LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第二十一話 破滅へ向かう国

モモンガ達がバレアレ薬品店に向かい歩いていると、一人の兵士が声をかけてきた。

 

「あっ、アインズ殿達ではないですか! 昨日はありがとうございました」

「えーと、あなたは・・・」

 

あまり特徴的とは言えない顔の男を前に、モモンガは記憶を呼び起こそうとするが上手くいかない。

だが、セバスがモモンガに顔を寄せて囁いた。

 

「モモンガ様。 この者は、昨日の墓地警備の際に会った兵士でゴードンというものです」

 

その言葉で、モモンガもやっと思い出す。

確か、隊長に言われて仕事の説明をしていた兵士だ。

 

「やあ、ゴードンさん。 昨日は大変だったな」

 

「いや・・・、僕なんか結局大したことは出来なくて。 市民に避難を告げに走り回っていただけです。 あなたを含め冒険者の方々には感謝していますよ」

 

「ああ、いいんだ。 今は我々もこの国の冒険者だからな。 民を守る時は、兵士も冒険者も協力するべきだろう?」

 

「民を・・・、え、ええ、まあ」

 

ゴードンの返事は何故か歯切れが悪い。

 

少し気になったが、自分達がリィジーに呼ばれていることを思い出し、モモンガは別れを告げることにした。

 

「では元気で・・・、うん? あれは、何だ」

 

モモンガ達から100メートル程離れた建物の影から、一人の女が飛び出てきた。

 

体のラインがくっきりと浮かぶ薄い肌着を纏い、金属製の首輪を着けているその女は必死にモモンガ達がいる方角へと走っている。

 

「待て! てめえ」

 

その後ろから、皮製の鎧を身につけている三人の男も姿を現す。 どうやら追いかけられているようだ。

 

「あれは・・・モモンガ様。 どうされますか?」

 

明らかに只事ではない様子に、セバスが気を引かれている素振りでモモンガに問いかける。

モモンガとしては厄介事に巻き込まれたくは無いが、見たところ追いかけている男達は、明らかにまともな市民ではなさそうだ。

ここは一旦止めて事情を聞いてみた方が、当面の目的である名声を得ることにも繋がるか?

モモンガが、そこまで考えセバスに指示を出そうと思っていたとき、女を追いかける男の一人が、こちらを向いて叫んだ。

 

「おうい、そこの警備兵! 逃亡奴隷だ。 捕まえてくれ」

 

「・・・っ」

 

それを聞いたゴードンが、走ってくる女の前に立ち塞がる。

 

「や、やめっ。 助けてっ! 私は無理矢理・・・」

 

女が恐怖に引きつった顔でゴードンに助けを求めるが、彼は黙って女に組みかかると、地面に引き倒してしまった。

女の服が土に汚れ、もがいた腕に擦り傷が出来る。 ゴードンの顔はここからは見えないが、彼は男達が追いつくまで、女を抑える手を緩めることはなかった。

 

「すまねえな。 警備兵さん。 ちっ、このクソ女、俺らに手間かけさせやがって」

 

男のブーツが女の腹部に強くめり込む。

 

容赦が感じられないその蹴りに、女は押しつぶされるような声を発した後、強く咳き込んだ。

 

更なる蹴りを入れようとした男を、女を追っていた他の男が抑える。

 

「よせよ、こんな街中で。 お客さんが見たら引いちまうだろ。 警備兵さん、今回はありがとうございました。 これからは出来るだけお手間をかけさせないようにしますんで。 おい、行くぞ」

 

男の声に、他の二人が女の首輪に鎖を付け引きずっていく。

 

「やっ、やめてぇ。 許してくださいぃ」

「ちぃっ、黙らせろ」

 

男が女の頬を殴ると、もう女は言葉を話すことはなくなる。

女の啜り泣きが徐々に遠ざかっていった。

 

モモンガがふとセバスを見てみると、一見平静さを崩していないようだが、拳は白くなるほど握り締められている。

 

「あの・・・今のは」

 

目の前の出来事に理解が追いついていない、モモンガの質問を受けゴードンは顔を向ける。

 

モモンガの方を見ているその目は、先程とは違い暗く濁っているようだった。

 

「そっか。 あなた達は最近この国に来たんですよね。 ・・・今、時間がお有りなら、少し話していかれませんか? そこに詰所がありますので。 この時間は私以外は誰もいません」

 

「で、では、そうさせて頂こう」

 

詰所、というのは石づくりの小さな建物だった。

 

ごく少数の兵士が休憩する役割しか持っていないらしく、部屋の中には長テーブル一つと、椅子が6つ。 そして小さな収納箱しか置いていない。

モモンガ達は、ゴードンが並べてくれた椅子に座り彼の言葉を待った。

 

「ちょっと待っていてください」

 

ゴードンは収納箱から、茶褐色の液体が入っている瓶を取り出すと、蓋を開けて大きくあおる。

モモンガは、刺激的なアルコール臭を感じた。

あれは・・・酒だ。

 

「す、すいません。 人の前だっていうのに。 だけど、ああいう仕事をした後は少しでも酔わないと、おかしくなってしまいそうで」

 

ゴードンは瓶を持ったまま椅子に座ると、何度か躊躇った末に口を開いた。

 

「あの女の人は奴隷です。 恐らく、服からして娼館から逃げてきたんでしょうね」

 

「奴隷? この国には奴隷がいるのか?」

 

「そこからですか・・・。 まあ、他の国から流れてきたばかりなんですよね」

 

モモンガも、物語で、あるいはユグドラシルの設定などで奴隷というものは何度も見かけてきた。

だが実際に目にするとなると、やはり驚きがないとは言えない。

 

「この国の奴隷制度は昔からありました。 基本的には借金をして返済が不可能になった者が、自分の人権と引換に返済義務を果たす。 または、増えすぎた人口を支えきれなくなった農村などが金銭と引き換えに身売りをさせるっていう二通りの理由が主だったんです。 ですが、最近は・・・」

 

ゴードンはもう一口酒を煽る。

まるで、これから話す内容はそうでもしなければ語ることは出来ないとばかりに。

 

「四年前、体調を崩したランポッサ三世に代わり、パルブロ王が即位してから事情が変わりました。 王国内の奴隷の数が急激に増加したんです。 理由は二つの法律。 徴税方法の自由化、そして不敬罪の導入です」

 

「・・・詳しく説明していただいても?」

 

鋭い目をしたセバスが、ゴードンの話を促した。

 

「徴税方法の自由化から説明します。 以前は、農村からの税の徴収は、徴税官がその村の作物の収穫量などを調査した上で、収穫量に応じ一定の割合の作物を収めさせる、といった方法でした。 しかし王が変わってからは、経済の流動性の促進を理由に、作物その物ではなく、その作物の量に応じた金銭で税を収めさせることが各貴族の権限で行えるようになったのです。

・・・しかし、作物の値段などその年の収穫量や、地域により大きく変わるもの。 こういった場合は国が一定の基準を設けるものですが、王国はその権限を貴族に委ねてしまいました。

その結果、貴族の裁量で、法外な金銭を税として要求することが出来るようになり、当然納税義務を果たせない村も出てくる。 そういった村から貴族は、奴隷を供出させることで税の不足分を回収することも許されたのです。

まあ、この辺りは王直轄領ですし、エ・ランテル周辺地域を混乱させることはバハルス帝国の侵略に繋がりますから、従来の徴税方法を維持していますが」

 

「何という・・・。 ですが、農村部からの反発が起こるのでは?」

 

「無理ですよ。 徴税官に逆らった農村は罰せられて、見せしめの為に皆殺しにされることもありますし、貴族が所有する兵士だけで鎮圧が出来ない場合は中央から王国戦士団・・・ガゼフ・ストロノーフ率いる部隊が派遣されて殲滅されます。 魔神使いに普通の人間が敵う筈ありません」

 

会議室内に沈黙が満ちる。

人間という生物に同族意識を持たなくなっているモモンガは、特に憤りを覚えるということは無いが、リアルでのブラック企業より酷い搾取に、流石に呆れてしまう。

そんなことをして、国を支える農村を弱らせていけば、そう遠くない内にリ・エスティーゼ王国は滅びると、一般的な常識を持っていれば分かりそうだが。

 

セバスは沈黙しているが、その瞳は燃えるような炎を湛えている。

アルベドは会話は聞いているようだが、特に反応を示すことなく、沈黙していた。

 

「不敬罪の方は、もっと露骨ですよ。 つまり平民が貴族を侮辱したり、反抗的な態度を取ることを法律で罰することにしたのです。 例えば、ある貴族が町娘に狼藉を働こうと襲いかかる。 そして、その町娘が抵抗の拍子に貴族に傷をつけてしまえば、それだけで罪に問えます。 法外な罰金を課して、当然払えないので奴隷身分に落とすことで返済義務を履行させる。 平民側の言い分など大抵通りません。 これは他の都市で本当にあった出来事です」

 

話し終わったゴードンは、一際大きなため息をつくと、瓶に残っていた酒を全部飲み干し、テーブルに突っ伏してしまう。

話している途中から酔いが回り始めていたのか、目つきが怪しくなっていたが、とうとう酔いつぶれてしまったようだ。

 

「もう、僕もこの国で働くのはうんざりなんです。 ああ、新王国に行きたいなぁ。 ザナック王と金色の英雄ラナー将軍が治めるあの国では、王族以外に貴族というものは存在せず奴隷もいない。 税率だって民が余裕を持って暮らせる範囲にとどめてくれているそうですし・・・、きっと僕も誇りをもって・・・お仕え・・・・・・」

 

ゴードンはそのまま眠ってしまった。

目の端からは涙が一筋零れ、彼の苦悩と悲しみを表しているようだった。

 

「行くか・・・、アルベド、セバス」

「はっ」「はい・・・」

 

モモンガ達は詰所を出て、バレアレ薬品店へと急ぐ。

ついさっきまでモモンガの心は未知の世界への好奇心に満ちていたが、急に碌でもない現実に引き戻されたようだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

十枚づつ積まれた金貨の塔がモモンガの目の前に、四つ並んでいる。

 

リィジーの用件というのは、ンフィーレアとエンリを助けてもらった礼と、二人の傷を癒すのに使用したポーション代の支払いだった。

 

(お金、か。 まあ現地の貨幣は、まだ豊富にあるとは言えないしありがたいといえば、ありがたいが・・・)

 

現地の珍しいアイテムなどを期待していたモモンガには、少し拍子抜けだった。

 

「ポーションの代金はこれで足りるだろうか? 二人の傷を跡も残さず完全に消すとなると、錬金術溶液を使ったものじゃろ? うちでは第二位階魔法を封じ込めたものは、金貨8枚で売っているから、それが二つで16枚。 それに、二人の命を救ってもらった礼を合わせて40枚くらいが妥当かと思ったんだが・・・、もし足りなかったら言ってくれ」

 

「いえ、これで問題ないです。 確かに私達が使ったのは第二位階魔法が封じ込められた錬金術溶液ですから」

 

モモンガは、ごく自然にリィジーの考えを肯定した。

この街に来てまだ二日だが、どう答えていいか分からない時はとりあえず人に合わせておけば上手くいく、と異世界での身の振り方がわかってきた気がする。

 

「今回のことは本当に感謝しておる。 私に手伝えることがあればいつでも言っとくれ」

「ああ、そうさせてもらおう」

 

既に日が傾いてきたし、これから新たに依頼を受けるのは難しいだろう。

一度ナザリックに戻り色々と指示を出すためにも、今日は冒険者としての活動は終わりにする予定だ。

 

モモンガは帰ろうとするが、ふと、あることを思いつきリィジーに尋ねる。

 

「すまないが、ポーションを見せて貰ってもいいか? ここはエ・ランテル一の薬屋なのだろう? もし冒険の役に立つものがあったら、購入したいからな」

「ああ、勿論じゃ。 どんな薬が入用かの? ここにリストがあるから自由に見ておくれ」

 

モモンガが、リストを手に取るが当然のことながら分からない。

 

まあ、ユグドラシルで使われているポーションとの違いを調べるだけだし、最も基本的なポーションでいいか、と考えた。

 

「そうだな、ヒーリングポーションを持ってきてくれ」

「はいよ。 ところで、どの種類にする?」

「えっ? ま、まあ取り敢えず下級ポーションでいい」

「いや、そうではなく―――」

 

その後のリィジーの説明によると、この世界のポーションには薬草のみで作るもの、薬草と魔法で作るもの、魔法と錬金術溶液で作るものの三種類あり、後者となるに従い即効性が高くなるらしい。

 

その情報に興味が湧いたモモンガは全ての種類を一本ずつ購入することにした。

 

自分の目の前に並べられたポーションを見て、モモンガは驚く。

 

「青いヒーリングポーションか・・・」

 

何気なく口走った言葉だが、リィジーは敏感にそれを捉えると、目を見開きモモンガに対し勢いよく顔を寄せた。

 

「も、もしかして他の色のポーションを見たことがあるのか!?」

「い、いや。 赤いポーションを、ちらっと見たことがあるような・・・」

 

リィジーの剣幕に、モモンガは思わず正直に答えてしまう。

 

「なんじゃと! あ、ありえん。 赤い色のポーション、ということはもしかして神の血。 で、伝説のポーションがそなたの国では作られているのか?」

「うっ・・・」

 

軽く口走ったことがここまでの騒ぎになるとは・・・。

モモンガは己の迂闊さを痛感しつつ、この場を治める方法について考える。

 

すると、冒険者組合でラケシルに使った言い訳が、上手くいったことを思い出した。

 

「そ、それは違います。 私の国の魔術師達が、厳重に保管している秘宝の中に赤いポーションがあったのですよ。 研究はされているようですが、作成に成功したという話は聞いたことがありませんね」

 

「そなたの国では、赤いポーションの実物を分析して研究が出来るのか! わ、私にその国の場所を教えてくれ。店はンフィーレアに任せて、その研究に参加するぞ! これでも王国一の錬金術師を自負しておる。 研究の足手纏いにはならん」

 

まずい、本格的にまずい。

軽い気持ちでついた嘘が膨れ上がり、独自の世界観を形成しつつあるのをモモンガは感じた。

 

ここは一旦切り上げ、対応を考えるべき。

そう決めたモモンガは、多少強引な手段を使うことにする。

 

「だ、ダメです。 この研究は、国中の魔術師達が総出で行っているもの。 もし他の国の錬金術師に計画を漏らしたのがバレたら私の国での立場が無くなりますからね。 少なくとも、もっとあなたの人柄などを知ってからでなければ」

 

「・・・そう、か。 残念じゃな」

 

リィジーが思ったよりもあっさりと引いてくれたことにモモンガは安心する。

そして、店の扉を開けながら別れの言葉を口にした。

 

「では、私達はこれで失礼する」

 

建物が長い影を落とし始めた午後の街。

三人は宿屋へと歩いて行った。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

リィジーは考える。

 

本当はアインズに国の場所を教えることを拒まれた時、魔法を使って脅してでも聞き出すことが頭をよぎった。

 

だが、それをするとアインズとの関係が完全に破壊されてしまう。

 

恐らく、アインズ・ウール・ゴウンは母国では魔術師としてかなりの地位に居る人物だ。

国の秘宝だという、ポーションを見ることを出来たのが、その証拠。

 

彼の国にとってよそ者である自分が、そのポーションの研究に参加するには、アインズの後押しが必須だろう。

 

そこまで考えられたおかげで、なんとか魔法の行使を思いとどまった。

 

 

そしてリィジーは、近くの調合台で作業をしているンフィーレアに目をやる。

 

「ンフィーレア。 今年もトブの大森林まで薬草を取りにいくんじゃろ?」

 

「そのつもりだよ。 エンリのご両親のお墓にも、一度お参りしたいし」

 

「そうか、じゃあその際の護衛じゃが―――」

 

 

 

 

 


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