

幸い、デミウルゴスはナザリック内の警備に関してかなりの権限を渡されているため、内部の存在が自分の計画の妨げにならない様に操作することは容易い。

 

とすると最大の不確定要素は、ここ数日モモンガが外に出ていた際の足取りか。

 

もし……、もしだが、仮にモモンガが現地の強者、それもナザリックを脅かし得る程の力を持つ存在と、何らかのコネクションを持っていれば、計画には幾つかの修正が必要となる。

 

まあ、神都のぷれいやーと思われる存在は、モモンガと出会い次第敵対してくることは確実なので考慮する必要が無いが、もしモモンガが活動していたという都市エ・ランテルに強大な存在が居るならば……。

 

(可能性は低いですが、一応調査する必要はありますね。 とは言え、アルベドかセバスに外部の詳しい状況を尋ねるのは怪しまれる可能性がありますし……、自分で確かめるしかありませんか)

 

とは言え、自分がナザリックから離れるのは流石にまずい。

ならば、配下を使うという方法が考えられるわけだが……。

 

デミウルゴスは自分の指揮下にあるシモベ達を思い浮かべた。

 

 

まず自分の召喚モンスターは、召喚時間の制限もあり調査任務には不向き。

 

ギルド内警備用の傭兵として召喚されたシモベは、指揮系統の混乱を避けるために、召喚者に関わらず優先順位の頂点をナザリックのギルド長……つまり現在はモモンガとしており、自分はモモンガからその指揮権を命令により譲り受けているだけ。

傭兵NPCにモモンガの意向に反する様な命令をするのは困難だろう。

 

同様の理由で、自動で生成されるレベル30以下のシモベも無理。

 

十二宮の悪魔は……、かなり目立つため、情報収集に向いているとは思えない。

 

やはり、残る候補は三魔将か。

彼らは、デミウルゴスの創造者であるウルベルトが経験値消費型スキルにより直々に作成し、デミウルゴスに指揮権を譲渡した経緯を持ち、モモンガとは直接の関わりはない、正真正銘デミウルゴス直属の部下だ。

 

彼らなら、ある程度の"グレーゾーン"の命令ならばモモンガに告げ口することなくこなしてくれるだろう。

流石に、明確にナザリックを裏切る様な命令は、直接の主人であるウルベルトの意思に反すると拒否する可能性もあるが。

 

そう判断したデミウルゴスは傍らに控えていた、嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)に声をかけた。

 

嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)、頼みたい任務があるのだが」

 

三魔将の中でも、精神を操る魔法に長けた彼女ならば、情報を得ることなどお手の物だろう。

 

デミウルゴスはエ・ランテルにて、ここ数日のモモンガの足取り、接触していた人間について可能な限り秘密裏に情報を集めることを命じる。

 

危険な匂いのする命令に若干気配を引きつらせつつも、彼女はデミウルゴスの手引きでナザリックの外の草原へと走り去ってゆく。

 

(さて……、私も準備をしておきますか)

 

デミウルゴスは未だ夜明けは遠い闇の中で一人、楽しげに笑った。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

――ナザリック地下大墳墓、第七階層の廊下。

 

デミウルゴスは人気の無い廊下を、堂々と歩いていた。

 

……時折、一般メイドやセバス配下の使用人とすれ違うことはあるが、彼らは所詮非戦闘要員。

現在デミウルゴスは、スクロールを使い姿と足音を消しているために、低レベルのシモベでは存在さえ感知することは出来ず、自身の存在を感知し得る様なシモベも簡単に避けることが出来る。

 

何せ、現在彼らの配置場所や巡回ルートを指示しているのは他ならぬデミウルゴス自身なのだから。

 

 

それにしても、僥倖というものは実際に存在するものだ。

まさか、嫉妬の魔将に命令したエ・ランテルの調査があのような有益な情報をもたらしてくれるとは……。

 

彼女は街の裏通りを彷徨くゴロツキを尋問したり、適当な冒険者をさらって精神支配の魔法で聞き出したりと精力的に調査を行ったらしいが、モモンガが現地の強者と接触したという情報は、少なくとも昨夜の夜から、今朝の夜明けまで行われた調査では得ることが出来なかった。

 

しかし、その過程でモモンガがエ・ランテルを訪れた後、頻繁に接触していたという人物、全てのマジックアイテムを使用することが出来るという、この世界特有の能力、タレントを持つ少年、ンフィーレア・バレアレにたどり着いたのだ。

 

彼の力があれば、作戦遂行後の懸念材料の殆どを解決することが可能。

正直、今すぐにでも手に入れたいくらいではあるが……、流石にそれは勇み足か、とデミウルゴスは思いとどまった。

 

計画完遂の前に、誰かに自分の動きを勘付かれるのはまずい。 

只でさえアルベドの自分を見る目が険しくなっているのだから、あまり欲張って手を広げすぎると、みすみす裏切りの兆候を察知されてしまうだけだ。

 

「……ふふ、いけませんね。 私としたことが、子供の様に焦ってしまっている。 優先順位はナザリックの掌握、そしてモモンガの始末が先。 ……しかしそれも直ぐです」

 

デミウルゴスは、ある一室の前で立ち止まると、扉の前にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをかざす。

 

扉に刻まれた幾何学的な文様が、幾度が明滅したかと思うと、やがて音もなく扉が開かれた。

 

その部屋の名札にはこう書かれてある。 

 

"錬金術研究所"

 

かつて、タブラ・スマラグディナを主とするナザリックの生産職が様々なマジックアイテム、そしてゴーレムの研究をしていた施設だ。

 

デミウルゴスが中に入ると、暗闇に閉ざされていた室内に白色の照明が灯る。

 

幸い、目的の物は直ぐに見つかった。

 

部屋の中央部で、透明なガラス管の中で目を瞑り微動だにせずに佇んでいる、一人の少女。

 

短く切りそろえた金髪に、白磁の様な肌。

 

美しさは一般メイドやプレアデスにも決して劣らない見事なものだが、彼女達とは違う……生気の無い人形の様な美しさだ。

 

それも、その筈。

 

彼女こそが、タブラ・スマラグディナが作り上げた最高傑作にして失敗作の自動人形。

ワールドアイテムである、熱素石(カロリックストーン)を核として作り上げた、ワールドチャンピオンをも屠りうるナザリック最強の個。

 

名付けられた名は……ルベド。

 

「会うのは初めてになりますねえ、ルベド。 ナザリックの他のシモベとは異なる方法で生み出された貴方は、他の者達とは違い、ギルドのメンバーを認識することが出来ない。 だからこの指輪をつけている者の命令に、無条件に従うように作られた、でしたか。 まあタブラとウルベルト様の受け売りですが」

 

とは言え、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを所持しているのはモモンガや他の守護者も同様。

 

この指輪だけでは、彼らを倒すようにルベドに命令するのは難しい為、やはりアレの掌握が必要不可欠だ。

 

(まあ……、全ての道筋は出来ていますがね)

 

デミウルゴスは、ガラス管の前に置かれたコントロールパネルに手をやり、起動ボタンを押し込む。

 

ルベドの身体がぴくりと動き、瞼がゆっくりと開かれる。

感情の一切宿らぬ無機質な瞳は目の前のデミウルゴス、自分への命令権を持つ存在を見据えた。

 

 

 

 

 


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