LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第十八話 鎮圧

様々な薬草が放つ、独特の匂いが篭った店の中。

リィジー・バレアレは店じまいの看板を出し、調合台の後片付けに入っていた。

 

すり潰した薬草のかすを払い落とし、水気を切った布で拭いていく。

 

「リィジーおば、えーと、リィジーさん。 ゴミはここに捨てればいいの?」

 

店の床掃除はエンリと共にこの店にやってきた少女、ネムが行っている。

彼女は行くあてのない自分達を受け入れてくれたリィジーに精一杯の感謝の気持ちを込めて、自分に出来る手伝いを率先して探していた。

 

「ふふふ、ンフィーレアと同じく、おばあちゃんと呼んでくれればいいよ。 うちは個人で細々とやっている店だし、無理に敬語なんか使うことはないさ。 ゴミは、そこに捨てといとくれ」

 

リィジーも、孫のンフィーレアが深く気にかけているということで、この姉妹を家に置くことにしたが、素直で活気にあふれたエンリとネムを個人的にも気に入っていた。

 

(孫と二人じゃどうしても店の中が静かすぎる。 これからは賑やかになりそうだ)

 

きっと、上手くやって行けることだろう。

その確信を胸に、リィジーは作業をしながら配達に出かけたンフィーレアとエンリを待っていた。

 

ここから共同墓地までは片道15分くらいだから、もうそろそろ着く頃か。

そう思っていると店の外から、鐘が力任せに叩かれた時の、けたたましい音が響いてきた。

 

これは確か・・・、緊急事態が起こった際に鳴らされる見張り台の鐘だ。

 

「ネム。 ちょっとここで待っているんだよ」

 

リィジーは、扉を開け店の外へと出る。

すると、一人の警備兵が走りながら大声で何かを伝えていた。

 

「共同墓地に大量のアンデッドが発生した! 城壁が破られ、既に市内へ多数侵入している。 中央部への門を開放したので、市民は避難を始めろ!」

 

「なん、じゃと?」

 

共同墓地の城壁が破られた? 

馬鹿な。 墓地によく出現するという低級アンデッド、いや、エルダーリッチやスケリトル・ドラゴンのような強大なアンデッドでも、あの城壁を破ることなど容易なことではないはず。

だとすれば、どんな化け物が現れたのだろうか?

しかし、リィジーはすぐにそんなことよりも重大な問題に気が付く。

 

いま共同墓地の方へは、ンフィーレアとエンリの二人が向かっているはず。

ならば、この事態に巻き込まれてしまっていてもおかしくは無い。

 

リィジーは、大切な孫とその孫の想い人が同時に失われる恐怖に、血が凍りつくような感覚を覚えた。

 

すぐに行かなくては。

 

そう思い、足が共同墓地へ向かいかけるが、店にふと目をやるとネムが扉を少しだけ開け、不安そうにこちらを見ている。

 

「お、おばあちゃん。 いま、どうなってるの?」

「そ、それは・・・」

 

そうだ、馬鹿か自分は。

リィジーはネムの姿を見て我に返り、己を叱りつけた。

昔から頭に血が昇ると短絡的な行動に出てしまうことがあったが、今はそんなことは許されない。

 

自分が今できる最善の行動は何か。

リィジーは焦る気持ちを抑え、懸命に考える。

 

そして考えがまとまると、再び店の中へと戻った。

 

「ネム、すぐにここを出るから準備をしてな!」

 

リィジーは背嚢と手提げ袋を持ち出すと、薬品棚の鍵を開けた。

 

その中に保管されていた薬品の中から回復や戦闘に使えるポーション。 錬金術油などを次々と袋へ詰め込んでいく。

薬師である自分にできることは、可能な限りの薬品を持って戦っている警備兵や冒険者の支援をすること。

戦闘経験は少ないとは言え、魔法も第三位階まで使える自分なら足手纏いにはならないだろう。

 

ありったけの薬品を抱えたリィジーはネムを連れて勢いよくドアを開ける。

そして、周囲を逃げ惑う群衆に目を凝らすと知り合いがいた。

バレアレ薬品店の近くに住む薬師の下で、修行をしている青年だった。

 

「ピート! ちょっとこっちへ来とくれ」

「んっ、誰・・・、バレアレさん!」

 

ピートがこちらに向かって走り寄ってくる。

エ・ランテル中の薬師の間で一目も二目も置かれているリィジー・バレアレの呼びかけなら、この非常事態でも無視は出来ない。

 

「バレアレさん。 アンデッドが街の中へ侵入したそうですよ。 早く中央部へ避難しないと!」

「あたしゃ、アンデッド共と戦いに行く。 避難するならこの子を連れていっておくれ」

「えぇ! 危ないですよ!?」

「うるさい! 今あそこにゃ、ウチの孫と従業員がいるんだ。 少しでも役に立てるなら、じっとしてなんて居られないよ」

「バレアレさん・・・、わ、分かりました。 この子は俺が一緒に避難させます」

「頼んだよ」

 

リィジーが、ネムをピートに預け西へ向け踵を返そうとするとすぐ目の前に、整えられた髭を生やした白髪の老人がいた。

 

「危うくすれ違いになるところでしたか。 間に合ってよかった」

 

確かこの人は、エンリとネムをここまで送ってくれた一行の一人、セバスという名前だったとリィジーは思い出す。

セバスは両腕で、二人の人間を抱えていた。

 

「ああっ、ンフィーレア。 エンリも!」

 

セバスは二人を下ろすと、リィジーを安心させるように優しく微笑む。

 

「大丈夫ですよ。 傷を負っていましたがアインズ様が治しました。 このエンリという少女も大したものです。 ンフィーレア君を見捨てずにアンデッドと戦って勝利したのですから」

「なんと・・・」

 

リィジーがエンリを見ると、その服は火に包まれたように焼け焦げていた。

 

「まさか、錬金術油に至近距離で火をつけたのか?」

「そのようです。 私達はその時の炎で、この二人を見つけたのですから」

 

エンリの覚悟と勇気に、リィジーの胸が熱くなった。

 

「んん・・・。 おばあ、ちゃん?」

 

ンフィーレアが先に目を覚まし、まだ焦点の合っていない目でリィジーを見つめる。

 

「ンフィーレア! 目が覚めたのかい」

「うん・・・。 あれ? お腹の傷が無くなってる?」

「アインズさんが治してくれたんだよ。 セバスさん。 二人を助けてくれてありがとう。 あなた達には感謝するよ。 必ず礼はするから・・・」

「いえ、困っている人を助けるのは当然のことです。 礼は・・・」

 

セバスは、礼はいりませんと言いかけて、それは自分が決めることでは無いと考え直す。

 

「礼などはもっと余裕がある時に考えましょう。 今は、避難してください」

 

リィジーはセバスの言葉に首を振る。

最も心配していた二人の問題が解決しても、まだ薬師としての使命が残っているのだ。

 

「私はこれからアンデッドを倒す手伝いに向かわなけりゃならない。 ンフィーレア! もう立てるかい?」

「な、なんとか」

 

リィジーの言葉を受けたンフィーレアは、多少ふらつきながらも両の足でしっかりと立った。

 

「あんたはエンリを連れて、中央部に避難しな。ああ、ピート。 悪いけどこの二人にも軽く手を貸してくれないかい? 私は西へ応援に行かなきゃならない」

「お、おばあちゃんだけで? 無茶だよ、アンデッドの数は十や二十なんてものじゃないんだ」

「私は第三位階魔法詠唱者だよ。 少なくとも、お前のようなひよっこよりは役に立つさ」

 

セバスが、その言葉を聞いてリィジーの近くへ寄ってきて、背中を差し出した

 

「では、私がお運びしましょう。 背中へどうぞ」

「悪いね」

 

セバスの背中へおぶさったリィジーは、服越しでも伝わってくる鋼のような筋肉の感触に驚嘆する。

 

「では少し急ぎますよ。 舌を噛まないようにして下さい!」

 

リィジーを背負いながらもセバスは、まるで早馬のような速度で、誰にもぶつかることなく駆けていった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

今、内周部西側にある通りで、四人の冒険者がアンデッドと戦っていた。

四人の前には、30体程のアンデッドが押し寄せて来ており、新手も続々と合流している。

アンデッド達はその殆どが、ゾンビやスケルトンなどの弱い種類だったが、中には食屍鬼(グール)膨れた皮(スウェル・スキン)などの少し厄介なアンデッドも存在していた。

 

「ペテル、補助いきます。 《リーンフォース・アーマー/鎧強化》」

 

「よし! 《斬撃》」

 

ペテルと呼ばれた男が、武技を発動しゾンビを切り捨てる。

だが、その後ろには既に他のアンデッド、スケルトンが迫っていた。

 

「ペテル!」

「大丈夫だ。 まだいける。《盾強打》」

 

ペテルは盾でスケルトンを跳ね飛ばした。

弱点である殴打攻撃をくらい地面に転がったスケルトンを、靴底に鉄板を仕込んでいるブーツで踏みつけ、頭蓋骨を粉砕する。

 

彼らは、銀級冒険者チーム"漆黒の剣"。

壁が破壊された時、偶然冒険者組合の近くにいた彼らは、組合の救援要請を受け、真っ先にアンデッドとの戦いに向かった。

 

「くそっ、いくら倒しても、次々と湧いてきやがる」

 

木の棒を鉄板で覆ったクラブを手に持ち、接近戦を行っていたチームのレンジャー、ルクウッドが悪態をつく。

 

「僕も魔力が半分近くまで減っています。 くそっ、あの腰抜け警備兵共・・・」

「くっ、街中ではドルイドの能力が十分に生かせない。 それに吾輩の魔力も減ってきたのである」

 

チームのマジックキャスター、ニニャが黒い感情をにじませて警備兵を罵倒し、ドルイドであるダインも消耗を訴える。

 

「もう少し持ちこたえるぞ。 いま、ギルドから応援の冒険者が向かっているはずだ」

 

リーダーであるペテルが仲間を鼓舞しようとするが、一体一体の強さは自分達ならば問題なく倒せる程度と言っても、疲れを知らず、次々と現れるアンデッドに漆黒の剣のメンバーは体力、精神共に消耗していく。

 

全員の気力が限界に達しようとしていたその時、一人の男の声が通りに響いた。

 

「《サモン・アンデッド・3th/第3位階死者召喚》」

 

そこにいたのは、赤茶色のローブを纏った、奇妙な仮面をつけた男。

そう、アインズ・ウール・ゴウンを名乗っているモモンガである。

 

モモンガが詠唱すると、全身を赤く揺らめく炎に包まれた4体の骸骨が出現する。

《サモン・アンデッド・3th/第3位階死者召喚》の魔法では、第3位階で始めて召喚できるようになるアンデッドを一体召喚するか、位階が一つ下がる《サモン・アンデッド・2th/第2位階死者召喚》で一体召喚できるアンデッドを複数召喚するか選ぶことができる。

 

モモンガが召喚したのは、レベル7の燃える骸骨(バーニング・ボーン)が4体。

ユグドラシルでは、火山や砂漠など火属性のエリアによく出現する、炎に包まれたアンデッドである。

 

アンデッド系の共通の弱点である火属性に対して完全耐性を持つ代わりに、水属性が弱点となっているこのアンデッドは、通常攻撃に火属性が付与されているため同族であるアンデッドと戦うのに向いている。

 

モモンガは目の前の通りに溢れているアンデッドを前に、燃える骸骨(バーニング・ボーン)に指示する。

 

「全員突撃だ。 冒険者の皆さんは、もう下がっていい」

 

モモンガの詠唱を聞いたニニャが呟く。

 

「第三位階魔法・・・、皆さん。 この人は、私たちより格上です。 邪魔にならないように下がりましょう」

 

ニニャの言葉に四人はモモンガと、その傍らで彼を守るように立っているアルベドの後ろまで下がった。

 

そして、燃える骸骨(バーニング・ボーン)とアンデッド達がぶつかり合う。

戦闘能力は、ここにいる低級アンデッドよりはレベルで勝り、火属性攻撃というアドバンテージを持つ燃える骸骨(バーニング・ボーン)の方が上だが、それでもモモンガが召喚した四体は、数の暴力で徐々に押し込まれつつあった。

 

だが、そこにモモンガの魔法が炸裂する。

 

「《ファイヤーボール/火球》」

 

放たれた第三位階の範囲攻撃魔法は、、燃える骸骨(バーニング・ボーン)ごと、アンデッド達を炎で包み込むが、燃える骸骨(バーニング・ボーン)は火属性への完全耐性によりダメージを負うことはない。

 

アンデッド達をなぎ払うように次々と放たれる《ファイヤーボール/火球》は、短時間の内に通りに溢れていたアンデッドを激減させ、召喚モンスターの壁を抜けてきた、少数のアンデッドはアルベドのハルバードで一撃の内に薙ぎ払われる。

 

「す、すげぇ」

 

目の前で戦う二人の実力に漆黒の剣は感嘆の声を漏らす。

そして、通りのアンデッドを全て殲滅したモモンガが、漆黒の剣の四人を振り返った。

 

「この通りは片付けたが、相当数のアンデッド達が都市に広がってしまった。 あちらの方角に数十体固まっているようだから、私達はそちらへ行く。 ここから三つ北へ行った通りにも、十体程居るようだから、あなた達はそっちを頼む」

「は、はい」

 

漆黒の剣は、目の前で見せつけられた実力差から、彼が銅のプレートをかけていることなど気にもせず、モモンガの誘導に従う。

モモンガが付近のアンデッドの位置を把握出来たのも、《ディテクト・アンデッド/死者探知》の魔法を使ったのだと思われたため誰も気にしなかった。 勿論、モモンガもそのことは計算に入れていたが。

 

 

そして、事件発生を受け組合から派遣された冒険者達、いち早くアンデッドの討伐に乗り出したクラルグラ、前線へと駆けつけ、負傷者の治療に当たったリィジー・バレアレ。

そしてなにより突如としてこの街に現れた腕利きの魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウン達のチームの奮闘により、徐々にアンデッドの群れはその数を減らされていく。

 

警備兵は住民の避難誘導くらいにしか役に立っていなかったが、それでも街中を駆け回り住民の避難を促した者たちは警備隊の中でも勇敢な部類である。

多くの警備隊員たちはアンデッドの大群に怯え、市民の警備を名目に中央部の城壁の中に篭ってしまっていた。

 

事態が収束へと向かっている中、骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)から墓地で一つの人影を発見したという情報が、モモンガへと伝わってきた。

 

 

 


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