LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第二十六話 引き裂かれた鎖

―――リ・エスティーゼ王国、西方の小都市リ・クルーム。

この街から、30分程離れた平原の中に、その建物はあった。

 

明らかに王国のものとは異なる意匠の、まるで宮殿のような建造物。

屋根や壁は、金属のような未知の材質で作られており、もしこの世界の人間が同じものを作れと言われても、確実に不可能だろう。

 

正面にある入口らしき場所には、黄金の膜が光を放っている。

 

ここは、現在王国にある唯一の迷宮。

既に日が暮れ、近寄る者のいなくなった迷宮の周辺に、いくつかの影が動き回っていた。

 

「全く……、何とかならないのか!? まさかここまで収穫無しだとは……、くそっ」

 

焦りを含む声で、部下の悪魔たちを指揮しているのは、ナザリックの階層守護者であるデミウルゴスだった。

モモンガから、迷宮の調査を命じられたデミウルゴスは、考えうる限りの手段を用いて少しでもこの場所の情報を得ようとはしていたが……。

 

「も、申し訳ございません。 しかし、魔法や物理攻撃の類は一切この迷宮とやらに影響を与えることができず…、情報系のスクロールやワンドも全く役に立たないようです。 ここは一旦、ナザリックに帰還し再調査の準備を整えるべきかと」

 

「しかし、それは……」

 

デミウルゴスが苦虫を噛み潰したような表情になる。

ナザリックに最後に残った至高の御方であり、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター、モモンガに直接仕事を任されたという名誉を受けたにも関わらず、収穫無しでおめおめと帰還するのは、彼のプライドが許さなかった。

 

しかしながら、現実問題として迷宮外部からの調査は一向に成果を上げていない。

だとすれば、次は内部の調査に移りたいところだが、守護者などの拠点NPCの立ち入りはモモンガに禁じられている。

 

「……まあ仕方が無い、か。 次は、迷宮内部の調査に移る」

 

「デ、デミウルゴス様。 内部への立ち入りは禁止されているはずでは?」

 

デミウルゴスの親衛隊の一人、嫉妬の魔将が慌てて止めようとするが、デミウルゴスはそれを軽く笑う。

 

「確かに、内部の情報が存在しない以上、不用意な立ち入りは禁止されている。 しかし、あくまでもそれは帰還できなかった場合、損失になるような下僕に限った話だ。 私が何体か、悪魔を召喚するからそいつらに内部の情報を持ち帰るように命令しよう。 所詮、人間風情でも攻略出来る程度の場所。 戦力的には十分なはずだ」

 

「なるほど…。 確かにそれでしたら、帰還出来なかった場合もナザリックの損失には成りえませんが、一応モモンガ様にお伺いは立てた方がいいのでは?」

 

「はぁ。 勿論、命令を絶対遵守するのは大切だが、だからと言って命令された事以外は何も出来ないようでは、下僕失格だ。 モモンガ様の深淵なる知恵は、我々を遥かに凌ぐもの。 しかし、あまりにも能力が高すぎる方の常として、人に命令をする場合に受け手が、その考えを理解できない場合がある。 これは、他人にとっては思いつかないことさえも、当然過ぎて語るまでもないだろうと判断してしまうからだが……、ナザリックの下僕である私達の勤めは、可能な限りモモンガ様の真意を察し、無駄なお手間をかけさせないようにすることではないかね?」

 

「それは……、確かに仰る通りでした。 余計な口出しをしてしまい申し訳ございません」

 

デミウルゴスの説明に、配下達は納得すると同時に自分の至らなさを恥じた。

 

「さて、それでは始めるとしようか」

 

―― 中位悪魔召喚 紅爪の悪魔/クリムゾン・リッパー ――

 

デミウルゴスのスキルで、長く鋭い、真紅の爪を持った人型の悪魔が姿を現す。

全身は黒い羽毛に覆われており、背中からは鳥のような翼が生えている、カラスの頭を持った悪魔。

 

レベルにして37相当という、この世界の基準では、一体もいれば大規模な都市を滅ぼすことが出来るような化けもの。 それが、六体もデミウルゴスの前に佇み、命令を待っていた。

 

「一先ず、奥には進まず入口付近を中心に内部の様子を調査してみてくれ。 お前たちの召喚時間は、60分が限度だから、30分ほど経ったら《メッセージ/伝言》を繋ぐ。 その時に、得た情報を報告しろ」

 

「「はっ」」

 

紅爪の悪魔は、次々と黄金の膜に触れ、迷宮の内部へと引き込まれていく。

 

デミウルゴスは、入口の前に立ち、それを満足げに眺めていた。

 

「モモンガ様に聞いた3人の魔神使いは全員人間だというので、異形種が入れるのかは危惧していたが…。問題は無さそうだな」

 

それに、召喚モンスターでも問題なく入場できるという情報が得られたことは、かなり大きな収穫だとデミウルゴスは判断していた。

 

ナザリックはユグドラシル金貨さえあれば、いくらでも傭兵モンスターを召喚できる状態にある。

この分なら、拠点NPCを危険に晒さなくても、簡単に魔神の力とやらを入手できそうだ。

まあ、どれほどの価値がある物なのかは、まだわからないが……。

 

その時だった。迷宮の入口が、急に大きく光輝き…。

黄金の膜の一部が変形し、触手のようにデミウルゴスに向かってきた。

 

「なっ!?」

 

予想外の出来事に、回避行動を取るのが遅れたことで、触手は避けることが難しい位置にまで到達してしまった。

 

それでも後ろに飛びのきつつ、触手を手で払おうとするが、デミウルゴスが右手に感じたのはねっとりと纏わりつく様な不快な感覚。

 

そして次の瞬間、デミウルゴスの体は強い力で入口へ向けて引っ張られた。

 

「デミウルゴス様っ!」

 

配下達が、慌ててデミウルゴスを助けようとするが、彼はそれを止める。

 

「やめなさい! 多分、この触手は切れない…。 それに、このまま全員が迷宮に引きずり込まれてしまったら、誰がナザリックにこのことを伝えるのですか。 あなた達は至急ナザリックへと戻り、モモンガ様に連絡してください。 私のことは……、自分で何とかする」

 

デミウルゴスを捉えているものと同じような触手が、更に二本、膜から飛び出し彼の体に絡みついていく。

 

やがて力の拮抗は崩れ、デミウルゴスの体は迷宮の中に吸い込まれていった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「今日は、ここで寝るのでござるか?」

 

「ああ……、厩で悪いが、魔獣用の宿泊施設というのは存在しないらしくてな。 暫くはここで我慢してくれ」

 

「別にいいでござるよ、アインズ殿。 それがしが寝床にしていた洞窟と大して変わらないでござる。 ただ、やはり少し狭いでござるなあ。 それがしは寝相がいい方ではないし、もしかしたら柵や壁を壊してしまうかもしれないでござるよ」

 

「うーむ。 それは…」

 

ハムスケは、馬とは比べ物にならない程の力を持つ大魔獣。

やはり、厩に宿泊させておくのは無理があるか……とモモンガは思う。

 

宿屋の主人も、許可してくれはしたもののハムスケを見て顔が引きつっていたし…。

 

モモンガは夕暮れ前にエ・ランテルへと帰還し、ンフィーレア達と別れた後、冒険者組合でハムスケを魔獣として登録した。

 

正直なところ、ハムスケを連れて街中を歩くのは少し気恥ずかしい思いも残っていたのだが、組合の職員や冒険者、そして道行く人々から向けられたのは敬意と畏怖以外の何物でも無かった。

 

どう見ても大型ハムスターにしか見えないハムスケを、驚嘆の眼差しで見つめている群衆を見ている内に、ひょっとしたらハムスケには幻覚を見せる能力があるのでは無いかと、疑ってしまうほどの違和感だったが……。

 

「まあ、寝る場所の問題は近いうちに何とかしよう。 今日はそこで我慢してくれ」

 

「分かったでござる」

 

(さて、どうしようか。 グリーン・シークレット・ハウスのような簡易拠点制作アイテムでも使うか? でも、この世界で使えば、ひと騒ぎ起きそうな気がするしな……ん?)

 

モモンガは《メッセージ/伝言》が来ていることに気が付いた。

 

(誰だ? まあ、ナザリックからだとは思うが)

 

モモンガは《メッセージ/伝言》を、相手と繋ぐ。

 

《モモンガ様! 大変なことになったでありんす》

 

《シャルティアか…。 どうしたんだ?》

 

《それが、デミウルゴスの部下からの報告で―――》

 

 

シャルティアから話を聞いた後、《メッセージ/伝言》を切ったモモンガは素早くセバスとアルベドに目を走らせる。

 

「お前たち、今すぐナザリックに帰るぞ。 デミウルゴスが……、迷宮に飲み込まれたらしい」

 

《ゲート/次元門》を開くために、宿屋の自室へ急ぐモモンガの拳は、固く握り締められ小刻みに震えていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ナザリック地下大墳墓、第五階層内『氷結牢獄』

 

モモンガを始めとして、セバス、アルベド、シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ――。現在ナザリック内に存在する最高戦力達が、この場所に集まっている。

 

牢獄の中では、ニグレドがデミウルゴスを捜索する為の下準備として、スクロール等も駆使して、防御魔法を複数発動させているところだった。

 

「それで、シャルティア。 デミウルゴスへの《メッセージ/伝言》は繋がらないんだな?」

 

「は、はい。 《メッセージ/伝言》は距離制限が無いはずですから、通信妨害の魔法が使われているのかもしれんせん。 ですが、少なくとも死んではいないはずでありんす。 向こうに、《メッセージ/伝言》が届いている感覚はあるのですが、応答が無くて……」

 

「どういうことだ? 意識を失っているのか……、もしや応答できる状況に無い? ……クソがっ! お前たち、デミウルゴスが、迷宮に引きずり込まれた時はどんな状況だったんだ?」

 

モモンガが、デミウルゴスの親衛隊に対し、鋭い声で問いかける。

 

その言葉に、魔将達は身を縮み上がらせながら、うわずった声で答えた。

 

「さ、最初はデミウルゴス様が、召喚したモンスターを使って迷宮内を探索しようと、六体のモンスターを門から入れたのです。 ……それから、何秒も立たない内に膜の一部が細長く変形して、デミウルゴス様に巻きついて…」

 

「お前たちはデミウルゴスの親衛隊だろう? あいつが引きずり込まれるのを、何もせずに見ていたのか!?」

 

「い、いえ。 デミウルゴス様の命令で、迷宮のことは自分で対処するから、お前達はナザリックに情報を伝えよと言われまして、それで……」

 

怯えながら弁解をする魔将達に興味を無くしたように、モモンガは彼らから目を逸らした。

 

(クソっ。 まだ十分な情報も無い場所をデミウルゴスに調査させたのは、完全な失態だった。 そもそも、私の情報源は不確かな噂話のみ。 信頼性に疑問を持ってしかるべきだったのに……。 デミウルゴスを無理矢理引きずり込んだだと・・・? ふざけやがってぇぇ! ウルベルトさんが、あんなに熱心に作ったデミウルゴスを…)

 

モモンガの心の中で、黒い炎が燃え盛る。

アンデッドの特性である精神作用無効の為か、激情に駆られ暴れるようなことは無いが、一度燃え始めた負の感情は決して消えることなく、心の中でくすぶり続けた。

 

モモンガは、このようなことをした黒幕が居るとしたら、絶対にこのツケは支払わせるという決意を固める。

 

 

「モモンガ様。 デミウルゴスの居場所を探知しました!」

 

その時、ニグレドがモモンガに向かい、探知の成功を報告した。

 

「本当か? どこなんだ!?」

 

「それが…、王国内ではありません。 ナザリックより南方の地……、モモンガ様から頂いたこの世界の地理情報に照らすと、スレイン法国とやらが存在する場所かと」

 

「スレイン……法国?」

 

なぜ、王国内で行方をくらましていたデミウルゴスが、遠い地であるスレイン法国にいるのかは誰にも分からない。

 

(だが……、もしスレイン法国とやらがこの件に関わっているとしたら……)

 

モモンガは渾身の力を込めて、雪原を踏みつける。

 

地面に積もっていた雪が、モモンガの怒りを表すように空中に舞った。

 

 


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