憲兵さんの日記   作:晴貴

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15話 十九渕鎮守府の長い1日・伍

 

 

「あ、五十鈴!」

 

 食堂に入るなり近くにいた暁が、そしてそれに釣られるように彼女の妹達が寄って来る。一様に安堵したような表情だった。

 

「みんなどこに行ってたの?心配したわ」

 

「ごめんなさいね。大本営の人達と少しお話してたのよ」

 

「でもみなさんが無事でよかったのです」

 

「ありがとう電。私達が最後かな?」

 

「なのです!」

 

 笑顔の花を咲かせる第6駆逐隊の面々。普段はクールであまり表情を顔に出さない響でさえ少し微笑んでいる。

 それだけ喜んでいるのね。わたし達の無事はもちろん、提督達から解放されたことを。

 提督は捕まり、艦娘は全員怪我もなくこうして揃っている。結果だけ見ればここまでは最高なんだからそれも当然かもしれないわね。

 問題はここから一波乱ありそう、ということなんだけど。

 

 ひとまず空いている席に座る。それからほどなくして加賀さんや青葉さんが食堂内に姿を現し、空気が一気に静まり返った。

 険悪な雰囲気というわけではなく、全員緊張した面持ち。

 

「十九渕鎮守府の皆さん、初めまして。大本営海軍部所属・加賀型1番艦、正規空母の加賀です」

 

「同じく大本営海軍部所属の重巡洋艦青葉です!」

 

「これから貴方達に状況の説明と今後の予定についてお話します。質問等は最後に受け付けますので、まずは口を挟まないようお願いします」

 

「もー、それじゃ言い方怖いですって。皆さん、そう硬くならなくても大丈夫ですよ」

 

 加賀さんが嘆息する。彼女の苦労がしのばれるやり取りではあるけれど、肉体的・精神的に疲弊している子が多いここでは青葉さんみたいな空気を和らげてくれる人がいるのは正直助かるわね。

 まあ加賀さんもそれが分かっているから青葉さんに注意しないのでしょうけど。

 

「……まあいいでしょう。では早速説明を開始します」

 

 坦々と加賀さんが話し始める。

 

「まずは今後についてですが貴方達にはメディカルチェックを受けていただきます。肉体的にも精神的にも相当な負担を強いられていたのは把握しているので大本営に赴いての精密検査となります」

 

「明日の午前9時、陸路での出発になりますよ。どうしても必要になる物があればこの後に申し出てくださいね?こちらで持ち込みの可不可を判断しますので」

 

「次にメディカルチェック後ですが、そこで心身ともに異常なしと判断された場合、貴方達には選択肢が提示されます。全員の希望が叶う保証はできませんが、ここに留まるか別の鎮守府に転属を希望するか選択してください。しかし心身に問題ありと判断された場合はこの限りではありません」

 

 その言葉に食堂内が少しざわめく。それは転属の希望が申請できる、という部分に対しての反応だった。

 まあ提督達が一掃されたとはいえ嫌な思い出が数多く染みついているここに残りたいと思わない子が多いのは当然ね。

 でもブラック鎮守府出身の艦娘に対して腫物を触るような反応をするとろこもあるらしいしどちらを選ぶのも一長一短かしら。

 吾川は憲兵だしここに残るのよね?それならわたしも……。

 

「次にこの鎮守府に関してですが一時的に閉鎖となります。再編成及び鎮守府内の捜査に時間がかかりますのでその期間は最低限の機能を残し運営は停止します」

 

「その間は他の鎮守府から派遣された代理の提督や艦娘で運営しますので皆さんがお気になさる必要はありませんけどね!」

 

「気にする必要はない、ということなら拘束された提督らも同様です。彼らの犯罪行為に関するいくつかの証拠はすでにつかんでおり、これから鎮守府内の捜査を行って罪状を固めます。少なくとも彼らが貴方達の目に触れる機会はもう二度とないでしょう」

 

「あ、でも皆さんからの証言を得るという形で聴取も行いますよ。ただ思い出したくないとか精神的に不安定になる方もいらっしゃると思うのでこちらは任意です。青葉としては協力して頂けるとうれしいかなーって」

 

「念のために言っておきますが、もちろんお断りいただいても何ら罰則はありません」

 

 淀みなく加賀さんと青葉さんによる説明が続く。

 そして説明がある程度進んだところで加賀さんがひとつ目の本題を切り出した。

 

「それから貴方達に説明しておかなければならないことがあります。大事な話なのでよく聞いていてください。提督や憲兵が不利になることはできないといった行動に制限がかかる現象についてです」

 

 空気が変わる。みんなの表情に真剣みが増した。

 

「……これは私より詳しい青葉に任せます」

 

「了解しました!えー、それでですね、皆さんの行動に制限がかかったのはSebicと呼ばれるシステムが原因です。あらかじめプログラムされている禁止行為に該当する行動ができなくなる、という代物ですね」

 

 わたしと川内は事前に吾川に教えてもらっているので把握できているけど、他の艦娘にとっては初めて聞く話。

 青葉さんの説明はそんな彼女達が聞いてもすんなり理解できそうだと思えるくらいに分かりやすいものだった。吾川が言っていた「詳しい人」っていうのは青葉さんのことかしら?

 

「……とまあこういう仕組みで皆さんは行動を制限されていたわけです。ですがご安心を!Sebicの解除は大本営がしっかりと行いますよ。大本営に出向いてもらう1番の理由はこちらですからね」

 

 小さな歓声や安堵の声が上がる。正直、わたしも今の言葉を聞いて安心している。

 生きていたとはいえ吾川を撃つことになった原因のSebicなんて一刻も早くこの体から追い出したくて仕方がないもの。

 

「解除後も経過を見守る期間を取るので、諸々含め貴方達は1ヵ月ほど大本営に留まることになります。そのつもりで明日までに準備を整えておいてください。簡易的ではありますが説明は以上です。何か質問のある方は挙手でどうぞ」

 

 パラパラと手が上がる。明日までに必要な物が揃えられない時はどうしたらいいかやSebicによる後遺症はあるのか、鎮守府が閉鎖される期間はどれほどになる見込みか等々。

 それらの質問に加賀さんと青葉さんが丁寧に回答していく。そして誰の手も上がらなくなった頃を見計らって、ついに加賀さんが切り出した。

 

「では最後にもうひとつお伝えすることがあります。あらかじめ忠告しておきますがこれから何が起きても騒ぎ立てないように。いいですね?」

 

 他の艦娘達は疑問符を浮かべながら了承の意を示す。

 対してわたし、そして川内の緊張は最高潮を迎える。もしかしたら初めて深海棲艦と戦った時に負けないくらい緊張しているかもしれない。胃が痛いわ……。

 

「それでは入ってきなさい」

 

 加賀さんに促され食堂の扉が開く。

 そこから現れた吾川を見て雰囲気が一触即発しそうな、剣呑なものへと様変わりする。事前の忠告がなければもっと騒ぎ立っていたでしょうね。

 

「ど、どうしてあの人が……?」

 

 隣では暁型の4人も面食らっていた。特に気弱な性格の電の顔は少し青ざめている。

 吾川はしっかり恐怖の対象になっているのね。

 しかし当の本人は周りの険悪な空気も自分に突き刺さる敵意もまるで意に介さず、堂々と艦娘達の真ん中を突っ切って加賀さんの横に並び立つ。

 

「こればかりは黙っていられない。どうしてそいつがここにいるんだ?」

 

 唸るような低い声で那智が吾川を睨みながらそう言った。彼女が忠告されたのを破ってまで声を上げたということはそれだけ腹に据えかねている、ということね。

 

「彼について思うところが多いのは理解しています。この件に関しては五十鈴と川内から説明してもらった方がいいでしょう」

 

 その一言でわたし達の方に視線が集まる。

 それを受けてわたしと川内は立ち上がった。

 

「みんな、聞いてほしいことがあるの。彼は……吾川がみんなが思っているような人じゃないわ」

 

「……どういうことだ?」

 

「言葉通りの意味よ。吾川は提督や他の憲兵とは違う」

 

「そうだよ!むしろ私達は吾川さんに助けてもらったんだから」

 

「話が見えないな。それにお前達はあいつに、その……」

 

「乱暴されただろう、って?」

 

「……ああ、そうだ」

 

 なんとなく気まずそうになる那智。

 

「まずその認識が間違っているのよ。吾川はわたしに手を出していないわ」

 

「もちろん私にもね」

 

 わたしと川内の言葉に場が騒然となる。

 まあ当然よね。吾川に対する嫌悪の原因の大半はそこにあるんだから。

 

「いや、だがあいつはそういうことをしたと自分の口で言っていたぞ!」

 

「だからそれは嘘なんだってば!」

 

「嘘だと?なんのためにだ!?」

 

 那智に釣られ川内も徐々にヒートアップしていく。わたしも熱くなりそうになるのを堪えて心を落ち着ける。

 こういう時こそ冷静に、理性的に話をしなきゃダメ。

 

「那智、それに他のみんなもちゃんと聞いて。全部1から説明するわ」

 

 2度、3度と深呼吸をしてから語り出す。あの夜、藤田に連れられて吾川の部屋を訪れた時のことを。

 そこで吾川は藤田から暗にわたしを抱けと言われた。それによって鎮守府内の異変を確信した吾川は事を荒立てないようにするため、そして好き勝手に体に触れられるわたしの身を守るためにその命令に乗り気であるような反応を示した。

 そのせいで藤田にはわたしを抱いたと思わせる必要があったため食堂でのゲスな発言に繋がったこと。

 

 その上で藤田達に怪しまれないよう、かつ鎮守府の内情を聞き出すためにわたしを毎夜部屋に呼び寄せていた。それを周囲に一切悟られないようにするため、俺に襲われたという態でいてくれとわたしに言いつけるほどの徹底ぶり。

 そうして憲兵達に溶け込み、その裏で鎮守府内での犯罪行為に関する証拠を集めて告発に繋げたこと。

 

「……いきなり全部を信じて、というのは難しいかもしれない。でもこれは本当のことなのよ」

 

「彼女の発言を肯定します。先ほど“提督らの犯罪行為に関するいくつかの証拠はすでにつかんでいる”と申し上げましたが、その多くは彼――忍からもたらされたものです。だから私達は今日、ここまで大胆な行動を起こすことができました」

 

 加賀さんからの援護もあって、みんなから立ち昇っていた気炎がどんどん収まっていく。代わりに戸惑うような顔をしている艦娘が増えたけど。

 いきなりこれが真実だと言われればそれは混乱するわよね。疑う余地のない敵だった相手が、実は身を挺して自分達を助けようとしてくれていた、だなんて知らされれば。

 

「それにSebicの存在を暴いたのだって吾川さんなんだから。吾川さんがいなかったら私達は未だに苦しんでたはずだよ」

 

 川内の発言がダメ押しになったのか、ついにみんなは黙り込んだ。

 信じてくれた者、半信半疑の者、疑念を抱いている者、様々ね。そんな多様な視線がゆっくりと吾川の方へと向かう。

 それを受けてもなお、吾川は顔色ひとつ変えやしない。本当にどういう神経してるのよ。

 場の空気を察してか、加賀さんが吾川に水を向ける。

 

「貴方も何か言ったらどうですか?」

 

「え、ここ俺が話すところ?」

 

「どう考えてもそうでしょう」

 

 そう返され、悩むようにう~んと唸る吾川。

 そして数秒ほど考え込んでから吾川は口を開いた。

 

「今の話はまあ参考程度に聞いておけ」

 

「吾川さん!?」

 

「あなた何言ってるの!」

 

 わたし達の必死の説得を台無しにするような発言。それに焦ったのは言うまでもなくわたしと川内だった。

 けれど吾川はわたし達の抗議をまるで受け入れない。

 

「そりゃ信じてもらえるに越したことはないがこんな環境で生きてきたお前らにそれが難しいことだってのは承知してる。最初からこの場で信じてくれなんて言う気はない。だからお前達は俺を疑え」

 

「……何?」

 

「言葉は所詮、言葉でしかないからな。それだけで五十鈴や川内が力説した俺の姿が本質だと信じられないのは当然だ。だったら俺が信用に足る人物かどうか疑い、監視しろ。それで信用できないと判断したなら煮るなり焼くなり好きにすりゃいい」

 

「貴様、自分が何を言っているか分かっているのか?」

 

「ん?……ああ、加賀さん。仮にこいつらが俺を攻撃しても罪に問わないで済ますことってできます?」

 

「できないわけではありませんが、彼女が聞いているのはそういうことではないでしょう。貴方は艦娘に殺されたいのか、と問うているんです」

 

「……そうだ。むしろそれを口実にして貴様を亡き者にしようとするかもしれんぞ」

 

「あー、まあ大丈夫だろ。五十鈴と川内にはもう撃たれてるし」

 

「なんだと!?」

 

 那智が……いいえ、全ての艦娘が驚愕の声を上げる。

 っていうかそれをここで言わないでよ!

 

「ど、どういうことだ?」

 

「提督が『我らに敵対する存在を排除しろ』って命令したろ。その時ちょうど五十鈴達と一緒にいてな。2人は俺が告発しようとしてることを知ってたからその命令に従って撃った」

 

「……外れたのか」

 

「いや、避けた」

 

「はあ!?」

 

 そうよね、そういう反応になるわよね。

 でもあれは絶対に外してなんてなかった。それなのに無事だったということは本当に避けたってことなんでしょうね。

 

「妄言も大概にしろよ貴様。ふざけたことを――!」

 

 吾川のセリフに激高した那智。でもその言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 彼女の言葉を遮ったのは、わたしや加賀さんらが来る前から食堂内に控えていた木曾。改二に至っていることから見てもわたしでは太刀打ちできないくらいの練度を誇っていることは明白。

 そんな彼女が、那智が言葉を言い切る前に、吾川へと切りかかった。

 

 そう認識したのは一太刀目と、追撃の二太刀目が振るわれた後。最初は何が起きたのかさっぱり分からなかった。

 そして理解した直後から焦燥に襲われる。唐突に吾川に死が訪れようとしているのだから当然よ。

 でも駆けだそうとした足が止まる。切りかかられたにも関わらず健在……であるどころか、木曾からの攻撃を受け止めている彼の姿を見て。

 

「いきなり背後からってのはずいぶんとご挨拶だな」

 

「こうすればこいつらも信じられるだろう?お前が言ってたことをな」

 

「そういう建前で俺と戦いたいだけだろ」

 

「ああ、そうだ」

 

「そこはせめてしらばっくれろよ」

 

 軽口を交わす2人。けれどその間も、吾川は刀を持つ木曽の右手首をつかみ、あろうことか木曾の動きを制していた。

 軽巡洋艦とはいえ艦娘、それも改二に至っている相手を人間であるはずの吾川が抑え込んでいる。それは最早現実離れした光景だった。

 

「くそ、相変わらず厄介だなお前の戦い方は。どうやっても思った方向に力が伝わらねぇ」

 

「対人戦に慣れてないからそうなるだけだ」

 

「そのセリフは聞き飽きたってぇの!夕立!」

 

「ぽいっ!」

 

 木曾が叫ぶのとほぼ同時、彼女を飛び越えるように跳躍した夕立が上から襲いかかる。強烈な踵落としが食堂の床に突き刺さり、その衝撃で床板は割れ建物全体が揺れる。

 あの小さな体躯からくり出したとは思えないほどの一撃。しかしそれすらも不発に終わる。

 つかんでいた木曾の手首を離して距離を取った吾川。その顔は穴の開いた床をじっと見つめている。

 

「……加賀さん」

 

「何かしら?」

 

「床の修繕費はそっち持ちで」

 

「元からそのつもりです」

 

「それから高速修復剤(バケツ)をふたつ用意しといてください」

 

「……お手柔らかに」

 

「俺はここの憲兵なんで。理由はどうあれ鎮守府内の設備をぶっ壊した責任は取ってもらいますよ」

 

 いつもと変わらない声色のはずなのに、その言葉には言い知れない迫力がある。

 ……いえ、違うわね。それだけじゃなく雰囲気、佇まいそのものが普段の吾川とは異なっているわ。

 そして彼は2人を睨むように少しだけ目を細めた。

 

「ということで覚悟は良いな?お前ら」

 

「……地雷を踏んだか?」

 

「……これはヤバいっぽい」

 

 気圧されたように冷や汗を流す2人。けれどその攻撃は鋭かった。

 息の合った木曾と夕立の、目で追うのがやっとなほど高速の戦闘。基本的に遠距離、砲撃や雷撃で戦う艦娘からすれば2人の近接戦闘のレベルは異常とさえ思えるものだった。

 木曽の斬撃も、夕立の回し蹴りも、それだけで深海棲艦を沈めてしまえるのではないかと思えるほどの威力。吾川はそれを躱し、いなす。

 そして痺れを切らしてわずかに前のめりになった木曾。攻撃を躱されて踏鞴(たたら)を踏んだ隙を吾川は逃さなかった。恐らくは肘を極めながらの投げ……だと思う。それによって剣を取り落とし、宙に浮いた木曾の腹部に蹴りを叩き込んだ。

 

 その体は別の方向から迫っていた夕立の方へ飛ばされる。突然に進路を塞がれて、木曾との衝突を避けるために跳躍する夕立。けれどその頭上には彼女の行動を予測していたように吾川が待ち構えていた。

 振り下ろされるような蹴りが夕立の肩を捉える。その衝撃で落下する夕立の着地点には転倒している木曾。蹴り降ろされた夕立にそれを回避する術はない。

 鈍い音が響き、食堂の床にふたつ目の穴が開いた。

 

 言葉を失うしかなかった。そして同時に納得することができた。

 これだけの動きができるなら、確かにわたしや川内の砲撃を躱せるてもおかしくはないわ。でもそれ自体、どう考えても常人にできる動きじゃない。

 

「くそ……」

 

「痛いっぽい~……」

 

「そこまでです。貴方達は高速修復剤を浴びてきなさい」

 

「……分かった」

 

 少しふらつきながら立ち上がった木曾はまだ戦い続けたそうだったけれど加賀さんに促されて夕立と一緒に食堂から出て行った。

 そして視線はまたもや吾川に集中する。それは今までのものとは違う、得体の知れないものを見る目だった。

 

「思ってたのとは違う形になったが、見ての通り俺が簡単にやられることはない。だから遠慮せずにぶつかってこい。お前らは誰かの言葉じゃなくて、自分の目で見たことを信じろ」

 

 

 

 

 ――それがきっと、お前らにとって本当の俺だからな。

 

 

 

 

 吾川はそう言い切った。

 ああ、そういうことなのね。ここまで言われてようやく彼の言葉の真意を垣間見る。

 吾川は信じさせるんじゃなくて、信じてもらう方を選んだんだ。容易に人を、憲兵を、男を信用することができなくなってしまったここの鎮守府の艦娘が、自分から信じられるように判断をすべて相手に任せた。

 そのために攻撃されるかもしれない危険を負ってまで「俺を疑え」と言ったのね。

 

 本当に馬鹿な人。いくら強くても、手の届かない遠距離から砲撃の雨を降らされれば塵も残さず消し飛ばされてしまうかもしれないのに。

 こんなに無鉄砲じゃいつ死んでしまってもおかしくない。

 それは困るわ。まだわたしはあなたに受けた恩を返していないんだから、その前に死なれちゃわたしが困るの。

 

 だから、一緒にいよう。彼が無茶をしてしまわないように。そして彼を守れるように。いつでも彼の味方でいられるように。

 どうせそんな物好きなんてわたしと……あとは川内くらいしかいないだろうから。

 自分の仕事は終えたとばかりに壁際に移動して虚空を眺める吾川と目が合う。わたしは口の中で「感謝しなさい」と小さく呟いて、ふっと笑みを向ける。

 

 その意味が分からなかったのか、吾川は少しだけ怪訝な顔をするのだった。

 

 

 




前回の分割が不評だったので分けずにそのままにしたら今までの倍以上になりました。
次で「長い1日編」は終わる予定。

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