憲兵さんの日記   作:晴貴

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8話 答え合わせ

 

 

 かくれんぼ。

 鬼が目を塞いで数を数えている間に子が姿を隠して、それを後から鬼が探し出すという単純な子ども向けの遊び。建造されたばかりの頃、前の鎮守府では駆逐艦がやっていたのをよく見かけた。

 それを今から始める。鬼は私で、隠れるのは吾川さん。

 

「なんで?」

 

「わたしに聞かれても分からないわよ」

 

「……そうだよね」

 

 五十鈴と揃って首をひねる。

 まあ吾川さんには何か考えがあるんだろうけど、なぜかそれは教えてもらえなかった。答えはかくれんぼが終わった後にということらしい。

 そしてもうひとつ気になるのが、私の手の中にある謎の機械。小さくて平べったい長方形の箱から二股に伸びたコードのそれぞれの先にクリップがついている。さらにはどこから手に入れたのか鎮守府内の配線図も手渡された。

 これを使ったかくれんぼっていうのがいまいちピンとこないなぁ。吾川さんは自分が隠れている部屋の天井裏に張られた配線にこれを設置すれば見つけたと判定する、と言っていた。意味が分からない。

 

 でも吾川さんに頼まれたんだし、これで力になれるなら精一杯やるしかないよね。

 そう意気込んでいると、鎮守府内の時計が午前11時を報せる。かくれんぼ開始の時刻だ。

 

「それじゃ行ってきます」

 

「一応気を付けなさいよ」

 

「うん」

 

 いざかくれんぼ開始!……したのはいいんだけど。

 どうにも探す必要性を感じられない。別にやる気がないとかそういうわけじゃなくて、吾川さんがどこの部屋にいるかもう見当がついてるんだよね。

 胸元から取り出した配線図を開く。複雑な配線だけど、必要最低限の部分を読み取れるように夕べ見方を教えてもらった。そしてそれには1ヵ所だけチェックが付けられている。

 どう考えても怪しい。

 

 配線図は実際の寸法や縮尺とは異なってる場合が多いらしくてこれだけじゃどこの部屋かまでは分からないけど、それでもおおよその位置は把握できる。

 終着点は天井裏なんだし、いっそのこと最初から天井を移動した方が早いかも。

 そう思い立ってチェックが付いている場所がある鎮守府内の3階に到着してすぐ天井裏に忍び込む。そしていつも持ち歩いてる簡易探照灯の明かりを頼りに音もなく進む。

 

 ……今更だけどこれってかくれんぼじゃないよね?じゃあ何なのかといえばよく分からないけど。

 1番イメージにぴったりなのはスパイかな。でも提督に対して不利な行動ができない私がこうして動けてるんだからそれも違うと思う。

 う~ん、本当に何なんだろう?

 

 そんな疑問を抱えたまま、配線図にチェックされている地点に到着した。耳を澄ませば話し声も聞こえる。あ、この声は吾川さんのだ。

 予想通りここにいたし、誰かと話してるってことはやっぱり隠れる気ないんだ。

 つまり目的はかくれんぼじゃなくてこの小さな機械をここに取り付けること。そういうことならパパッと終わらせよう。

 

 えーっと、確かこのクリップでAC100Vラインっていうのを挟めばいいんだよね?配線図だとこの部屋のAC100Vはここだから……あ、これかな。

 クリップを持つ。挟む。終了。

 とってもあっさり取り付けが終わる。本当にこれだけでいいのか不安になるけど、付け終わったらすぐその場を離れろって言われてるしその指示に従った方がいいよね。

 

 時間にすればたったの10分くらい。あまり呆気なくて、五十鈴もすぐに戻ってきた私を見て困惑することになった。

 でも言われた通りやったんだし、あとで吾川さんから理由を聞けばいいや。そう思って五十鈴とも別れて自分の部屋に帰った。

 そしてその日の夜。今日もまた消灯時間を過ぎてから私と五十鈴は吾川さんの部屋に集まった。吾川さんは私達が来るなりコーヒーを出してくれる。

 それに口をつける私達を見ながら吾川さんはこう切り出した。

 

「じゃあさっそく戦果報告といくか」

 

「戦果って結局今日私がしたことは何だったの?」

 

「盗聴器の設置。感度も申し分なく執務室の会話はだだ漏れだ」

 

 夕飯の献立を答えるような何気なさ。それに私と五十鈴は耳を疑った。

 だってそんなはずがないから。

 

「……あり得ないわ」

 

「どうしてそう思う?」

 

「私達は提督が不利になるような行動は制限されてるんだよ?盗聴みたいな悪事の証拠をつかむようなことはできないはずだし……」

 

「確かにそれは間違いじゃないが正しくもない。そこがSebicの脆弱性だ」

 

「話が見えないわね」

 

「……というかセビック?って何?」

 

「ああ、川内はそこからだっけ。じゃあこの際勉強しておくか」

 

 まあ俺も教えられるほど詳しいわけじゃないんだけど、と言いながら吾川さんはノートを取り出すと、白紙のページに『Sebic』という単語を書いてそれを楕円の丸で囲った。

 

「このSebicっていうのがここの艦娘に使用されている、行動に制限をかけるシステムの名称だ。こいつは対象者の脳波パターンを読み取って設定された禁止行為に該当する行動を起こそうとした時に発動する仕組みになってる」

 

 そう説明しつつ箇条書きで『提督からの命令を厳守』『暴力・反抗等の提督と憲兵が不利になる行為の禁止』『いかなる手段によっても鎮守府の内情を外部に漏洩させる告発行為の禁止』と記していく。

 

「今のところ五十鈴の証言とここ数日で接触・観察した艦娘から得た情報を整理するとこの3つはほぼ確定してるな」

 

「それなら尚更おかしいわ。盗聴なんて3つ目に該当するじゃない」

 

「その通りだが、実はここにからくりが潜んでるんだよ。禁止行為に該当してるって意識が当人にあるか無いかっていうな。Sebicは対象者の脳波を読み取ることで効果を発揮するものだから、裏を返せば禁止行為だって意識がなければ例外が発生する」

 

「そんな、まさか……」

 

「考えてもみろ。人工知能すらない機械(システム)艦娘(にんげん)の行動を完璧に把握して制限をかけることができると思うか?答えはノーだ」

 

 吾川さんは力強くそう断言した。

 それは私達の前に長らく立ち塞がっていた深い絶望の暗闇に差す一筋の光のように思えた。

 

「改めて調べてみたんだけどSebicが衰退したのは艦娘への人権侵害って問題以外にもこの例外が大きな要因だった。仕組みを理解していれば例外を発生させるのはそう難しいことじゃないからな。

 提督や憲兵が新しく来た艦娘に『お前達は俺に逆らえない』『俺達の不利に働くことは全てできない』ってわざわざ言うのは、恐らく艦娘の間で例外を発生させないための刷り込みだ。だから細かい禁止事項じゃなくてあらゆる要素を内包するような言い方にしてんだろう。そうすれば艦娘が行動を起こそうとしても『これは禁止行為に該当する』と意識するから、その脳波パターンを感知してSebicが発動する。ここの艦娘は提督と憲兵に敵意を抱いているから効果は絶大だな」

 

 驚愕とか、感嘆とか。いろんな感情が渦巻いていたけど、声が出せなかった。

 ただ信じられないものを見たような心持ちで私は呆然としていた。それはたぶん五十鈴もおんなじ気持ちだったと思う。

 だってどうしようもないことだと諦めてしまっていた私達にかかった呪いの真実を、こんなにも簡単に解き明かしてしまうなんて。

 

「今日のかくれんぼの前に詳しい説明をしなかったのはこれが理由だ。川内の意識はあくまでかくれんぼをしてるだけ。途中で不審を覚えたかもしれないがこう思わなかったか?『制限されていないから禁止行為には該当していない』んだって」

 

「お、思ったけど……もしかしてそこまで想定済みだったの?」

 

「想定っていうか、過去にそういう事例もあったって詳しい人から聞いてな。どうもSebicは本当に表層的な部分しか読み取れないらしい。正直、リスクを考えれば使用するかどうか考慮する価値もない代物だ」

 

「……あなた何者なの?」

 

「憲兵」

 

 私も思っていた疑問を五十鈴が真正面からぶつける。でも吾川さんからの返答はその一言だけだった。

 普通の憲兵はこんな知識持ってないと思うけどなぁ……。

 

「とりあえずSebicの実態とかくれんぼの真相は以上だ。何か疑問は?」

 

「……ないわ。少なくとも情報の多さと驚きを整理してからじゃないと」

 

「私もないよ」

 

「オーケー。で、今まではお前らの行動に制限かかるからはっきり言ってなかったけど俺は近い内に十九渕鎮守府の内情を告発する」

 

「……まあわたしは薄々気付いていたけど」

 

「でもそんなこと言ったら私達もう協力できないんじゃ……」

 

 こんな話をされてからじゃ吾川さんが告発するっていう意識が常に働いて行動に制限がかかってしまう。告発するならそれこそ最後まで言わないでおくべきだったんじゃないのかな?

 

「大丈夫だ。必要なことはもうほとんど終わってる。あとは時が来るのを待つだけだし」

 

「吾川さん、ここに来たの2週間くらい前だよね?仕事早すぎない?」

 

「ガードが甘すぎてな。ただでさえ機密保持性の低いSebicを使ってる上に設定されている制限と、そもそもとしてこのシステムに致命的な欠陥がある」

 

「致命的な欠陥って?」

 

「五十鈴、さっき俺が告発しようとしてることに『薄々気付いてた』って言っただろ?じゃあなんで告発を考えているかもしれない俺に鎮守府内の情報をペラペラしゃべれたと思う?」

 

 そう尋ねながら吾川さんはペンでノートをトントンと叩く。そこに書いてあるのは『いかなる手段によっても鎮守府の内情を外部に漏洩させる告発行為の禁止』の一文。

 それを見つめながらしばらく考えていた五十鈴は、ふと何かに気付いたように顔を上げる。

 

「……そう、そういうわけね。わたしが吾川をすでに鎮守府内の人間だと認識していたから『外部』に該当しなかった」

 

「ご名答。薄々告発するかもしれないと思っていても、俺が内部の人間だという認識があれば禁止行為に該当するって意識は働かない。これが設定の欠陥」

 

「な、なるほど」

 

「で、次にシステムの方の欠陥。Sebicは『行動を起こすこと』に制限はかけられるけど『行動を起こさないこと』には制限がかからないんだよ」

 

「……んん?」

 

「どういうことかしら?」

 

 私と五十鈴の頭上に揃って疑問符が浮かび上がる。

 行動を起こさないことには制限がかからない……ってどういうことだろう?

 

「俺は今、告発することを明言した。じゃあお前らはこれを提督に報告するか?」

 

「しないわ」「しないよ」

 

 声が重なる。そしてそこで吾川さんの言わんとしていることが理解できた。

 

「それが答えだ。提督が不利になる行為でも、それを起こしているのが自分じゃなけりゃ見過ごせる。あくまでSebicは行動を起こすことを制限するものであって、行動を起こさせる強制力はない。それが分かってたからここまで大胆に動けたし、手早く準備を整えられた要因だ」

 

 そう言って、吾川さんは自分が淹れたコーヒーを口にする。まるで数式の証明を終えたような、理路整然とした解説。

 なんでもないことのような佇まい。でもその知識量、観察眼、思考力、その他諸々をこうして間近で見せつけられると、実はとてつもない人なんじゃ、と思わずにはいられない。

 本当に何者なんだろう。そんな疑問が深まる。

 

 でも、それはどうでもいい。吾川さんがどんな人だって構わない。

 私達を助けるためにここまでしてくれた。その事実だけで充分すぎる。

 どんな結末になっても私は吾川さんの味方でいよう。それが私にできる、吾川さんへの恩返しだと思うから。

 

 

 




かなり穴の多いトンデモ理論ですがご容赦ください。
私の頭ではこの辺の頭脳戦(?)が限界でした。

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