憲兵さんの日記   作:晴貴

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1話 こうして俺は憲兵になりました

 

 

3月20日

 

 突然だけど今日から日記をつけようと思う。完全なる思いつきだ。

 どうしてそんなことを思い立ったのかというと、昨日とんでもない事態に見舞われたからだ。その出来事をこういう形で記しておく。

 

 昨日の午前中、俺はこの春からお世話になる就職先に入社前の研修という名目で訪れていた。研修といっても実質は見学みたいなものだったけど。

 そしてそれも佳境に差しかかった時、不意に大きな揺れと衝撃が俺を襲った。地震か?なんて思った次の瞬間には轟音と共に会社の壁に大穴が空いた。

 

 その原因は深海棲艦による攻撃だった。確かに会社は沿岸地域の立地だったけど、その海域は安全とされていただけにまあそれはそれは混乱をきたした。逃げ惑う人々を深海棲艦の容赦ない攻撃が襲い、あっという間に阿鼻叫喚の地獄絵図が完成である。

 俺も危うく死にかけた。

 しかし就職予定だった会社が物理的にぶっ潰れたんだけど、これどうなんの?

 

 

 

 

 

3月22日

 

 深海棲艦の攻撃から3日。テレビから流れるニュースはその一件で持ちきりになっている。それだけこの事件が日本に与えた衝撃は大きかった。

 深海棲艦が世に登場してすぐの頃ならまだしも、それらに対抗できる艦娘が現れて久しいこの時分に安全海域で深海棲艦に攻撃されるなんて多くの国民が思ってもいなかっただろう。当然、俺もその1人だ。

 

 人的被害が出たこともあって報道は過熱している。艦娘達を率いて海を守っている海軍の失態だというバッシングもかなり強まっているが、俺にとってはそれは割りとどうでもいい。

 問題なのは今朝届いた、就職予定だった会社からの報せだ。その内容は採用の取り消しである。

 

 今回深海棲艦の攻撃に晒された地域は危険区域に指定され、民間人は立ち退かなければならなくなった。つまり民間会社も移転しなければならない。

 そして俺が就職予定だった会社は移転に伴って規模を縮小。さらには早期の営業再開は困難ということで、まあ仕方ない結果だろう。

 そう納得するしかない。ただし深海棲艦、もしまた会うことがあったこの恨みを3倍返しでぶつけてやるからな。

 

 

 

 

 

3月25日

 

 今日、いきなり海軍の人が家にやって来た。被害に遭った人間の家々を回って謝罪しているらしい。

 いやしかし、大将なんて階級の人が直々にいらっしゃるとかむしろ恐縮したけど。そこいらの凡百とは風格が違うね、風格が。

 名前は周防(すおう)さんというらしい。口ひげが立派なナイスミドルだった。

 

 周防さんは深々と頭を下げて、誠心誠意謝ってくれた。謝られた俺がそこまでしなくても、と思ってしまうほどに見事な謝りっぷりだった。

 確かに責任は海軍にあるんだろうけど、俺は日夜深海棲艦という危険な存在と戦っている周防さん達を責める気は起きない。

 俺自身は無事でピンピンしてるし、元凶は深海棲艦だからな。

 

 そう言うと周防さんはようやくわずかにだけど笑ってくれた。

 そのまま空気をやわらげようと「新しい就職先を紹介してくれたら助かるんですけどねー」なんて冗談を口にしたら、周防さんが硬直してしまった。

 改めて考えてみると嫌味に聞こえないこともない。うーん、失敗したかも。

 

 

 

 

 

3月27日

 

 周防さんから手紙と書類が届いた。内容を要約すると『鎮守府で憲兵やりませんか?』というものだった。

 どうやらあの冗談を真に受けて周防さんが手を回してくれたらしい。つまりこれを断れば周防さんの心にまたダメージを与えてしまうことに……!

 しかし憲兵って何やりゃいいのかさっぱりイメージできない。警備員みたいなもんか?っていうか専門知識とかない俺にできる仕事なのか?

 

 なんて考えながらうむむと唸ること数分、給金の額が目についた俺は、次の瞬間には憲兵になることを決意していた。

 ……だって、大学新卒で月給20万円オーバーは魅力的じゃん?

 

 

 


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