LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第十七話 小さな灯火

エ・ランテル内周部は市民の為に解放されており、様々な商店や市民が住む家が立ち並んでいる。

その中でも、西側の地区には武器や食糧品を取り扱う商店が多い。

 

時刻は、午後八時少し前。

 

エンリ・エモットとンフィーレア・バレアレは、買い物客で賑わうこの地区を歩いていた。

小さな都市ならば、この時間の通りは閑散としている場合が多いが、このエ・ランテルは約二万人もの人々が住む大都市であり、仕事を終え家に帰ろうとする労働者を目当てに、串焼き肉やジャムをつけたパンを売る屋台が元気に声を張り上げていた。

 

「うわぁ。 やっぱり都会は凄いね! 夜なのに、こんなに明るいなんて」

「そうかな? でも確かにこの辺りは、夜でも活気がある場所だよ。 食べ物屋が多いからね」

 

このあたりは共同墓地に近く、比較的土地が安い。

それは店を始める時も、少ない資金で始めやすいということにつながるため、住宅地としては人気が無いが、商売人達はこの地区に店を構えることが多かった。

 

今では内周部の西側は、住民たちに商業地区として認識されており、買い物客は大抵この地区に集まる。

ただ食品の屋台や雑貨店は、多くの客が集まるこの地区に店を構えたほうが繁盛しやすいが、バレアレ薬品店のように客層が冒険者や兵士といった特殊な店は、もっと静かな地区に店を構えていることが多い。

リィジー・バレアレを含むエ・ランテルの薬師達は、内周部の南側の区画に固まっていた。

 

「今から共同墓地に行くんだよね? ンフィー」

「うん。 今日中に納品しなくちゃいけない品があるからね。 それを届ければ、今日の仕事は終了だよ」

 

バレアレ薬品店は冒険者組合や警備隊との関係が深い。

これらの組織は定期的にまとまった量の薬品を購入してくれる、店にとっての上客であり、サービスの一環として配達も行っている。

 

ンフィーレアとエンリは現在、共同墓地の警備隊に収める商品を持って街の通りを歩いていた。

配達の仕事は今までンフィーレアが行っていたが、これからはエンリの担当になる予定であり、道を覚え、客との接し方を学ぶためンフィーレアに同行している。

 

「えーと、警備隊の人達に配達するのは錬金術油と錬金術銀・・・、だったっけ?」

「うん、正解だね。 錬金術油っていうのはこれ」

 

ンフィーレアが透明な液体の入った30センチメートル程の瓶を、手にした籠の中から出す。

 

「ランプに使う油よりも、ずっと良く燃える特殊な油でね。 アンデッドっていうのは大体火に弱いから、この油をかけてから火を放つと、大きな損傷を与えられるんだ。 錬金術銀っていうのは、銀に似た性質を持った液体で、これを武器に纏わせると一時的に銀製の武器と同じ効果が得られる。 アンデッドの中には銀製の武器以外に耐性を持つものもいるからね」

「そうなんだ。 すごい、ンフィーって物知りなんだね!」

 

エンリが、新しい知識に目を輝かせた。

 

「い、いや。 冒険者の人達からの受け売りだよ。 僕が直接モンスターと戦う訳じゃないけど、知識は持っておいた方が、実戦の場で求められる薬品とかも分かるし・・・」

 

照れくさそうに頭を掻くンフィーレアだったが、内心はエンリから賞賛されたことへの喜びに満ちていた。

 

「そっか。 ンフィーは、カルネ村に薬草採取に来るとき冒険者の人を雇ってたものね。 私も薬草の勉強をして採取の手伝いをしたいけど・・・、もしモンスターに襲われても何もできないだろうし、足手まといかな?」

「そ、そんなことないよ。 モンスターとの戦いは冒険者がしてくれるし、僕だってついてる。 これでも第二位階魔法は使えるからね。 し、将来、エンリを守ることくらい出来るさ」

「えっ?」

 

ンフィーレアが精一杯の勇気を振り絞った言葉に、エンリが瞳を丸くする。自分の心臓の鼓動が、大きく鳴り響くのがンフィーレアには聞こえた。

 

「ありがとう、ンフィー。 でも、これからは一緒に仕事をさせてもらうわけだし、例え友達でも一方的に頼っちゃうわけにはいかないよ。 ンフィーが魔法を使って戦えるなら・・・、私は少しでも手伝えるように剣でも練習してみようかな?」

 

微妙に自分の本心が伝わらなかったことに、ンフィーレアは落胆したような安心したような複雑な感情を覚えた。

 

「け、剣? でもエンリは女の子なんだし、そんなこと・・・」

「ううん。 ―――私、思ったの。 強くなりたいって。 カルネ村が襲われたとき、震えて隠れてることしか出来なかった。 他には何も・・・。 物語の英雄みたいになりたいとは思わないけど、せめて大切なものを守れるようになりたいの」

「・・・そっか。 きっとエンリなら強くなれるよ。 知り合いの冒険者の人が言ってた、強くなるために必要なのは、強さを求める気持ちだって」

「ありがとう、ンフィー。 あ、勿論ンフィーも私の大切な人だよ? だって友達だから」

「うん。 僕もエンリは大切な友達だと思ってるよ」

 

まあ、今はまだ、この関係でいいか。

ンフィーレアはエンリにいつか思いを伝えられる日まで、彼女を守り、応援していこうと決意する。

 

その時だった。

ここからそう遠くは離れていない場所で、まるで爆発のような大きな音が響いた。

 

「なっ、何だ?」

 

確かあちらの方角には、共同墓地の城壁があった筈。

ンフィーレアは予期せぬ事態に、その方角を眺めることしかできない。

 

彼のみならず、通りにいた殆どの人間が動けなくなっていた、その時。

音の方角から、空気を切り裂くような女性の悲鳴が聞こえた。

 

ンフィーレア達がいる通りの横道から、一人の男が現れ叫ぶ。

 

「あ、アンデッドだ! 城壁が破られた。 た、大量のアンデッドがなだれ込んで来てるぞ!」

 

その言葉に一瞬付近が静まり返り。

 

悲鳴が上がると共に、多くの人が一斉に走り出した。

 

「え、エンリ。 僕たちも逃げなきゃ」

「そう、だね」

 

例え低級のアンデッドであっても、戦う術を持たぬ市民には命を脅かす脅威となる。

 

一刻も早く、壁から離れなければならない。

それは、一般人全てにとっての共通意識だった。

 

エンリとンフィーレアは狂乱に陥っている群衆の中で、幾度も肩を人にぶつけながらも精一杯の速度で走る。

だが、細身の村娘であるエンリは、急に後ろから接近してきた男を避けることができなかった。

 

エンリは肩を思い切り突き飛ばされ、地面に転がる。

 

「エンリ!」

 

ンフィーレアが駆け寄ると、エンリは右足を抑えて蹲っていた。

 

「く、うぅ」

「まさか・・・、足を痛めたの?」

「そ、そうみたい。 ごめん、こんな時に」

「いいから、ちょっと見せて!」

 

ンフィーレアがエンリのスカートを捲り、くるぶしを露出させる。

そこは既に赤くなっており、内出血を起こしつつあるようだった。

 

そうしている間にも、周りは絶え間なく人が流れている。

 

「これは、歩くのは無理そうだね。 僕におぶさって」

「ご、ごめんね」

 

ンフィーレアはエンリを背負うと歩き出すが、ただでさえ歩きにくい混雑の中での歩みは遅々として進まない。

それでも必死に距離を稼ごうとするンフィーレアの耳が、何かの風切り音を捉えた。

視界の隅にある建物の石壁に矢があたり、火花を散らすのが見えた。

 

「まさかっ!」

 

ンフィーレアは咄嗟に近くにあった串焼きの屋台の影に、エンリと身を隠す。

そして屋台の肉を焼く為の台から顔だけを出し、矢が飛んで来た方角を確認した。

 

ンフィーレア達から30メートル程離れた場所に、弓を持ったスケルトンがいた。

 

「あれは確か・・・、スケルトン・アーチャー」

 

護衛を依頼した冒険者から聞いたことがある。

アンデッドの中には、魔法の力で具現化させたと考えられている、武器を装備した種類もあると。

スケルトン・アーチャーの放った矢が、近くを走っていた若い男の背中に突き刺さり、男はそのまま倒れる。

 

「うっ」

 

ンフィーレアは始めて見る、目の前で人が殺される光景に目を背ける。

しかし背中にいるエンリの存在を思い出し、勇気を無理やり呼び起こした。

 

(これじゃ、屋台の影から出ることが出来ない。 何とか奴を始末するしかないか)

 

「ンフィー、どうなってるの?」

 

ンフィーレアは、エンリに事実を告げるのを一瞬躊躇ったが、気休めを言っても何も解決出来ないと判断した。

 

「エンリ、聞いて。 もうアンデッドに追いつかれたみたいだ。 弓を使うアンデッドだから、奴を始末しないと逃げることは出来ない。 ―――少しの間、ここでじっとしているんだ」

 

ンフィーレアは、攻撃のタイミングを測る。

戦闘を想定して魔法を習得しているわけでは無いンフィーレアは、攻撃系の魔法はあまり覚えていない。

ポーションを作る際に使う補助魔法が中心で、スケルトン・アーチャーを倒すことが出来るであろう魔法は一つだけ。 第一位階魔法《マジック・アロー/魔法の矢》だ。

 

精神を集中したンフィーレアの耳に、矢が壁にあたる音が聞こえる。

 

(今だ!)

 

敵が矢を番えようとしている僅かな時間がンフィーレアに許された攻撃の機会。

 

だが屋台の影から飛び出すと、先程スケルトン・アーチャーを確認した場所には何もいなかった。

素早くンフィーレアが周囲を見渡すと、金属が光を反射したような、僅かな閃光を視界に捉える。

そこに次の矢を番えようとしているスケルトン・アーチャーがいた。

 

自分が隠れている間に、敵が移動した可能性を考えていなかった己の迂闊さを呪いながらも、ンフィーレアは魔法を詠唱する。

 

「《マジック・アロー/魔法の矢》」

 

ンフィーレアの手から二つの光弾が放たれるのと、スケルトン・アーチャーの弓から矢が放たれたのは、ほぼ同時。

光弾はスケルトン・アーチャーの頭蓋骨に突き刺さり、粉砕する。

そしてンフィーレアの腹部にも、鋭い矢が突き刺さっていた。

 

「ぐぅっ」

 

スケルトン・アーチャーが偽りの命を散らしたことで、具現化されていた矢も消える。

だがそれは、ンフィーレアの腹部からの出血を増やしただけだった。

 

「ンフィー!」

 

エンリがンフィーレアの元に、膝と手を使い這いよる。

必死に傷口を手で押さえるが、腹部からの出血は止まる気配がなかった。

 

「止まれ、止まれぇ!」

 

大切な友人の命をつなぎ止めようとするエンリだが、生者を憎むアンデッドは彼らを見逃すことはなかった。

ねちゃ、と生肉を引きずるような音をエンリは聞いた。

 

後ろを振り返れば、二十メートル程の距離に新たなアンデッドが近寄ってきている。

 

裸の人間の胴体を縦に割ったようなアンデッドで、裂けた体の中には、明らかに一人分では無い内蔵が踊っている。

つい先日までただの村娘だったエンリが知るはずも無いが、そのアンデッドの名は内蔵の卵(オーガン・エッグ)

難度にして約15とされる、この世界では危険なアンデッドだ。

 

ンフィーレアは薄れゆく意識の中で、このアンデッドの姿を目に捉える。

 

「エンリ・・・、ゆっくりでもいい。 逃げるんだ。 僕が、時間を稼ぐ・・・から」

「ンフィー・・・」

 

エンリがンフィーレアを見ると、彼は力が抜けつつある体を懸命に起こそうとしている。

 

彼女の脳裏に、最後まで自分のことを案じて目の前で死んでいった、父親の姿が浮かんだ。

 

「嫌! 私は・・・、もう逃げたく無い。 ここでンフィーを見捨てたら、何の為に大切な人を守る為に強くなるって決意したのか分からないから。 自分だけ逃げるくらいなら・・・戦って死ぬわ!」

 

エンリは、ンフィーレアが持っていた荷物の中から錬金術油の瓶を右手に持つと、そのアンデッドの前に立つ。

 

既に彼我の距離は10mと少しに縮まっていた。

内蔵の卵(オーガン・エッグ)は、内蔵を鞭のように振り回しエンリを捉えようとしている。

 

(錬金術油の瓶は一つ、これを投げつけて、もし外したり割れなかったりしたら、もう私に打つ手はない。 だから・・・確実に決める!)

 

エンリは左手を屋台の炭焼き台の中に突っ込むと、眼前の悍ましいアンデッドに向け接近していった。

 

内蔵の卵(オーガン・エッグ)の長い腸が、エンリの胴体を絡めとり自身の元へと引き寄せる。

そして、か弱い獲物を引き裂こうと内蔵の卵(オーガン・エッグ)は汚らしい爪を生やした手をエンリの方へ伸ばした。

 

だが、それは全てエンリの予想の内。

引き寄せられる力に抵抗することなく、むしろ自分から踏み込むことで、エンリは足を痛めているにも関わらず、高速で内蔵の卵(オーガン・エッグ)に接近した。

予期せぬ動きに攻撃のタイミングを狂わさた内蔵の卵(オーガン・エッグ)は、僅かに次の動作に移るのが遅れる。

その僅かな隙を見逃さず、エンリは錬金術油の瓶を、口の方を持って思い切り振り上げ。

内蔵の卵(オーガン・エッグ)に振り下ろした。

 

瓶が割れ、油が内蔵の卵(オーガン・エッグ)の体に降りかかる。

それを確認したエンリは今度は左手を突き出した。

 

そこには・・・、真っ赤に焼けた炭が、素手で握られている。

当然エンリの掌の肉は焼かれ煙さえ発している。 痛みも恐怖も無視し、自分の命さえ投げ打った渾身の一撃。

 

肉体能力的にはただの村娘に過ぎないエンリの攻撃は、遂に内蔵の卵(オーガン・エッグ)に届く。

赤熱した炭が油に触れた瞬間、爆発的とも言える勢いで猛烈に燃え上がった。

 

内蔵の卵(オーガン・エッグ)は弱点である炎に焼かれ悶えるが、至近距離で錬金術油に引火させたエンリもただでは済まない。

 

炎が肌を焦がし、熱い煙が喉を焼く。

実際は数秒だろうが、エンリには数十秒に感じられる地獄のような苦しみの時間が過ぎ、内蔵の卵(オーガン・エッグ)が腸でエンリを締め付けていた力が弱まった。

 

急に解放されたエンリは、後ろに倒れる。

 

内蔵の卵(オーガン・エッグ)はゆっくりと後ろへ倒れ、動かなくなった。

 

「た、倒した、の?」

 

上半身全体に火傷を負い、満身創痍のエンリの心は安堵に満ちる。

 

だが、それも長くは続かなかった。

 

エンリが内蔵の卵(オーガン・エッグ)との戦いに夢中になっている間に、既に新手のアンデッドが忍び寄っていたのだ。

 

そこにいたのは二体のゾンビ。

エンリの顔が絶望に強張り、手は無意識にンフィーレアが倒れている方へと伸び、虚しく宙を掻いた。

 

「あ・・・」

 

もうエンリは言葉を発する余力も残っていない。

 

だが・・・、エンリの決死の足掻きは無駄ではなかった。

 

《ライトニング/電撃》

 

夜闇を切り裂き飛来した、白い稲妻がゾンビ二体を貫く。

ゾンビが倒れたのを見たエンリは、稲妻が飛んできた方角を見た。

 

そこには、カルネ村から自分とネムをこの街へ連れてきてくれた恩人がいた。

 

「アインズさん・・・」

「炎が上がるのを見たから何かと思えば・・・、まさかこんな時に、また会うとはな」

 

エンリは安心して意識を手放す。 奇しくもンフィーレアも、ほぼ同じ瞬間、出血で意識を失った。

 

「やれやれ。 流石に、ここで死なれては何の為に助けたのかも分からんな」

 

モモンガはアイテムボックスから下級ポーションを二つ取り出すと、一つはエンリに、もう一つはンフィーレアにかけた。

 

二人の傷が消えたのを確認すると、モモンガはセバスに指示する。

 

「この二人をバレアレ薬品店まで運んでやれ。 この後は、我々で可能な限り多くのアンデッドを倒し、名声を上げる計画だから出来るだけ急いでだ。 ただし、身体能力はレベル20程に手加減した上でだぞ」

「はっ!」

 

モモンガは二人がセバスの両腕に抱えられ、遠ざかっていくのを見送りながら、誰にも聞き取れないほどの小さな声で呟いた。

 

「何の戦闘訓練も受けておらず、つい一昨日まで隠れることしか出来なかった娘が、格上のアンデッドを倒したか・・・。 大したものだな」

 

それは何の打算も含まれていない、素直な賞賛の言葉だった。

 

 

 

 

 




誤字報告をして頂きました。
修正の報告は、活動報告の方で述べさせていただきます。

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