LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第二十二話 王の剣

―――ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

エ・ランテルから一旦帰還したモモンガは、跪き自分の言葉を待つ階層守護者達を見渡す。

 

ふむ、どうしたものか。

モモンガは心の中でため息をついた。

人間の街に潜入し情報を得る作戦は、成功と言えるだろう。

 

現地人のレベルの低さ、都市の軍備の脆弱さを知ることで、ひとまずこの世界の平均レベルが100以上などという最悪の事態では無いと分かった。

 

だが、不安材料も数多くある。

例えば、現地出身の未知の強者、魔神使い。

 

そして自分達以外のプレイヤーの影だ。

 

この世界に来たばかりで上も下も分からないという状況からは脱したものの、依然として軽率な行動は絶対に取れない現状に変わりはない。

 

モモンガは、階層守護者達に命令を伝えていく。

 

「さて、我々が街である程度の情報は掴んだとはいえ、未だ不明なことも数多い。 とはいえ、いつまでもナザリックに引きこもったままでは、謎は謎のままだ。 私、セバス、アルベドによる情報収集は継続するが、いくつかお前たちにも調べて欲しいことがある。 まず一つ目は、ナザリック付近にある森、トブの大森林についてだ。 冒険者組合で聞いたところ、この森林は王国から帝国にかけて、アゼルリシア山脈という山脈を囲うように広がっているらしい。 そして、内部には亜人や魔獣などが生息しているらしいが正確な情報は無いと。 そこでだ、アウラ」

 

「はいっ」

 

男装をした子供のダークエルフ、アウラが目を輝かせ元気よく答えた。

 

「お前には、トブの大森林を探索し内部の情報を調査して貰いたい。 人類が未だ進出していないこの地は、いざという時のナザリックの避難所にも使えるかもしれん。 それには、レンジャー技能を持つアウラが適任だろう」

 

「わかりましたっ! 私が森の隅から隅まで、全て調べてみせます」

 

モモンガは、アウラの返事に頼もしさを覚えるが、一応釘は刺しておく。

 

「任せたぞ。 但し知的生物と遭遇した場合は戦闘は避けろ。 気づかれないように情報収集をするだけに止め、存在を勘付かれた場合も、逃走を第一選択とするのだ」

 

「了解です」

 

アウラへの命令が滞りなく終了し、モモンガは次の話題へと移る。

 

「さて、次は王国内の調査だ。 ただ、どこに驚異が潜んでいるか分からない以上、当面は我々が表から情報を得ていく。 私がすぐにでも欲しいのはこの世界特有の迷宮(ダンジョン)という建造物についての情報だな」

 

その言葉にデミウルゴスが反応する。

 

「それでしたら私もアルベドの報告で知っております。 魔神の力とやらが眠る建造物だとか」

 

「ああ、いずれ私が自ら調査をしたいが、今はエ・ランテルから大きく動くつもりは無いからな。 お前達の誰かに基本的なことだけでも調べて貰いたい。 具体的には、外見や付近の様子、入る人間の数、構成している材料などになるか。 これは・・・デミウルゴス。 お前に任せよう。 王国内の簡単な地図は街で買っておいた。 迷宮はこのリ・クルームという小さな街の近くにあるらしい」

 

迷宮の調査に当てる人員を選ぶ際、シャルティアかデミウルゴスかで迷いはしたが、確かシャルティアの配下には隠密能力を持つ下僕は少なかったはず。

隠密能力の高い、影の悪魔などを配下に持つデミウルゴスの方が適任だとモモンガは考えた。

 

「はっ、どうぞお任せ下さい」

 

「頼んだ。 …ひとまずはこんなものか。 帝国や新王国の調査は、せめてもう少し相手の戦力が分かってからにしたいな。 ……ああっ、そうだった。 どうやらエ・ランテル付近で活動している盗賊が、魔法道具というアイテムを所持しているらしい。 ユグドラシルには存在しないアイテムである可能性が高いので、手に入れておきたい。 ついでに盗賊を捕獲して情報を引き出すことが出来るかもしれないしな。 まあ、このことについては直ぐには取り掛からなくてもいい。 エ・ランテル周辺とは言ってもそれなりに範囲が広いし、手がかりがない上に、大規模な捜索も出来ない現状では居場所を掴むことも難しいだろう。 冒険者組合に何か情報が入ったら、その時動くことにする」

 

「「はっ」」

 

「もう用件は無い。 解散してそれぞれの職務に戻ってくれ」

 

守護者達は一礼をした後、転移魔法、或いは走って解散していく。

 

玉座の間に残っているのは、モモンガ、アルベド、セバスのみとなった。

 

(さて、我々もこれから暫くは冒険者の依頼を受けて信頼と名声を上げていくか……、だがやはり、多くの情報を得るためには王国の首都に行く必要があるだろうな。 エ・ランテルは所詮、地方の一都市。 いつまでも引きこもっているわけにはいかないな)

 

だが、あのゴードンという兵士の話では、他の都市では愚かな貴族が好き放題にしている最悪の状態になっているらしい。

できればトラブルには巻き込まれたくないが…。

モモンガは憂鬱な気分をため息とともに吐き出した。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

――リ・エスティーゼ王城、前王ランポッサ三世の寝室。

 

天蓋付きの大きなベッドの他には、水差しが置いてあるテーブルと、簡素な文机しかない王族としては簡素な部屋。

その部屋に、一人の老人の咳音が響いた。

 

「ごほっ……。 すまんな、ガゼフよ。 話の途中で」

 

「いえ、滅相もございません。 殿下のお体が何よりも大事です、どうかご自愛を。 ……体調が優れないようでしたら、日を改めましょうか?」

 

「いや、次に話ができるほど回復するのはいつの事かわからん。今、聞きたいのだ。 王宮内で信頼が置けるのは最早そなたのみだからな。 それで…、最近の国内の様子はどうなっておる」

 

ランポッサ三世の質問に、王国戦士長であり国内唯一の魔神使い、ガゼフ・ストロノーフはしばし沈黙する。

 

だが、やがて心の中で意を決すると口を開いた。

 

「一時期はパルブロ陛下の即位による混乱もありましたが、最近は比較的落ち着いております。 帝国や新王国との軍事衝突も起きておりませんし…、大きな危機には直面していないかと」

 

「そうか、ならば良いのだが」

 

リ・エスティーゼ王国の王位は四年ほど前に、このランポッサ三世からパルブロに譲位された。

それ以来ランポッサ三世の体調は悪化の一途を辿っており、最近では月の内の殆どは寝たきりとなっている。

 

寝室から出られない彼には、当然国内の情勢などを直接知るすべはない。

身の回りの世話をする者達も、パルブロ王の命令で現在の王国の状況については、いいように誤魔化しており、今となっては、長年己に仕え尽くしてきてくれたガゼフとの会話がランポッサ三世にとって唯一信頼できるものだった。

 

故に彼は、ガゼフの言葉を信じる。

彼の心の中の葛藤に気がつかぬまま。

 

「ご安心ください、殿下。 パルブロ陛下は私が支えていきます、この剣と…魔神の力で」

 

「頼む、パルブロは簡単に乗せられやすいところがあるからな。 お前が近くで見守ってやってくれ。 ふぅ、すまんが、もう疲れたな。 今日は…、ここまでにしよう」

 

「はっ。 くれぐれもお体を大切に」

 

挨拶を済ませ、ガゼフは王城内の自分の部屋まで歩いていく。

 

すると、その途中。

廊下の向こうから、一人の男が歩いてきた。

 

くすんだ青色の髪に、不敵さをも感じさせる猛禽類のような鋭い瞳。

薄手のシャツを、無駄な脂肪の無い極限まで鍛え上げた筋肉が盛り上げている。

 

彼は王国戦士団の副団長、ブレイン・アングラウスだった。

 

「ガゼフ、前王と会ってきたのか?」

 

「ああ、今日は数週間ぶりに体調がいいようだったからな。 今の――、王国について話してきた」

 

「そうか……」

 

ブレインはこの城の中で最もガゼフに近しい人物と言ってもいいだろう。

副団長として、そして友人として。

公私に渡りガゼフと親交のある彼は知っていた。 ガゼフがランポッサ三世の体を気遣い、現在の王国の状態を懸命に隠していることを。

そして今から告げることは、また一つガゼフを追い詰めることとなるだろう。

 

「王から命令が来た。 リ・ウロヴァール周辺で発生した農民の反乱を鎮圧しろと。 どうやら複数の農村が協力して、千人程の農民が領内で暴れているらしい。 噂によると、ウロヴァール辺境伯が無茶な税金を課して、それらの村から大勢の奴隷を供出させようとしたらしいな」

 

またか、とガゼフは嘆息する。

パルブロ王の治世となってからは、元々深刻だった貴族による民からの搾取が激しさを増している。

このままでは民を苦しめるどころの話ではない。 もはや、民の命と引き換えに私服を肥やすまでに貴族の腐敗は進んでしまった。

 

「なあ、ガゼフよ。 もういいんじゃねえか? いずれにせよ王国は滅びる、しかも民を苦しめるだけ苦しめた後にな。 お前だってこのまま腐った貴族共に力を利用されていくよりは、新王国に」

 

ガゼフが手を突き出し、ブレインの言葉を途中で止める。

 

「それ以上は言うな。 でなければ私はお前を裏切り者として通報しなければならない、私の…部下だった者達のように」

 

以前ガゼフ達、王国戦士団がパルブロの命令で、反乱を起こした民を殺すことを命じられたとき。

ガゼフの部下だった者達の内数人が、ガゼフに対して訴えた。

 

もう王国に仕えることは出来ない。 自分達と共に新王国に寝返ろうと。

だがガゼフは王国を裏切ることはなかった。 そして王国に仕える戦士として…、離反を勧めた部下達を議会に密告したのだ。

部下達は大罪人として、その家族共々火刑に処された。 幼い子供から年老いた老女まで全て。

彼らの肉が焼ける匂いと断末魔の記憶は決して消えることなく、今もガゼフを苦しめていた。

 

その事件をきっかけに、ガゼフが見出し鍛え上げてきた従来の王国戦士団員から、ガゼフは民よりも王を選んだ犬と蔑まれるようになっていき、何者かの手引きもあったらしく、元々50人近くいた王国戦士団員達はその殆どが家族と共に姿をくらました。

 

失われた団員達を補う為に、各地の貴族達が手駒として押し付けてきた素行の悪い兵士を受け入れるようになり、戦士団の質は以前とは比べ物にならない程に下がってしまった。

 

ブレインは、彼なりに何か思うところがあったのだろう。

守るべき王国民達からも恐れられるようになったガゼフの噂を聞きつけ、戦士団の副団長として力を貸してくれることとなったのだ。

 

だが部下の兵士達は鍛え直す以前に性根から腐りきっている者が殆どで、ガゼフとブレインが目を光らせていなければ略奪や暴行を平気で行う者達ばかり。

今やこの二人が、屑の巣窟となった王国戦士団、いやリ・エスティーゼ王国を武力で支えていると言っても過言ではない。 それは決して、民の為になっている訳では無いのだが。

 

「誰から罵られようと、蔑まれようと……、ランポッサ三世殿下から受けた御恩を忘れることは無い。 あの方が望まれるならば、パルブロ陛下の命令にどこまでも従うまで」

 

「八百万の民から恨まれてもか?」

 

「恨まれる覚悟なら……、既にしたさ。 泣き叫ぶ農民を無理矢理奴隷に堕とすことに加担した、私を信頼してくれていた部下をその家族と共に地獄へ落とした。 そしてこれから、大切な者達を守る為に立ち上がった農民達を焼き殺そうとしている。 だが、前王殿下に取り立てられたときに誓ったのだ。 どんな状況であろうとも、最後までこの方の為に尽くすと。

私は王の剣、ガゼフ・ストロノーフなのだから」

 

 

 


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