LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第十九話 暗闇の邂逅

骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)がモモンガに、人影発見の報告をする少し前。

 

エ・ランテル共同墓地のある一角。

一人の女が、墓石に腰掛けていた。

 

空には分厚い雲がかかり、月明かりさえも差さない墓地の中で、その女は楽しげに足をぶらつかせている。

全身を覆うローブのフードを、目深に被っている為顔は見えないが、外衣の隙間から銀色に光るメイスが見え隠れしており、戦士であることが伺えた。

近くの地面には、鳥籠が置いてあり、クアランベラトという光る物を集める習性を持った黒い鳥が閉じ込められていた。

 

「ふぅ、割と時間がかかったけど、アンデッドは城壁の中に全部入れたよー。 ああ、はいはい。 勿論見られないように気を使ったよ、姫サマ。 アイツを使ったアンデッドの誘導も概ね成功・・・、まあ雑魚を百匹くらいだけど時間稼ぎにはなったかな」

 

その女は虚空を見つめ、まるで誰かと話すように一人呟いている。

 

「ああ、はいはい。 次は、市内の様子の観察カー。 ふふふ、今のクアランベラトの鳴き声とかけたんだよ」

 

そう言うと女はローブの中から、金属を削り出して作られた、一枚の手鏡を取り出し鳥籠へと鏡面を向けた。

 

("魔法道具:鳥瞰鏡(チョウカンキョウ)")

 

鏡面が強い光を放ち、一定のパターンで点滅する。

クアランベラトは、それを見ている内に先程までの落ち着かない動きを止め、まるで自分の意思を失ったように泊まり木から動かなくなった。

 

クアランベラトの様子を確認した女は、鳥籠の扉を開け放つ。

 

「さっ、行って。 まずはここから東に500メートル程いって西側地区の様子を見てみようかなー」

 

自分の言葉を受け、飛び立っていった鳥を見た女が手鏡に目をやると、そこにはクアランベラトが見ている、空からの景色が映し出されていた。

 

・・・鳥瞰鏡は、生命魔法と雷魔法を利用した魔法道具だ。

精神感応系魔法により、一羽の鳥の自我を奪い、雷魔法で伝達される電気信号により自在に操れるようにする。

同時に、その鳥の脳信号も雷魔法で増幅し、魔法道具の鏡面に鳥の視界を映し出すことが出来る。

 

鳥と使用者の距離は10キロメートルが限度であり、使う鳥もモンスターに分類されるような大型のものは不可能、という制限はあったが、このエ・ランテルの様子を確認するには十分な性能を持っていた。

 

「ふんふん。 おおっ、また一人殺ったか。 雑魚アンデッドでも、あれだけ群れると結構な驚異になるんだなー。 よし、そこから半径150メートルくらいで旋回してみて」

 

今度は、内周部西側の広い範囲が映し出されていく。

 

「やっぱり、誘導する者がいないと大分バラけちゃうな。 はぁ、姫サマ見ました? あんな雑魚そうなガキに、今一体殺られましたよ。 ふふ、まあ、そのガキもカウンターで矢を食らったけど」

 

暫くの間、女は独り言を言いながら鏡に目を凝らしていた。

 

警備隊が殆ど役にたっておらず、中央部の城壁に逃げ込み出したのは女の予想通り。

ただ、壁が破られた直後からミスリル級冒険者チームクラルグラと、女が得ている情報には無い、銅級冒険者の三人組が対処に当たりだしたのは誤算だった。

 

クラルグラは勿論、銅級の三人組も次々とアンデッドをなぎ倒し、急速に事態は収束しつつある。

やがて、冒険者組合からの応援も到着し、壁の内部に侵入したアンデッドは殆どが討伐された。

 

(あの三人組、私の情報にはなかったけど、ミスリル級は確実だね。 組合のない国から流れてきた奴らか? たまにそういう事があるとは、聞いたことがあるけど・・・)

 

女はローブの裾を捲り、現在の時刻を表示する、腕巻きベルト型のマジックアイテムで時間を確認する。

 

「アンデッドが都市内に入ってから、鎮圧まで約40分・・・か。 やっぱ、あの程度のアンデッドじゃ500体くらい集めても、たかが知れてるね。 いや、今回は一箇所からアンデッドを侵入させたのが悪かったかも知れないねー。 もし、都市の各地に転送していれば、もっと被害出せたかも」

 

そこで女が一旦言葉を切り、ある一点を見据える。

 

「ところでさあ・・・、今回送ったのって、低級アンデッドだけだったよね? うん、そうかぁ」

 

女が見る方向から急速に接近してくるのは、2m以上の巨体に、黒い肩当てと二本の角を生やした兜を身につけているアンデッド。

妖しく波打つフランベルジュと、身の丈を超える長さのタワーシールドで武装している。

そのアンデッドは、巨体には似つかわしく無い程の俊敏さで、急速に女との距離を縮めていた。

 

この世界では、帝国魔法省の地下深くに一体のみ捕らえられている伝説のアンデッド、デスナイトであった。

 

「私も、法国の記録で見たことあるだけだから確信はないけど、多分コイツ、デスナイトだよ。 冒険者が使う難度にして、100超えって言われてる奴」

 

目の前の相手の力が分からない訳ではない。

むしろ、分かっているからこそ女は余裕を崩さない。

 

「分かった。 ・・・倒していいんだね?」

 

ゆったりとした動きでメイスを取り出した女は、デスナイトと向かい合った。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「あれが・・・、そうらしいな」

 

モモンガは、骨のハゲワシから報告を受けると、墓地の内部に残存するアンデッドがいないか探してくる、と周囲に言い残し、共同墓地へと入っていった。

 

報告を受けた地点には、黒いローブを被った一人の人間―――顔も体も全て隠れてしまっている為、性別や本当に人間かも分からないが、体格的には人間の可能性が高い――がいた。

 

その人間との距離は50m程だが、気付かれる気配はない。

モモンガが二つの魔法、直径四メートル程の玉を作り、内部に入っている生物を透明化する《グローブ・オブ・インヴィジビリティ/透明化の球》と、周囲の音を消す《サイレンス/静寂》を使用しているからだ。

 

(見たところ魔法詠唱者、か? アイツが、《アンデス・アーミー/不死の軍勢》を発動したと考えれば辻褄があうが・・・。 それに手鏡を持っているようだが、アレは遠隔視の鏡のようなものなのか? まさか、こんな墓地の中で、化粧をしている訳ではないだろうし)

 

モモンガは思考を巡らせるが、やはり遠目から見るだけで、あの黒ローブの正体が分かるわけではない。

 

「捕獲するか。 やはり、この世界の人間から直接情報を引き出した方が、多くのことが知れるしな。 それに奴が自分の存在を念入りに隠そうとしていたことから考えると、もし奴をナザリックに連れ去っても、表沙汰にはならないだろうからな」

「はっ」

「承知しました」

 

アルベドが身構え、モモンガの号令一つでいつでも飛び出せるようにする。

 

だがモモンガは、相手のことを何も知らない内から不用意に飛び出そうとはしなかった。

 

「まだ行くのは早い。 アルベド、奴のレベルが分かるか?」

「い、いえ。ある程度、動きを観察しなければレベルは図れません。 それに、戦士職ではない可能性もありますし・・・。 それはセバスも同じかと」

 

アルベドの言葉に、セバスは頷いた。

 

「我々は、未だ多くの情報を得ている訳ではない。 もしかしたら、奴がレベル100を超える存在である可能性も否定しきれないのだからな。 まあ、この世界で強いとされているミスリル級の冒険者が、あの程度の実力だったことを考えると、その可能性は低いとは思うが。 まずは、強さを測ってみようではないか」

 

モモンガはスキル、中位アンデッド創造を使用し、デスナイトを一体生み出した。

 

「デスナイト、あの者を襲撃せよ。 ただし、殺さないように注意しろ」

 

生み出されたデスナイト、地響きを鳴らしながら、黒ローブに向かって走っていく。

 

そして、黒ローブの顔がデスナイトを向き、外衣の中から銀色のメイスを取り出すと、デスナイトを前に自然体で構える。

 

まずはデスナイトが、タワーシールドを構えて体当たりを試み・・・。

 

次の瞬間。 黒ローブの動きにモモンガ達は驚愕した。

 

「《戦気梱包》《回避》」

 

黒ローブは、女の声で武技を発動すると、デスナイトの突進を受け流し、左に回り込む。

 

女はその回転の勢いを利用して、デスナイトの顔面に思い切りメイスを振った。

まるで、破城槌が鉄門に衝突したかのような、轟音が鳴り響き、デスナイトが大きく仰け反る。

 

顔面の骨を粉砕されたデスナイトは、女の次の動きを捉えることが出来ない。

女が振りかぶったメイスは、デスナイトの背骨へと振り下ろされ、骨が砕ける音が響いた。

 

アンデッドといえども、体重を支える背骨が粉砕されれば満足に動くことは出来ない。

 

「《戦気梱包》《能力向上》」

 

地面に伏してなお、女をその手で捉えようとするデスナイトの頭部をメイスが粉砕していき、デスナイトの偽りの命は終わりを迎えた。

 

しばらくの沈黙の後、アルベドが口を開く。

 

「武技、とやらを発動した際、短時間ではありますが強さが変動していましたが・・・、最低レベル40台半ば、といったところかと」

 

「そうだろうな。 デスナイトを、数回の攻撃で沈めたくらいだ。 この世界の人間は、全体的に低レベル過ぎると思っていたが・・・、もしかしたらオリハルコン級やアダマンタイト級は、あのくらいのレベル帯に位置するのかもしれん」

 

自分が知らず知らずの内に油断していたことを自覚し、気を引き締めながらも、あの程度の相手なら幾らでも捕獲のしようはあると考え、モモンガは姿を表すことにした。

 

魔法が解除され、モモンガ達の姿が女からも見えるようになる。

 

「ふーん、アンタ達ぃ? このアンデッドをけしかけたの」

 

「いかにも。 初めまして、私の名前はアインズ・ウール・ゴウンだ。 色々知りたいことがあってね、今から君を捕らえるが抵抗はしないほうがいい。 無駄な苦痛が長引くだけだ」

 

モモンガの言葉に、ローブから覗く女の口元が、三日月のように歪んだ。

 

「あはは、何言ってんのあなた。 もしかして、さっきの戦いを見て変な勘違いさせちゃった? まだ全然本気じゃ無いんだよ?」

「ほう」

「あー信じてないね? ムッかつくんだー。 じゃあいいよ、どうせ姿を見られたからには生かして帰すわけにもいかないし、ちょっとだけ本気見せてあげる。」

 

女がローブを下ろす。

中から現れたのは、ブロンドの髪を短く切りそろえた女性だった。

ユグドラシルではビキニアーマーとして分類される、際どい鎧を身につけており、手にはメイス、腰にはスティレットを四本刺していた。

 

なにより目を引くのは、本来耳があるべき場所から二本の捻れた角が上を向いて生えていることである。

明らかに人間には無い特徴に、再びモモンガは驚いた。

 

「亜人、か?」

 

しかし、このような亜人をユグドラシルで見たことは無い。 だとすると、この世界特有の種族だろうか?

モモンガの疑問をその女が否定する。

 

「亜人なんかと一緒にしないで欲しいなー。 まあ、説明することでも無いし、知らなくていいけど。 重要なのはただ一つ、アンタらは今から私に殺されるってこと」

「ならばやってみるといい。 アルベド、セバス、私がやる。 二人は手を出すな」

 

女は一本のスティレットを持つと、地面に片手をつき、クラウチングスタートのような構えを取る。

 

「《疾風走破》」

 

武技の発動と共に、女は凄まじい速度で走り出す。

常人、いや、この世界の熟練の戦士でも、目で捉えることすらできないほどの加速。

 

モモンガは女に向かい魔法を発動した。

 

「《ドミネイト・パースン/人間種支配》」

 

人間の精神を支配し、傀儡とする魔法。

モモンガから放たれたそれは、本来抵抗するには、レベル60は必要なはず。

 

だがその魔法を―――女はレジストした。

 

「なっ」

 

驚愕するモモンガの胴体にスティレットが突き刺さる。

 

女はスティレットに込められた魔法、第五位階魔法《ドラゴン・フレイム/龍炎》を発動させ、更にもう一つ、攻撃を追加する。

 

("魔法道具:黄火輪(オウカリン)")

 

クレマンティーヌの右腕に嵌められた、腕輪型のその魔法道具は、使用者の魔力(マゴイ)を炎に変換し、手に持つ金属製の武器から噴出させる。

 

魔法と魔法道具。

 

二つの要素が重なりあった、爆発的な炎がモモンガを包み込む。

女はそれを確認すると、残りの二人に反撃されないため距離を取るが、目の前の光景に目が見開かれた。

 

たった今、焼き尽くされた筈の男が何事もなかったかのように、平然と立っていたのだ。

 

「お、おま、どうなって・・・」

「その程度か? 少し熱かったが、別にダメージという程のものでは」

 

そこまで言ってモモンガは重大なことに気が付く。

 

(熱かった、だと? ありえない、今は装備で火属性に対する完全耐性を得ているはずだ。 根源の火精霊のオーラも、全く熱を感じなかったし、炎を熱いと感じること自体が不自然だ。 ・・・とすると、こちらの火属性耐性が突破されたということか?)

 

今回は、威力が弱かった為か、ダメージにして1か2といったところだろう。

だが、もっと強力な炎だったら?

とにかく、この女が自分の耐性を貫通した方法を知らなければならない。 そう判断した。

 

「アルベド、セバス。 あの女を、何としても捕まえるぞ」

「「はっ!」」

 

女も、戸惑っていたのは少しの間。

すぐに立ち直り、別のスティレットを構えた。

 

「あんたら、さあ。 もしかして、新手の魔神使い? それとも、法国のお偉方が言っていた百年ごとの降臨なのかなー。 ふふっ、いいよ。 ホントの全力ってわけにはいかないけど、私の本気、見せてあげる」

 

女はそう言って、懐から黒い液体が入った瓶を取り出すと、地面に投げつける。

空気に触れた液体は急速に気化し、黒い煙となっていった。

 

「変な仮面の奴。 あんたさっき防御魔法か何かを使ったね? 確かに、攻撃がくる瞬間が分かっていれば、タイミングも合わせられる。 だったら、対応する暇もないくらいに、いきなり攻撃されたらどうかなー」

 

煙の中にかがみ込み、女は次々と武技を発動させていく。

 

「《流水加速》《疾風走破》《能力向上》《能力超向上》 そして――」

 

("眷属器:七星足甲(ダンテ・アルカウーザ)")

 

女の金属製のすね当ての表面に、星のような七つの光点が現れる。

 

次の瞬間、女は煙を突き破りモモンガ達に一直線に突撃する。

敵の位置は、煙の中にいながらも鋭敏な五感を用いて把握していたため、一切の迷いが無い。

 

移動速度も先程とは比べものにならない、まさに疾風を超え、閃光と見紛うほどの突進。

 

そして・・・女が狙ったのは、アルベドだった。

衝突、そして轟音が響く。

 

「は・・・、はぁっ?」

 

兜のスリットからスティレットを通そうとした女の一撃は、アルベドの片手で、右腕を掴まれることによって止められた。もう片方の腕も自身の背中に回され、身動きが取れない程の力で締め付けられる。

 

「何を驚いているの? あなたの攻撃は確かに速度は中々・・・、と言ってもレベル60位の速度重視型の戦士職並だけど・・・、あまりにも軽すぎたのよ。 軽く手を握っただけで止められたわ」

「な、何言って。 は、離せぇ」

 

女が暴れるが、レベル100の戦士職であるアルベドの腕はびくともしない。

 

「ぐはぁっ」

 

軽く腕に力を入れられただけで、女の体は軋み、悲鳴をあげていた。

 

「よくやったアルベド。 さて、思ったよりも手間取ったが・・・、これで終わりだ。 すぐにナザリックに送ってやろう」

「ぐ、くそっ・・・あんたは"ぷれいやー"なのか?」

 

(ぷれいやー・・・、ぷれいやーだと!)

 

明らかにこの世界の基準とは隔絶しているように見える強さ。

もしかしたら、プレイヤー関係者だったのか?

 

モモンガの心に迷いが生じる。

もし、この女がNPCか何かであれば、ナザリックに連れ帰った場合、プレイヤーに報復を受ける恐れがある。

 

「お前は何を知っている? もしかしてNPCなのか?」

「はは、は。 やっぱり"ぷれいやー"か。 それを聞けてよかっ、たよ。 いい土産話が出来た」

「土産話?」

 

それでは、これから何処かに帰るような・・・。

モモンガがそこまで思考した時、女が叫ぶ。

 

「《解放(リリース)》!」

 

アルベドが強く押さえつけていた女の体が光の粒子となり、一瞬の内に飛散する。

 

「えっ!?」

 

そして女の体は、先程自分で張った煙幕の上に転移した。

 

「じゃあねー。 ぷれいやーさん」

 

女は、重力に従い煙の中へ落ちていき――、急にその気配が消えたのをアルベドは感じた。

 

「まさかっ」

 

ハルバードを勢いよく振るい、煙を風圧で吹き飛ばす。

しかし、そこにはもう女の姿はなかった。

 

アルベドが自分の犯した失態に、青ざめる。

勢いよくモモンガの下に跪くと、兜を取りハルバードを自身の喉元に当てた。

 

「も、申し訳ございません、モモンガ様。 直々にくだされた命令を果たせず、拘束から抜け出されたばかりか、逃げられてしまうとは・・・。 この程度で失態を帳消しにできるとは思っておりませんが、この命でお詫び致します」

 

だが、モモンガはアルベドに手を差し伸べると地面から立たせた。

アルベドの悲愴な顔を見て、出来るだけ優しく声をかける。

 

「今回のことは良い。 実は私も、あの女をナザリックに連れ帰って情報を引き出すべきか、ここは一旦逃がすべきか悩んでいたが、最後に確信した。 あの女は逃がした方がいい。 お前の手からあの女が脱出する際に使用した魔法には覚えがある。 敵に触れられていたり、魔法で拘束されている状態から短距離を転移し抜け出すことが出来る魔法、《テレポーテーション・オブ・フリーダム/解放転移》、第9位階の魔法だ。 その魔法を、《グレーターマジックシール/上位魔法封印》に封じ込めて使用していたが、もし自分で仕込んでいたのでなければ、<魔法封印譲渡>のスキルで、高レベルのプレイヤーかNPC、・・・又は現地の強者が、あの女を支援しているということ。 これ以上不用意に関わるのは危険すぎる」

 

いつしか、空を覆っていた雲は途切れ、一筋の光が墓地へと差し込んだ。

だが、モモンガの心の中はその光景とは対照的に、暗雲に包まれていた。

 

(マズイな。 もし、この世界に他のプレイヤーが来ていた・・・、というより現在進行形で存在する可能性が高いとしたら、敵対するのは避けたいが・・・。 いや、待てよ。 今回、あの女は隠れながらアンデッドを都市に送り込んでいた。 だとすれば、現地人の目を気にせずに暴れまわるタイプのプレイヤーという訳では無いはず。 今回の遭遇も、冒険者としての活動の延長線上の出来事だと言い訳は出来るし・・・。 とりあえず、これからはもっと慎重に動くべきだな)

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

―――リ・エスティーゼ新王国内のとある地下施設。

人里離れた森の奥に建てられたこの施設の中で、空中に七つの光点が線を描き、一つの多角形を形作った。

 

「《七星転送方陣(ダンテ・アルタイス)》」

「へぶっ」

 

その多角形の中から、先程までモモンガ達と戦っていた女が飛び出し、間抜けな声を上げて床に転がった。

 

「ちょっ、ひどいじゃん、姫サマ。 せめて下に藁でも敷いといてよ」

「ああ、忘れてました。 あなたなら丈夫だから問題ないと思ったの」

「これは心遣いの問題だよー。 普段、他の部下に見せている優しさの半分でも欲しいもんですね」

「あなたが優しくしただけで従ってくれるような人なら、それもいいわね。 でも、そういうわけでは無いんでしょう、クレマンティーヌ」

「はぁ、人を乗せるのが上手いねー・・・、姫サマは」

 

クレマンティーヌが会話しているのは、約4年前、リ・エスティーゼ王国の王族でありながら、兄である次男ザナック、六大貴族の内の一人レエブン公と共に王国を離反した、ラナー王女だった。

 

かつては美しいドレスで着飾っていたその体は、現在はオリハルコン製の軽鎧で覆われている。

5年前に王国内に存在していた迷宮、第71迷宮:ダンダリオンを攻略し、その力で新王国を打ち立てた、王国の貴族や兵士にとっては裏切り者、新王国民や一部の王国民にとっては、金色の英雄と呼ばれる今年で18歳になる女性。

 

2年前にも、一つ迷宮を攻略し、世界に二人しかいない、複数迷宮攻略者の内の一人となっていた。

 

「それにしても・・・、まさか、アンデッドの兵器転用の実験がこんなことになるとは思いませんでした」

 

ラナーはアンデッドが持つ飲食や睡眠が不要、という性質に着目しその軍事転用を目論んでいた。

 

具体的には、身元の引受先がない死体を第三位階魔法《クリエイト・アンデッド/不死者創造》で低位のアンデッドへと変え、ラナーが金属器による攻撃で作った深い大穴に閉じ込めておく。

 

とは言っても、《クリエイト・アンデッド/不死者創造》を使えて、この計画にも携わることが出来る人材は新王国には一人しかいない為、後述する金属器の能力で、自然発生したアンデッドを大穴の中に転送するなどして、数を揃えた。

 

そしてある程度、捕獲したアンデッドの数が揃えば、ダンダリオンの金属器の出番だ。

このジンの金属器は、任意の二つの空間を連結させる魔法陣を展開する《七星転送方陣(ダンテ・アルタイス)》という技が使える。

 

このジンの力を使い、捕獲しておいた大量のアンデッドを敵国に送り込むことで、アンデッドを自動殺戮兵器として使用する計画。

もし実用化が成功すれば、兵士の損失を最小限に敵を制圧することが可能となる筈だったが、いくつか課題もあった。

 

まず一つ目はアンデッドを捕獲しておく際、現段階では自力では登れないような穴に入れておく方法が一番実用的だとラナーは判断しているが、この方法は、自力で壁を登れるような強力なアンデッドや、飛行可能なアンデッドには使用できないこと。 その為、エ・ランテル襲撃は低位の飛行不可能なアンデッドのみで行うことになった。

 

そして二つ目は、ラナーが《七星転送方陣(ダンテ・アルタイス)》を新しく展開出来る距離には限度があること。 ラナーが新しい転送魔法陣を展開したり、魔法陣の位置を移動させることが出来るのは半径5キロメートル以内に限られる。

 

つまり、自身から半径5キロメートル以内の範囲なら自由に物を移動させることが出来るが、新王国から、エ・ランテルまでの距離を移動させようとすると、まずはエ・ランテルに一つ転送魔法陣を設置しておいて、それから、新王国に帰り、アンデッド達をエ・ランテルに設置したものと対になる転送魔法陣を使い転送する必要がある。

だが、転送魔法陣は星のような光点を、光の線で結んだ図形が空中に浮いているという外見なのでかなり目立つ。

それをエ・ランテルにあらかじめ設置することで、誰かに発見されてしまう事態は避けなければならない。

 

その問題を解決するのが、眷属器使いであるクレマンティーヌだった。

クレマンティーヌの持つ眷属器:七星足甲(ダンテ・アルカウーザ)は重力を操作し、使用者を飛行させることが出来る。 そして、その力を応用することで地面を走る速度を上昇させることも可能だが、クレマンティーヌはこの眷属器に宿るダンダリオンの眷属と融合、つまり同化を果たしたことで、体が異形のものへと変化すると共に、新たな力を得ていた。

自身の視界と聴覚を主であるラナーと共有することで、ラナーはどれほど遠くにいても、クレマンティーヌが認識している景色を共有することが出来る。

更に、クレマンティーヌを起点として新たな転送魔法陣を展開することも可能なのだ。 もっとも、その有効範囲はラナーに比べれば小規模で、クレマンティーヌから半径100メートルの範囲だけだが。

 

それを利用して、ラナーはエ・ランテルと新王国に、対となる魔法陣の同時展開が可能となり、この計画は急速に実用化へと近づいた。

 

 

そして、最後の問題点。

冒険者や魔術師などの間で知られているアンデッドの特性。

 

大量のアンデッドが一箇所に集まると、更に強力なアンデッドが次々と生まれる現象だ。

 

もし、アンデッドの転送で敵の拠点を破壊しても、そこが強力なアンデッドの巣窟となってしまうのでは、些か問題がある。

そこで今回、ラナーとクレマンティーヌはエ・ランテルを舞台に、アンデッド軍団の戦力としての評価、新たなアンデッドが生まれる現象の観察などを目的に実験を行った。

 

当然、このアンデッドの軍事利用の計画は機密事項である。

現在、新王国でこの計画について知っているのは、ラナー達を含めても十人程度だ。

 

将来的に実用化に至ったとしても、国民や自軍の兵士への感情を考慮して、今回のように自然発生ということで処理する計画だった。

 

「しっかし、姫サマ。 わざわざ、王国の都市で実験するなんてワルですねー。 評議国とかで適当にやらせてもらえば良かったんじゃ?」

「エ・ランテルは別にいいの。 近々王国は滅びて、私達、新王国と帝国がその領土を奪い合うことになる。 エ・ランテルはその際に帝国の前線基地として早期に奪取される可能性が高いから、多少被害を受けたところで問題ないわ」

 

それに、とラナーは続ける。

 

「他の国の警備兵は、王国よりも有能でしょうからね。 アンデッドが都市部に被害を与える前に鎮圧されたり、あなたが目撃される可能性もあります。 まあ、私も今回の件でエ・ランテルを滅ぼす気はなかったけど。 今あの都市が滅びると、色々と計画が狂いますから」

「ははっ、やっぱおっかないねー、姫サマは」

 

どこまでも冷徹なラナーの思考回路に、クレマンティーヌは寒気すら覚えた。

 

「でも、今回の収穫は予想以上に大きいです。 まさか、あなたの言うぷれいやーらしき存在に遭遇するなんてね。 出会い方が出会い方ですから、利益に直結するとは限りませんが・・・、それでもこの件に関しては法国に先んじて行動できます」

「まあね。 私としては、もう会いたくないけど。 一応、脱出経路仕込んでもらって良かったよ」

 

クレマンティーヌが突進前に張った煙幕。

あれは、踏み込みの瞬間を悟らせないことが目的ではなく、あの中に転送魔法陣を展開してもらい、いざという時の逃走経路にするためだった。

 

 

 




マギ、用語説明
・ジンの金属器
迷宮攻略者は自身が愛用する金属製の物品の中に、ジンを宿している。
ジンとは一種の魔法使いのような存在であり、迷宮攻略者の意思を受けその力を振るう。 ラナーが契約したダンダリオンは、力に関わる魔法を使い、二つの空間を連結するジン。 転送魔法陣を展開し、光の線が囲む面に触れたものを転送する。全力で使用すれば、岩山一つを丸ごと転送することも可能。
転送可能距離は半径約2000キロメートル程と、とても広いが、新しい転送魔法陣を設置する際は、その地点の半径5キロメートル以内に近づく必要がある。 一度設置した魔法陣は、長期間そのままにしておくことが出来るが、実際にものを転送する際は、金属器使いが許可をだし、魔力を消費しなければならない。 同時に展開できる魔法陣は、七対。
また、ジンの金属器は、自然現象を引き起こしている魔力(マゴイ)を吸収することが出来る。 例えば、炎を操るジンならば、溶岩や山火事から火を自身の力として吸収して扱うことが出来る。
水を操るジンならば、海や湖の近くで使用すれば、水に宿る魔力(マゴイ)を吸収し、陸上よりも少ない魔力でジンの力を振るうことが出来る、風を操るジンならば、嵐の中で使用すれば、周囲の魔力を無尽蔵に取り込み、この上ない強さを発揮するだろう。

・眷属
金属器使いと共に戦い、ジンに認められた者には、ジンから生み出された眷属という存在が力を貸す。 眷属はジンと同様に、眷属器使いの所有する金属製の品に宿る。
主が金属器を身につけており、かつ主の魔力が空ではないときに、眷属器は使用可能。 その際に消費する魔力は、眷属器使いが持つ。 力は、ジンの金属器使いには遠く及ばないものの、同化という手段を使えば金属器使いにも迫る、強大な力を発揮できる。

・眷属との同化
クレマンティーヌは現在、眷属と同化した経験がある。
眷属器に宿る眷属を自身の体と一時的に融合させることで、体は異形のものとなり、強大な力を手に出来る。 ただし、同化を繰り返すごとに自分と眷属の境界は曖昧になっていき、最終的には自分と眷属が完全に一つになり、自我を失ってしまうという。
一度でも同化したことがある者は、完全に元の人間に戻ることは出来ず、同化を解いても体にジン特有の特徴を残す。 ただし、姿が人間とは離れる代わりに、身体能力の向上などのメリットもある。今回のクレマンティーヌはこの状態であり、同化を使えば更に強大な力を発揮することが出来る。

・魔法道具
金属器や眷属器とは異なり、誰でも使用可能な道具。
使用者の魔力(マゴイ)を使い、あらかじめ設定された魔法を使用できる。
ただし、威力は金属器とは比べ物にならないほど低い。
なぜなら、金属器は使用者の魔力(マゴイ)を何倍、何十倍に増幅する機能と共に、自然現象の中に存在する魔力(マゴイ)を使用する能力を持つからである。
但し、どのような種族でも使用できる訳ではない――――――。


魔力(マゴイ)
この世界のありとあらゆる自然現象は、ルフという光る鳥に似た存在により引き起こされている。
その自然現象は水、火、風、雷、光、生命、音、重力の要素に分類することができ、世界に満ちたルフは、己の中に存在する魔力(マゴイ)というエネルギーを利用し、各種の自然現象を起こしている。 当然、人体の中にも生命現象を起こすルフが存在しており、魔法道具とはそのルフの魔力(マゴイ)を取り出し使用している。
だが、己の中に存在するルフの魔力(マゴイ)を使い果たすことは死に直結するため、多少の消費ならば問題は無いが、魔法道具の使いすぎは命に関わる。
ジンの言う王の器とは、この体内の魔力の総量のことを指す。
ジンの金属器は、通常の魔法道具に比べ非常に魔力の利用効率が高いが、それでも魔力の多寡は、戦闘時の持久力に直結するのである。
勿論、それだけを基準にして王が選ばれる訳では無いが・・・。

また、体内の魔力の量は生まれつき決まっており、基本的に変化しない。
ジルクニフのように、特殊な手段により他者の体に宿るルフを己の中に取り込んだという例外はあるが。




ダンダリオンは第71迷宮ということになっていますが、この世界に71番目に現れた迷宮という訳ではありません。
クレマンティーヌが、魔法をレジスト出来た理由などは、もう少し物語が進んでからです。





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