其奴を一言で言い表すには私の国語力が足りなかった。然し私の語彙力で敢えて言い表すとすれば、丁度不審者という言葉が当てはまるであろう。確かに其の長いコート、無駄につけられた指輪、バーコードのような刺し青とどこをどうとってもそうとしか見えない。見たところ黄人ではないようだ。身長は長いが年齢はインデックスと同等といったぐらいか。一番感じるのは所謂『異物感』だ。一番重要なのは自分を知り相手を知ること、其の後者が欠落していた。
「あ〜、これはまた随分と派手にやっちゃって。神裂のことだから安心してたんだけどねぇ。」
成る程、インデックスは別に此処で切られたわけじゃない、別のところで負傷したのを私に助けを求め此処まできたということだろう。
「詰まり、貴方達がインデックスを負傷させたと、そういうことね。」
「ああ、尤も殺すつもりはなかったんだけどね。彼女の服には防護結界が働いているはずだったんだがそれが働いてなかったんだ。今帰ってきたのもその件。昨日かぶっていたフードを探しにきたんだ。」
探しにきたという割には的確な場所をついている。そりゃあそうだろう。インデックスのフードにも魔力があった筈。詰まり其れを追ってきたということだろう。インデックスは其の確保のためにきてしまったということか、わざわざ会って間もない此の少女の為に。
自分の体の中に熱いものが溢れ出ていた。其れがなんなのか、怒りか悲しみか後悔か、自分へかインデックスへか魔術師へか、分からない。然し、其の熱が刻々と増えているのは確認するまでもなかった。
「其れで? 何か此の子に用事でも有ったのかしら。」
「そうか、君は知らなかったのかな。この子は『Index-Librorum-Prohibitorum』、この国でいう禁書目録だ。教会の言う邪本悪書、読むだけで魂が汚れていくと言う本。彼女は其れを完全記憶能力で盗み見て行っているというわけ。彼女は十万三千冊の本を記憶に所有しているのさ。まぁ魔法が使えないようにプロテクトがかけられているんだけど。」
「其れで其の十萬册余を奪いに來たと。」
「いや、僕たちの目的は彼女の保護だ。君もわかっているようだが使える奴らに渡ったら不利益なんでね。」
「へぇ、成る程……」
相手は此れで結論づいたとでも思っているのかもしれない。然し其れは私にとって逆に明確な倒す意味としかならなかった。
「だったら、貴方は『倒すべき人間』ね。」
「僕が何を言ったのかわか「精々貴方みたいな単細胞には此處までしかできなかったというわけね。部下の再敎育を至言するわ。」
「どういうことだい? 何か問題でもあると言うのかい。」
「寧ろ此れが問題ないっていうんだったら、白々しいにもほどがあるわ。若しくは母國語の理解できない飛んだ阿呆か。『保護しろ』と言われて逆に『攻擊する』なんて役人として失格よ。」
「あっちからも対抗してきたからね。だったらこっちも攻撃せざるを得ないだろう。」
「そんな考え方しかできないから単細胞なのよ。いいわ、私が手夲を見せてあげるわ。」
「だとしたらこちらも名乗っておく必要があるな。本名はステイル=マグヌス、まあここではFortis931とでも名乗っておこう。」
其の名に私は無意識にインデックスが名乗ったDedicatus545と照らし合わせていた。此れは彼女曰く、
「其れが貴方の魔灋名かしら。尤も、用灋はわからないけどね。」
「ふぅん、じゃあ教えようか。僕たち魔術師ってのは魔法を使う時に真名を使ってはいけないらしく、こっちの魔法名、語源は……「强者、といったところかしら。」その通り。ただこれは僕たちの世界では……殺し名として使っているのさ。」
その言葉を聞き、真っ先に身を引く。どうやらその判断は正しかったらしい。
「
言うが早いかステイル=マグヌスは手にした煙草を放り、其れは火の奔流となって襲いかかってくる。其れが止まっていれば恐らく剣の姿が見えただろうがそんなもの判断する余裕すらなかった。恐らく二千度など優に超えていたことだろう、そんなもの浴びれば丸焦げにされる前に流動体になっていることだろう。だからこそ、インデックスを背負った私の形はひるませるのに十分だった。
「生憎と、そんな炎じゃ巨人どころか人すら傷つけられないんじゃないかしら。それに此処には其れぐらい兩手が埋まるくらいにはできる人がいるわ。」
其の言葉は半分嘘でもう半分は本当だ。此の程度大能力者の発火能力で発現できるが其れを避けれるかは怪しいところだ。とは言え、相手の動揺を促すには最適の応えだった。私はそのまま彼の傍を突っ切り、ついでに炎の剣に裏拳を当て跡形もなく消した。
然し其の一方で、ステイル=マグヌスも素人ではない。元々両者ともに攻撃を受けていないのだから、反撃に回るのは容易であった。
「ーー世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ。それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。その名は炎、その役は剣。顕現せよ、わが身を喰らいて力となせ。」
私の知る筈もない伴天連の術を唱えた後、其処には文字通り炎という名のプラズマ体から成る二米近くの巨人が現れた。火達磨のスレンダーな方といってもいいかもしれない。尤も魔術であると分かった以上右手を使うに限る、其れが唯一の有効打であり決め手であるからだ。今回も例外でない、其の筈だった、実際出した手は其の炎を消していた。然し其れが第六感だったのか、若しくは運命操作がそうさせたのか、或いは私の感覚が其の微細な違いを捉えていたのか。何に為よ私が後方へ飛び退いたことは選択肢としては正解だったと言えよう。其の巨人は瞬く間に再生していった。即ち前からは防ぎようのない敵、後ろからは魔術師に追われていることになる。文字通りの万事休すの中、私の体は逆電流を流した極性コンデンサのような音を出し下界へ吸い込まれていった。
どれだけ経っただろうか。夕方に帰ったにも拘わらずまだ日が落ちていないということは直ぐ後か、若しくは二十四掛けるk(k∈ℕ)時間後か。珍しく壊れていない腕時計で確認する(そういえば色々あって箆棒な耐久力の物を作ってもらったんだった、至近距離での水爆からマリアナ海溝、王水から宇宙線に耐えるレベルの)と当日、つまりどうやら一時間どころか精々十秒ほどだったようだ。さて体制を直そうと試みると……嗚呼、丁度今朝のインデックスと同様の状態のようだ。全く、不運だとか悪運だとかには強いものだ。私達は再び地面の感覚を得た。さて……どうしようか……
ステイル・マグヌスは決着はついたと確信した。何処の組織の下っ端かは知らないが、自分の実力は過大評価するまでもなく此れで当然と感じていた。だから驚愕した、蘇りではないかと疑った、然し其処には足を地につけた私がいた。
「な、なぜ生きている?」
「生憎と惡運には强い體質でね。」
そう言いながら私は炎神の脇腹に拳を放つ。然りて水を放ったように消えていった。
「まさか、ルーンを⁈ なぜ分かった?」
「貴方、自分で考えるって㕝をしたらどうかしら。まあいいわ、敎えてあげる。此の炎神は建物の外には弌寸たりとも出てこなかった。詰まり外か中の何れかに結界が仕掛けてあったと考えられるわ。そして、私が出られるところを見ると後者と斷定できる。其の上で要因を探せば其れしかないわ。」
「だが全て回収するには時間が……」
剛ッという音とともに渾身の右ストレートが魔術師に突き刺さった。そして一言。
「敎える譯ないじゃない。」
私は空腹に達した腹をさすりつつ道を急いでいる。行き先はつい数時間前に癇癪を起こされた小萌先生の自宅。何故其処かといえば御告げを聞いたからだ、神でもなく、かといって手帳を破る眼鏡君でもなく、其処のシスタークリーナーからだが。一応教師たちは超能力を持たないため魔法を使える訳だ。そう、此方側には人命救助という大義名分があるのだから彼女とて断る訳にも行かない筈だ。そして現在眼下には古ぼけた集合住宅がある。表札には『小萌』、如何やら正解のようだ。私は呼び鈴を鳴らした。
「濟みませーん、上条ですけどー。」
……返事がない。居ないのか、居留守か、寝てるのか、其れともマジに屍なのか? 再度呼びかける。
「濟みませーん。」
矢張りない。此奴は強行手段だと、私は突入の覚悟を決めた。そして取っ手に手をかけ……開いてるじゃない。取り敢えず「御邪魔します。」と一声かけ入ると……答え3。自棄酒で寝ていたようだ。
どうもこんな状況で仲のぎくしゃくしたロリっ子教師の煙ったい室内で麦酒の缶に埋もれた姿は見たくなどない。其れは先方も受動態に置き換えれば同じようで、魔術の邪魔ということもあって追い出された。まあ腹ごしらえもしていなかったしと自販機で汁粉と御田を買って頂くことに決めた、尤も此の暑い盛りでそんなの売っているのなんか無さそうだが。そうして外出したものだが……如何したことだろう、私は現在、頭一つも身の丈のある女性と対峙していた。
ステイル・マグヌス
十四歳の少年にしてヘビースモーカー且つ魔術師。炎にまつわる魔法を使う。また魔法名の通り強さを絶対なものとするあまり、裏ルートでの攻略には対応しきれないことが多い。
汁粉・御田
常盤台の近くの自販機には置いてあると思われる。