LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第十四話 冒険者組合

「バレアレ薬品店・・・、ここ、みたいですね」

 

エンリは、看板を見て呟く。 彼女は読み書きはできないらしいが、看板にはポーションを表しているであろう絵が書かれている。

この街一番の薬師ということで、知り合っておけば色々と情報が手に入るかも知れない、と考えたモモンガ達も同行していた。

 

その大きな家からは、複数の草や木の実をすり潰した、独特の臭いが漂っている。

エンリも、ンフィーレアという友人の元へ自分から尋ねたのは始めてらしく、一度深呼吸をしてからドアを開けた。

 

「いらっしゃいま・・・、エ、エンリ!」

 

中では無造作に伸びた髪が、目元を隠している少年が店番をしていたがエンリを見て驚いた声を上げた。

エンリの顔も、無事に友人に会えたことで、喜びに輝く。

 

「ンフィー! 久しぶり。 三ヶ月前に会って以来だね」

 

「い、いや、そうだけど、どうしてここに? お父さんと一緒に来たの?」

 

エンリは一瞬辛そうな表情をした後、ンフィーレアにカルネ村が盗賊に滅ぼされたこと、生き残った自分たちはアインズ・ウール・ゴウン一行に助けられこの街までやってきたこと、仕事を探したいので、出来れば手伝って欲しい旨を伝えた。

 

「カルネ村が・・・、それは辛かったね」

「うん。だけど今は、生きていくことを考えないと。 どこか働き手を募集している所はないかな?」

「働き手・・・、ちょ、ちょっとここで待ってて」

 

ンフィーレアが店の奥へと消えた。

暫く経った後、彼は一人の老婆を連れてくる。

 

「ふぅん。 この娘がお前がよく話していたエンリかい?」

「へっ?」

「あ、い、いや。 エンリとは友達だから、たまに話すこともあってさ。 エンリ、この人が僕のおばぁちゃん、リィジー・バレアレだよ」

「は、初めまして。 私は、カルネ村から来ましたエンリ・エモットと言います」

「ああ、よろしく」

 

リィジーは、エンリを興味深げに眺めた後、問いかけた。

 

「ふむ、お前さん、どこにも行くあてが無いんだったらウチで雑用係をやってみないかい?

まあ、薬の知識は無さそうだから、店番や配達、買い出しなんかが主な仕事になるけどね」

「え・・・、い、いいんですか? あっ、勿論有難いですが、気をつかっていただいているんじゃ」

 

謙遜しかけたエンリに、リィジーは微笑む。

 

「今この街で仕事を探すなんて、簡単なことじゃないよ。 お前さんらみたいに農民じゃ食っていけなくなって、出稼ぎに来ていたり、王直轄領の外・・・、他の貴族領から流れて来た奴も多いからね。なぁに、気にすることはないさ。 雑用係が欲しかったのは本当だし、孫が熱心に勧めてきたから、信頼も出来る。それに・・・、孫を応援するのも、祖母の役割だからね」

「お、おばぁちゃん!?」

 

ンフィーレアがリィジーの言葉に顔を真っ赤にした。

 

エンリは最後の言葉の意味はわからなかったようだが、隣りのネムを見て、決心したように二人に向き直ると頭を下げた。

 

「では、よろしくお願いします。 バレアレ薬品店の為に全力で仕事に努めます!」

「よろしく頼むよ。 ああ、そうだ。住むところも無いんだろ? うちに物置として使っている部屋があるから、そこを整理すれば二人住むくらいの空間は空く。 妹と二人で、住み込みで働いてくれないかい?」

「あ、ありがとうございます」

 

(これで、このエンリとネムという娘達の生活は何とかなりそうだな)

 

モモンガが隣を見てみると、セバスは安心したように目元を緩めていた。

エンリは、アインズ達に向き直り深い礼をした後、おずおずと話し出す。

 

「あの・・・、やっぱり何かお礼をしなければ私の気が済みません。

私に出来ることはないでしょうか?」

「いや、一度礼はいらないといったことを取り消すことは出来ん」

 

しかし、ンフィーレアが言う。

 

「あの、僕も何か、お礼できることはありませんか? アインズさん達には、本当に感謝しています。エンリとネムちゃんだけで、エ・ランテルまで来るのは難しかっただろうから・・・」

「ンフィー・・・、ありがとう」

 

「そうか・・・。 じゃあ、この街の案内をしてくれないかな。 まずは冒険者組合だ。この国の通貨は持っていないし、足税もエンリに立て替えてもらったくらいだからな。 冒険者組合とやらに登録し、早いところ仕事を受けて通貨を入手したい」

「あっ、別にあのくらい。 せめて、立て替えた分のお金くらいは私に出させてください」

「そうか・・・。 では、今回はそうさせてもらうとしよう」

 

ンフィーレアはモモンガの言葉に頷くと、ドアを開けた。

 

「じゃあ、おばあちゃん、行ってくるよ」

「しっかり案内しといで。 また迷うんじゃないよ」

「わかってるって。 迷ってたのは子供の頃の話じゃないか!」

 

モモンガ達は、冒険者組合を目指しエ・ランテルの街を歩いていった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「そう言えば、アインズさん達はお金を持っていないって仰ってましたよね? 冒険者登録には、確か登録料として5銀貨かかったはずですよ?」

「何? それは・・・、まずいな」

 

どうしたものか、とモモンガは思案する。

すぐに思いつく解決策としては、このンフィーレアに頼んで三人分の登録料を貸してもらうか、とも考えたが、冒険者としての門出が借金から始まるのはどうも締まらない。

 

(ユグドラシル金貨なら沢山持っているのに・・・、そうだ! 両替してもらうっていうのは―――、いや、まずいかもな。 この世界に他のユグドラシルプレイヤーが来ていたとしたら、私達の存在を知られてしまうことになる。やはり、何か金目のものを売るしかないか)

 

「ンフィーレアさん。 この街に、品物を買い取ってくれるところは無いか? 私達は旅人でこの国の貨幣は持っていない。一先ず、先立つものを手に入れなくてはな」

「ンフィーレアでいいですよ。 うーん、しかし売るものによって、買い取ってくれるような店が違うと思います。宝石とか貴金属なら買いとりしてくれるところは多いですが、武器や、冒険の道具の場合は詳しくなくて・・・。 あと馬も売れますが・・・」

「んっ?」

 

アインズの声にンフィーレアは慌てて謝罪する。

 

「あっ、すいません。 それ程の馬ですし、やっぱり思い入れがありますよね」

「いや、そうじゃない。 この馬も売れるのか?」

「え、ええ。 僕も相場をよく知っているわけではありませんが、かなり高く売れると思います。 ・・・もしお売りになるつもりがあるなら、馬屋に案内しましょうか?」

「ちょっと、待ってくれ」

 

モモンガは、この馬を売ることで得られるメリットと、起こりうるデメリットを考える。

 

三頭の馬の種族名は、ワイルドホース。

一応モンスターというくくりにはなっているが、フレーバーテキストでは、騎乗や馬車引きに使われる一般的な馬としか説明されていなかった気がする。

モモンガが都市の門で並んでいるのを見かけた、この世界の馬と比べても外見に違いはなかった。

傭兵モンスターは本で召喚できるが、同時に召喚できるモンスターは一つの本で一体まで。

召喚したモンスターが死亡するまで、その本から次のモンスターは召喚できない。

だが・・・。

 

(まあ、いいか。 馬車を引かせる為に召喚したけど、ただ移動するだけなら自分で走ったほうが早いしな。 連れまわすのも面倒だし、戦力としても期待できない。 金に替わるなら、それが一番の有効利用法だな)

 

「よし、売ろう。 じゃあ、案内してくれるか?」

「はい!」

 

その後、馬屋で三頭の馬を売却したが、特に、この世界の馬と違うと、怪しまれることはなかった。

馬屋の主人は、このような名馬が持ち込まれるのは久しぶりだと随分驚いていたが。

 

その結果馬一頭につき、金貨22枚、三頭で金貨66枚となった。

ちなみに、この世界の貨幣は、金貨1枚で銀貨20枚、銀貨1枚で銅貨20枚が相場となっているようだ。

モモンガは、ンフィーレアに様々な商品の相場を聞き、大体銅貨一枚、千円くらいで計算すれば理解しやすいと判断する。

 

(そうすると、金貨66枚は2500万円以上に相当・・・、おお、すごいな)

 

モモンガがこの世界で所有する財宝を考えるとその程度の額は、はした金以下と言える。

ただ、改めて自分に馴染みのある通貨の単位で考えて見ると、金貨66枚が大金に思えてくるから不思議だ。

革袋の中に、金貨と一部崩してもらった銀貨を入れると、思わず周囲を警戒し、見回してしまった。

 

「とにかく、これで当分は何とかなりそうだ。 まだ日も高いし、今度こそ組合へ行くか」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

時刻は正午を過ぎ、そろそろ午後2時になろうとしていた。

ギルドの受付嬢イシュペン・ロンブルは、あくびを噛み殺す。冒険者の依頼というものは、緊急のものでもない限り、朝一番に新しいものが張り出され、いい条件のものから引き受けられていく。

よって、午前中は割と、人が途切れることなくやってくるのだが、この時間は大抵いつも、やることが無くなってしまう。冒険者組合の中には、10人程の冒険者がいたが、彼らの目的は、付近のモンスターの出現状況などの情報交換だ。時折、依頼が張り出されている掲示板の前にくる者はいるが、依頼を受けようとしている者は誰もいない。

 

そんな、平穏に満ちた冒険者ギルドの入口の扉が、不意に開かれた。

そこにいたのは、怪しい仮面とローブを纏った人間、筋肉が服を盛り上げている、軽装の老人、見事な全身鎧を装備している、これもまた性別、年齢不詳の人間だった。

ギルド内にいた冒険者達の目が、彼らに集中する。 興味深げに眺める者、怪しい外見に眉をひそめる者、反応は様々だが、皆一様に、彼らの情報を少しでも得ようとしていた。

 

冒険者にとって、もっとも重要なものはなんだろうか?

この質問には、聞かれた人間によって様々な答えがあるだろう。 あるものは力といい、あるものは魔法の知識と言う。 だが、多くの冒険者が程度の差はあれ重視しているものがある。 

それは情報だ。

 

どこに、どのようなモンスターが生息していて、どのような能力を持つのか。それを知ることが出来れば、事前に対策を打てることになり戦闘を優位に進められる。

また、隊商の護衛など、複数の冒険者チームが組んで仕事をする場面では、その冒険者達の情報も重要となる。 戦力としての評価、冒険者としての経験・・・、そして人間性。 幾ら強くて経験豊富でも、仲間を囮として利用したり、命が危険になるとすぐに逃げてしまうような人間とは、誰も一緒に仕事はしたくない。

 

よって、この付近で見かけない、しかし農民や一般市民には見えないこの三人が注目されてしまうのは当然のことと言えた。

 

「アインズさん。 冒険者組合では、受付で登録ができるはずです」

 

三人の後ろから声が聞こえてくる。

そこには、このエ・ランテルの中の冒険者の中ではかなりの有名人。 街一番の薬師、リィジー・バレアレの孫であり、希少なタレントの持ち主でもあるンフィーレア・バレアレがいた。

その彼と知り合いらしい三人は何者だろうか?

冒険者達は注目度を引き上げ、三人に更に視線が集まった。

 

仮面の人物は、その視線を気にもかけていないような足取りで受付に近づくとイシュペンに、男の声でいった。

 

「冒険者登録をしたいのだが」

「と、登録、ですか?」

 

イシュペンは困惑する。 そのみなりから、既に他の都市で登録した冒険者が、新しくエ・ランテルへと訪れたのかと思ったが、その予想は外れた。

しかし、伊達に受付嬢をやっているわけではない。

すぐに気を取り直し、業務用の口調で言う。

 

「はい、それでしたら、こちらで承っています。 まず、登録料としてお一人あたり銀貨5枚。 そして書類に必要事項を記入して頂きます」

「分かった」

 

男は、カウンターの上に銀貨15枚を出す。

しかし、書類とペンを見ると困った雰囲気を浮かべた、ような気がした。

男がンフィーレアを振り返る。

 

「ンフィーレア。 すまないが、代筆をお願いできるか。 私達はこの国に来てあまり日が経っていないから、文字が読めなくてな」

「いいですよ」

 

なるほど、他の国から訪れたのか、とイシュペンは思う。

軍が強力な国の中には、冒険者組合が存在しないところもある。 そんな国から来たのなら、組合に登録していなくても不思議はない。

 

「なるほど。 名前はアインズ様、アルベド様、セバス様、と。 承りました。 これにて登録は完了です。 プレートが用意できるまで、基本的な事項についてご説明致します」

「ああ、頼む」

 

それから彼女は、冒険者という職業について説明していく。

冒険者というのは、モンスター専門の傭兵のようなもの、というのはモモンガが事前に知っていた通りだが、やはり詳しい情報は知らなければならない。

 

まず、冒険者のランクは、身分証明書のようなものであるプレートが、どのような金属でできているかで表される。 全てで八段階、下から、銅、鉄、銀、金、白金、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト。 モモンガは、最高位のクラスがアダマンタイトなどという柔らかい金属であることに違和感を覚え、さらに上位の金属のプレートは存在しないのか、と質問したが、答えはアダマンタイトが現在確認されている、最高の金属だということだった。

 

(アダマンタイトが最高の金属ね・・・。 装備の強さばかりが、戦闘力を決めるわけでは無いが、それでは低位の装備しか作れないのでは無いか? 強いモンスターを倒すときはどうするのだろうか)

 

イシュペンは、更に続ける。

 

「また、依頼の難易度もクラスごとに分けられており、自分のプレートより上位のランクの依頼は原則として受けることはできません。 全ての方は銅プレートから始まりますので、あなた方も銅級対象の依頼から仕事を選択することになります」

「その、銅級の依頼では、どのようなモンスターと戦えばいいんだ? 大体の目安や、よく戦うモンスターでいいから教えてくれないか?」

「いえ、銅級ではモンスターと戦う依頼は、まずありませんよ」

「なに?」

 

イシュペンが、モモンガの疑問の声に応え、説明を始めた。

 

「銅級は、まだ冒険者としての実績が殆ど存在しない段階ですから。 まずは、上位の冒険者の荷物持ち、ポーターの仕事や、安全な地域での物資の運搬など、モンスターと直接戦闘する可能性がほぼ存在しない仕事から始まります。 血気に逸って、モンスターと遭遇する危険のある場所へ探索にいく銅級冒険者もいますが、個人的におすすめはしません。 新規に登録した冒険者の中の約半数は、銅級で死亡。 25パーセントのものは銅級の時点で引退を決意、それをくぐり抜け鉄級に到達できた冒険者も、約15パーセントは一年以内に死亡しています。 そして銅級の死亡の原因で最も多いのが、自分の実力もわからず、分不相応な依頼を受けてしまったことです」

 

(最初は、雑用係から始めて、徐々に仕事を覚えていくってことか。 まあ、会社でも新入社員は入社して暫くは、簡単な仕事をしたり、先輩の後について学ぶから、理解はできるが・・・。 しかし、自分たちは、あの魔道士の話から判断すると、かなり強い位置にいるんじゃないか?)

 

だとすれば、自分たちはいわば、新入社員には変わりなくても、別の会社でスキルを身につけてきた、中途採用組ではないだろうか。 即戦力と理解してもらえれば、それなりに重要な仕事を任せてもらえるかも知れない、と思いモモンガは切り出した。

 

「私は、第三位階の魔法が使える魔法詠唱者だ。 そして、この二人も私の仲間として、相応しい力を持っている。 できれば、すぐにモンスターと戦う仕事がしたいのだが」

「だ、第三位階ですか?」

 

その言葉には、周囲で耳をそばだていた冒険者たちも、ざわついた。

第三位階とはすなわち、常人の限界と言われている位階。 それなりの才能を持つ者が、努力に努力を重ねてようやく到達できる位階だ。 ちなみに冒険者の基準では、第三位階が使えるならば、最低でも白金級の実力は持っている、と言われている。

 

しかし、イシュペンはモモンガの問いかけに首を振った。

 

「いえ、しかし・・・、アインズ様の話が本当だとしてもそれは出来ません。 冒険者のランクは実力は勿論のこと、その実績も考慮しています。 冒険者組合は依頼主に、その依頼を達成する可能性が高い存在として冒険者を斡旋しているわけですから、その判断材料としては実力だけでは不十分なのです」

「だが、幾らなんでも雑用からは「その人の言うことにも、一理あるぜ」 っ!?」

 

食い下がろうとしたモモンガに思わぬところから応援の手が差し伸べられた。

 

「イシュペンさん。 確かに実績も大事だとは思うけどな、明らかに戦いの素人じゃない相手に、雑用から始めろってのは厳しいと思うぜ? 機嫌を損ねて他の都市に行かれちまったら、それこそ損失じゃねえか」

「あなたは・・・、ミスリル級のイグヴァルジ様」

 

(ほう、この男がミスリル級か・・・)

 

先程のイシュペンの話からすれば、かなり上位の冒険者ということになる。

モモンガは戦士ではないため、この男の強さは分からないが、アルベドやセバスなら判断できるだろう。

後で、強さの目安を判断する為に聞いてみよう、と決めたあと、モモンガはイグヴァルジに礼をいう。

 

「わざわざ、すまないな。 イグヴァルジ殿」

「別に、いいって。 そんでイシュペンさん。 ここは少し規則を曲げて、上位の依頼を試しに受けさせてみたらどうだ?」

「いえ、しかし規則が・・・」

 

ミスリル級冒険者の加勢に、イシュペンの勢いが弱まった。

すると冒険者組合内にざわめきが起こる。 モモンガがそれに気がつき周囲を見渡すと、建物の二階から白い口髭を蓄えた壮齢の男が降りてきた。 引き締まった、筋肉質の体が服の上からでも見て取れる、まさに歴戦の戦士の風格をたたえたその男は、モモンガたちを見るとカウンターの近くまでやってくる。

 

「私はここの冒険者組合長、プルトン・アインザックだ。 話は二階から聞いていたよ。 ふむ・・・、イシュペン君、規則も大事だがイグヴァルジ殿の言うことにも一理ある。 このアインズ殿のいうことは本当だ。 彼は、検問の際に、魔術師ギルドの魔法詠唱者の前で、第三位階の魔法を行使したらしい」

「そ、それでは、上位の依頼を受けることをお認めになるのですか?」

「ああ、今回は特例と言うことで、そうだな、鉄級を対象とした依頼を認めることにしよう」

 

プルトンはモモンガ達の方を向く。

 

「君たちも、それで異論はないかな」

「ああ、そうしてくれると助かる」

 

プルトンは鷹揚に頷いた後、だが、と付け加えた。

 

「冒険者組合にも、立場というものがあるからね。 やはり、実績のない者に、失敗が重要な事態を引き起こす、隊商の護衛のような仕事を任せるわけにも行かない。 これから、すぐに依頼を受けたいというのであれば・・・」

 

そう言って、依頼が張り出された掲示板に向かったプルトンは、それらを少し眺めてから二枚の紙を剥がしてきた。

 

「さしずめ、この二つか。 エ・ランテル下水道の安全対策と、共同墓地の夜間巡回。 イシュペン君、説明してあげてくれ」

 

イシュペンは依頼書に少し目を通してから、息を大きく吸い込み、話し出す。

「エ・ランテル下水道の安全対策から説明致します。 この街の下水道には、大型鼠(ジャイアント・ラット)やジャイアント・コックローチが生息しており、稀にですがマッド・スライムも確認されています。 冒険者組合では、行政機関からの依頼で、定期的に下水道内の生態系の調査、及びモンスターの討伐を行っています。 この仕事では、下水道内の一区画を調査し、モンスターを発見した場合、討伐するのが仕事ですね。 モンスターの強さの目安として、大型鼠(ジャイアント・ラット)が難度3、ジャイアント・コックローチが難度1、マッド・スライムは難度9が基準となっています。 難度に関して上下4程度の変動はありますが」

 

「ちょっと待ってくれ、難度とは何だ?」

 

「ああ、そうか。 まだ説明しておりませんでしたね、難度とは実際にそのモンスターと戦った冒険者達の証言を参考に冒険者組合が、そのモンスターの大まかな強さの基準として設定したものです。 勿論、相性や状況によって難度がモンスターの驚異度に正確に対応するとは言えませんが、一種の基準としてお考え下さい」

 

「承知した」

 

ユグドラシルで言うレベルのようなものか、とモモンガは考える。

(ユグドラシルでは、明確な数値として設定されていたけど、現実である、この世界ではそうもいかないよな。 ユグドラシルのレベルと比べて相関関係にあるか、今日の依頼で調べられればいいけれど)

 

「この依頼は前例から考えますと、モンスターに遭遇する確率が非常に高いですね。 平均的には大型鼠(ジャイアント・ラット)が三体、ジャイアント・コックローチが六体くらいと遭遇している記録があります。 基本となる依頼料の他に、討伐したモンスターの部位を組合に持ってきて頂ければ、報奨金も払われますが、危険度は高めかと。 大型鼠(ジャイアント・ラット)は、鉄級冒険者ならば、一対一で、まず遅れを取ることはないモンスターですが、群れで行動することもありますし、不潔なので噛み傷から病気に感染する可能性があります。 また、下水道の内部ですので、当然光はなく、空気も悪いですね。 マッド・スライムは物理攻撃に対して高い耐性を持つため、チームに魔法詠唱者がいない場合は退却をおすすめしていますが・・・、あなた方のチームは、その点は問題ないでしょう」

 

「報奨金?」

 

「はい、王国では二年前に導入されたシステムで、依頼とは別にモンスターを討伐して証明部位を持ってきて頂ければ、モンスターの種類に応じ報酬が支払われます。 依頼がないときでも冒険者の仕事を確保し、街道などの安全を確保するのが目的です」

 

イシュペンの説明が終わりモモンガは、依頼について考察する。

 

(モンスターと遭遇する可能性が高いっていうのは、実力をアピールするチャンスになりそうだが、下水道っていうのがな。 この体になっても嗅覚はあるし、服が汚れるのも避けたいな)

 

モモンガは一先ず、この依頼を引き受けるのは避けることにした。

 

「もう一つの依頼は?」

 

「はい、もう一つの共同墓地の夜間巡回は、エ・ランテルの外周部西側にある、共同墓地を今夜定期的に見て回るのが仕事です。 共同墓地では、アンデッドが発生するケースがあり、夜間は兵士や冒険者が巡回して、発見した場合は、討伐しています。 遭遇する可能性があるアンデッドとしては、スケルトンやゾンビが主で、こちらは最近では月に合計17体程確認されてますね。 スケルトンとゾンビでしたら、鉄級冒険者が一対一で十分戦えるアンデッドですが、その他にも、スケルトン・ソルジャーや百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)食屍鬼(グール)など難度の高いアンデッドが出現することもあります。 モンスターに遭遇する確率は下水道よりも少ないですが、場合によっては危険度の高い依頼、といったところでしょうか」

 

モモンガは、内心挙げられたアンデッドのあまりの弱さに失望しながらも、まあ一日目だし焦ることはないか、と考え、その依頼を受けることにした。

 

「・・・では、その共同墓地の巡回で頼む」

「承知いたしました。 それでは、夜7時までに内周部の西門の詰所まで行ってください」

「ああ」

 

モモンガ達は銅のプレートを受け取り、依頼が始まる前に宿を確保する為、組合を出て行く。

 

 

 

 

 

 

それを見送ったあと、イグヴァルジに、一緒に来ていた彼のチームの前衛を務める剣士、ブラウンが話しかけた。

 

「お前にしては、珍しいな。 見ず知らずの他人に助け舟を出すなんて」

 

普段の彼は、名声に貪欲で他人のことを気にかけることなどまずないのだが。

そんな仲間の疑問に対してイグヴァルジが答える。

 

「門のところでの一件でこの都市に新しい実力者が来たと知ったからな。 もしかしたら、このエ・ランテルの状況が変化するかもしれん。 それに対応する為にはいち早く奴らの実力を知る必要があるが、それにはモンスターと戦ってもらうのが一番手っ取り早いだろ」

「そういうことかよ・・・」

 

イグヴァルジの本音としては、もっと危険度の高い依頼でなければ参考にはなりにくいのだが、まあ戦闘にならないことも多い、墓地の巡回任務でも、性格くらいは測れる。 西門の詰所には、知り合いの兵士が詰めているし、後でそいつに話を聞けばいいだろう。

 

「できるだけ強いアンデッドに遭遇するよう願ってるぜ・・・」

 

イグヴァルジは、モモンガ達が消えたドアを眺めながら、小声でつぶやく。

モモンガの実力を測りたいイグヴァルジと、実力をアピールしたいモモンガ。

意図は違えど、二人の意見が重なった瞬間だった。

 

 

 

 

 


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