LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第二十四話 蒼の薔薇

応接室に置かれた、10人は同時に座れそうな大きなソファにラナーは一人で腰掛けていた。

そして、向かい合うソファに座っている五人の女性たちの為に、自らカップに飲み物を注いでいく。

今この部屋には、ラナーの後ろに立っている三人の護衛を除いては、彼女の部下は居ない為だ。

 

「アルベイン、飲み物はフィリテの果実水でいいわよね? 今年は特に出来が良くてね、スレイン法国の方ではあまり栽培されていないらしいから、いい値段で輸出出来たの」

 

アルベインと呼ばれたのは、蒼の薔薇のリーダーであり王国貴族アルベイン家の令嬢でもある女性冒険者、ラキュースだった。 

彼女は、明らかに只者では無いラナーの後ろの三人の様子を窺いつつも、以前と同じ友人同士の口調で答える。

 

「ええ……、ありがとうティエール、頂くわ。 あなたと会うのは、ティエールが王国から離反する少し前だから4年ぶりになるわね」

 

「そうねぇ。 私が最後に会った時は、蒼の薔薇はリグリットさんとあなただけだったけど、随分と賑やかになったのね。 私にお仲間を紹介してくれないかしら」

 

「そう、ね。 まず彼女はガガーランと言って……」

 

ラキュースが仲間たちを紹介していく。

ガガーラン、イビルアイ、ティア、ティナと一通り終わり、彼女達とラナーは軽い自己紹介の後に握手を交した。

 

「へえぇー、それでイビルアイさんはリグリットさんと入れ替わりで加入したんですか。 ところでその仮面を脱いでもらう訳にはいかないの? ちょっとお顔が見たいのだけど」

 

「いや、これは特殊なマジックアイテムでな。 私の体質上外せないのだ。 ラナーのご友人であり、将軍でもあるあなたの前で失礼だとは思うが許して欲しい」

 

イビルアイの正体は、かつて国堕としとも呼ばれた吸血鬼であり、仮面を使い目と牙を隠さなければ一瞬で正体を看破されてしまう。

だが、イビルアイの言葉にラナーは動ずることなく、にこりと微笑んだ。

 

「あら、良いわよそんなに畏まらなくても。 この面会は公のものではないし、気楽にいきましょう。 アルベインのお仲間なら私の友人も同じ、言葉使いもいつも通りでいいわ」

 

「本当か? いやぁ、助かったぜ。実は俺はこういったお偉いさんの場は苦手でよ。でも、アンタは王族だってのに話しやすいよ」

 

王族、のところでラナーの眉がぴくりと動いた。

 

「王族扱いはしなくていいわ。 新王国の法律では、王族が国家の役職につく場合は、指揮系統の混乱を避けるために一時的に、王族としての扱いは停止すると決まっているの」

 

「へえぇ、そりゃかなり思い切った法律だな。 王国じゃあ考えられんぜ」

 

ガガーランの驚きももっともだ。

王族や貴族といった身分の者達が幅を利かせている王国では、限定的とは言え、彼らが自分達の権限を削ることなど考えられない。

 

「より良い国を作っていくために身分などは関係ない。 国家を作り、運営していく主役は国民。 私達王族は、彼らに尽くし、国の象徴として民を一つに纏める事が責務なの。より良い国を作っていくために身分などは関係ないわ。 新王国では、商業、農耕、鉱山、職工など各分野の代表者と、ザナック王が合議する国民会議という機関を設置して、そこで政治的な決定をしているの。 やっぱり政治は、より国民に近い立場の者達と話し合うべきなのよ」

 

「……その為に、貴族は排除するべき。 それがあなたの考えなの、ティエール」

 

「ふふっ」

 

ラナーはラキュースのその言葉に、今までの上品で美しいだけのものではない、心からの笑みを浮かべる。

やっと本題に入る気になったか、と判断して。

 

「貴族、ねぇ。 別にレエブン侯の事を言っている訳ではないわよね? 彼は今、大臣として国を支える重要な役割を担ってもらっているし……」

 

「ええ。 私が言いたいのは、あなた達新王国が占拠した土地に居た他の貴族のこと。 相当乱暴な手段で、財産の没収や処刑を行ったと聞いているけど。 問答無用で一族全員を皆殺しにして、その方法も火炙りや、石投げなど残酷な方法でね」

 

「……まあ、そういう場合もあったわね」

 

ただ昔の記録を捲るようにラナーは無感情に答えた。

 

ラキュースはその様子に表情を険しくする。

 

「あなた……、王国内の全ての貴族を嬲り殺しにするつもりなの? ティエール、あなたが何を考えているのか教えて欲しい。 私は新王国と今すぐに戦いたい訳ではないけど、場合によってはあなたとも対立しなければならないかも知れないから。 今回、私があなたに会いに来たのはそれを聞きたかったの、仲間達は私を心配して付き添ってくれただけだけど」

 

テーブルに置いてある、コップを手に取りラナーは果実水を一口飲む。

軽く唇と喉を潤わせた彼女は、コップを置くと同時に、ラキュースを見つめた。

その瞳は……、ラキュースの心の奥深くを見透かすようだった。

 

「アルベイン、もう取り繕うのはいいわ。 あなたが聞きたいことは、そんな下らない事じゃない。正直に言えばいいじゃない。 新王国は、アルベイン家を受け入れてくれるかって」

 

「なっ」

 

衝撃に目を見開くラキュースにラナーは、更に畳み掛けていく。

 

「知っているのよ? 今王国内でのアルベイン家の立場は、かなり悪くなっているわよね。 理由は、奴隷制度を助長する各種法案への反対とか。 ああ、今議題に上がっている黒粉の合法化にも反対意見を曲げていないそうね」

 

「あなた……、どこまで知っているの?」

 

「例えばそうね。 アルベイン家を潰したいと思っている貴族も、流石に表立って大貴族である、あなたの家と対立しようとはしない。 だから、蒼の薔薇を対象にした嫌がらせが始まったのでしょう? 直接では無いにしても、あなたが本拠地にしている宿屋の娘さんが不敬罪で奴隷に堕とされたりといった、関係者を狙う陰湿なもの。

もし、あなた方がそれに反発して貴族と問題を起こしても、ガゼフの力があれば簡単に鎮圧できる。 アルベイン家の立場を悪化させることが出来るし、正義ぶって奴隷調達の邪魔等をしている厄介者達を駆逐できて貴族にとっては、メリットしかない計画って訳よね?」

 

「………」

 

沈黙するラキュースに、傍らにいたティナが囁く。

 

「リーダー。 この際、全部話した方がいいと思う。 多分、下手な駆け引きは無駄」

 

ティナのその言葉に、黙り込んでいたラキュースも意を決したように口を開いた。

 

「ティエール、全てあなたの言うとおりよ。 私達はもう、王国で冒険者を続けるのが難しい状況にある。それにアルベイン家も今の滅茶苦茶な国民からの搾取に同調して、立場を良くしようとすることは出来ないわ。だから……、アルベイン家の、新王国での立場を確保して欲しい。 もし私の願いを叶えてくれたら、これから私はあなたの部下として、新王国に尽くすわ。 それに暮らして行けるだけの環境さえ確保してくれるなら、家の財産だって渡す」

 

家を飛び出て冒険者となっても、王国貴族としての誇りを失ってはいなかった、ラキュースにとってはこれまでの人生を全て否定するような宣言。

 

だが、このまま腐りきってしまった王国に飲み込まれ、人としての尊厳まで失ってしまうよりは、貴族で無くなる方がずっといい。

ラキュースと、アルベイン家の人間は話し合いの結果、そう結論し、ラナーと親交の深く、冒険者として比較的自由に動けるラキュースが使者としてラナーの元へ向かったのだ。

アルベイン家の財産と、アダマンタイト級の冒険者であり、王国唯一の蘇生魔法の使い手であるラキュースを手に入れられること。

新王国との取引材料として、彼女達が用意できる全ての物を用意したつもりだった。

 

しかし……。

 

「それは無理ね、アルベイン」

 

「えっ?」

 

呆然とした表情のラキュースにラナーは淡々と告げる。

 

「新王国軍が貴族達を処刑したのは、彼らに虐げられてきた国民がそう望んだからよ。 私やザナック王は権力者ではあるけど、絶対的な支配者ではない。 結局は民意に従うしかないの。 今や、王国の貴族は全ての国民に残酷な死を望まれている。 レエブン侯みたいに、自分の全財産を投げ打って、成功するかどうかも分からない離反に手を貸したなら兎も角、新王国の現状を確認して後から擦り寄ってきた貴族を、私の名の元に受け入れればどうなると思う? 私も所詮、貴族の味方なのだと民衆に思われて、現在の支持が下がるかも知れない。 そんなリスクは負えないわ」

 

「そ、それじゃあ、私の家族は…」

 

それに答えたラナーの言葉は、ラキュースが想定する最悪を遥かに超えていた。

 

「うーん。 大貴族であるアルベイン家を国外に逃せば、後の面倒事を引き起こしかねないわね。 だから、王国に対して、あなたの今の話を全て告げ口してしまおうかしら。 きっと腐った貴族達が喜び勇んでアルベイン家を潰すでしょうね。 考えうる最も下劣な方法で。 あなたの姪のリーネ、だったかしら。 あの子なんか、あなたに似て可愛いから、処刑前はさぞかし人気者になるわね。 処刑方法は、牛裂きか火炙りかしら。 国家反逆は重罪だから、楽な方法で殺してくれるはずが無いし…」

 

自分達のリーダーの残酷な未来を、にこやかに語るラナーに蒼の薔薇のメンバー達は怒りを抑えることが出来なかった。

 

「おい、ティエールさんよ。 こんなことはしたくねえんだが、もしここで……っ!」

 

ガガーランは、立ち上がりラナーの方へ詰め寄ろうとした瞬間、自分の喉元にスティレットが突きつけられていることに気がついた。

 

「それ以上は話さないほうが宜しいかと…、場合によってはあなたを罪人として捕縛する必要があります」

 

一流を超えるアダマンタイト級の冒険者であり戦士であるガガーランをして、反応できないほどの速度。

目の前の、短いブロンドの女戦士は自分を遥かに超える強さであることを、彼女は本能で悟った。

 

「クレマンティーヌ、もういいわ。 ゼロとマルムヴィストもね。

はぁ、人の話は最後まで聞いて欲しいの。 今のは、最悪の事態の例え話よ。 私としても、昔から親交のあったアルベイン家がそんな運命を辿るなんて、望んでいないわ。 …さあ、座って」

 

蒼の薔薇のメンバーが再び席についた事を確認し、ラナーは話し始める。

 

「まず、アルベイン家をそのまま迎え入れるのは無理ね。 やはり私が、日和見の貴族を受け入れたと見られるのは避けたいから。 だけど、アルベイン家では無いのなら何も問題はない。 つまり私の権限で、アルベイン家の人達には、別人の名前で戸籍を用意してあげるから、普通の平民として新王国に加わればいい。 元々貴族の顔なんて広く知られているわけでも無いし、人の少ない地域で数年も暮らしていれば、もう顔でアルベイン家の者だと発覚することはないと思う。 財産も……、苦労せずに暮らしていけるくらいには保証してあげるわ」

 

それに……、とラナーは付け加える。

 

「アルベイン、あなたも冒険者を辞める必要は無いわ。 新王国は慢性的に冒険者が不足している状態だし、蒼の薔薇のチームのまま、新王国で活動してくれればそれでいい。 ただ、そうね。 今後、私や軍の方から個人的にあなた達に依頼することがあるかも知れない。 その時は、余程の理由がない限り絶対に断らないこと。 これが条件よ」

 

「ティ、ティエール…」

 

ラキュースは絶望から掬い上げられ、望外の好条件を提示されたことでラナーに深く感謝する。

 

だが、元暗殺者という経歴からチームの中でも冷徹な判断力を持っている姉妹の一人、ティアが口を挟んだ。

 

「その依頼っていうのは、冒険者組合を通すの?」

 

「………ものによる、としか言えませんね。 基本的には冒険者組合を通しますが、秘匿性の高い依頼や、政治的要素の強い、他の冒険者には任せにくい依頼をすることもあると思います。 ただ、非合法な依頼はしないと約束しますよ」

 

「つまり、限定的ではあるがワーカーの様な仕事もしろと?」

 

イビルアイの質問にラナーは、素直に答えた。

 

「ええ、そうですよ。 私もそれなりに危ない橋を渡るわけですし、ラキュースにも相応の負担はしてもらわなければなりませんから」

 

「で、でも、それは私個人じゃなくて、蒼の薔薇の皆への依頼なんでしょう? そんなこと……」

 

ラキュースは、自分だけの話であるならこの条件を否応なく受け入れるつもりだった。

しかし、ラナーが仲間も巻き込むつもりだと理解し、チームに迷惑をかけるかも知れないという懸念が彼女を躊躇わせる。

しかし、ラキュースがリーダーとして蒼の薔薇のメンバーを何よりも大切に思っているのと同様、仲間達もラキュースの窮地を見捨てるはずが無かった。

 

「いいぜ、乗ろうじゃねえか、ラキュース」

 

「ガガーラン!?」

 

「うむ。 お前とチームとして冒険者が続けられるのなら、この程度のリスクは甘んじて負うべきだな」

 

「イビルアイと同感」

 

「鬼リーダーが抜けると蒼の薔薇じゃなくなる」

 

「あなた達……でも」

 

仲間たちの言葉を受けても、まだ躊躇っているラキュースの肩をガガーランが強く叩く。

 

「お前はどうしたいんだよ! 俺達は、皆お前と冒険者が続けたいって言ってんだ。 リーダーとしての責任感もなんか関係ねえ、自分の気持ちを言ってくれ!」

 

ラキュースは逡巡し、暫く口を噤むが、やがて小さく、しかしはっきりとした声で言った。

 

「みんなが許してくれるなら……、私も一緒に冒険、したい」

 

「ふっ、だろうな。 冒険者になるために、家を飛び出したような大馬鹿者が、このくらいで冒険を諦められるわけがない」

 

「言ってくれるわね、イビルアイ。 ……でも本当にその通りだったみたい」

 

ラキュース達の様子を微笑みながら見ていたラナーが、切り出した。

 

「では、話も纏まったみたいだし、明日具体的な話を詰めましょう。 今日はもう遅いから、宿屋に帰って寝ると良いわ。 眠い中で話し合いをしても、いい議論はできないだろうし」

 

「そうさせてもらうわ。 今日はありがとうティエール」

 

「ふふっ、ラナーでいいわ。 もう王族と貴族令嬢の関係ではなくなるんだし名前で呼んで、ラキュース」

 

ラキュースは、目尻に軽く涙を溜めたまま、別れの言葉を告げる。

 

「わかったわ。 おやすみ、ラナー」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

ラキュース達と、ゼロ、マルムヴィストがいなくなった応接室で、ラナーとクレマンティーヌが二人で話していた。

 

「姫サマ、どうしてあいつらを軍に引き入れなかったんですか? 多分、ラキュースってのを餌にすれば全員引き込めたと思うけど」

 

「引き込んだところで、使いにくそうだったから。 裏出身のゼロ達と違って、汚れ仕事を任せられる訳でも無いし、かと言って兵を率いらせるのも難しそうだしね……。 それでも、以前なら貴重な戦力として喜んで引き入れたでしょうけど、魔神…、いえ、ジンの金属器が出現した今となっては使いにくい、中途半端な戦力でしかない。下手に軍に入れるより、彼女らの得意分野のモンスター退治に専念させたほうが有益よ」

 

「ふーん。 まあ、言われてみればそうかもね」

 

ラナーはソファの背もたれに体を預けると、笑みを浮かべる。

その笑みは、彼女がごく限られた人間にしか見せない、喜悦に満ちたものだった。

 

「ラキュースの心に、家族という楔を打ち込めたのは僥倖だったわ。 これで、だいぶ彼女を便利に使えるようになりそう。 中途半端な戦力とは言っても、アダマンタイト級冒険者の社会的な信用や地位を考えると、使い道は沢山あるわ」

 

「……そっかー」

 

クレマンティーヌは、果実水を自分でコップに注ぎ、啜った。

 

それから軽く息を吐き出すと、ぼんやりとした声で囁く。

 

「小さい頃からの親友も、姫サマにとっては便利な道具か。 まあ、そのえげつなさも姫サマの魅力の一つではあるけど、ね。 私もいつか、切り捨てられたりして」

 

ラナーは、その言葉に軽く微笑むとクレマンティーヌの頭をゆっくりと撫でた。

 

「あなたの事は、割と好きよ。 ひねくれてて、残酷で、壊れてて、軽薄で……、可愛いから。 悪いけれど、クライム程ではないけどね。 でも、あなたも私の世界に入れてあげる」

 

ラナーは応接室の窓の前に立つと、眼下に広がるエ・レエブルの町並みを眺める。

 

「王宮の中で、ただの非力な王女として生きていた頃が夢みたい。 あの頃の私は、この碌でもない世界の中で、なんとか自分が生きていける場所を作ろうとしてた。 ……でも今もそんなに変わってないのかもね。 私が手にしたジンの力で、世界の全てを私の望み通りに書き換える。 それが今の私の願い」

 

「世界の全て、か。 でも、ジンの力を手にした者は姫サマだけじゃないよ? 

竜王とかの化物もいるし」

 

ラナーは、エ・レエブルの更に先。 夜の闇に包まれつつある地平線を見つめて、呟く。

 

「出来るわ、必ず。 唯一の財産だった王女という地位さえも手放した私が、一人で迷宮を攻略したあの日から、今までずっと進み続けてきた。 

誰にも邪魔はさせない……、これは私の、私の為の物語」

 

 

 

 


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