LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第二十三話 金色の英雄

――リ・エスティーゼ新王国、臨時首都エ・レエブル。

 

エ・レエブルはかつて六大貴族の中で最も力を持っていたレエブン侯が治めていた街。

そして現在は約4年前、王国から独立した新王国の臨時首都が置かれている。

 

臨時首都、というのは新王国を統治するザナック王が、近い将来に王国を併合し新王国の王都をリ・エスティーゼに移すと公に宣言している為。

 

事実、新王国は二年前に新王国領に隣接していたブルムラシュー侯の領地に侵攻を開始。

瞬く間に、彼の地を支配下に置いてしまった。

通常、こういった武力を用いた侵略は現地の民衆からの反発を招くものであるが、既に王国貴族の圧政に疲弊していた旧王国民は、王国よりも遥かに洗練された統治制度を持つ新王国の支配を喜んで受け入れたと言われている。

 

 

臨時首都エ・レエブル内の商業区。

正午を回り、昼食を終えた人々が午後の仕事に取り掛かり始め、市場は活気に満ちていた。

 

「さあどうだい、法国の旦那。 今朝取れたばかりのヒュエリだよ! 王国のヒュエリは瑞々しくて甘さ満点、少し負けてあげるから一つ食べてってよ」

 

「セレパの果実酒だ! トブの大森林のすぐ近く、新王国内でも特に肥沃な土地で取れた実を使った極上品だあ」

 

「法国産の調理用銀ナイフ。 ガアラの工房製の良品でえす、これを使えば料理が二割増しで美味しく感じると評判ですよぉ」

 

市場には様々な出店が立ち並び、それぞれ色彩に溢れる品々を売っている。

その中には、新王国とは国境が隣接していない筈のスレイン法国の商人も混ざっていた。

 

 

 

……現在、新王国政府が発表している新王国の成り立ちはこうだ。

4年程前、王国の前国王ランポッサ三世が、無能な王子パルブロを長男だからという理由だけで次期国王に指名すると内々に発表。

それに対し、ランポッサ三世の次男であるザナック王子と、その半年程前に迷宮を攻略していた、国内二人目の魔神使いラナー王女が反発。

二人と同じく王国の行先を憂えたレエブン侯が、領地と私兵達をザナック王子に委ね、王国からの離反を進言した。

そして、三人が機会を窺っていた矢先、バハルス帝国が突如として王国に対し宣戦を布告。

それに応じた王国内の貴族や、ガゼフ・ストロノーフ率いる戦士団がカッツェ平原へと向かい一時的に王国内への警戒が手薄になった隙をつき、三人はレエブン侯の領地を中心に周辺の貴族の領地を制圧し、新王国の樹立を宣言した。

 

その後、貴族制や奴隷制度の廃止。 スレイン法国の学者や、王国内から新王国に共感し寝返った識者を教師とする、授業料無償の国民学校の設立。 常備軍の構築、正確な戸籍の導入など、これまでの王国では考えられなかった制度を続々と導入し、先進的な社会を作り上げつつあった。

 

ちなみに新王国を語る上で、決して外せないのがスレイン法国の存在である。

新王国は、元々王国の物であった二つの大都市、エ・レエブルとリ・ブルムラシュールを支配しているが、その支配面積は分裂前の王国領の二割程度でしかない。

 

しかも、西に存在するバハルス帝国との間は、トブの大森林とアゼルリシア山脈に阻まれており、南のスレイン法国とも、間にエ・ランテルがあるせいで国境を共有していない。

 

そこで王国は、王国から新王国への移動に法外な足税を課すことで、商人の行き来や国民の流出を阻止し、新王国の外部とのやり取りを封じ国力を弱らせていく作戦に出た。

そして、それは現在も継続している。

 

だが、新王国の魔神使いラナー将軍はその程度の行動は既に予測していた。

 

彼女は自身の魔神の力を使い、スレイン法国、竜王国内の4つの場所とエ・レエブルを4組の転送魔法陣で繋ぎ、エ・レエブルを中継地として4つの場所の内、どこへでも短時間で行けるようにしたのだ。

 

ちなみに転送魔法陣が解放される時間は、ラナー将軍の消耗を防ぐために一日30分程度とごく短時間に設定されており、人間の移動だけなら兎も角、大きな荷物を運ぶ商人や新王国にも用事がある者は多くの場合、エ・レエブル内で一日滞在し翌日の解放時間中に次の目的地へと移動する。

それでも陸路を移動するよりはずっと短時間で済むし、危険な旅をする必要もない為に利用者は数多い。

 

その為、エ・レエブルは王国以外とは国境を共有していないのにも関わらず、スレイン法国と竜王国からの客で溢れる国際都市となっていた。

 

同時にこの魔法陣を使い、旧ブルムラシュー領で産出された鉱石や肥沃な大地で生まれた作物の輸出も行っており、新王国の経済はかなり良好であると言えた。

 

当然この二カ国と新王国との関係は親密で、両国とも新王国を正式な国家と認めている上、スレイン法国に至っては教育制度や戸籍の導入時に様々なノウハウを新王国に提供した新王国最大の友好国である。

 

王国の封じ込め戦略は、ほぼ完全に失敗に終わっていると言ってもいいだろう…。

王国自体は法国や竜王国との関係が薄い上に情報収集も怠っており、まだ現状に気がついていないのだが。

 

だが王国の国境閉鎖が新王国に全く損害を与えていないかといえば、そうではない。

 

新王国に現在不足しているもの。 

それは冒険者だ。

 

エ・レエブルとリ・ブルムラシュールを占領した際、都市の冒険者組合はそのまま残して業務を継続させた。

しかし冒険者というものは、その多くは政変に巻き込まれるのを嫌うもの。

突如として現れた新王国が、冒険者を強制的に徴収するかもしれないという噂が広がり、多くの冒険者が都市を離れてしまったのだ。

そして、一度新王国から出た冒険者は、王国の国境封じ込めにより、再び入国することは滅多にない。

転送魔法陣を繋げている国の内、スレイン法国は国内に冒険者組合を持っておらず、竜王国は組合を持ってはいるが事情が特殊だった。

 

竜王国を長年襲撃してきたビーストマン達の中に魔神使いが現れ一時期、竜王国は風前の灯となってしまった。

だがスレイン法国から応援の魔神使いが一人派遣され、ビーストマンの侵攻を押し戻し、ここ二年程は何とか硬直状態に持ち込むことに成功している。

 

しかし依然として予断は許される状態ではなく、長年の戦闘で摩耗した国軍は、国内の安全を確保するだけの力を失ってしまっている為、モンスター対策は冒険者に頼らざるをえない。

 

竜王国の冒険者は、元々滅び行く国の為に強力なビーストマンと戦っていた、国家に対して特別な思い入れがある者が多いため、新王国が引き抜くのは困難なのだ。

 

よって現在、新王国内のモンスター対策は4年前に結成された国軍が多くの役割を担っている。

 

歴史の浅い軍隊とはいえ既に人数は一万人を超えており、スレイン法国の軍隊教育を参考にしっかりと育成されているため、オーガやゴブリン程度の相手ならば、数的な優位を確保できれば勝利できる程度の力はあるのだが、更に強力なモンスターを討伐出来る存在は限られる。

 

王国内から、非公式ではあるがスレイン法国の手引きで離反してきた、旧王国戦士団員達。

レエブン侯の私兵だった、元オリハルコン級冒険者チーム。

そして……、ラナー将軍直属の最精鋭部隊、特殊討伐隊だ。

ラナー将軍の左腕とも言われる、クレマンティーヌ隊長が率いるこの部隊は、10人未満の極小数で編成されているのにも関わらず、アダマンタイト級冒険者チームを遥かに凌ぐ実力を有していると言われている。

 

だが、彼らは質は高いが数が少ない。

依然として、新王国は優秀な冒険者達を求めていた。 最近では、王国の冒険者の一部でスレイン法国経由で新王国に入国出来ると噂が広まっており、この状態は少しずつ改善してはいるが……。

 

 

 

そんな活気に溢れた市場の中に、呼び込みの声とは別の歓声が上がった。

 

急にざわめきだす民衆たち。 その中心にいたのは、数人の国軍兵士、そしてオリハルコンの鎧を着た少年に囲まれた、一人の女性だった。

 

「ラナー様!」

 

「本当だっ」

 

彼女が進む道の横に並んだ民衆は口々に歓声を挙げる。

凛々しく微笑みながら、国民たちに軽く手を振っている女性こそ、新王国民の多くが熱狂的な支持を捧げている最強の将軍。 王国の元王女ラナーだった。

かつては腰まで伸ばされた美しい金色の髪は、兜をかぶる時に邪魔にならないように、耳にかかる程度まで切り揃えられ、無駄な装飾を排除し機能性を追求したデザインの軽鎧を装備している。

 

隣にいる、国軍兵士の鎧を着た男が民衆に語りかける。

 

「騒がせて済まないな。 ラナー将軍が次の予定まで軽く市場を散策したいと仰ったのだ、普通にしててくれ」

 

そうは言っても国内最大級の有名人がすぐ近くに現れたのだ。

誰もが、彼らから目を離すことなどできなかった。

 

 

不意にラナーが露天の一つに目をやり、近づいて商人に話しかける。

 

「このフィリテは、幾らなのかな?」

 

「え、ひっ、フィリテ、ですか?」

 

その商人は、あまりの緊張でいつもの話術も忘れてしまう。

 

だが、ラナーは彼を安心させるように微笑んだ。

 

「すまないね、いきなり。 でも、そのフィリテがあまり美味しそうだったものだから食べたくなったんだ」

 

「ど、銅貨1枚で3つです」

 

「3つね・・・、じゃあ銅貨二枚で6つ貰おう」

 

ラナーはフィリテ……、拳ほどの大きさの、真っ赤な甘酸っぱい果実を6つ受け取ると、護衛の討伐隊兵士にも渡していく。

 

そして、果実に丸ごとかぶりついた。

 

「うんっ、美味しい。 やっぱりフィリテはこの辺で取れた物が一番だな……、スレイン法国の皆さんもおすすめですよ」

 

多くの国民にとっては天上の人と思われていたラナーの気軽な様子に、民衆の間から笑い声が漏れた。

 

それをきっかけとして、ラナーは様々な人に話しかけ、時には市場のごみ問題などの問題点を聞き出し、時には冗談を言って周囲の人間を笑わせる。

 

そして暫し時間が過ぎ、民衆に別れを告げたラナーは王城……、旧レエブン城への帰路についた。

 

「ラナー様、差し出がましいようですが、ああいった人ごみの中に入るのは警備上危険かと」

オリハルコンの鎧を着た15歳程に見える少年が歩きながら話しかける。 声は訓練のしすぎの為かすれており、手には分厚いタコが覆っている彼の名前はクライム。 ラナーの護衛を勤めている新王国の兵士である。

当時14歳で王国から離反したラナーに付き従い、それ以来ずっとラナーを最も近くで守ってきた。

 

その頭からは犬の様な耳が生えており、眷属と同化したことを示している。

剣技は未熟ではあるが、眷属同化の影響で身体能力は向上しており、もうじき冒険者の強さでいうとオリハルコン級に届きうる実力と噂されている存在だ。

 

クレマンティーヌをラナーの敵を討ち滅ぼす剣とするなら、クライムはラナーを守りぬく盾と言える。

そのあまりの若さと、ラナーに最も近い兵士である故に嫉妬を受けることも多いが、流石に眷属であるクライムに正面からそれをぶつけるものはいなかった。

 

「かもしれないな。 だが民衆の心の動き、街の活気というものはその中に入らないと分からない。 苦労をかけるかもしれんが、将軍の護衛として耐えるように」

 

「はっ、申し訳ございません」

 

クライムは尊敬する主の、民を思う行動に余計な口を出してしまったことを反省し頭を下げる。

ラナーは分かってくれればいい、というように微笑みながらクライムの肩を軽く叩いた。

 

 

……暫く後。

 

城の執務室へと戻り、クライムのみを護衛に付けて、書類を片付けていたラナーに耳にノックの音が響く。

 

「どうぞ」

 

ドアの向こうから出てきたのは一人の兵士だった。

 

「はっ、失礼します。 実は、ラナー将軍に面会したいと仰る方が城に来ていまして…」

 

「面会? ……、誰だ? わざわざ飛び入りの面会要請を報告に来たということは、重要な人物なのだろう」

 

「はい。 5人組の女性冒険者達で、こう名乗っておりました。 王国で活動するアダマンタイト級冒険者チーム、青の薔薇と」

 

「ほう」

 

ラナーはその言葉に軽く笑みを浮かべ、兵士に命令を伝えた。

 

「応接室に通してくれ。 それと……幾人か付き添いがいるな。 特殊討伐隊の中から、クレマンティーヌ、ゼロ、マルムヴィストを呼んでくるように」

 

「はっ」

 

その言葉に兵士は一礼し、早歩きで部屋から遠ざかっていく。

 

そして、ラナーは傍らのクライムへと向きなおった。

 

「クライム、あなたは今回は来なくてもいいわ。 ほら、私の最高戦力である眷属が二人もいると警戒されてしまうかもしれないでしょう? 彼女達とは、ゆっくりと話したいから……」

 

将軍となったときから使っていた男言葉とは違う、ただの王女だった時の口調でラナーは話す。

ラナーのその言葉にクライム以外の人間であれば違和感を抱くかも知れない。

 

クライム自身、天と地程の差があると認める討伐隊最強の戦士クレマンティーヌと、アダマンタイト級の実力者であり、体中に刺青を彫っている筋肉の塊の様な拳士ゼロ、装飾過多な装備を身にまとう瞬速の剣士マルムヴィスト。 

明らかに、一緒にいて落ち着ける面々では無いのではないかと。

 

だが三人を見慣れており、若干普通の感覚がマヒしていることに加え、ラナーの言葉を盲目的に信じているクライムは、ラナーの本当の目的に気が付くことはなかった。

 

「確かにそうですね……。 ですが、もし何かあった場合は直ぐにお知らせください」

 

クライムの言葉に目を細めたラナーは、クライムの短い髪を軽く撫でて耳元で囁く。

 

「心配してくれてありがとう、クライム。 何かあったときは、勿論あなたに頼るわ。 あなたは私を永遠に守る、私だけの戦士なんだから」

 

纏わりつく様な甘い声が、クライムの耳朶をくすぐる。

思わず身をすくめてしまったクライムをラナーは愛しげに見つめ、応接室へと歩いていった。

 

 

 

 

 


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