毎日が日曜日の朝に   作:まさきたま(サンキューカッス)

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日常回で、今回は短めです。



第五話「ゴミ箱を裂くと・・・?」

 放課後を告げる鐘が教室のスピーカーから鳴り響き、ボクらのクラスは喧噪に包まれた。ボサボサの髪を掻きながらやる気無さそーな声で「変質者が出るから寄り道せずとっとと帰れ~」とのたまうボクらの先生は、“とっとと”の辺りで既に教室から出て行っていた。身を以て“とっとと帰る”と言う言葉を教え子に示す教師の鑑である。

 

 

 

「マホちゃん、気を付けて帰ろーねー!」

「照東ー! バイバイー!」

 

 

 男子達は既に運動場に飛び出しており、ボクは教室に残って声をかけてくれた女子達と手を振って別れ、いつも通り待ち合わせていたなっちゃんと一緒に、廊下を歩き校門をくぐった。

 

 学校を出た後は、ボクらは人気の無い通学路を敢えて選ぶ。そして道すがら、なっちゃんはポリポリとチョコレート菓子を食べ歩いている。本当はいけない事なんだけど、なっちゃんだししょうが無い。

 

「にしても変質者、ねぇ。この前捕まったと聞いたけど、まだ出るのかねマホ?」

「それがどうやら人違いだったらしくてね。兄さんが言うにはまだ変質者は出る可能性が高いから注意しろって。」

「ふーん・・・。」

 

 それは先週の事だったか、何やらとっても疲れた感じで夜遅く帰ってきた兄さんが、ボクにそう教えてくれた。

 

 その時の兄さんはとても印象に残っている。

 

 何かを悟ったような、大事にしていた仮面ライダーフィギュアを全て叩き割られたような、FXで有り金全て溶かしたような、そんな凄まじい表情で帰宅したのだ。どんな艱難辛苦を乗り越えればあんな表情になるのか想像もつかない。

 

 でも一晩隣で寝てあげたら、次の日には復活してたけど。

 

「はいマホ、お前も1つ食べなよ」

「うん、なっちゃんありがと。」

 

 ニカリと笑ってなっちゃんが口止め料代わりに手渡してきたお菓子を、遠慮無く頬張る。これでボクも共犯者だね。ウチにお菓子の買い置きなんて贅沢は許されてないから、地味に有難かったりする。ひょっとしたらなっちゃんも、敢えてお菓子を持ってきてくれてるのかもしれない。

 

「あーあ、無くなっちゃったなぁ。この辺にゴミ箱ないか? ・・・お、みっけた。ちょっと捨ててくる。」

「いってらっしゃい。」

 

 もきゅもきゅと口の中の甘味を噛みしめながら、空のチョコレート箱を片手にゴミ箱へと歩いて行くなっちゃんをぼーっと眺める。

 

 にしてもなんでこんな人気の無いところにあんな大きなゴミ箱が有るんだろう?いつもは置いてはいなかった筈だ。新しく誰かが設置したのだろうか。

 

 って!

 

 あれれ、なんかあのゴミ箱見覚え有るよ?

 

 ・・・いや、まさか。そんな筈は無い。流石にあの人でも、現実世界でまでゴミ箱装備してるはず無いよね。考えすぎだろう。

 

「ん、開かねーぞこのゴミ箱。壊れてんのかな? そら!」

 

 どうやらそのゴミ箱は閉まっていたらしく、八つ当たり気味にゲシゲシとゴミ箱を蹴り始めるなっちゃん。

 

 あらら、行儀が悪い。止めないと。そう思ってなっちゃんの側まで行こうとして。

 

 

カシャーン。

 

 小気味よい軽快な金属音と共に、なっちゃんが蹴りまくってたゴミ箱は、突如として妙に毛深い足を生やしそのままトコトコと逃げ出してしまったのだった。

 

 

 

 

「「変質者だぁぁぁーーー!!」」ガビーン

 

 

 

 何やってるのあの人ぉぉぉ!!!

 

「はっ!? 真帆、追いかけるぞ! 通報しないと!」

「えっ? ちょっと、なっちゃん!?」

 

 ちょっと待ったとボクが制止する間もなく、無駄な正義感を発揮してしまった親友は既に、なんか無駄にコミカルな動きで走る奇怪なゴミ箱を追って走り出していた。

 

 ゴミ箱の走る速度は、ボクらが追いつけない程では無い。このままなら直になっちゃんがゴミ箱に追いついてしまう。

 

 恐らく今の猫さんが警察に見つかったら、留置所行きは免れない。

 

「なっちゃん落ち着いて!」

 

 咄嗟にボクは、なっちゃんの腕を掴み止めにかかる。

 

「好奇心猫を殺す、と言う言葉を知っているかい? 危ない事に子供が手を突っ込んじゃ駄目さ!」

「な、何だよ真帆・・・。離せよ、早く追わないと見失ってしまうぞ!」

「このままだと好奇心で猫さんがこう、死んじゃうんだよ・・・」グググ

「いや意味わかんねーよ! 手離せ、逃げられちまう!」

 

 駄目だ、分かってくれない。このままだと猫さんが(社会的に)死んでしまうと言うのに。

 

「そう、もしあの人が刃物とか持ってたらどうするのさ! 大人の人に任せるべきだよ。」

「だとしても通報するために追いかけないと!」

「もう! いつもは馬鹿な癖に、なんでこういう時は常識的なのさ!」

「真帆今何て言った!?」ガーン

 

 しまった本音が。

 

「兎に角、ボクはだね、なっちゃんの友達としてなっちゃんを危険な目に遭わせる訳には───」

 

ドンガラガッチャーン

 

 

 

 何だ? いきなり物凄い金属音聞こえてきたぞ。

 

 

「み、見ろ! チャンスだぜ、転けやがったぞあのゴミ箱! 真っ逆さまにひっくり返って、手足をばたつかせてやがる!」

「ってウワァァ!! 何アレ気持ち悪!?」

 

 音のした方向を見るとそこには。

 慌てていたのだろう、何かに躓いてしまったらしいゴミ箱妖怪が綺麗に上下逆さまにひっくり返っており、そのスネ毛が妙に濃い足を空に向けてヌルヌル動いていた。

 

 トラウマになりそうなくらい酷い光景だ。

 

「おぉぉい!! 変質者がでたぞぉぉぉぉ!!」

 

 ボクがその余りの絵面に絶句している隙になっちゃんが絶叫してしまい、人が少しずつ集まってきた。

 

 ヤバイ・・・流石にこれはもう庇いきれないよ。絶体絶命のピンチって奴だ。ど、どうしたら・・・? 誰かヘルプ!

 

 そんなボクの願いが通じたのか、集まってきた人の中によく見知った人の声が有るの事に気付く。

 

「何ィ!! 通学路に変質者だと・・・真帆ォ!? 無事か真帆ォォ!!」

「なんかボクのピンチを察知した人が来たァァ!」

 

 今は兄さんは呼んでないよ!

 

 何でいつもボクが困った時ピンポイントで沸いてくるんだあの人(兄さん)は!

 

「良いところに来たぞ兄ちゃん! このゴミ箱が変質者だ! 私は通報してくるから取り押さえといてくれ!」

「よーし、任せろナツメ!」

 

 そりゃそうなるよね!

 

・・・ん、何かこの2人妙に息が有って無い? てか名前とか交換してたっけ?

 

 一応なっちゃんに後で聞いておかないと。

 

「真壁は危ないから下がってな。おい照東、俺も協力する。念の為、挟み撃ちと行こうぜ。」

「オッケー藤! 任せるぜ。」

 

 あら、兄さんの背後に隠れてたけど藤さんとこの前の女の人が居た。そう言えば藤さん、兄さんと同じクラスだって言ってたっけ。

 

 って藤さんも猫博士捕まえようとしてどうするの! お姉さんなんでしょ! まさか気付いてない!?

 

 なんとか伝えねばと身振り手振りしてみたら藤さんはボクに気付いてウインクしてくれた。

 

───分かってるって、任せろ。

 

 と同時にそんな藤さんの声が聞こえた様な・・・、そして。

 

「うわあバランス崩しちまったぁ!」

 

 藤さんもゴミ箱の近くで盛大に転けてゴミ箱を強引にひっくり返した。

 

 ゴミ箱は半回転し、妙に毛深い足が地面に再び着く。おお、上手く猫さんが動ける体勢に戻せた!

 

「何やってんだ藤!」

「藤君の役立たず!!」

「申し訳ねぇ!」

 

 そのままスルリと藤さんの横を抜き去り、狭い路地へと逃げるゴミ箱。1度ボクらの視界から消えれば最悪セピア色の世界に逃げ込める。良い判断だ。そう、藤さんと目と目でGJと伝え合った時。

 

「あーもう仕方ないなぁ! ヨイショっと!」

 

 ってなんか目を離した一瞬で、女の人がゴミ箱の手足を縛り上げてる!?

 

「真壁! よくやった!」

「えええ! 何その技術!?」

「護身術です。か弱い女の子が身を守るためだけに教えて貰った護身術です。」

 

絶対嘘だ! そんな護身術聞いたこと無いよ!

 

「スゲェよ真壁は! その技術俺にも教えて欲しい!」

「私も! 私にもソレ教えてくれお姉さん!」

「うーん、小学生にはまだ早いかな・・・。照東君、その、貴方なら・・・。貴方なら、手取り足取り教えるよ?」

「おっしゃ!! 是非頼むぜ!」

「兄さんストップ!! 多分やめた方が良い!」

 

 間違いなくこの(ヒト)ヤバイ! 

 

 兄さんを取られるとかそう言う次元を超越して、遙か宇宙の果てに拉致されるみたいな、そんな嫌すぎる予感しかしない!

 

「それより、この変質者さんどうするの? このまま警察に引き渡す?」

「そうだな・・・。縄で縛っちまったし蓋開けられないよな。・・・お? ここ、ゴミ箱に穴が開いてる。」

 

 見ると、先程転けた際に開いたのだろうか、20センチくらいの亀裂がゴミ箱の底の方に開いていた。

 

「ここから強引にゴミ箱破いて逃げられたら面倒だな。ナツメが通報してくれたみたいだしもうすぐ警察来るとは思うが・・・無理矢理引きずり出してみるか?」

「うーん、まだ縄は有るからゴミ箱破いて出て来てもすぐ縛り上げられるよ? まあでも、一応顔は拝んでおきたいわね。コソコソとゴミ箱に隠れて通学路で何をしていたのかしら。」

「そーだな。よし、引きずり出そうか。」

 

 げっ!

 

「兄さん、危ないから警察を待った方が・・・」

「出て来やがれ! 変質者!」ズボッ

「躊躇う素振りすらない!?」

 

 やんわりと兄に忠告しようとしたけど遅かった。このまま引きずり出されてしまうと、猫博士が前科持ちになってしまう・・・。

 

「っ! 何か居るぞ、間違いなく人が入ってる! 出て来い!」

「気を付けろよ兄ちゃん!」

「・・・っ! ・・・っ!!!」

 

 ゴミ箱から聞くからに必死な、噛み殺した様な悲鳴が聞こえる。何か、ボクに出来ることは・・・!

 

「ぐぬぬ・・・ほら、掴んだ! オラァ!」

 

 自分に出来る猫博士への援護も思いつかないままに、無情にも兄の手はゴミ箱から引き抜かれた。だが、 幸いにも猫博士はまだ引きずり出されていない。衣服の一部を引き千切るに留まったようだ。

 

 

 

「・・・って何じゃこりゃあ!!」

「パンツだ! 女物のパンツだ!」

「コイツ・・・さては下着泥棒だぞ!!」

 

「・・・ッ!?」

 

 

 ・・・だが、引き抜かれた兄の手には、なんと千切れた黒い布のパンツが。・・・猫博士ェェ!!!!

 

「うわ何か生暖かいっ!? キモッ!?」

「最悪ね、つまり盗んだパンツ履いてるってこと!?」

「しかも変な毛挟まってる!! 触っちまったよクソ!!」

 

 猫博士ェ・・・。

 

「・・・ヒクッ・・・ウッ・・・。」

 

 ゴミ箱から静かに、すすり泣く声が聞こえてきた。どうしようコレ。本当どうしよう。

 

 取りあえず藤さんを見る。藤さんは藤さんで凄い複雑な顔で硬直していた。そうだよね、どうしようも無いよねコレ。

 

「仕方ない、もう1度手を突っ込むか。」

「もうやめたげてよぉ!!」

 

 余りの惨状と兄の非道に、思わず声を上げてしまう。

 

「ま、真帆?」

「その、一応ボクとかも居る訳だし? 変質者なんて引きずり出されても、目のやり場に困るというか!?」

「あっ! それもそうか、スマン真帆。ならこのまま見張っておくか。」

「そ、それが良いよ・・・。」

 

 良かった、これ以上悲惨な事にはもうならなそうな───

 

 

 

ビリビリビリィ!!

 

 突如、乾いた音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

「ん? 何の音だ?」

「あ! ゴミ箱が裂けてやがるぞ! 逃げる気かもしれん。」

「いや、照東君が変に手を突っ込んだから、妙な箇所に力が加わったんでしょうね。」

「むむ、俺のせいか、すまん。だが安心しろ、例え出て来ても取り押さえて見せる!」

 

 ・・・。

 

 ゴミ箱が先程より裂けて、猫博士のものだろうジャージが外にはみ出し一部見えてしまっている。だが、先程の兄との引っ張り合いのせいか、ジャージは緩みきっていて。だらんと下の地面に垂れてしまっていた。つまり、

 

「にしても男の癖に、嫌にツルツルな尻だな。」

「ほんと、ツルツルなお尻ね。」

「あはははは!! 頭隠して尻隠さずって初めて見たぜ!」

 

 ゴミ箱の割れ目から、お尻の割れ目が綺麗に見えてしまっているのだ。

 

「あ、中で手で抑えた。」

「どうやら羞恥心有るぞ、この変質者。」

「・・・あら? ゴミ箱からもう手が生えてるのに、何で箱の中にまだ手が有るのかしら?」

 

 ・・・一体どんな悪行を前世で積めばこんな目に遭わされてしまうのか。

 

「ヒグッヒグッ・・・こんなの、酷すぎるネコよォ・・・。うぇぇぇぇん・・・。」

 

 ゴミ箱からは最早隠そうともしないレベルの泣き声が聞こえてきた。

 

 何だこれ。何が起きてるんだ今ここで。

 起こった事は全て認識できるけど、状況に全く付いていけてない。こんな体験初めて。

 

「真壁ー、今何か言った?」

「女の人の声したわね。私じゃないわよ。」

「私でもねーぞ。」

「ボク!! 今の独り言ボク!! その、えっと、突然に独り言を言いたくなっただけだから!! あまり気にしないでくれると嬉しいなーーー!!」

「そ、そうか。何か悩みがあるなら言えよ真帆?」

 

 今まさにすっごい悩んでるんだけどね!

 

「妹ちゃん、スマンが協力して欲しい。普段はムカつく姉と言えど、今の状況は流石に不憫だ。」

「不憫とかそんなレベルじゃ無いですよ・・・。言ってくれたら協力します。」

「よし。・・・まずどうしたら姉ちゃん助けられるか俺に教えてくれ。」

「それを知りたいのはこっちですよ!」

 

 駄目だ、藤さんも役に立ちそうに無い。と言うか子供に聞かないでよ!

 ボクらが必死で頭を捻っていたけど妙案も無く、やがて近くにキキーっと車の止まる音がして、1人の警官が車から降りてきた。

 

「警察です! 通報に有った変質者はどちらかしら?」

 

 あ、遂に終わった。

 

「お巡りさん、この人? てかゴミ箱?です!」

「あらら、これは確かに怪しいわね。取りあえず連行・・・と言うか運んで行くわ。皆お疲れ様。あとは任せて頂戴。」 

「お、お願いします。」

 

 あーあ。そのまま筋骨隆々な警官さんに担がれ、憐れにも猫さんはパトカーに乗せられて・・・。

 

 おや、車がパトカーじゃ無い。普通の白い車に乗せられてしまった。あれかな、覆面パトカーと言う奴なのかな?

 

「なんだ、姉ちゃん自力で手を打ったのか。」 

 

 と藤さんに言われてやっと気付いた。筋骨隆々のその警官さんは、よく見たらママさんだった。

 

「あれ? じゃあ本物の警察は?」

「多分、姉ちゃんが電波ジャックして通報させなかったんだろ。で、そのままママさんに連絡して迎えに来て貰ったんだろうさ。あの人のお店、警官の制服とか置いてたからなぁ。」

「どうしてバーに警察の制服が?」

「あっ・・・。いや、妹ちゃんはまだ知らなくていい事だ。」

「そうですか。」

 

 ふーん・・・。つまりエッチな事に使うのか。

 

「その、俺は一応バーに寄るわ。妹ちゃんはどうする?」

「兄さんがバイトに行ったらボクも猫さんに会いに行こうかと。慰めてあげないと。」

「分かった、なら一緒に行くか。帰りも送るよ。」

「ありがとうございます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな屈辱は初めてネコォォオ!!」

 

 バーに付くと、ゴミ箱がママさんに抱きついていた。ゴミ箱から生えた毛深い手足が、筋骨隆々のママさんの肉体を包む。

 

 何だか今日は、破滅的に酷い絵面をよく見る日だなぁ。

 

「あー、猫、災難だったな。」

「げ、元気出してください。」

「お、お前ら来てたネコか・・・。うぐっ・・・うぇぇぇんネコォォ!!」

 

 今度は藤さんに猫は抱き付いた。ゴミ箱のまま。藤さんは少し嫌な顔をした。

 

「おい抱き付くな猫、毛が、毛がキモい。」

「と言うかこのゴミ箱から生えてる手足のデザインなんなんですか?なんで妙にリアルな毛深い手足にしたんですか。」

「近くに・・・ひくっ、手足のモデル頼めるのが、藤しか居なくて・・・。」

「藤さんがモデルなの!?」

「おい、なんで一歩引いた妹ちゃん。悪いか、妙に毛深くて悪いか、文句あるのか。」

「いや、その、・・・。」

 

 藤さんがモデルの手足と聞いてちょっと気恥ずかしくなっただけだ、うん。と言うか自分がモデルの手足をゴミ箱にくっつけられて、藤さんは何で平然としていられるのかな? 男の人はそう言うの気にしないんだろうか。

 

「その、何というか、そもそもどうして猫さんはゴミ箱被ってるんです? 何というか、そんなことしなければ・・・」

「あー、それな、猫は引きこもりと言うか何と言うか。長時間他の人の顔見てると気を失っちまうんだ。」

「気を失う?」

「あー、真帆ちゃん。俺のそれは、対人恐怖症・・・というか、心的外傷(トラウマ)ってのが正解ネコ・・・。」

 

 そう言って猫は語った。

 

 猫さんや藤さんの父親が交通事故で死んだとき、猫さんは父親の運転していた車の隣の座席に座って居たのだとか。

 

 事故の時、割れてしまったフロントガラスの破片が父親の顔面に突き刺さり、優しかった父の顔はザクロのようになってしまった。

 

 その後から、人の顔を見る度にその光景がフラッシュバックするようになり、まともに人の顔が見られなくなったのだとか。

 

「画面越しでも正直、人の顔を見るのは辛いネコ。だから猫は、猫はきっと精霊達を倒さないと先へ進めないネコ。世界を救う為だけで無く、猫が過去に打ち勝つ為にも。」

 

 そうだったのか。別にネタや酔狂でゴミ箱妖怪をしていた訳では無かったのか。そんな過酷な過去が有ったなんて、想像だにしていなかった。

 

 そう言えば以前、猫さんは。自分の父親は、精霊が関わったらしい事故で亡くなったと、そう言っていたでは無いか。

 

「ね、猫さん・・・その。変なこと聞いてごめんなさい。」

「ああ、気にするなネコ。」

「おい、猫。真帆ちゃん多分信じちゃってるから微妙に分かりにくい嘘言うの止めろや。」

「猫ってたしか、うまれつき極度のあがり症ってだけな話じゃ無かったかしら?」

 

 ・・・え。

 

「もー。上手いこと同情引けてたのに何故バラすネコか。もう少し引っ張った方が面白い事に・・・」

「ちょっと!! 猫さん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当頼むぞ猫、小学生の女の子に話すような話じゃねぇだろそれは。」

「すまんネコ、頭が回ってなかったネコ・・・。」

 

 (おとうと)に注意され、()は項垂れた。

 真帆ちゃんは今の話を嘘だと思ってくれたようで、ぷりぷり怒りながら店の外に出て行ってしまった。藤と一緒に帰ると言っていたから、恐らく色直しをしに行ったのか。

 

 例え覚悟を示した戦士だとして。真帆ちゃんはまだまだ幼く、そして心優しい少女だ。確かに、私の考えが足りていなかった。

 先程の狼狽えながら、涙声で私に謝ってくる真帆ちゃんには、胸が締め付けられた。なんて余計な話をしてしまったんだろう。

 

「ま、でも上手く誤魔化せたから良いじゃ無い。」

「だな。俺の咄嗟のカバーが上手かっただろ。」

「それを昼に発揮して、もっと早く助けて欲しかったネコ。」

「1回上手く助けただろーが。」

「お前にひっくり返された時、俺は丁度電波ジャックしてあのガキと応答中だったネコ。むしろいきなりひっくり返されて迷惑したネコよ。」

「知るか!」

 

 そう、昼は結構危なかった。万が一、彼処で気絶してしまい本物の警察の世話になっていたとしたらと思うと冷や汗が止まらない。

 

 何故なら私にはもう戸籍が無いのだ。4年前に、父親と一緒に死んだ事になっている。

 事故当時たまたま家にいて生き残った弟は、私が無事家へと戻れた時には既に母の実家に引き取られ、苗字が藤に変わってしまった。だから今、猫と名乗っているのは私くらいだろう。

 

「その、後で真帆ちゃんに謝るからフォロー頼むネコ。」

「ああ、つってももう遅い時間だからな。そろそろ送っていってやらねぇと。シスコン野郎(照東頼徒)がバイトから帰って来て、家に真帆ちゃん居なかったら間違いなく大騒ぎだ。」

「そーね。ウチの店もあと少しで開けないとだしねぇ。」

 

 時計を見ると確かに良い時間。一駅とは言え、隣町までは歩くと数十分程はかかる。

 

 私は、こんなにも弱い。自分を心配して来てくれた小さな娘を傷つけて、しかも大人として帰り道を送っていくことすら出来ない。

 

 

 

 

 ねぇ、カナタ。私は今、本当に誰かの為に頑張れているのだろうか。君のように、ヒーローになれているのだろうか。

 

 戸籍すら奪われ、死人として使い潰されんとしていた私を牢獄から助け出してくれた、君のようなヒーローに。

 

 

 

 

 私は、君の遺志を継げているだろうか。

 

 




※別にオカマバー「母の愛」は怪しいプレイが出来る風俗店ではありません。漢のコスプレデーと言う怪しい日が存在するだけです。

次回、二週間以内。

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