殺したい彼女   作:あーふぁ

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2.自殺思考

 色気や愛情がカケラすらない『告白』をしたあと、お互いすぐに学校から出た日の翌日。火曜日。

 僕は普段通りに学校へと行き、授業を受けた。

 恋人関係になったからといって普段の生活が劇的に変わるというわけでもない。

 彼女、三浦愛も僕のことをまったく気にせず、いつも通りの日常を過ごしていた。

 その日の昼休みに突然、彼女が僕のところへとやってきた。

 ざわめきたつ教室。

 それもそうだ。今まで教室では一度も話したことがなかったし、地味な僕に用があるとは思わないだろう。

 

「お弁当持参であの場所に」

 

 彼女はささやくような小声で言うと、自分の席へと戻っていった。

 入学してから昨日まで一度も会話すらしたことがなかった僕たちだ。

 その途端、好奇心旺盛なクラスメイトたちが僕を囲って質問攻めにしてくる。

 何を話した、何をした、脅迫なのか、ストーカーの成果や盗撮か等々。まるで僕が一方的に悪いかのようだ。。

 僕はそれから逃げるようにカバンを掴むと、クラスメイトたちがついてこられないように大幅に迂回してて走り回って屋上へとたどり着く。

 荒くなった息を整え周囲を見回し、誰もいないのを確認してからドアノブを回す。ただ、それだけなのに昨日以上に僕の鼓動が速くなる。緊張する。

 昨日と同じ鈍い音を鳴らしながらドアが開く。

 そこには雲ひとつない青空のした、三浦愛が屋上内側の端に腰かけていて、扉を開けた僕と正面で目が合う。

 

「遅いわ。ノロマなのね」

 

 若干不満げな口調でそう言われながら 彼女と同じように隣に座り、カバンを下へと置く。

 すると彼女は言い訳をしようとする僕に古びた細長い鍵を手渡す。

 

「ふたつあるから、それあげる」

 

 と言っては彼女は屋上の扉を指で指し示す。

 閉めてこいってことか。

 今ままでの、昨日との儚げな印象とは違い、ずいぶんと傲慢さを感じさせる。

 鍵をかけて戻ってくると彼女は一人先にピンク色の小さな可愛らしい弁当箱を持って待っていた。

 なぜ鍵をふたつ持っているか、とこっちが口を開くより先に「食べながら昨日の続きを」と言って彼女は食べ始める。

 それには同感だ。時間の節約にもなる。

 僕はカバンからコロッケパンを取り出して食べ始める。

 

「あなた、携帯電話を持ってるかしら?」

「恥ずかしながら電話は持ってないな」

「あるなら連絡しやすいと思ったけど残念ね。ちなみに私もないわ」

「へぇ……」

 

 三浦さんは二台ぐらい持っているイメージがあったけれど、ないのか。金銭的なのか家庭の事情か。うちの場合は親が金がないと言うからだけど。

 しばらくの間、黙々と互いに食事を取り、彼女がぼそりと言う。

 

「私を綺麗にする、普通じゃない方法は考えてある?」

「具体的なのはすぐに思いつかないよ」

「じゃあ、なに? 昨日のはただ私と恋愛感情を持って付き合いたいと言っただけなの?」

 

 怒り気味に、箸でパンに挟まっているコロッケを下へと落とされた。

 落ちたコロッケを見てもったいなく思いながらも彼女へと顔を向ける。

 

「違う。違うって。三浦さんと話し合ってでやらないとどっちも不満でしょ」

「そう。それならいいわ。あと、二人だけの時は愛って下の名前で呼んで。私、名字で呼ばれるのが大嫌いなの。でも私だけ名字じゃないってのは不公平だから私は伊藤くんのことを竜って呼ぶわ。どう?」

 

 どうって言われてもこの場合、美人な人と名前で呼んで呼ばれる関係は喜ぶべきなのか、そうでないのか。悩む。

 

「竜は素直じゃないわね。こんな美少女に言われているのに」

 

 悩んでいると楽しそうに微笑みを向けてくる。

 

「素直だったら、殺したいとかしょっちゅう言うことになるよ」

 

 名前の件に関しては、普段からそうするとかなり周りがうるさくなるので、二人きりの時はそう呼びあうと決めた。

 本題の殺したい相手、三浦愛の最も綺麗な瞬間である死にかたは決まらなかった。

 お互いの呼び方を決めたのと、一緒に食事をした。それだけのこと。

 でも、何にでも事を急ぎすぎると良くないと聞くから別に今日のようなことがあってもいいだろう。

 昼休みはこのくらいの話で終わり、放課後もここでまた話すことに決まった。あと、コロッケを落としたお詫びとしてタコさんウインナーをもらった。恋人らしい『あーん』ではなかったけれど。

 

 

 最後の授業も終え、昼休みと同じように、お互い友達に理由をつけ、カバンを持って屋上で合流する。

 僕と三浦愛さん……ではなく、愛と屋上の中心で薄汚れたコンクリートの上へハンカチを二枚敷いて横に並んで座っている。ハンカチを持たない僕だから、ハンカチは二枚とも愛のものだ。

 まず、なぜ僕が人を殺してみたいかの理由を言う。夕日に照らされた彼女を見たら、殺してみたいと。

 そう言ったその時、今まで忘れていた曾祖父のことを思い出す。

 

「人は、生きている一生のうちに一人だけ、一人だけ人を殺すことが許されているんだ」

「なにそれ?」

 

 彼女がおかしそうに小さく笑う。

 

「僕が小さい頃にじいちゃんがそんなことを言っていたのを思い出してね」

「軽い気持ちで人を殺していいって意味?」

「そんなのじゃないさ。本当に人を殺したいと思うのは一生に一度あるかないか。で、殺した場合は一人だけ許される。自分も一度は死ぬから。記憶が曖昧だけど、そんな意味を持っていたようなのを今では思うよ」

「それが竜の殺したい理由?」

「それも理由のひとつだね。君を見て、綺麗なまま殺したいという感情が僕には来たんだ」

 

 次に彼女が死んででもとにかく綺麗になりたい理由は、世界に自分がいた証拠を残したいから、と強気で言ったけど、なぜかそれが本音のようには聞こえない。

 僕は彼女を殺したい。

 彼女は綺麗になるならば、殺されるのもいいかも、と考えているはず。

 その後、本来の目的。美しく死ぬ方法について、僕と愛は一冊のノートにそれぞれ文字や図形を書きこんでいる。

 今回は自殺をする場合の美しい死にかたについてだ。

 どういうやり方が人の印象に美しく残り、愛も満足し、僕も自殺の手助けができるか。

 実際の自殺のニュースを思い出す。電車の前に飛び出す。縄をどこかに吊るしての首つり。部屋を密閉して窒息の練炭自殺。高いところからの飛び降り。どれも綺麗ではなく、人の印象に強く残らない。

 彼女が望むのは綺麗で、人の印象に残る死にかた。

 二人で自殺方法を考えるも知っているのは多くの人が使ったやり方。どれも手軽に、強い決意でなくても死ねる方法。

 では強い決意で死ぬ自殺方法。薬の大量服用は?

 簡単でゆるやかにおだやかに死ぬ方法。

 彼女にこう言うと「そんな死に方は誰の気も引かないし、なにより見てくれる人がいてこそ『私が綺麗だった』という記憶が残るのよ」

 そんなことを怒って言い返された。

 そして薬以外じゃあ、美しくもなんともないんじゃないんだろうか?

 お互いに悩んだ結果、本日の会議を終わることになった。

 家や図書館で調べ、その結果をこれから毎日放課後会議をしようということになった。

 屋上から降りて行く階段の途中、周りの生徒をいないのを確認してから愛は突然なんでもないことののように言った。

 

「恋人関係になったんだから、駅まで送ってくれない?」

「なんで急に?」

「私の彼氏は竜だからでしょう。その証拠にあの日から告白は全部断っているわ。……そういえば竜は何で通学していたかしら」

「僕は自転車だよ。それで断っているってことは僕と付き合うことでも言った?」

「言わないわ。そうすると私や竜をストーカーする人が出て邪魔になるもの。私にとっていいことなんて何もないし」

 

 なんという自分中心思考。一応とはいえ、僕は愛と付き合えているんだろうか。

 しかし教室と違い、猫を被っていないとやりたい放題だ。この女は。

 これぞ、綺麗なバラにはトゲがあるの典型だな。

 階段で立ち止まって呆れるため息をつくと、先に降りていた彼女から急かされる。

 その後、自転車を押して歩きながら愛を駅まで送っていった。

 同じ学校の生徒から好奇の目を向けられたけど、気にしない。

 ……明日、友達や色んな人に何かを言われるんだろうな、と気が重くなった。

 

 

 自殺方法を考え、彼女を駅まで送った二日後の木曜日。

 今日も天気がよく、皆、気分がいいはずなのに教室に入ったら恨みと好奇の混ざった視線が男女とも双方から感じられる。

 男友達の鈴木が言うには、美人で三浦愛と地味男の伊藤竜が放課後、仲良く自転車下校するのを見たという噂が広まっているらしい。

 噂が広がる速度はどれくらい早いんだ。これでも遅いほうか?

 自分の席につき、彼女、三浦愛の姿を探すが見当たらない。

 おかしい。いつもなら早く来て、友達と楽しげに会話しているはずなのに。

 その時、彼女が少々疲れが見えるような顔で教室へと入ってきて、好奇の視線が僕から彼女へと集まる。

 静かになる教室。

 席についた彼女は僕のほうを一瞬見たが、その表情は無表情。 何を言いたいかわからない。 

 そういえば彼女はほとんど僕に対して無表情だよな、と思った。始業の鐘の音がなり、いつもどおりの学校が始まる。

 授業を終え、昼休み。今日も鈴木と一緒に売店へ行く。

 今日は豪華に鈴木も一緒にも五百円弁当を買って、売店内にある4人掛けのテーブルに座り食べようとしていると、三浦愛がやってきて当然かのように座り、買ってきたらしい菓子パンをテーブルの上に広げる。

 

「お話し中のところ、お邪魔しますね?」

 

 僕も鈴木もその行動に一瞬、呆然するも鈴木は笑顔で歓迎。僕は、むっすりと不満げ顔。

 彼女がそばに来ると、他の生徒からの怨念を感じる視線が痛くなって辛くなるから嫌なんだ。

 

「ここに来るとは思わなかったな」

「パンを食べたい気分でしたので」

 

 二人きりの時とは違い、お上品モードで答えるがそれは答えになっていない気がする。

 

「ね、ね、三浦さん。こいつ、竜と付き合っている噂があるんだけど、本当?」

 

 鈴木が、二人が付き合っている噂を確認しようと話しかけた。

 

「本当ですよ。今までの人と違って、今回は本気ですから」

 

 意味ありげな笑顔で僕と鈴木を見る。

 テーブルの周囲からはなんともいえないざわめきが。

 

「へぇ、こんな地味な竜とつきあうなんてねぇ。驚きだな!」

「静かにしてくれ、鈴木」

 

 愛と鈴木が色々と話をしているなか、僕は黙ってその光景を眺めつつ弁当を食べた。

 放課後まで色んな人から質問攻めをされ、ぐったりと疲れ切るも今日も行くべきところがある。

 彼女の席を見ると既にいなかった。今日も同じく、学校内をうろついて屋上への扉にたどりつくが、今日は鍵がかかってある。

 仕方なく、もらった鍵を使い、鉄のこすれる鈍い音と共に扉を開ける。

 鍵を閉め、屋上の端を見ると今日も彼女はいた。屋上端の外側に腰かけていて、風に髪をゆるやかになびかせながら今にも落ちそうに見える。

 

「僕に内緒で転落死でもするつもり?」

 

 近づき声をかけると、彼女は身をひるがえし、端の内側へと戻る。

 その顔はいつも見ている無表情なんかではなく、気力がそげ落ちているような……。例の噂で気疲れしてるのかな。

 

「転落死は見た目が綺麗じゃないからやめておくわ」

「じゃあ、何が綺麗なんだ?」

 

「それは竜がわかるんでしょ?」

 

 愛の隣にゆっくりと腰かけ、答える。

 

「まだわからないね。……そういえば、今日は学校来るの遅かったけど、例の噂のせい?」

「今日は自殺未遂者が出たわ」

 

 彼女は僕の質問を無視し話し始める。

 

「駅のホームにやってくる電車に飛び出した若い女性がいたの。幸いというべきか、わからないけど彼女は軽傷だったの。でもね、それなりに人に迷惑がかかるものなのね。これが血が出て色々とばらばらで潰された自殺になっていたら。そういう死ぬ瞬間を見たらトラウマになる人がいる。電車は長時間止まり、仕事や学校に行けない人も大勢出る。ひとりが死ぬっていうだけで大迷惑ね」

 

 自殺への美しい幻想が少しなくなったのか、がっかりしたようにため息をつく。

 

「そんなことを考えると、ああいう自殺は綺麗になれそうになかったわ。全然ね。死んで綺麗になる、というのは死ぬ過程ではなく死んだあとが重要だと思うの。死体になったあとの姿。そしてその姿を見た人の心情。それが大事なんじゃないかって私は気付いたの。あなたも自殺では美しくなれないんじゃないかって気付いたんじゃ?」

 

 愛のほうを見ると、彼女は僕へと急接近していた。彼女の吐息を口元に感じる。そっと手を伸ばし、僕の制服の襟元を力強く掴む。

 

「気付いていたよ」

 

 すると彼女は僕の正面へ素早く回り、押し倒す。

 腰から背中が宙に浮くが僕はまだ死ぬわけにはいかず、両足で屋上の端に力を入れ踏ん張り、両手は彼女の腕を全力で掴む。

 

「私を馬鹿にしていたの?」

 

 彼女は僕の体にのしかかるようにし、だんだんと彼女の顔が僕の顔へと近づいてくる。

 体重を支えるのに怖さで手足が少し震え始める。本当に落ちそうだ。

 それでも冷静さを保っていられるのはこの状況を楽しんでいるからだ。

 彼女が僕を校舎の屋上から落とそうとするのは、彼女のプライドを傷つけたのと死ぬほど綺麗になりたいという思いが本気だと確認できたからだ。

 

「いいや、違うさ。けど君が本気なのを知って僕は嬉しいよ」

 

 笑うのも辛い態勢だけど、自然に口の端が釣り上がり笑顔になる。

 

「やっぱり美しい死は誰かによる殺し。殺人だ」

 

 そう告げると彼女は体を起こし、僕を屋上の内側へと力いっぱいに引き上げてくれた。

 その拍子にお互い、屋上へと倒れる。

 仰向けに態勢を変えると、目にうつる空の太陽がまぶしい。

 

「無理心中でもされるのかと焦ったよ」

「心中は愛する人とするものよ」

「僕たちは付き合っている関係なんだけどね」

 

 今頃になって冷や汗が出てきたのを同じく隣に倒れているいる彼女がハンカチで拭ってくれる。

 少しの沈黙のあと、彼女は静かに言う。

 

「こんなことをしてしまったけど、それでも竜は私に付き合ってくれるの? 私が綺麗になる方法について」

「付き合うよ」

「どうして」

「君に対する感情が抑えられないから」

「恋愛感情?」

「違う。君を殺したあとの美しい姿が見たいから」

 

 その瞬間、僕と愛は一緒に小さく笑う。

 

「私たち、狂ってる?」

「他の人から見ればね、僕たちは」

「ふふ、じゃあ殺してくれるまでよろしくね、竜」

「ああ、殺すまでよろしく、愛」

 

 お互い、死んで殺す覚悟を確認した僕たち。

 僕が彼女を殺す日は近くなった。 


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