車輪の下のC   作:一ノ原曲利

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ダークサイドマーズで蝶ははばたく





名無しさんとの語らい

 

 

 

 P.D.0323。

 

 昔々、具体的には約300年ほど昔の話。『厄祭戦』と呼ばれた惑星間規模の大きな戦争があったそうな。『祭』の文字が入っているから、嘸かし賑やかだったのだろうと思うこと勿れ、確かに確かに賑やかではあっただろうが戦争は戦争、火花は飛び散り、銃火器は舞い、血飛沫が上がる、それはそれは『厄』の文字を冠するには相応しい、酷い酷い戦争だったのだとか。

 詳しい記録はあまり残ってないが、後の『ギャラルホルン』と呼ばれる組織によって『厄祭戦』は終結を迎え、地球圏は四分割された経済圏による統治を、テラフォーミングの賜物により人が住める環境を確保していた火星は各地区をその経済圏によって支配されているが、何処もかしこも凡ゆる利益の殆どは地球により奪われている。

 

 故に、貧富の差が激しく地球圏におけるスラム街はまだ優しい方だと言い切っても、過言ではない程だ。

 

 無論、民間警備会社『(クリュセ)(・ガード)(・セキュリティ)』が構える基地で最も近いクリュセ自治区でも、支配下に置かれている地球経済圏の一つアーブラウにより少なからず―――否、存在する住民の殆どは酷い生活を送っている。そして、その大半は年功序列を逆手に取った、力ある大人たちによって虐げられる幼き子供たちである。

 

 しかし、此処で一つ例外が存在していたりする。

 

 夜中、『CGS』の執務室に一人、子供がいる。

 いや、言葉の綾と言ってもいいが、外見年齢を鑑みれば青年ととってもいい。いずれにしろまだ成人には至っていない。

 此処数十年の火星の様相を見れば、ある程度は立場が確立した所謂お坊ちゃまやお嬢さまといった富豪か、若しくは最低限の生活と教養が保証された家庭でなければ文字を読み、その意味を解読することすら儘ならぬ御時世で、青年は迷うことなくキーボードをタイピングし、文字を打ち続けていた。

 

 

 

201 名前:名無しさん[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

つまり、もし盤石な組織の再編を行うならば内側からが望ましいと

 

202 名前:ローレライ[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

まぁそうなりますね。盤石ってことはつまり、外面ではそれなりに影響力があるって訳ですから、外部から大々的に崩して再編を行うより、内部の構成員の意識とか、体制を見直した方がコストもリスクも少ない

 

203 名前:ローレライ[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

まずは、手柄を立てて中枢に意見できる立場になることが望ましい

例えば、汚職を取り上げて組織内の評価を高めるとか

 

204 名前:名無しさん[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

なるほど、興味深い意見だ

 

205 名前:名無しさん[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

いや実はね、私も似たようなことを考えていた

考えてはいたんだが、どうしても他人の意見というものが聞きたくてね

 

206 名前:ローレライ[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

確かに

独りよがりな見方は危険。考え方や思想の違った人と話すとまた別角度からのアプローチも見えてきますよね

 

207 名前:名無しさん[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

まさしくその通りだ。かといって同僚や友人においそれと相談できることじゃあない

こうした匿名性があって、冷やかしのない相談役が欲しかった

 

208 名前:ローレライ[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

まぁ冷やかしさんは即刻BANしますからね。今時だと個人アドレスを変えるにも手こずりますし、そもそも違法ですし

 

209 名前:ローレライ[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

前提としてそういう人は此処には来ないんで

 

210 名前:名無しさん[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

本当に悩める人だけが来る、か

なかなかいいサイトだな、ここは

 

211 名前:ローレライ[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

褒めても何も出ませんよ

 

212 名前:ローレライ[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

そういえば少し前にも名無しさん以外に相談来てましたよ

なんだか訳ありな人と、天然っぽい人と

あと、偉そうな人と

 

213 名前:名無しさん[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

ほう

 

214 名前:ローレライ[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

前の二人は多分こっちの人っぽいけど、後の人はそっちっぽい

 

215 名前:ローレライ[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

名無しさんは地球ですよねわかります

その割には地球の人らしくない考え

 

216 名前:名無しさん[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

よく言われる

そういうキミは火星の住民のような意見を持ち合わせているね。学校には通っているのかい?

 

217 名前:ローレライ[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

はあ

まぁ

 

218 名前:名無しさん[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

歯切れの悪い反応だな

 

219 名前:ローレライ[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

いえ

もし自分が社会人卒業してお腹のでっぷり肥えたおじさんとかだったら、どんな風に憤慨してたのかなと

そもそも自分の年齢言いましたっけ?

 

220 名前:名無しさん[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

いいや?

だがここ数年の付き合いだ、キミの考え方なり、思想なり統合していればまだまだ未来ある若さだと思っているよ。当たりかな?

 

221 名前:ローレライ[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

肯定も否定もしませんよ、どうとでも捉えてもらって構いません

そろそろ落ちますね

 

223 名前:名無しさん[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

おお、あまりに遅くて図星で反応に困ったのかと思ったよ

おやすみ

 

224 名前:ローレライ[]投稿日:????/??/??(?)??:??:??:?? ID:??????

こっちとそっちじゃ少なくとも五分以上は時間差があるって知ってますよね?

落ちます

 

 

 

「なんだこの爽やかスタイリッシュ…」

 

 青年は立ち上げていたサイトを消し、深く溜息をついた。ギギッと、明らかに椅子とは異なる金属音を響かせた背凭れに体重を掛け、それが本人の気苦労の重さを示していた。ディスプレイをオフにして立ち上がり―――はせず、椅子の手摺りに備え付けられたレバーを引く。

 すると、椅子は自動的にテーブルから離れてなだらかな弧を描き、そのまま執務室の扉へ向かった。

 

 そう、青年が座っていたものは椅子ではない。暗がりではよく見えなかったが、青年は車椅子に乗っていたのだ。

 

 火星という決して贅沢のできない星での車椅子。勿論身体障害者への適応は一般の家庭にはされているが火星の貧民街における子供にそれが適応されるケースは皆無と言っていい。況してや『CGS』にいる下働きの子供は、明日の生活も保証されないものばかり。

 であるにも関わらず、青年は車椅子を巧みに操り執務室を出て、手持ちの鍵でドアを施錠した。

 

 そこに、一筋の光が差し込む。

 

「まぶしっ」

「え? シンヤ?」

 

 レバーを握っていない方の手で目元に照射される光を遮る。青年―――シンヤの声を聞いてライトの光力を緩めたのは、少しふくよかな肉体をした、帽子がトレードマークの青年。

 

「ビスケットか。見回りかい?」

「うん。執務室の方で少し光が見えたから気になって。またネット? どやされるよ?」

「大丈夫大丈夫。基本的にあの端末使ってるの自分だし、せいぜいデクスターさんに注意されるくらいだろう」

「またそうやって…いつか痛い目みるよ」

「ビスケットの忠告はいつも身に染みてるよ、感謝してる」

「本当はしてない癖に。あ、ライト持って。代わりに押すよ」

 

 ビスケットは苦笑いしながらシンヤにライトを渡し、背後に回ってハンドルを押した。キィキィとベアリングから小さく響く音が闇夜の廊下に木霊する。

 

「三日月は?」

「昭弘と鍛錬」

「相変わらずだねぇ、過度の運動も不十分な睡眠も体にはよくないぞ」

「それ、前にシンヤには言われたくないって三日月がボヤいてたよ」

「私は運動なんかしてないさ、ただ眠る時間が少なくても問題ない体なだけ。オルガは?」

「今日は見回りじゃないから、多分倉庫で寝てる」

「最近こっちも寒いからね、倉庫はあのMSがあるからあったかいし。そこ連れてっては貰えないか」

「ダーメ。一応シンヤには個室があるんだからそこで寝なよ」

「残念」

 

 そう思ってない癖に、とビスケットは苦笑しながら言った。途中、開けっ放しの部屋があり、シンヤがゆっくりとそこを覗くと寝相の悪い子供たちがぐっすりと就寝していた。

 その子供たちの、丁度首後ろには人間であればまず有り得ない突起物が隆起していた。明らかに人工的にかつ後天的に施術された痕跡である。

 それを見て、シンヤは思わず己の首後ろを摩った。

 

「…」

「どうしたの? シンヤ」

「いや、なんでもない…此処までくればすぐ近くだ、ライト返すよ。ありがとう、遅くまで見回りご苦労さん」

「あ、ああ、またね」

 

 ビスケットはそう言ってライトを受け取り、真っ暗闇な廊下に吸い込まれるように消えるシンヤの後ろ姿を見送った。

 その背中には、ビスケット自身や他の子供たちが施術した後とは異なる施術跡が見られた。それが、シンヤが車椅子に頼らざるを得ない原因であり、同時にそんな状態でも『CGS』に留まれる原因でもある。ただ、ビスケットには未だによくわからないことがあった。

 

「…シンヤは、なんで阿頼耶識の手術を()()()やったのかな」

 

 その疑問は、誰にも聞かれることなく溶けて、消えた。

 

 

 

 

 かつて、シンヤは『CGS』でもその若さとは裏腹に比較的上の立場にあった。それは一重に、年齢には見合わない知識の豊富さと勤勉さ、そして何よりも医師としては申し分のない腕を持っていたことだった。

 

 とはいえ資格を習得した、という程ではない。

 

 「怪我をしたならツバ付ければ治る」か「放っておけ」がスタンスであった『CGS』からすれば、シンヤの処置はまさしく医師そのものであった。

 足を擦り剥けば感染や化膿を考慮し消毒、骨を折れば後遺症が残りにくい処置を、事故で破片が体に刺さればメスや鉗子で取り除く。

 科学が発展しているため大抵はカプセル内におけるナノマシンによる治療(ケア)が常識ではあるが、弾除けにしか思われていない使い捨ての『CGS』の下っ端にそんな高級な措置が取られる訳がない。そういう意味でも、シンヤは『CGS』では有能な医師だった。

 当然、事故での怪我を負って優先して治療されるのは壱番組の大人たちであるが、シンヤは誰彼構わず重傷者から処置を下す。勿論シンヤ個人の独断に社長のマルバが頭を抱えることはあれど、ちゃんと治療している以上はある程度の謝礼も振り込まれる。

 それでも、相場の額には遠く及ばないが。

 

 そのシンヤが、ある日重大なミスを犯した。

 

 シンヤは当時、阿頼耶識の手術も担当していた。(マン)(・マシーン)(・インターフェース)である阿頼耶式は本来であれば無菌状態で専門家の手で行うのが最低限の被術者の生命が保証される条件なのだが火星ではその常識は通じない、なんの資格もない大人が勝手に阿頼耶識を幼い子供の背中に打ち込む。

 シンヤが手術を担当して以来、重い後遺症を残す被術者は格段に減ったが、その矢先にシンヤが()()阿頼耶識の手術を行ったのだ。

 

 実のところ、阿頼耶識の形成外科的手術を自ら行うことは不可能ではない。阿頼耶識埋込式ピストル型シリンジの銃口を目的の部位である脊髄に押し当て、後ろ手で持ち引き金(トリガー)を親指で引くだけで施術は終わる。

 ただし、これをやった人間は(おおやけ)にはではあるが存在しない。そんな試みを行おうとする輩自体がいないのだ。一般の手術における成功確率はおよそ三割。シンヤが来たことにより『CGS』内における成功確率は引き上げられているが、大原則として成長期の子供にしか受け付けられず、適正年齢を超えた場合は体がナノマシンを受け入れず、必然的に手術は失敗する。

 

 つまり、シンヤは失敗するとわかっていて阿頼耶識の手術を行ったことになるわけだ。

 

 ビスケットは『CGS』に入社して以来、先に入社していたシンヤとはそれなりに付き合いがあったため、彼が如何に慎重で賢いかは理解していた。

 ただ、独断専行で自ら阿頼耶識の施術を行なった理由だけはわからなかった。何度も、どうしてあんなことをしたのかと問い続けたが。

 

「あれは成功でもないけど失敗でもなかった」

 

 と笑いながら言い続けるのみで、終ぞその理由を問い質すことはできなかった。唯一そばに居た三日月は、何処か通じるところがあったのか納得したような仕草を見せ、雪之丞は困ったように目頭を押さえていた。

 

「…そういえば、シンヤはネットで何を調べてたんだ?」

 

 執務室がある方向を振り返るが、ドアはシンヤに施錠されている以上は調べられない。それに、いくらビスケットが字を読めある程度機械を弄れたとしても、ログを調べるのは幾ら何でも億劫だった。

 あとで本人に聞けばいいか、と自己完結し、ビスケットは欠伸を噛み殺して見回りを再開した。

 

 

 

 そうやって、いつまでも聞きたいことを聞けずにいる。

 

 車椅子の金属音だけは、暗がりの中で微かに響いた。

 

 

 

 

 

 

 





贖罪か、自己満足か

はたまた、別の目的か

真実を識るは、本人のみ



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