憲兵さんの日記   作:晴貴

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11話 十九渕鎮守府の長い1日・壱

 

 

『鎮守府内の全艦娘に告ぐ!全艦娘に告ぐ!速やかに戦闘態勢を取り、我らに敵対する存在を排除せよ!くり返す!速やかに戦闘態勢を取り、敵対する存在を排除せよ!鎮守府内での実弾の使用を許可する!なんとしても敵を排除せよ!』

 

 がなり立てるような大音量の放送が鎮守府全体に響いてからしばらく。うるさいことには目をつむりますが、放送の内容は看過できたものではありません。

 これは面倒なことになりましたねぇ。まさかこちらの来訪を知っただけで誤魔化すこともなく即時戦闘行為を選択するとは。しかも鎮守府にいる艦娘を強制的に戦わせようというのだから質が悪い。

 

「青葉、面倒事は嫌いなんだけどなぁ」

 

「私だって嫌いよ」

 

 独り言のつもりだった心の声が拾われる。その相手は加賀さん。

 長年司令官、周防大将の秘書官を務めている歴戦の(つわもの)です。そのクールな佇まいはこんな状況であっても崩れることはなく、なんとも頼り甲斐のあるお姉さんです。

 ……とはいうものの。

 

「なら鎧袖一触と行きます?」

 

「……それができたら苦労はしないわ」

 

「ですよねー」

 

 一言で表すなら膠着状態。

 相手は実弾を使用してくるのに対し、こちらは鎮圧用の模擬弾。それでも練度を考えれば青葉や加賀さんが後れを取ることもないですが、さすがに圧倒的な数的不利となれば話は変わってきます。

 ならばこちらも実弾を……とは安易に動けません。なぜなら今敵対している艦娘は青葉達にとっては保護対象。そんな彼女達を相手にこちらが実弾を使用すれば、最悪大破以上の被害が出る恐れもあります。

 

 そのリスクに目をつむれるかといえばそれも難しい。ここで最大のネックになるのが拘束対象である提督及び憲兵です。

 実弾を用いての鎮圧となれば艦娘に守られている彼らは真っ先に命を落とすでしょう。いくら艦娘に虐待を働いている犯罪者とはいえ殺害してしまえば後の軍法会議でこちらの過剰防衛を指摘されかねません。

 そして何より……。

 

「泣きながらこっちに銃を向けるあの子達は撃てませんよね」

 

 提督と憲兵(われら)に敵対する存在を排除せよ!という提督からの命令。それに対し心は嫌だと叫んでいるのに、その想いに反して体は命令に従い武器を手にしている。踏み込めばあの子達は涙を流しながら青葉達を殺そうとするでしょう。

 そうなってしまうと国家憲兵の投入も不可能になってしまう。人間である彼らが艦娘の砲撃に晒されれば塵も残らないですからね。

 

「そもそもどうして彼女達は行動を強制させられているの?貴方達の話ではSebicにそんな力はないということだったはずでしょう」

 

「それが青葉にもさっぱりです」

 

 Sebicによる制御が可能なのは行動を起こさせないことだけ。仮に提督からの命令を絶対に守れというプログラムがなされていたとしてもそれは禁止行為に該当する場合のみ行動に制限がかかるのであって、今回のようなケースには当てはまらない。

 したいことをさせないのと、したくないことをさせるのは似ているようで異なるプロセスが求められる。Sebicにそんな性能は備わっていないはずなんですがねぇ。

 そんなことができてしまえば艦娘という強力な戦力を一個人の思想のみで運用することが可能になってしまいます。場合によっては提督制度が崩壊する危険性さえ孕んでいるんですが。

 

「あら」

 

「どうしました?」

 

「忍を発見しました。奥の埠頭にいます」

 

 加賀さんが敵情偵察のために飛ばしていた艦載機で忍君を発見したらしくそう報告してくれる。

 

「埠頭?そんなところで何を?」

 

「……倒れている女性の服を脱がせています」

 

「何それ!kwsk!」

 

(さざなみ)は黙っていなさい。青葉、迎えに行ってください。場合によっては忍の拘束を許可します」

 

「青葉、了解です!」

 

 提督達が立て籠もっている建物は加賀さんに任せ、鎮守府奥にある埠頭へ向かう。まあさすがに婦女暴行というわけではないでしょう。加賀さんの言葉も軽い冗談。

 青葉としては女性が倒れているということの方が気になるんですけど。それってたぶん艦娘ですよね?これまた厄介事の気配がします。

 

 まだいるだろう鎮守府内の艦娘に遭遇しないよう辺りに注意しながら進むことしばし。

 前方から朝日を背に浴びて青葉の方へ歩いてくる人影が見える。器用にも女の子を二人も背負っているその人こそ忍君だった。

 

「恐縮です、青葉です!写真1枚いいですか?」

 

「薄着の乙女を撮るのが青葉さんのジャーナリズムなんすね」

 

「そう言われると痛いなー。でも脱がせたのは忍君では?」

 

「こうしないと艤装が外せなかったんで。放置するわけにもいかないでしょ」

 

 ああ、背負うためにそうするしかなかったということですか。

 ないとは信じていましたけど、これで忍君を拘束する必要はなさそうですね。それぞれに自分の軍服のジャケットとシャツを羽織らせて肌が露出しないようにしてますし。

 それに感心しながら忍君に背負われている二人の顔を覗き込む。ふむふむ、噂の五十鈴ちゃんと川内ちゃんですねー。

 

「この二人はどうして気を失っているんですか?」

 

「詳しいことは本人に聞いてみないと分からないですよ。ただ俺を撃った後に気絶したみたいで」

 

「えぇ……忍君撃たれたんですか?」

 

「提督に強制されただけなんで情状酌量10割でお願いします」

 

「気にしたのはそこではなくて怪我をしていないかどうかですけど」

 

「無傷なんでご心配なく」

 

 それはそれでおかしな話ですよねぇ。まあ忍君だから、で納得するしかありませんか。

 海軍に入るきっかけになったのも先の襲撃事件の時に深海棲艦を蹴り殺したからなわけですし。艦娘以外の攻撃が通じない相手をまさかあんな手段で倒すなんて……。

 

「そうですか。ではとりあえずお二人を救護所まで運びましょう」

 

「起きたらまた問答無用で砲撃してくるかもしれないんで気を付けてくださいよ?」

 

 ああ、意識を失ったとはいえ先ほどの命令が無効になっているとは限らないですもんね。

 木曾ちゃんと夕立ちゃんを後方に回しておいて正解かもです。彼女達が控えていればこの二人が目覚めてから攻撃を仕掛けてきても対処できるでしょう。

 

「しかしそんな危険を承知でよく平然と背負ってきましたね」

 

「……こいつらがこうなったのは俺にも責任があるんで」

 

 そう言った忍君の顔に少しだけ影が落ちる。

 おやおやぁ?これはもしかして……。

 

「むふふふ」

 

「きもちわる」

 

「ストレートな罵倒ですねぇ!」

 

 青葉、階級的には一応上官なんですけど。

 

「すいません。漣みたいな笑い方だったんでつい」

 

「それ青葉のついでに漣ちゃんもディスってますよね?」

 

「まあそれはさて置き」

 

 置いちゃうんですか……。

 

「青葉さん、状況はどうなってますか?」

 

「……膠着状態です。憲兵の多くは拘束できたんですが残りの一部と提督が複数の艦娘を引き連れて籠城(ろうじょう)を開始してしまいまして」

 

「どうしてあんな命令を実行させることができたかは?」

 

「すみません、分からないです」

 

「青葉さんが謝ることじゃないと思いますけど。あ、でも責任を感じてるんだったらひとつお願いしていいですか?」

 

「利用できそうなことはなんでも利用する忍君のスタンスは嫌いじゃないですよ。なんですか?」

 

「難しい話じゃないんですけど……」

 

 そう前置きしてから忍君が口にしたお願いは彼らしい、それはそれはぶっ飛んだものでした。

 まあ口添えするくらいないいですけど、果たして加賀さんは許してくれますかねぇ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五十鈴と川内を救護所まで運ぶ間の余談

 

 

 

「ちなみにどうやって二人からの砲撃を(かわ)したんですか?」

 

「埠頭から飛び降りて」

 

「その割には濡れてませんね」

 

「岸壁の凹凸(おうとつ)部分につかまってたんですよ。五十鈴と川内が近寄ってきたらバランス崩して海に落としてやろうと思って。そうすりゃ艦娘でもすぐには上がってこれないし」

 

「……もしかしたらお二人は気を失って正解だったのかもしれませんねぇ」

 

「いや、俺に脱がされてる時点でそれはない」

 

「そうでした。っていうかそれ、自分で言うんですか……」

 

 

 


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