憲兵さんの日記   作:晴貴

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18話 帰還

 

 

7月7日

 

 七夕に合わせるように梅雨が明けた。川内が今度は近くでやってる七夕祭りに行こうと言い出したので行ってきた。

 といっても今回は3人だけじゃなく、名取、神通、那珂の妹衆に加え、暁型4姉妹に夕立と漣、青葉さん、さらに瑞鶴と夕張という大所帯になった。

 木曾は「興味がないな」と一刀両断。加賀さんは仕事だそうだ。

 

 女子が集まれば姦しい。夕立は迷子になるし、青葉さんは常にシャッター切ってるし、那珂はカラオケ大会に飛び入り参加してるし、雷と電はお土産だっつって両手で抱えきれないくらいの食い物買ってるし。

 当然のようにその荷物は俺に回ってきた。おかしくない?見た目女子でも純粋なパワーなら俺よりあるのに。

 まあ持ったけど。

 

 暁型姉妹の資金は横須賀鎮守府の長門という艦娘がおこづかいとしてくれたらしい。会ったことないけどいい奴だな。戦艦だから太っ腹なのかもしれない。

 ちなみに五十鈴達の資金は俺と青葉さんの折半だ。そのせいで被写体になることに文句を言えなかった軽巡洋艦の5人。

 ただ1人、那珂だけはノリノリだったけど。あいつはアイドルになりたいんだとか。夢があるのはいいことだと思う。

 

 

 

 

7月8日

 

 木曾が俺と戦えってしつこく迫ってくる。ムリだから。前にそれやって周防大将からかなりキツく絞られたろお互い。

 しかしそれでも食い下がられたので仕方なく色々教えることで手を打った。

 

 あくまで体の動かし方についてあれこれ指導する、いわゆるコーチング的なやつだ。足の捌き方とか剣の扱い方とか。

 それだけなら実際に手合わせするわけじゃないから悪目立ちはしない。強いていうなら艦娘なのに近接戦闘を学んでる木曾が変な奴に見えるくらいだな。

 

 

 

 

7月9日

 

 加賀さんに呼び出されて鎮守府内の一室に足を向けた。そこでしばらく待っていると、部屋に加賀さんと赤みがかった長い髪の女性が入ってきた。

 女性の名前は広瀬さん。白い制服に身を包んでいることからも分かったが提督だ。

 この人が次の十九渕鎮守府の提督になるらしい。女性って選択はまあ妥当だと思う。男がトラウマになってる奴とかいるかもしれないし。

 

 その広瀬さんは『駆逐艦主義』というのを掲げているとか。駆逐艦と言えば艦娘の中でも最大数を誇り、戦場では速力を活かした立ち回りで潜水艦を爆雷で駆逐したり主力艦の護衛を務めることも多い。また物質輸送や資材回収の遠征など縁の下でも活躍する、まさに鎮守府運営において欠かせない艦種だ。勉強したから知ってるぞ。

 火力不足で軽視する提督もいるらしいが、広瀬さんはそんな駆逐艦を重用し、高い練度まで育て上げるのを得意としていると加賀さんが教えてくれた。

 

 若くして提督になるだけあって優秀な人なんだな。

 ただ気になるのはなぜか俺を異様にビビってることだけど。加賀さん、なんか吹き込みました?って聞いたら十九渕鎮守府で提督を務めるために必要最低限のことを、と返された。

 たぶん砲撃を避けたとか銃弾を弾いたとかその辺りか?

 だとしても余程のことがない限りそれが広瀬さんの方を向くことはないんだし、そこまでビビんなくてもいいと思うんだけど。

 

 

 

 

7月10日

 

 今日も演習場の片隅で木曾のトレーニングに付き合った。艦娘だからなのかそれとも木曾だからこそなのか、どちらにせよ上達の速度がハンパない。

 しかしそれを切り上げたところで声をかけられた。

 声の主は不知火。ピンクというファンシーな髪の割りに毅然とした、いかにも軍人という性格の艦娘だった。ピンクの髪というとどうしても青葉さんや漣みたいなノリの軽い連中のイメージだけに見た目と中身のギャップにちょっと戸惑う。

 

 で、その不知火がなんで俺に声をかけてきたのかというと、人間なのに艦娘に戦い方を指導している俺が気になったかららしい。

 なんでも不知火はその実力と経験の豊富さを買われて近々異動するのだとか。それ自体には自信があるが、かといって現状に満足しているわけでもない。そんな時にたまたま大本営直属で改二改修を済ませている木曾に指導する俺を見かけて話を聞いてみたかった、と言われた。

 まあそれくらいなら拒否する必要もないので食堂で少し遅めの昼食を取りながらあれこれ話をした。

 

 なんというか向上心に満ちた奴だった。実戦経験が豊富、練度も申し分ない。それでもまだ強くなることに貪欲でいる。木曾に似てるな。

 ただ不知火は改二が実装されていないので今以上の性能アップは見込めない。だから今ある技術を磨き上げ、また新しい技術を身に付けるしか強くなる方法はない。

 常々そう思っていたところで木曾に指導する俺を見て近接・格闘戦を学ばせてもらえないかと思い立ったそうだ。

 

 ここにいる間は仕事らしい仕事もないし知識を溜め込むくらいしかしてない。というわけで時間の問題はないから了承した。

 行動力のあるやつは嫌いじゃない。

 

 

 

 

7月11日

 

 不知火の話をしたら五十鈴と川内も参加したいと言い出たので初心者3人に基本から教えることにした。全員筋は悪くない。継続すればそれなり以上の実力には到達しそうな感じだ。

 そんな3人を見て木曾が「まだまだだな」的な笑みを浮かべてたけど、俺からしたら正直お前も素人に毛が生えたようなもんだけどな。この前俺に伸されたこと忘れてんのか。

 

 まあそれはさて置き。川内もスパッツを着用するべきだと思う。

 なんで艦娘の戦闘用衣装はあんなに軽装なんだ。逆に装甲弱くなりそうだけど。

 ただこれを忠告したらまた怒られそうな気がする。

 

 

 

 

7月14日

 

 木曾は任務で留守にしてるが、そんなこと関係なく3人の指導は続ける。数日後にはここを発つことになった不知火に関してはどう考えても時間が足りない。それでも真剣に打ち込んでるしできる限りのことはしてやろう。

 あいつは打撃を当てるセンスに優れてる。動体視力が良いのかもな。そこを伸ばせるメニューを組んで渡すのもありか。

 

 それと十九渕鎮守府に残る奴と転属する奴が決まった。残るのは3割ほどで、その中には五十鈴と川内はもちろん、2人の妹達の名前もあった。

 しかしそれ以外の艦娘はやっぱり離れる奴が多いので、仕方ないと思いつつ五十鈴達はどこか寂しそうにしていたが。

 何年もあの地獄のような環境を共にしてきた仲間だからな。残る奴も転属する奴もその選択に悔いだけはないようにしてほしいと思う。

 

 それとスパッツは不知火経由で進言してもらった。ありがとう不知火。

 

 

 

 

7月16日

 

 1週間後、十九渕鎮守府に戻ることになった。早いな、と思ったが事前に再編の準備はある程度進めていたんだろう。一部立ち入り禁止区域を除いて鎮守府の運営も解禁される。まあしばらくは大本営の人員も留まることにはなるらしいが、俺としてはどっちでもいい。

 気になるのは新しく配属される憲兵の数が少ないことくらいだ。

 加賀さんからそんな憲兵にも格闘術を仕込むことを推奨された。どこからか見てたんだな、最近俺がやってること。

 

 まあ艦娘にせよ憲兵にせよ弱いよりは強い方がいいに決まってる。だから教えるくらいは構わないが、普通に考えて教導とか入隊してようやく4ヵ月になろうかって新人にやらせる仕事じゃないと思う。

 軍隊で年上の先輩に物を教えるとかある意味地獄だよな。

 

 

 

 

7月17日

 

 暇していた先輩を捕まえて前から気になっていたことを聞いてみた。そしたら案の定の答えが返ってきた。

 どうも俺が最初の1ヵ月で叩き込まれたあれこれは一般的な憲兵に求められるものからは逸脱したものだったらしい。内容的には国家憲兵と呼ばれる役職で必要になるものだと言われた。

 

 国家憲兵っていうのは分かりやすく言い替えると『治安部隊』とか『軍警察』とも呼ばれてるやつだ。日本海軍の国家憲兵は重武装も許可されているって事実でその役割の大きさと危険性がうかがい知れる。

 道理で法執行関係の知識やら盗聴盗撮機器の電波を感知する技能を身に付けさせられたわけだ。

 つーか俺は国家憲兵とかなるつもりないんだけど。なんでそんなものまで学ばせやがった。ふざけんな。

 

 

 

 

7月18日

 

 明日、不知火がここを発つ。見送りは要らないと言われたのでしないつもりだ。

 五十鈴達はそれに不満げだったが、本人が決めた別れ際だ。俺達が口を出す問題じゃない。

 その代わりと言ってはなんだけど不知火用のトレーニングメニューを組んで渡した。新天地でも忙しいだろうが時間の合間をぬって続ければ、不知火ならその努力を結実させられると思う。

 お互い生きてればまたいつかどっかで会うだろうから別れの言葉はいらないだろう。再会する日を楽しみにしておく。

 ただ転属先については聞いておいてもよかったかなと思う。

 

 

 

 

7月20日

 

 十九渕鎮守府に戻るための準備はあらかた終わった。そもそも物をほとんど持ってきてないからな。

 持ち帰るのは衣服類と、青葉さんがくれた写真くらいのもんか。大きめのボストンバッグひとつで事足りる。

 まあちょっと早い夏休みが終わったんだと思えばちょうどいい休暇だったような気がする。

 

 

 

 

7月22日

 

 鎮守府に帰ってきたら不知火がいた。同型艦じゃなくて、横須賀で色々教えてあげたあの不知火だ。

 思ってもみなかったほど早すぎる再会に目を丸くしていた。まあ俺も似たような顔だったろうけど。

 

 五十鈴と川内も驚いたあとに喜んでいたが、不知火はあの鉄面皮を恥ずかしそうに赤く染めて若干気まずそうにしていた。

 そりゃ「見送りは不要です」とかしんみりした感じで別れたのにわずか4日で再会するとか恥ずかしいよな。まさか本当に不要だったとは。

 

 でもまあ楽しくやれそうで結構なことだと思う。

 

 

 


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