LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第一話 雨夜の陰謀

バハルス帝国北西部に位置する町パルミナは、南方にトーラ山を望める景勝地だ。 

 

地形の為か、夏でも涼しく過ごしやすいこの地は古くから王族や貴族の保養地として使われてきた。

 

特に貿易拠点などの役割は持たず夏場の富裕層が滞在する時期を除くと、よく言えば落ち着いた、悪くいえば活気の少ない町だが三年前からある要因により帝国内外においてかなり有名な街になっている。

 

季節はすでに秋。

夏場の賑わいはなりを潜め、落ち着きを取り戻したパルミナにある王族所有の別荘。

 

並みの貴族のものとは一線を画す絢爛さと、快適な居住性を兼ね備えた広大な屋敷。

 

日はすでに暮れ、雨がしとしとと降り注ぐ中庭にバハルス帝国次期皇帝、ジルクニフは跪いていた。

 

周りにはこの景勝地には場違いな鎧を着込んだ、三十人以上の男達が取り囲んでいる。

 

その中でジルクニフは縄で後ろ手に縛られ、数人により押さえつけられた上、剣を突き付けられていた。

 

一人の男がジルクニフに話しかけた。

 

この場で唯一武装しておらず、部下たちに守られるように立っている金髪の男。

 

ジルクニフの叔父にあたるグロック公爵だ。

 

歳は四十を超えており顔にはところどころ皺が刻まれているが、ジルクニフとの血縁を感じさせる整った容姿をしている。

 

「ジルクニフ、お前は頭が切れるし計画を実行に移す決断力も大局を見つめる眼力もある。 だが・・・、如何せん若すぎたな。 一番怖いのは分かりやすい敵ではなく身内の反乱だ。 最期に大事な教訓を得られたんじゃないのか?」

 

返答はせずジルクニフは黙ってグロック卿を睨みつける。

 

目にはまんまと計略に陥れられた屈辱と怒りが宿っていた。

 

 

 

事の始まりは二か月程前、ジルクニフの父親前バハルス帝国皇帝が急死したことだ。

 

寝室に置かれていた水差しから毒が検出されたことで毒殺との結論は出ているが、まだ犯人は判明していない。

 

ただ王の寝室に入れる者などごく少数に限られている。

 

長く王家に使えている信用のある使用人か、もしくは・・・側室や皇子の中の誰かか。

 

捜査は未だ続いているが、それよりも優先して解決しなければならない問題がある。

 

バハルス帝国の次期皇帝の決定だ。 王国との関係も年々悪化している以上、帝位が長期間空席になることは避けなければならない。

 

前皇帝は自分の後継者として皇子たちの中でも早くより一際優れた才気を発していたジルクニフを選んでいた。

 

長きに渡り帝国を支え続けている伝説の賢者、フールーダ・パラダインに教育係を任せていたのは、次期皇帝としてフールーダと親密な関係になることは不可欠だと考えてのことだ。

 

帝国の軍事の要、帝国騎士団も前皇帝が貴族より皇帝に従うよう地盤を整えておいたおかげで、今ではジルクニフがほぼ全体を手中に収めている。

 

そして今より一か月後に控えた即位式の為、ジルクニフはこのパルミラの更に北。 帝国最大の港湾都市カルバ=オルカスへと視察・・・、要するに民への顔見せの為に向かい今はその帰り道だった。

 

道中の休息の為にパルミラの別荘へと滞在していた所、グロック卿による襲撃を受けたのだ。

 

グロック卿とは兼ねてより前皇帝が進め、ジルクニフも踏襲しようとしていた政治方針である貴族の力を弱め皇帝への権力の集中させることに反発していた、ジルクニフにとって叔父にあたる存在である。

 

勿論次期皇帝であるジルクニフには五十人からなる護衛団に加え、帝国四騎士の内二人、上級貴族の家に生まれ家宝の黒い魔剣を振るう剣士、黒剣(こくけん)のケイオス。 並みの騎士では二人がかりでも運ぶのがやっとという巨大なメイスを自在に操る巨漢、激震(げきしん)のビーザムが身辺を守っていた。

 

だが屋敷での食事中、護衛団の中の数人が突如として反旗を翻し仲間達を殺害。

 

裏切った中には黒剣のケイオスも含まれており、彼は真っ先に同じ四騎士であるビーザムを攻撃した。

 

食事中とはいえビーザムも武装はしていたが、屋内では巨大なメイスは使いづらい。

 

それに不意を突かれた混乱も重なりビーザムはケイオスに心臓を刺し貫かれてしまった。

 

・・・あとは一方的な虐殺といっていい。

 

護衛団の中には冒険者のランクで金級の実力を持つとされる精鋭の騎士も含まれていたが、オリハルコン級以上の実力者である帝国四騎士相手では分が悪い。

 

一部の護衛団員の裏切りと共に屋敷に雪崩こんできた、グロック卿率いる戦士たちの増援もあり、ジルクニフを残し屋敷内の使用人、裏切っていない護衛団員は全員殺されてしまった。

 

「グロック、父上を・・・前皇帝陛下を殺したのはお前か?」

 

「うん? ああ、兄上の件か。 殺したのは私では無いよ、あれは・・・。 いや、やめておくか。 周りに人が多すぎるからな、叔父として君の最後の謎くらいは解き明かしてやりたかったがね、残念だ」

 

グロック卿が、ジルクニフへと歩み寄り、彼を上から見下ろした。

 

「君の父も、そして君も、道を誤ってしまったのさ。 長らく帝国に尽くしてきた貴族を弱体化させ、王の独裁状態を作り出そうなどとはね。 いい事を教えてやる。 今回、護衛団の中から私に協力してくれた者たちはいずれも貴族出身者だ。 皆、いつか君に切り捨てられることを見越して、先に君を排除する決意をしてくれたのさ」

 

「なに⁉」

 

ジルクニフは絶句した。

 

彼とて、貴族すべての排除を計画していたわけではない。

 

有能な者は爵位に関わらず相応しい評価を与えるつもりだったし、優秀な騎士団員を輩出している家などは明らかに帝国に害を与えている家以外は、多少無能でも尊重する態度を見せ裏切りを防止しようとしていた。

 

「君も、大きな反発が起きにくいように色々策は講じていたようだがね。だが君が周囲に漏らしていた政策では、どんなに緩やかであろうと、徐々に貴族の力は弱まっていく。 十、二十年後はともかく百年後は? 今の権力集中の流れをこのまま続けていくといずれ貴族は滅びてしまう。先見性のある者たちはそれを見越していたんだよ、なあケイオス殿」

 

話を振られた、帝国四騎士のケイオスは頷いた。

一見ただの優男に見えるが、服の下には鋼のように鍛え上げられた肉体を持つ、名実ともに四騎士に相応しい男。

ジルクニフも、彼を重用しており、裏切られる要素は無いと思っていた。

 

「ええ。 ジルクニフ様、あなたは結局の所、何も分かっていない。 邪魔な貴族を排除していけば国がよくなる、というのは、余りにも安直すぎるんですよ。 帝国の貴族は、経済にも軍事にも深く関わっており彼らを混乱させることは国の弱体に繋がるということが分からないのですか? 真に帝国の為を思うなら、貴族と話し合い、協力しながら国を治めていけばいい。 わざわざ、貴族を刺激して内乱の危機を招くあなたは、間違いなく帝国を害する存在となる」

 

「くっ、何を言う。 バハルス帝国建国から二百年近くが建つが、年代が下るごとに貴族の質は低下している。 それもこれも皇帝の力を貴族に分散しすぎたためだ。 その末路がどうなるかはリ・エスティーゼ王国を見ればわかるだろう? 今は、皇帝の権威を取り戻し貴族たちの気を引き締めなければならん。 国が滅びれば貴族も存在できないと、なぜわからんのだ!」

 

「その話は平行線だ。 あまり時間をかけすぎると援軍が来ないとも限らんし、そろそろ終わりにしよう」

 

論争に発展しかけた会話をグロック卿が遮った。

 

「ジルクニフ、昔はよく一緒に軍盤で遊んだっけなあ。 君は父親・・・、兄上によく似ている。 特にその燃えるような目がね。 誤解しないで貰いたいが、私は兄や君を恨んでいたわけではない。 兄上は、兄上で自分の信じるものの為に戦ったんだろうし、君もそうなのだろう。 ただ、私達とは相いれない道を選んでしまっただけだ。 君を、すぐに切り捨てずに身柄を抑えたのはその為さ。 私の手で君を殺したくはない。 だから・・・、他の方法で消えて貰おうと思ってね」

 

グロック卿は部下たちに指示を出す。

 

「おい、運ぶぞ」

 

それを合図に、部下の一人がジルクニフを無理矢理立たせる。

 

(どうするつもりだ? 他の場所で殺す、いや、そんな事しなくてもここで殺せばいいだけだ。 なら・・・)

 

ジルクニフが、行き先について思考していると屋敷の中から、数人のグロック卿の手勢らしい男達と、彼らに運ばれてくる縛られた男が出てきた。

 

「グロック様、屋敷の便所に、コイツが隠れていました。 多分、護衛団の団員かと」

 

グロック卿はジルクニフの隣に投げ出された縛られた男を見下ろす。

 

恐らく十代後半。 赤毛の髪を耳や目にかからない程度に切りそろえており、鳶色の丸い瞳をしている。

 

その目と頬のそばかすの為か、精強な兵士といった印象は受けない。

 

世間の垢が抜けておらず、舞踏会で女の尻を追いかけているような、どこにでもいる若者に見えた。

 

「フン、まだ若いな。 大方、臆病風に吹かれ真っ先に隠れた愚か者だろう。 よくやった。 この別荘は市街地から離れていて民間の目撃者はいない筈だが、だからこそ屋敷内の人間は全員消しておかないとな」

 

縛られた赤毛の男はグロック卿の言葉に息を飲む。

 

「ち、違うんだ。 いや、護衛団ではあるんだけど今回が初めての任務で家のコネでねじ込まれただけなんだよ。 そ、そうだ! オレの家も貴族なんだ、ローチェル伯爵家の四男バレット・ボージア・デル・ローチェル。 あなた達は貴族派ですよね⁉ オレも仲間に入れてくださいよ、絶対今日の事は喋りませんから」

 

ジークを見下ろしていたグロック卿の目が汚らわしいものを見るように細められた。

 

「まあ、どんな集団にも腐った奴はいるものだしな。 バレット、とか言ったか。 私は立場が悪くなるとあっさり主君を裏切るような奴を信用しない。 ここにいる者たちは以前から前皇帝の方針に疑問を持っており、自分の信念により私に協力してくれた者たちとその部下だ。 失敗すれば自分のみならず、家もただでは済まないと知りながらも未来を掴み取る為に立ち上がった。 お前のように状況次第でコロコロ変わる奴はいらん」

 

グロック卿の意を受け部下がバレットを切り捨てる為に剣を構える。

 

「ひぃぃっ!」

 

「待て」

 

だが、それを制したのはグロック卿だった。

 

「折角だ、ソイツも水晶宮(すいしょうきゅう)へと連れて行くぞ。 ジルクニフ一人で、不帰(かえらず)の門をくぐるのも寂しかろう。 上等とは言い難いが死出の旅路へ従者を着けてやろう」

 

「はっ」

 

ジルクニフとバレットは内部が見えないように、黒い布で窓を覆った馬車に乗せられ、運ばれていった


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