LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第三十話 魔神使い

戦闘の口火を切ったのは、アルベドだった。

 

20メートル近い距離を一気に詰めると、近接戦闘用に変形させたギンヌンガガプを、アーラ・アラフ目掛けて思い切り振り下ろす。

 

現地の大抵の存在ならば、この一撃で勝敗が決するだろう。

 

だが、相手はユグドラシルのカンストプレイヤーと、命懸けで迷宮を潜り抜け、大いなる力を手にした魔神使い。

 

この程度で……終わるはずが無かった。

 

「<不落要塞>」

 

クリストの斧槍の刃が白く光り、アルベドの攻撃を受け止める。

 

相手の攻撃の威力を吸収する武技の効果で、一瞬だけ双方の武器が音もなく交錯し……、直後に、まるで爆発したかの様な衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばした。

 

クリストの<不落要塞>だけではアルベドの攻撃を完全に受けきることは出来なかったが、その威力を弱めることには成功する。

 

武技と膂力で、一歩も引かずにアルベドの初撃を受け止めたクリストは、アルベドを武器ごと思い切り押し込む。

 

軽く後ろへとバランスが崩れたアルベドへ、すかさず追撃が繰り出された。

 

(響命斧槍(ヴィーネル・バルサロス))

 

不気味な斧槍とギンヌンガガプが激しい音を立てて打ち合い、空中に火花が幾筋もの光線を描く。

 

この攻防の様子を見て、デミウルゴスは目を見開いた。

 

(なんと! 純粋な戦士職であるアルベドとこうも打ち合うとは……。 いや、戦士では無い私には完全には両者の実力は測れないが、技は恐らくアルベドが上、だが、膂力ではあの人間の方が若干押している!?)

 

アルベドは防御優先の戦士だと聞いたことはあるが、物理攻撃力もかなりの水準には到達しているはず。

しかも、今のアルベドは世界級アイテムを身に付け通常時よりもステータスは底上げされている。

 

その状態のアルベドと、たかが人間が互角の戦いを繰り広げているのだ。

 

もしあそこで戦っていたのがアルベドでは無く自分であれば、恐らくものの数分で命を散らしていただろう。

 

デミウルゴスは自分が予想以上の危機に置かれていた事を悟り、内心冷や汗をかいた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「人間風情が食い下がりやがってぇぇ、死ねえェ!! <ヘビィスイング>」

 

「滅びるのはお前たちの方だ、悪神。 <能力超向上>」

 

スキルで強化された一撃を、武技による身体能力の強化で受け止める。

 

衝撃を利用して一気に10メートル程距離を取った二人は、共通した思いを抱いていた。

 

((強い……))

 

既に敬意など捨て去ったとは言え、その力を誰よりも認めている自分の創造主、タブラ・スマラグディナ。

その彼により作られた、ナザリックの守護者統括たる自分が、下等生物と侮っていた人間(にんげん)如きにこうまで苦戦するとは考えていなかったアルベドは、少なからず驚愕の感情を覚えていた。

 

あの奇妙な姿に変身している人間の膂力は、ワールドアイテムを所持している自分を、大きく、と言う程ではないが、若干上回っている。

 

とは言え、戦士としての力量では自分の方に利があるようで、相手の攻撃の粗をつき、一撃逆転の手を打つことは十分に可能。

 

防御力に至っては、碌な防具を身につけていない相手より、神器級の鎧で武装し防御に特化したビルドである自分が確実に勝る、とも確信しており、最終的には自分が勝つという自信は揺らいでいない。

 

それに……いざとなればギンヌンガガプの効果を発動すればいい。

 

(しかし……戦いにくい。 あの槍と打ち合った時にギンヌンガガプを伝って私の腕に流れ込んでくる、気持ちの悪い脱力感。 あれのせいで、相手の粗には気がついているのにカウンターを打つタイミングを潰されている。 奴の武器の効果だとは思うけど、武器を交えただけであれなら、鎧にでも喰らえば動作の大きな遅れに繋がるかも……)

 

かつての1500人の大侵攻の際にも、戦闘は行っていないアルベドにとって、これが初めての自分を殺し得る力を持つ相手との闘い。

 

疲労無効の装備を身につけているのにも関わらず、アルベドの首筋に一筋の汗が伝った。

 

 

 

 

 

同時にクリストも、自身と相対する全身鎧の戦士の強さに危機感を覚えていた。

 

ジンの金属器は、ただ使用するだけならば手に入れた瞬間から、詠唱により力を引き出すことが出来る。

 

ただ、金属器の真価を発揮する為にはそれでは足りない。 

 

金属器を繰り返し使用し訓練していくことで、ジンの力を自分の体の周りに薄く纏わせ、肉体と同化させる魔装と呼ばれる状態になる術を身に付けることが必要なのだ。

 

魔装状態の金属器使いは、契約したジンとよく似ている姿へと変化し、その身体能力も爆発的に上昇する。

 

そう……、かつては決して届かぬ頂きに立っていた番外席次"絶死絶命"をも凌ぐ程の身体能力に、通常時よりも遥かに効率的に魔力(マゴイ)を運用出来るようになることで、より強力な技を容易く扱えるようにもなる。

 

アーラ・アラフ様曰く、『レベル100の戦士並の身体能力と、レベル100のマジックキャスター、いや、特定分野だけとは言え、それ以上の魔法の力を両立させた存在』へと変化するのだ。

 

だが、やはり弱点はある。

魔装により、上昇するのは身体能力のみ。

 

新王国のラナー将軍との情報交換で得た情報を参考にすると、魔装後の身体能力は恐らく、契約したジンにのみ依存し、使用者の元々の身体能力は影響しない。

ただし、戦闘技術や武技などについては、使用者が元々持っていたものが適用される。

 

どうやら、純粋な戦士としての実力は、私と対峙する悪神の方が明らかに上のようで、力では幾らか優っているであろうにも関わらず、こちらの攻撃は尽く受け止められている。

 

武技の複数同時発動が出来れば、相手の防御を崩す爆発的な力が得られるかもしれないが、武技の発動と発動の間には、僅かながら隙が生じるため、一瞬の遅れが命取りになりかねないこの状況では、一つ発動させるので精一杯だ。

 

 

しかし、クリストの心に絶望の影は射していない。

魔装状態の時、金属器を核として具現化させることが出来る、ジン特有の武器。

<響命斧槍(ヴィーネル・バルサロス)>の毒が、敵に回りつつあることを感じていたからだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

二人のプレイヤーを守る戦士達が、熾烈な白兵戦を繰り広げている頃、アーラ・アラフとモモンガもマジックキャスター同士の戦いの口火を切っていた。

 

―暗黒儀式― ―上位アンデッド創造―

 

モモンガの前に、二体の黒い全身鎧に身を包んだ、全長三メートル程の巨大なアンデッドが姿を現す。

 

このアンデッドの名は、偉大なる死の守護者(エルダーデス・ガーディアン)

身の丈程もある幅広の直剣と、左半身を完全に隠す程の大きさの盾を持つ強力なアンデッドであり、レベルは80台後半に位置する。

 

一日4体のレベル70以下のアンデッドを召喚する上位アンデッド創造の枠を、暗黒儀式習熟により二体分消費して召喚できるゾンビ系のアンデッドだ。

 

魔法攻撃の手段は持っていないが、その分、白兵戦では攻守ともに優れた能力を発揮する為、モモンガは自分の護衛としてこの二体を召喚した。

 

 

 

 

そして、クリストとアルベドの攻防に巻き込まれない位置にまで下がったアーラ・アラフもモモンガと同様、スキルを発動する。

 

聖女(ベアトリーチェ)の導き― 

 

「《サモン・エンジェル・10th/第十位階天使召喚》」

 

アーラ・アラフの召喚に応えて現れたのは、4階建ての建物と同程度の高さを持つ最高位に属する天使、土星天の熾天使(セラフ・ジ・サテニアン)

 

まるでクリスタルを削り出して作られた様に滑らかな人型の姿をしており、空の青を映す程に透き通った体の中には、宝石の様な色とりどりの球体が自分の意思を持つように、しかし何処か規則正しく踊っている。

 

その右腕に持つのは巨大なメイスであり、先端には武器とは思えない精巧なカットが施された紅いクリスタルが取り付けられている。

 

胸程の高さで、幾重もの明暗のコントラストに彩られたリングが体の周囲を取り囲んでいる、宇宙的な美しささえ感じさせる姿に、闘いの様子を遠巻きに伺っていた神都の人々は勿論、アルベドとデミウルゴスも一瞬目を奪われた。

 

 

 

一方で、モモンガは内心で厄介な相手だ……と眉を顰める。

 

《サモン・エンジェル・10th/第十位階天使召喚》単体でも熾天使を召喚出来ることは出来るが、その場合は熾天使の中では下から二番目の強さである、レベル80台前半の月天の熾天使(セラフ・ジ・ムーンフィア)が限界。

 

それ以上の熾天使を召喚しようとすると、必ず何らかのスキルの併用が必要不可欠になる。

 

先程、アーラ・アラフがスキルを発動した際の、桃色の羽が光と共に散るエフェクトには、モモンガも見覚えが有った。

 

あのスキルの名は、<聖女(ベアトリーチェ)の導き>。

 

プレイヤー限定のやり込みスキル……、つまりモモンガが持つ<黒の叡智>と同じように、特定の条件を満たしていくことで、天使の召喚魔法を強化し、より上位の天使を召喚できるようになるスキルだったか……。

 

ロールプレイ的にも、性能的にも、それなりに人気があるスキルである為その存在は知っていたが、具体的な効果や条件まではモモンガは覚えていない。

 

だが、土星天の熾天使(セラフ・ジ・サテニアン)のレベルは確か93程度。

確実に自分達を倒そうとするならば、更に上位の天使を召喚するべきでは無いだろうか。

 

勿論、奴の実力ではこの天使が限界だったと言う可能性も無くはないが、そうで無かった場合。

つまり何か目的があり、あえてこの天使を召喚したなら……。

 

モモンガは相手の狙いを理解し、心の中でほくそ笑んだ。

どうやら口では神都の中での決戦も辞さないと言っておきながら、民を切り捨てる覚悟が出来ていなかったらしい、と。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

ちなみに、この闘いの直接の原因を作った当のデミウルゴスはと言うと、モモンガとアルベドの後ろに待機し、両陣営の情報を少しでも得ようと観察していた。

 

戦闘に参加せずにいる事で、後々不信感や不満を抱かれるかもしれない……とは思うが、今のデミウルゴスにとって最も優先すべきは自分の命。

 

戦闘能力では、とりあえずプレアデスには負けない、という程度の彼は、今も眼前で繰り広げられる熾烈な攻防戦に巻き込まれれば命取りになりかねない。

 

もし、盾に使われでもして一度死んでしまえば、今の自由が失われてしまうかもしれないし、そもそもモモンガが復活させてくれる保証も無いではないか。

 

後で何か言われれば、下手に手を突っ込んでも足手纏いになるだけだと思い、参戦の機を伺っていたとでも説明しようと考え、一人冷静に戦局を分析していた。

 

 

その時、土星天の熾天使(セラフ・ジ・サテニアン)の周囲を囲んでいたリングが急に輝きを増したかと思うと、急速に広がっていき、一瞬の内に熾天使を中心に半径50メートル程の広範囲を取り囲むリングとなった。

 

これは土星天の熾天使(セラフ・ジ・サテニアン)が持つスキルの一つ、<円環領域>の発動を示す。

このリングの中から外には、攻撃魔法や遠距離攻撃の効果を及ぼすことは出来ず、魔法による転移も不可能となる。

 

しかし、外から中への攻撃には影響を及ぼさない上に能力の発動中、土星天の熾天使(セラフ・ジ・サテニアン)はその場から動けなくなると言う、自分の防御というよりは、周囲……この場合は神都の民だろう……を守る事を優先したスキル。

 

貴重な召喚枠を、このようなスキルの為に比較的弱いであろう天使で埋めてしまったアーラ・アラフをモモンガは甘いと判断したが、彼女とて勝算も無くこのような作戦を取ったわけではない。

 

リングが展開された瞬間に、アーラ・アラフは鋭い声を張り上げた。

 

「クリスト、決めるわよ!」

 

「はっ!」

 

今までの攻防はいわば前準備や前哨戦に相当するもの。

彼女の声を契機として、生死を分ける最後の戦いが始まった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

クリストがアーラ・アラフの声を受け、今までよりも深くアルベドへと踏み込む。

 

「はっ、迂闊っ……!?」

 

それを、大きな隙と捉え迎撃しようとしたアルベドの舌が急にもつれた。

 

体が……動かない。

 

体が急に強張り、まるで石になったように感じる。 幸いにして、その感覚は生じた時と同様一瞬で消え去り、直ぐに元通りの身体感覚が戻るが、硬直したタイミングが最悪だった。

 

既にクリストの斧槍は大きく横薙ぎに払われ、アルベドの身体を吹き飛ばして、鎧と武器が接触した部分からは先程よりも強い脱力感が体に流れ込んできている。

 

……クリストの持つジンの武器、響命斧槍(ヴィーネル・バルサロス)は命を操る魔法を周囲に纏っており、間接的にでも接触した相手の中に魔力を流し込み、神経を一時的に麻痺させることが出来る。

 

この麻痺を齎す魔力は、金属器の習熟によりある程度、即効性と遅効性を操作することが出来、クリストはアルベドからの反撃を喰らいにくくする為に、即効性の麻痺に多くの比重を割くと共に、決定的な一撃を喰らわせるために遅効性の魔力を少しずつ蓄積させていた。

 

とは言え生者に対しての使用は、能力の一側面にしか過ぎず、この金属器の真価は別のところにあるが……。

 

だが、クリストの唯一の誤算はアルベドの纏う鎧の想像以上の硬さ。

命中した瞬間、僅かに鎧を傷つけた手応えはあったが、内部までは刃を通すことが出来なかった。

 

クリストの危惧の通り、アルベドは完全に動きを奪われることは無く、地面に転がりながらもギンヌンガガプをクリストの方へ向ける。

 

「お前などを……、モモンガ様に触れさせるかぁぁぁ!」

 

アルベドの前方に、クリスト、そしてアーラ・アラフすらも巻き込む広範囲攻撃が発動される。

 

上空から不可視のエネルギーが、彼らの上に降り注いだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

(やったか……?)

 

ギンヌンガガプは対物向けのワールドアイテムだが、人間に取っても軽視出来るような威力という訳ではない。

 

アルベドが発動したギンヌンガガプによる攻撃が、二人に降り注ぐ瞬間、モモンガはそう考えた。

 

だが……、モモンガの目の前で驚くべき事が起こる。

 

アーラ・アラフの上空を中心に、空間が円状に歪んだかと思うと、彼女を中心に攻撃のエネルギーが弱まったのを感じた。

 

一瞬後、周囲の建物が軒並み押しつぶされたように崩れたが彼女の周りだけはまるで無風地帯のようになんの影響も及んでいなかった。

 

(これは……まさかワールドアイテムを所持しているのか? 可能性はゼロでは無いとは思っていたが……)

 

モモンガは、ギンヌンガガプを手に入れた際、ギルドメンバー達で性能評価の為のテストをしたことを思い出す。

 

確かギンヌンガガプによる攻撃範囲にワールドアイテム持ちを巻き込むと、その者を中心に攻撃の効果が弱められていき、少し離れた箇所でも威力が……っ!。

 

そこまで思い出し、モモンガは咄嗟に、不思議な変身をした男がいた場所を見る。

あの女に気を取られて奴の存在が意識から抜けていたが、彼女の影響を受けて彼の立っていた辺りでも、攻撃の威力が減少していた筈。

 

 

……果たして、そこにクリストは立っていた。

頭部の角が一本折れ、左腕は力無く下がっている満身創痍の状態だが、両の足に込められた力と瞳に満ちた敵意は消えてはいない。

 

「くっ、偉大なる死の守護者(エルダーデス・ガーディアン)!」

 

モモンガが、護衛のモンスターを動かし身を守ろうとするが、直ぐに魔法が飛んでくる。

 

「《チェイン・オブ・エクソシズム/退魔の鎖縛》」

 

アーラ・アラフは、束縛系魔法のエキスパートとは言えない為、束縛できる時間は相性を考慮してもせいぜい2、3秒。

 

だが、クリストにとってはそれで十分過ぎた。

 

アルベドは地に転がり、デミウルゴスは傍観したまま姿勢を崩さない。

 

斧槍がモモンガの肩に叩きつけられ、アンデッドの偽りの命に相反する、命の魔力がモモンガを焼いた。

 

 

 

 

 


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