憲兵さんの日記   作:晴貴

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16話 十九渕鎮守府の長い1日・陸

 

 

 夜の帳も降り、緊張感から解放されてほとんどの艦娘が眠りに就いた頃。十九渕鎮守府内のとある一室にはブラック鎮守府の提督を捕らえた後とは思えない重苦しい空気が流れていた。

 それでもひとまず山を越えたことを労いましょう。

 

「今日はお疲れ様でした。特に忍は」

 

「大したことはしてないですよ」

 

 サラッとそう言うが、今日だけでも五十鈴と川内に撃たれ、立て籠もる提督と憲兵を制圧し、さらには軽くとはいえ木曾と夕立の相手までしたのだからこの中で最も疲れているのは忍で間違いない。

 私達がしたことと言えば捕らえた提督達の拘束と護送、そしてここの艦娘達に対する説明くらいのものだ。

 

「またまたご謙遜を~」

 

「謙遜じゃないだろ。実際、周防大将は俺がここまでやるのを想定してんだろうし」

 

「今朝もそのようなことを言っていましたがそう考える根拠は?」

 

「いくつかあるけど1番大きいのはこの鎮守府に着任したことですよ。周防大将は、そんでたぶん加賀さん達もここがブラック鎮守府だって知ってましたよね?むしろ摘発の寸前だったんじゃないですか?じゃなきゃいくらなんでも行動が早すぎます。俺が集めた証拠を青葉さんに渡したの1週間前ですよ。あの襲撃事件によるゴタゴタがなければもっと早く踏み込んでたと思うんですけど」

 

 まあ忍の言うことは尤もですね。海軍に限らず組織を動かすというのは検討を重ねた上で正当性ないしは利があるかを判断し、いざ行動するには多くの手続きを踏まなければならない。

 緊急事態の独断や現場の判断が優先される状況でもない限り、内部告発の摘発でここまで迅速に動くことはまずありえない。

 

「……ええ、それは貴方の言う通りよ。でもそれがどうして提督の想定通りという話に繋がるのかしら?」

 

「もしこの状況が作為的にもたらされたものだとしたらって仮説を立てて、そこから逆算したんです。どうして周防大将は新人の俺をこんな厄介な鎮守府に放り込んだのか。その目的として可能性が高いのは何か、って。

 まず最初に考えたのは俺の人間性の把握。でもこれはここじゃないとできないわけじゃないし、恐らくついで程度。じゃあ他の理由は何か。それは俺の能力の把握。憲兵としてどれほどの働きが期待できるかを見極めるため」

 

「理屈としては通りますね。でも根拠とするには弱くないですか?」

 

「確かに他にも色々考えてはいたけど、さらなる根拠をくれたのは加賀さんと木曾です」

 

 ……なるほど、そういうことですか。

 でも根拠を得たというのとは少し違うわね。ほぼ確信を持っていて、それを確定させるために引き出した、というのが正しい。

 

「知っての通り俺の力はそう容易く人目に晒せるものじゃない。だからその使用を周防大将から厳しく禁止されてるし、俺としても細心の注意を払って行動してきた。たぶん今日まで俺の異常性に勘付いてる奴はこの鎮守府にいなかったって自信を持って言えますよ。

 でも加賀さんはそれを知っておきながら『やりすぎないように』って忠告はしても俺が単独で提督を拘束すること自体は止めなかった。つまり使用を禁止されていたのは力そのものだけ。身体能力のみなら使用は認めてたってことです。木曾がいきなり攻撃してきたのなんてむしろ見せつけてやるくらいのものだったし、そして加賀さんはやっぱりそれを止めなかった」

 

「……ちっ、ワザとらしすぎたか」

 

「さすがにな。いくらお前でもあの状況で私情を優先するわけねぇ。巻き込まれた夕立は災難だったな」

 

「1番被害大きかったの夕立っぽい!」

 

「授業料だ。足の運びは前より良くなってたぞ」

 

「ほんとっぽい!?」

 

「ああ、ほんと」

 

「はあ……」

 

 いきなり緊張感のなくなる会話に思わずため息が出る。しかしあそこで止めに入らなかったのは私の判断ミスですね。

 もしかしたら忍はこちらの思惑を悟った上で、私のミスを招くために艦娘の前であのような啖呵を切ったのかもしれないけれど。考えすぎ……と言い切れないのが彼の恐ろしいところだ。

 強さにばかり目を向けてしまいがちですが、頭も相当回る男なのだから。

 

「話を戻しますけど、力の露見は避けたいのにそれに繋がりかねない身体能力の行使は多少なりとも容認する、なんてのはどう考えても矛盾してる。だからそこには何かしらの思惑があるはず。そこで俺はこう結論を出した。周防提督は俺にこの鎮守府の問題を解決させたかったんじゃないかって。

 リスクを負ってまでそうさせる理由はたぶん俺に実績を作らせること。そして早いところある程度の立場につかせたいんじゃないんですか?そうすれば俺の異常性がバレても正体をつかまない限りは排除しづらくなるし、目をかけてやった周防大将にとっては動かしやすい手駒が増える。

 ついでに最近、大本営はあの襲撃事件のせいで世間からの風当たりが強い。そんな時にここでの行為が明るみに出たらそれがますます酷くなる。内々で処理するのがベスト。それに貢献した俺はより取り立てやすいですよね。……当たってます?とは聞きませんけど」

 

「……聞く必要がない、の間違いでしょう」

 

 概ね正解だった。恐らく青葉から監査の実行日を聞いた段階でここまで見抜いていたのでしょう。そして今日、あの騒動の中にあって忍は提督らではなく私達の方を見て情報を引き出し、読み切った。

 その最たる証拠は木曾と夕立を相手取った際の立ち回り。身体能力を発揮するだけなら回避に徹するだけでも充分。2人を倒す……艦娘にダメージを与えられる戦い方をする必要性はなかった。

 基本的に深海棲艦には艦娘の、艦娘には深海棲艦の攻撃しか効かないとされている。けれど例外も存在する。それは艦娘同士の攻撃や接触によるダメージ。今でこそ装備の改良や有効な対策が取られていますが以前は誤射による同士討ちや、接触事故が原因で大破、最悪轟沈することもあった。

 

 そしてそれは深海棲艦にも言えること。あちらも仲間の攻撃や接触でダメージを負うことが確認されている。

 けれどそれはあくまで偶発的な出来事であって、交戦の際の戦略・戦術に組み込めるほどのものではない……というのが海軍での常識でした。

 しかし忍にはそれが当てはまらないと、彼は艦娘達の前で証明してみせた。転倒させた木曾と蹴り落とした夕立を接触させることで、人間の攻撃でも艦娘にダメージを与えられるということが実証された。

 

 これは忍がかけた保険。彼はあの襲撃事件で力を使って深海棲艦を撃破した。その事実は今でこそ伏せられていますがいずれ誰かがそこにたどり着く恐れもある。

 もしそうなった時、忍が今日してみせた戦い方で深海棲艦を倒したと言い張れば明確な証拠でもつかまれていない限り追及を逃れることができる。

 忍は忍なりに提督が懸念している『力の露見』に対して策を施しているのでしょう。

 要するにこちら側の意図は最初から見透かされていた、ということ。本当に嫌になる。

 

「そんな怖い顔しないでくださいよ」

 

「貴方がさせているのでしょう」

 

「相変わらず嫌われてますね、俺は」

 

「夕立は忍さんのことそこまで嫌いじゃないっぽい」

 

「ありがとよ」

 

「まあ嫌いって言うと語弊があると言いますか……」

 

「そうだな。嫌いじゃないが一緒に仕事はしたくない、ってのが正解か」

 

「それ嫌いと大差ないからな。まあいいけど」

 

「煙たがられてるの分かっててそこまで開き直れる姿勢は漣も尊敬しますよ?」

 

 私としてもこうして言葉を交わしているだけなら何も思うところはない。

 でも、私は忍の“あの姿”を見てしまった。

 周防提督すら口を(つぐ)む、私達からすれば果たして何なのか及びもつかない不可思議で、強力で、そして不気味な力を持つ正体不明の男。そんな得体の知れない存在が海軍内部に籍を置くこと自体、私にとっては脅威で、排除するべき対象だとしか思えない。

 

 少なくとも立場や権利を与えるべきではないでしょう。どうして提督が今回このような判断を下したのかが私には分からない。

 提督は察していそうな、忍の正体がそうさせるのかもしれません。

 

「おっとすいません。護送班から通信が」

 

 漣が耳元に手を当てながら席を立つ。

 護送班からの通信、という言葉に嫌な予感がした。そして、それは的中する。

 

「はいぃ!?ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 漣が突然焦ったような声を上げる。そして通信機を操作して周囲にも相手の声が聞こえるスピーカー機能をオンにした。

 

「すみません、もう一度報告をくり返してください」

 

『……こちら第7護送部隊部隊長補佐青山。報告をくり返します。護送中の三島容疑者が……拳銃で眉間を撃ち抜き、自殺を図りました』

 

 室内が静まり返る。

 三島とは今日拘束した、昨日まで十九渕鎮守府の提督だった男の名。

 

「……容体は?」

 

『心肺停止です。心肺蘇生を含め応急処置は施しましたが効果はありません』

 

 頭を撃ち抜いたのだから助からないでしょうね。あとは病院に搬送されて正式に死亡を確認されるだけの状態。

 それだけでも大きな問題ですが、もうひとつ気になることがある。

 

「護送車内でも拘束は解いていないはずでしょう?そもそも自殺に用いた拳銃はどこから入手したのですか?」

 

「護送車収容前の身体検査では銃なんてどこにも隠し持っていなかったのは確認してますよ?」

 

「というかあの往生際の悪い男に自殺する度胸なんてないと思ったが」

 

『たった今起きた状況なのでこちらもまだ詳細は不明です。ただ目撃した隊員の証言では……』

 

「なんですか?」

 

『……三島容疑者は「いやだ、死にたくない」「止めてくれ」などと喚きながら自身の頭を撃った……ということです』

 

「……そう、了解しました」

 

 その一言を最後に通信を終える。全員が押し黙るが、考えていることは同じ。

 報告にあった自殺直前の三島の状態は、Sebicによって行動を強制された艦娘達と酷似していた。違いは艦娘であるか、人間であるか、という部分だけれど……。

 

「青葉」

 

「はい」

 

「Sebicは人間にも使用可能なのかしら?」

 

「いいえ、艦娘にしか適用できないはずです。少なくとも私が知る限りではSebicで人間の行動を操作することは不可能ですが……」

 

「なら別物か、もしくはSebicに改造が施された物か」

 

 忍が口にした改造、という単語。思い当たることがあった。それがここにこうして集まっている理由でもある。

 青葉や忍が従来のSebicではできないと判断していた、艦娘に行動を強制させるプログラム。その可能性が浮き彫りになっただけでもかなり厄介であるというのに、まさかそれが人間にまで用いられているのだとしたら……。

 

「……どうやら面倒なことになりそうですね」

 

 この事件の裏には何か大きな闇が潜んでいるのかもしれない。

 それこそ歴史の転換点にすらなり得る、幾多の艦娘が沈んできた夜陰(やいん)に染まる海のような深淵が。

 

 

 


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