LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第二十八話 再臨

―――ナザリック地下大墳墓、第五階層『氷河』

 

「まずは私とアルベドがスレイン法国へと転移し、デミウルゴスを救出してくる。

お前たちは、ここで待機していろ」

 

その言葉に、守護者達の雰囲気は微かにざわめいた。

 

「モ、モモンガ様。 敵の懐かも知れない場所へ赴くのに、護衛がアルベドだけでは……」

 

セバスが、不敬を承知でモモンガの言葉に口を挟む。

 

他の守護者達も、言葉には出さないものの、セバスの意見に賛同していることは表情から明らかだった。

 

「私も先ほどはそう思ったが、相手の戦力も分からない内に、重要な戦力であるお前たちをぶつけるのは危険すぎる。 もし相手が世界級アイテムを持っていた場合などに、一網打尽にされかねないからな。

だからと言って今から宝物殿へ取りに行く時間も無いし、まずはギンヌンガガプを持っているアルベドと、私が行くべきだろう。 もし我々が危機に陥った場合は、シャルティアの転移魔法で応援に来てくれ」

 

「……かしこまりました」

 

守護者達は心の中でモモンガの安全を不安に思いながらも、主の命令に従った。

 

モモンガとしては、デミウルゴスを傷つけた者達をナザリックの全戦力で直ぐにでも殲滅したいくらいなのだが、ユグドラシル時代の経験と、ギルドマスターとしての責任感が、相手の戦力も分からない段階で、全戦力を投入するのは無謀だと判断していた。

 

(アルベドの鎧は……まあいいか。 どうせ、もう冒険者などしている場合では無い。 エ・ランテルでアインズ・ウール・ゴウンと名乗ってしまっている以上、同じプレイヤーには私がプレイヤーだと勘付かれるもの時間の問題だろう)

 

転移する前に仮面とガントレットを着用しておこうかと暫し迷うが、それも辞めることにした。

 

浄罪の座天使(オファニム・コンベクション)を召喚できるようなマジックキャスターがいるのなら、下手な偽装など直ぐに見破られてしまうはず。

 

モモンガが、エ・ランテルへ行く時に着ける探知妨害の指輪は、流石に全ての探知、情報系魔法を遮断できる訳ではない。 一言に情報系魔法と言っても種族や生命、現在のヒットポイントやマジックポイント、弱点となる属性など、種類は多岐に及ぶ。

 

それを一つの装備で完全に無効化するなど、世界級アイテムでもなければできるはずがなく、モモンガが現在装備しているのは、第七位階程度までの情報系魔法と、それに相当するスキルを遮断するものだ。

 

当然これは、少しでも情報系魔法に力を入れているプレイヤーには全く通用しないため、高位の探知魔法を防ぐためには、ステータス隠蔽や、耐性隠蔽など、個々の分野に特化した装備を着けなくてはならないが、その為に貴重な装備枠を使用するのは気が進まない。

 

それに……、栄光あるアインズ・ウール・ゴウンの、この世界初の本格的な戦闘に、無粋な変装などは必要ない。

 

結局モモンガは、自分に補助魔法と幾つかの情報系魔法に対する対策を施した後、詠唱を始めた。

 

「《ゲート/次元門》」

 

モモンガとアルベドは、空間に開けられた通路を通り、戦いが待ち受けるであろうスレイン法国へと足を踏み入れた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

少女は、遠隔視の鏡の中に映し出される、戦闘の様子を見ていた。

 

「見たところ種族は悪魔、職業は……変身系か。 あまり、戦闘向きではないようだけど……」

 

「鏡越しでは、詳細までは分かりかねますが、貴方様がニグン殿に渡した魔封じの水晶で十分に仕留められそうに思えます。 とは言え、ここまでの強者同士の戦いを見たことは、漆黒聖典の隊長だった頃を含めても、そうそうありませんね」

 

口の中でぶつぶつと呟きながら、画面を険しい視線で見つめ続けている少女に、クリストが話しかけた。

 

「確かに、このまま行けば、あの悪魔を殺しきれるとは思うわ。 だけど、あの悪魔の目的が分からない。この世界の存在ではなく、私に近い存在が送り込んだとは思うけど、国を滅ぼすことが目的ならもっと戦力を用意してくるはず。

でも、単体で送り込んできたと言うことは……っ!? あれは、《ゲート/次元門》?」

 

神都の空に突如として、まるで空間を切り裂いた様な門が出現し、二人の人影が浮遊しながら通り抜けてきた。

 

煌びやかな装備を身にまとった骸骨と、悪魔的なデザインの全身鎧を着込み、漆黒のバルディッシュを装備した戦士。

 

そして、骸骨の肋骨の中で光っている真紅の球体が、少女の薄れつつあったユグドラシル時代の記憶を呼び覚ました。

 

「赤いオーブを持つオーバーロードの魔術師。糞DQNギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルマス…………」

 

名前は……なんと言ったか。 確か動物っぽい響きだった気がする。

 

「ご存知なのですか?」

 

クリストの疑問に、少女は答える。

 

「ええ……。 私が元居た世界では、人間を敵視していて、しょっちゅう問題を起こしていた奴ら、よ」

 

ゲームの中の話だけど。 

その一言を少女は、喉の奥にしまいこんだ。

 

彼女や、かつての仲間がユグドラシルの事を詳しく話したことは無いし、恐らくこれからも話すことはないだろう。

 

「貴方様が居た世界……もしやあの二人も『ぷれいやー』なのですか!? し、しかし人間を敵視と言うことは………」

 

「あの骸骨の方は、プレイヤー。 あの鎧は……分からないわ。 エヌ…従属神かも。 まあ、今の状況だけ見ても、どう考えても人間に対して敵意を持っているから、悪神ということになるわね」

 

彼、あるいは彼らはゲームの方針を、そのままこの世界に持ち込んで、人類を滅ぼそうとでも言うのだろうか?

 

恐らくあの悪魔の襲撃は威力偵察。 こちらの対応を見て、神都には大した戦力が無いと判断された。

だから、自ら法国の民を殺すために来た。

 

通常では考えられない感性。 元々人間であったものであれば、普通はありえない選択だろう。

 

だが……彼女の経験は、その可能性が排除出来ないことを知っている。

 

(スルシャーナの様に、人間への同族意識が薄れ………しかもカルマ値に呑まれたか。

だとすれば、あの子に聞いた八欲王の様に自分の下らない楽しみの為に、殺戮を始めても不思議ではない、わね)

 

そうしている間にも、骸骨は攻撃魔法を放ち天使達を削っていく。

ニグンは攻撃対象を悪魔から、骸骨達に切り替えさせたようだが、天使の剣は全身鎧の戦士に阻まれ、骸骨には届くことは無かった。

 

 

その時、部屋のドアが勢いよく開かれた。

 

現れたのは、スレイン法国、光の神官長である痩せぎすの男、イヴォン・ジャスナ・ドラクロワだった。

 

「た、大変です。 神都に、あ、悪魔が……」

 

彼女は、鏡から目を逸らさないまま、手をぱたぱたと振って彼に応えた。

 

「今、鏡で見ているところよ」

 

「し、神官長。 どうやら、今神都を襲っている者達は、神や従属神であり……しかも人間を憎む悪神であると」

 

「なっ!?」

 

イヴォンは、衝撃のあまり固まってしまう。

 

確かに時期的には、百年毎の揺り返しで新たな神が降臨する可能性があるのではないかと、スレイン法国の上層部では話しあっていたが、まさか降臨したであろう神が神都を襲い、しかも己が絶対の信仰を捧げる神が、彼の神を悪神であると判断したのだ。

 

また八欲王の時のような悲劇が繰り返されるのか。

 

それを聞いたイヴォンの心は絶望で塗りつぶされ、ただ神に祈りを捧げることしか出来なかっただろう。

 

そう――――、彼女がいなければ。

 

「大丈夫………法国は私が守るわ」

 

「あ、あぁ……神よ……」

 

奈落の暗闇に指す一筋の光とは、この方の事を言うのだ。

己が人生を懸けて信仰を捧げてきた、いつか再び人類を救ってくださると信じ続けてきた存在。

 

光と生命を司る、彼が最も偉大な神であると信じている御方。

 

「悪神が私の子供達を、人類を滅ぼそうと言うのならば、私が彼らを救う。

世界に闇が降りようとするなら、それを切り裂き、夜明けをもたらして見せる。 この光の……。

…ふふ、まあちょっと格好つけすぎかな?

気合を入れようと思って気取ってみたけど、私には似合わないみたい」

 

イヴォンとクリストを和ませようとした、彼女なりのお茶目なのだろう。

くすくすと笑ってから、少女は二人に柔らかく微笑みかけた。

 

「でも安心して、イヴァン、クリスト。 あの糞野郎は私が始末する。 骨を粉々に磨り潰して、豚の餌に混ぜてやるわ。 ―――行くわよ、クリスト」

 

「あ、貴方様が自ら? しかし、まだ時期尚早では……」

 

イヴォンが慌てて引き止めようとするが、彼女は力強く彼を見つめるた後、首を振った。

 

「もうそんなことを言っている場合では無い。 もう少し準備が整うまで、世界には私の存在を隠して起きたかったけれど……今は戦うべき時よ」

 

彼女は《ゲート/次元門》を発動すると、クリストに車椅子を押され、自分にとって死地となるかもしれない門の向こうへと向かっていく。

 

 

彼女を盲信する二人には気がつかなかったが、少女の手は緊張のあまり小刻みに震えていた。

 

(もし、他のギルドメンバーも一緒に転移していたら……、いや、拠点NPCだけでも十分驚異ね。 全ての手札を出し切っても勝目は薄いか)

 

本当は、安心して、など言えるような状況ではない。

 

だが、彼女は口元に湛えた微笑と、勝利を確信したような目の輝きを崩すことはなかった。

彼女は誰よりも知っているのだから。 あまりにも隔絶した力を持つプレイヤーが、誰かを滅ぼそうと思えば、この世界の住民に抗う術はない。 そして、そんな底無しの絶望に突き落とされようとしている法国の民の唯一の光は、自身であるのだと。

 

(例え全てを失っても……最後まで法国の民を見捨てない。 途轍もなく不安定な、この世界の荒波の中で、私達の助けもなく五百年間も耐え続けた子供達。彼らが絶望の闇に叩き落とされるなら、私も一緒に闇の中に堕ちて、小さくても彼らの光として在り続ける。

皆が居ない今……、それは私にしか出来ないこと)

 

《ゲート/次元門》の向こうへと消えた少女に、イヴォンは跪いて祈りを捧げた。

神官長という大それた地位でありながらも、それだけしか出来ない自分の無力を呪いつつ、彼はただ神に信仰を捧げ続ける。

 

「ああ、我等が母たる光の神よ……」

 

忘れもしない。

 

一年前のあの時。

彼の人生の中で、最も深い歓喜を味わったあの日。

 

上の地位へと登り続ける中で、人類の存続の為に戦う、純真な正義の神官ではいられなくなった。

人類の為、皆の為。 そんな大義名分で部下や自分さえも誤魔化しながら、かけがえのない少数を切り捨てていった。 そんな汚れた自分が、あの御方にお仕えするなど許されないと思い、自分の罪を全て告白したとき……、あの御方は私を責めるばかりか、自ら罪を被り人類を守ってきた功労者として、労ってくださったのだ。

 

だから、彼は祈り続ける。

己の闇を照らし、心の葛藤を憐れみ、母の如き愛を与えてくださった大いなる神。

 

法国に再臨した、至高なる六大神の一柱。 生の神アーラ・アラフに向けて。

 

 

 

 

 


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