日曜日の朝。
それは少年少女にとっては夢を与える放送時間帯。
日曜日の朝。
それは大きいお友達にとっては日頃の疲れを癒す時間帯。
日曜日の朝。
それは、オレにとっては・・・
「兄さん、兄さんってば。」
仮面を被ったライダーが古ぼけたウチのテレビ画面を縦横無尽に駆け回る。
一昔前の安っぽいワイヤーアクションとは違い存分にCGを用いたその映像美。
ハンサムな俳優が、バッタバッタと怪人共を薙ぎ倒す爽快なストーリー。
「かっこ・・・いいわぁ。ホント、最高・・・。」
「兄さん、ご飯出来たよ。兄さーん。」
オレは照東頼徒、現在18才高校生。そして将来の夢は・・・仮面ライダー。
「で、兄さんは本気で将来どうするの? 進路希望にまさか仮面ライダーって書くつもり?」
「馬鹿言え、映像制作関係って書くつもりだ。」
「結局、仮面ライダー関係じゃないのさ。」
妹が冷めた目でオレを見てくる。
無論、オレはあんなモノは創作だと言うことは小学校に通っているウチから理解はしていたし、我が家は金に余裕が有るわけでは無く、日々オレのバイトで食費をまかなっている程度には貧乏である。
4年前、工業地帯に隣接するうちの街で、職場で知り合ったという父も母も例外では無くその工業地帯の職員であった。そして、その出勤先の工場で事故による大火災が発生したのだ。その場に居た従業員の殆どが犠牲となったその事件の被害者に、両親の名前は載っていた。
責任を感じたのか、父と母の上司に当たる人がオレ達兄妹を引き取ってはくれた。だが年がら年中働いているため殆ど家に居ることは無く、家においてくれてはいるけれどお金の類を渡してくれる訳では無い。
彼は、引き取った事により貰える補助金が目当てだったのかもしれない。家賃こそ取られないものの、完全な放任主義なのだから。
そんなだから、オレは早く自立して金を稼いで行かねばならない。手早く、中学を卒業してから就職と言うのも考えた。
だが、金のためにそこらの工場に就職するのは違うと思う。一度きりの人生だ。やりたいことをやって生きていきたい。
無論、仮面ライダー制作に関われる可能性は天文学的に低い事も分かっている。でも、せめて挑戦する権利くらいは有るはずだ。
駄目なら駄目で、スッキリ諦めて就職出来る。そんな気がする。
まぁ兄ならば、妹の学費のためとっとと働きに出ろと言う意見もあるが。それで妹を育て上げても、その後嫁に行った後残る虚無感とかヤバそう。
妹は幸せな家庭で男と2人暮らし、オレは独り工場の下働き。ソコまで自分を犠牲にしたくない。
だからある程度自分を優先していきたいのだ。
「ボクの事は気にしないで良いけどさ、せっかく無理してでも高校出たんだから。もう少し現実味のある就職先とか、奨学金借りて進学とか。その辺考えてみたら?」
「大丈夫だって。オレにも考えはちゃんとあるんだ。」
「嘘。絶対仮面ライダーの事しか考えてないよ。」
妹は呆れた顔で、そう言いきった後食器を洗い始めた。
なるほど流石に、可愛い俺の妹はよくオレの事を理解してくれているらしい。
さて、仮面ライダーが終われば昼からはバイトの時間だ。近くの飲食店の店員として、頭を切り換える。
「行ってきます、今日お前は出かけたりするか? 戸締まりはちゃんとしろよ。」
「いってらっしゃい兄さん、今日はなっちゃんと勉強会するから出かけないさ。兄さんこそまた怒られないようにね。」
自分の将来の為。可愛い妹の為。
今日もオレは、バイトに出る。
「照東クン!! 21番にカツ定食とざるそば!!」
「分かりました! 運びます!」
右へ左へと料理を腕に駆け回る。
人手が明らかに足りていないこの店は、激務ではあるが比較的給料が良いのが特徴だ。学生で有り自由な時間の少ない俺には有り難いバイトなのだ。
「照東クン! 14番に吉田定食と焼きバナナ!」
「え、ソレ頼む客出たんですか!? あ、了解です!」
因みにこの店は出す料理が幅広いチェーンの定食屋で、独創的な料理も目立つ。吉田定食、名前だけは聞いたことが有ったが運ぶのは初めてかも知れない。見た感じ幕の内っぽい内容だが吉田の要素何処だ。
「照東クン、国民的鼠型マスコットMの丸焼きと赤ワインかも知れない青汁を5番! 鮮緑色の牛串揚げとビール染みた汁を30番。急いで!」
「今日の客はオーダーが狂ってやがる!」
そんなのよく頼めるな! 有るのは知ってたが!
「オイコラ!! 遅いぞ店員!! 腹減ってるんだ、早く持って来やがれ!!」
「はいただいま!!」
考え事する余裕もねぇってか!
「お疲れ様でした、チーフ。」
「照東クンお疲れ様。」
空に赤味がかかる頃、定刻通りやって来た夕方からのシフトの人達に仕事の引き継ぎを完了した。これでオレは今日のお勤めから解放だ。……何時にも増して今日は忙しかった。
早く家に帰って妹の作る飯にありつきたいモノだ。やや黒く味気ない卵焼きだが、暖かな何かを感じる優しい味。
そう、いつも通りの日常。
仮面ライダーはテレビの中のヒーローで。
現実は、もっと、つまらなくて残酷で無慈悲で、単純だって。
オレはそう思っていた。
「避けろ!! そこの男!!」
現実ってのは、あっさりと壊れるモンだ。
オレは今日、新たな現実を学んだ。
辺りが急に明るくなり、セピア色に染まったのだ。
「・・・は?」
直後、轟音と共に、目の前に突如湧き上がった青い炎の柱を尻目に、間一髪誰かに突き飛ばされてオレは路上に転がった。
────ふわり。
「危ない所だったな。怪我は無いか?」
オレを突き飛ばし助けたのは、テレビからそのまま飛び出してきた格好のヒーローだった。
オレが、現実には存在し無いと切って捨てたはずの・・・。
──赤いひらひらした、末広がりのスカート。
──ピンクを基調にあしらった、ドレス調の衣装。
──真っ赤な長髪を束ねる、1点黒の髪飾り。
「・・・
テレビの中でしか見たことの無い「魔法少女」がそこにいた。
「済まんな、封印結界を張る時間が少なくて巻き込んでしまったようだ。そこでじっとしてろ。」
年は小学生くらいだろうか?少し乱暴な言葉使いのその少女は、オレを護るかのように何処かを見据え俺の前に立った。
これは現実か、夢か!?
オレは呆然と、突っ立つことすら出来ないで、彼女を見上げた。
オレからは横顔しか見れなかったが、覚悟を決めた、
ここは、現実なのだ。目の前から立ち上る煙の匂い、肌の焼けるような熱さ、これらは虚構や夢では有り得ない。
「他に生命反応はないわ、そこの方だけのようね?巻き込まれてしまった憐れな方は。」
しゅたっともう一人、同じくらいの年頃の金髪の少女が崩れたかけた壁から飛び降りてきた。彼女も仲間の魔法少女なのだろうか?
──幼い顔を覆い隠すパピヨンマスク、手には枝分かれしたムチ。
──小学生くらいの起伏のまだ殆ど無い体のラインがバッチリ浮き出る黒いボンテージ。
──ハイレグから繋がる、太ももを強調する網タイツ。
違法なSM嬢がそこには居た。
「ってその衣装どうしたぁぁぁ!!?」
「何よ、何か文句ですか!? コレが私のママの一番強い時の姿なんですから!」
「いや弱いから!! その姿社会的に一番弱い姿だからぁぁぁ!!」
その少女のあんまりな姿に、思わず突っ込んでしまったけどオレは悪くないだろう。
「お、おい馬鹿!! よそ見するなサチ!!」
だが、その結果は悲惨なモノだった。
「きゃあああぁぁぁ!?」
「サチ!! バッカ野郎!!」
先ほどの青い炎に、サチと呼ばれた少女が飲み込まれてしまったのだ。
……オレか!? オレのせいなのか!!?
「だ、大丈夫か君!」
すぐにその
地に伏して意識を失っているようだ、怪しすぎる衣装もボロボロになってい原型をとどめていない。でも際どい所は全て隠れている、凄い。
「ひでぇ火傷だ、経戦は無理だな。お前もじっとしてろサチ。聞こえてないだろうが。」
「う、スマン。オレが余計なこと言わなきゃ・・・」
「気にすんな、悪ぃのは全部・・・奴等だ。」
「奴等?」
ぴょこーーーーん!!
目の前の男勝りな少女から薄汚れた緑のお手玉みたいな謎の物体が飛び出してきた。
「怪人共だモジャ!!」
「うおっ!? なんだコイツ!?」
そしてゲームのスライムのようにクネクネ蠢いてるこの緑の謎の物体Xは、驚いたことに人間の言葉を喋り出したのだ。
「初めまして、モジャの名前はモジャと言うモジャ。」
「モジャモジャうるせぇな、この謎生物は一体?」
「胡散臭いが味方だ、マスコットの範疇に含めて良い。」
「このお手玉がマスコット枠かよ・・・」
もう少し可愛い小動物は居なかったのか。
「その、怪人共をこっちに近付けないように今から私が突っ込む。お前には悪いが、サチを運んで何処かへ隠れてくれねぇか?」
「君も危ないだろう、仲間も1人失ったんだ。一旦引いてみたらどうだ?」
「そう言うわけにはいかない。」
ちらり、目の前の少女と目が合った。
「この町には大切な人がたくさん居るんだ。護りたい人が、たくさん居るんだ。奴等を野放しにする訳には行かない。」
その決意に満ちた瞳は、若干小学生くらいの少女にさせてしまっていい目では無かった。
もしかして、今まで彼女達はずっと闘って来たのか?その怪人とやらと? 一体、いくつ頃から?
「例えばよ、そこで寝てる・・・サチって娘もな?私にとってはかけがえの無い人の1人さ。あんたを見込んで頼むんだ。その娘を護ってくれないか。」
ひょっとして、今までずっとオレは護られていた存在だったのか?
その護られたオレは、この娘達が命懸けて勝ち取っていた安寧の日々を、どう過ごしていた?
ーどくん。
「分かった。この娘はオレが何とかしとくよ。」
「ありがとなお兄さん、どうかサチを頼む。その代わり安心しろ。お前も、私が護ってやるから。」
ーどくん。
「と、取り敢えず早くサチを隠すモジャ! モジャでは人は運べないモジャ! 力を貸して欲しいモジャ!」
「ああ任せろ、女の子1人担ぐくらいどうってことないぜ! 男だからな!」
「頼もしいぜお兄さん。・・・じゃ、行ってくる。」
そう言うと目の前の男勝りな少女は、目を閉じひゅっと息を呑んだ。何かを決意するかのように。
お手玉に急かされオレが女の子を抱き上げたと同時に、彼女は風のような早さで滑るように突っ込んで行った。たった1人で。
ーどくん。
なんだ?先程から、胸の鼓動が煩い・・・。
「・・・こっちモジャ! ここの小屋の中だと恐らく隠れれるモジャ!!」
だが、そのようなことを気にしている余裕は無い。その緑のお手玉のむいている方向に慌ててサチとやらを抱え込んで駆け出す。
ーどくん。どくん。
ふらり、と体がバランスを失い、何とか踏みとどまった。今、転けてしまったら抱えている少女もあぶないのだ。
「ど、どうしたモジャ? まさか、お前・・・」
「何でもない、少しめまいがしただけだ!それより此処で、本当に怪人共から隠れられるんだろうな!?」
「あ、ああ。大丈夫モジャ。それよりも、お前さん。少しモジャを持って見て欲しいモジャ。」
「あん?」
ーどくん。どくん。どくん。
「やっぱり。お前さんから溢れる魔力を感じるモジャ。ひょっとしたら、ひょっとするかもしれないんだモジャ」
ーどくん。どくん。どくん。どくん。
「魔力って・・・何だよ?」
「説明してる時間は無いモジャ! いくらナツメでも1人きりだとやられてしまうかもしれないモジャ!!」
ーどくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。
「ナツメ・・・ってまさかあの娘か!? やっぱ危ないって言うのかよ!!」
「当たり前モジャ! 敵も何人も居るモジャよ! 1人じゃ良いカモモジャ! でもお前が変身出来るとしたら、一気に状況は変わるモジャよ!」
ーどくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。
「変身? 変身って言ったか!?」
「叫ぶモジャ! 今、お前さんから溢れている魔力が、何を叫べば良いかを教えてくれるはずモジャ!」
ーどくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。
「分からねぇよ!! 叫ぶって何をだよ!? んで叫んだらどうなるんだよ!」
「お前さんにしか分からんモジャ!! 今溢れ出した魔力はお前さんの感じた何かに起因するモジャ!何か、思わなかったモジャか!? 今、何かを強く感じてはいないのモジャか!? 頼む、ナツメを助けて欲しいモジャ! その胸の内を、高らかに吐き出して何でも良いから叫べモジャ!!」
ーどくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。
今、オレが感じていることだと!? それを叫べだと?
そんなもの、1つしか無い。
「悔しいんだ!! 何でオレじゃ無いんだって!!」
ーどくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。
「ずっと欲しかったんだ!! 誰かのために闘う力を!!」
ーどくっどくっどくっどくっどくっどくっどくっ・・・
「あんな、妹と変わらねぇような年頃の女の子に護られるなんて冗談じゃねぇ!!」
ードドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
「オレは・・・オレだって! ヒーローになりたいんだ!!」
そう叫んだ瞬間、体が沸騰するかの様に熱く滾りだした。
「やった、やりやがったモジャ!! まさか、こんなタイミングで新たなフェアリーズが産まれるなんて、まさに奇跡モジャーー!!」
「な、なんだぁ!? 焼けるっ!! 体がっ!! 騙しやがったなモジャ野郎!!!」
「騙して無いモジャ!ぎゃぁぁあ!!? や、止めろモジャを伸ばすなモジャー!」
言われたとおりに叫んだってのに、生まれて初めて味わう灼熱で体をくまなく炙られるような訳の分からない苦痛を受けたのだ。
これで怒るなと言う方が難しいわ。
「あん?」
おかしいな。・・・手は、モジャ野郎を雑巾のように絞り込むこのオレの手は、こんなに華奢だったっけか?
そして今の声は何だ?こんなにオレの声は高かったっけか?
「・・・まさか?」
「騙して無いモジャぁ!! お前さん、ちゃんと“変身”出来てるモジャよぉ!!」
そうか、オレは変身出来ているのか。
落ち着いて、自らの胸を触る。
うん、ささやかな膨らみを確認。
続けて、努めて冷静に股間に手を突っ込む。
よし、生えてない。毛はうっすらあるんだけど大事な棒がやっぱり生えてない。
衣装はと目をやるといつものGパンTシャツでは無くなっていて。
黒と白のコントラストが可愛いゴスロリ調のドレス、中世の貴族が着るような傘のように膨らむスカート、太股からはガーターベルトがチラリと覗き、手は宝石の付いた手甲がオシャレなワンポイント。
冷静なオレは、そのまま落ち着いてモジャを引き千切った。
「イダダダダダダ!? やめ、止めて欲しいモジャ!! ホントに千切れるモジャ!!!!」
だが、筋力が落ちているのかねじ切るだけの力を加えることは出来なかった。
「戻せ。」
「落ち着くモジャ、冷静になるモジャ!!」
「馬鹿を言え、オレは死ぬほど冷静で落ち着いている。戻せ。」
「変身が解けたら元通りモジャあ!! だから絞るの止めるモジャ! それよりも頼むモジャ、お前さん変身出来たならナツメを・・・早くナツメを助けに行って欲しいモジャ!」
・・・っは!? そうだった、あまりの衝撃であの娘が1人で闘って居ることを忘れていた!
「お、おい助けるってもむしろオレは女になって弱体化しちまってるぞ!?」
「そんなわけ無いモジャ。今のお前さんなら、ナツメの援護くらいなら可能なはずモジャ。時間が無いので実践でレクチャーするモジャ、取り敢えず戦闘音のする方へ早く急ぐモジャ!」
「お、おう! よく分からんが、今のオレは闘える存在なんだな!?」
「それは保障するモジャ!」
それを聞いてオレはすぐさま駆け出した。常日頃から思い描いていた“
「って、うわぁ飛んだ!?」
「うおお!? お前さん、と、飛べるモジャか!?」
遮二無二走っていたオレはギリギリまで気付かなかった地面に空いた穴を、咄嗟に飛び越えようとしただけなのだが、この体はふわりと浮いて空へと滑空していた。
「そ、そのまま自分の意志で空中を移動出来たりとかするモジャ?」
「・・・うん、それ出来るなぁ。なんか不思議な感覚だ。」
「凄いモジャ! これなら制空権が楽勝で取れるモジャ!! 期待の遙か上モジャよ!!」
なんかお手玉が嬉しそうでイラっとしたが、これで移動速度が大幅に向上した。
「もう着くぞ、モジャ。オレはどうすれば良い?」
「飛んで高度を取るモジャ、高きから低きを攻めるは常勝なり、モジャよ!」
「あいよ。って見えた!あの娘だ!! おいアレ不味いんじゃねぇの!?」
「モジャあ!? ナツメがやられてるモジャ!! た、助けるモジャ!!」
言われた通り空から見下ろすと、壁に寄りかかり力無く立っている
・・・怪人?
「奴等め!! よくもナツメを!! ゆるさんモジャ、お前さんよ、此処から不意を突いて奇襲するモジャ!」
硬い装甲スーツを身に纏い、仮面で顔まで覆われているそのビジュアル。
黒を基調にした重量感のあるデザイン。
目立つカラフルな腰のベルト、バイクのような乗り物を近くに確認。
見るからに、それは仮面ライダーだった。平成ライダー系のデザインだった。
その仮面ライダーが3人で、
「モジャ許せ、オレやっぱりあっちに付くわ。」
「な!? 何とち狂っているモジャぁ!?」
「いや、だって・・・。だって。」
「ふざけてる時間は無いモジャよ!! お願いモジャ、ナツメを助けて欲しいモジャぁ!! ナツメは、ホントに良い子なんだモジャ!!」
「そ、そうだな! そうだよな! ビジュアルに騙されてはいかんよな!! すまん悪かった!! 気の迷いだ!」
「しっかりして欲しいモジャ・・・。」
──オレは正気に戻った。
でも・・・でも。良いなぁ・・・。
なんで魔法少女なんだ・・・。いや、ビジュアル的な問題に文句を付けても仕方有るまい。
「遠隔攻撃を教えるモジャ、まず手のひらでハートの形を作るモジャよ。」
「分かった、こ、こうだな?」
「・・・まぁそれで良いモジャ。少しぶきっちょだけど。」
ほっとけ。
「そして手のひらに、魔力を流し込むモジャ! 更に手のひらで作ったハートの中に敵を収め、ロックオンするモジャ。そして・・・」
「そして?」
「お前さんの、魂の籠もった叫びを手のひらのハートへぶつけるモジャ! 何を叫ぶかはお前さんにしか分からないモジャよ!」
「またそれか!! えっと、何だろ・・・」
魂の叫びって簡単に言うけど・・・あ、そーだ。
「気功砲ォォォ!!」
「流石に違うモジャ!! それは別の技モジャよ!!」
・・・ドゴン!!
掌からでた光の弾丸が、吸い込まれるように狙い定めた怪人に向かっていく。
流石に空は無警戒だったのか、全く気付いて居なさそうだったその怪人に、オレの気功砲はクリーンヒットした。
残念ながらこの技の威力は本家の気功砲には遠く及ばず、せいぜいノーマル気弾程度のようだが直撃すると意識を奪うには十分なようだ。
「出たぞ?」
「・・・イメージし易いならもうそれで良いモジャ・・・。間髪入れず撃ちまくるモジャ! どうせ奴等は此処まで来れないモジャよ。因みにこれ、ハートショットって名前だから本音を言うと気功砲とか言わないで欲しいモジャ・・・。」
「りょーかい。つまりコッチの上からの一方的な殲滅戦ってことだな? やりたい放題じゃねぇか!」
「馬鹿言うなモジャ! ほら、もう気付かれてる、撃ってきたモジャ避けるモジャあ!」
うおっ!? ボーとする暇も無く今度は向こうが此方に遠隔攻撃をしかけてきていた。1人を沈めたオレに対し、即座に怪人共は銃による迎撃を選択したらしい。気・・・ハートショットでチマチマ撃ち返しながらモジャの奴に次の一手を相談する。
「おい、上取って有利どころかむしろ不利じゃねぇか! 遠隔攻撃の連射性とか弾速とか
「取り敢えず躱しながら撃ち続けるモジャ! 回避性能は此方が上モジャ、ハートショットは魔力消費が少ないからこのまま持久戦すれば何とかなるモジャ!」
「バカヤロー! 悠長な事してる間にナツメを人質に取られたらどうすんだ! 突っ込んであの娘の確保をどっかでやらないと負けだぞ!?」
「・・・あっ!! モジャあ!? どうしようモジャ!?」
「コイツ使えねぇ!! もーいい、特攻するから捕まってろモジャ!!」
「え、ちょっと待つモジャ! お前さんの固有技能すらまだ分かってないのに特攻は無茶モジャあ!!」
「うるせぇ!! 行くぞぉぉぉぉ!!」
「アホぉぉぉぉ止めるモジャあぁぁぁぁ!? せめてお前さんの武器が分かってから・・・ぎゃぁぁあ潰れるモジャ!?」
うだうだ煩いモジャを胸の谷間(ほぼ皆無)に押し込んだオレは、敵の銃擊をクルクル回り躱しながらナツメ目がけて突っ込んで行ったのだった。
「目が回るモジャあ!?」
「うおぉぉぉぉ!! 行くぞぉぉ!!!」
オレは敵の攻撃を躱すのを止め、急加速し出せる最高速度で敵の銃擊の真っ只中に切り込む。このままナツメを掴んで離脱しても良いが、それだと恐らくナツメ担いでる分空中での回避性が悪くなるだろう。下手をしたら撃たれて仲良く墜落死なんて有り得る。
それに怪人共を放っておくのは不味いらしい。ならば、この勢いを活かした攻撃で1人を沈めて、もう1人をナツメと協力して倒す方向が良いだろう。
「目の前を銃撃が横切ったモジャあ!! 死ぬモジャあ!」
「はっはっは!! 食らえ怪人共! お前らに教えてやるよ、この技を!!!」
とか言いつつハートショットとやらしか教わってないオレに出来る技は
空中で体勢を整える。片足は曲げ、もう片足は敵に対して垂直に。
ライダーと言えばこの技! まぁオレ魔法少女だけども!! じゃあ技名をそれっぽく叫んでやろうじゃないの!!
────行くぜっ!!!
「
「ぐっ! ウルフさん!? そんなっ!」
怪人の1人が悲鳴を上げた。
急加速に反応しきれずオレの
「かっかっか! 大丈夫だったかい魔法少女の先輩さん!後輩が助けに来ましたよっと!」
「・・・誰か知らんが助かった、礼を言うぞ黒いフェアリーズ。モジャ、お前もそこにいるのか?」
「モジャー!! 居るモジャよ! フェアリーレッド、良かったモジャ!」
フェアリーレッド?
ああ、なんか全体的に赤いからレッドか。ナツメってのが本名ならそりゃ敵の前で呼ぶわけには行かないんだな。
・・・ナツメって呼びかけたぞ危ねぇな。
「さて、残りの敵は1人のようだがどうする先輩?」
「まだ、何とか私は闘える。此処でコイツらを一網打尽にするぞ、手を貸せ後輩。」
「りょーかい。」
まだナツメはやれるようだ。ならばオレも負けられぬと不敵に笑い、闘う構えを取る(ライダーポーズ)。一方ナツメは肩で息をしながらも、杖のようなステッキのようなカラフルなモノを、光る亜空間的な所から引き抜いて敵に向けていた。
何アレ魔法少女っぽい。あー、やっぱり魔法少女って固有の武器とか有るの? ・・・モジャがそんなこと言ってたような?
「・・・おい、武器はどうしたフェアリーブラック」
「そんなものは無い。」
「魔法少女なら絶対有るに決まってるモジャ!! 話も聞かず突っ込むからこうなるモジャあ!!」
だってお前の指示かなり的外れだったじゃん。でもなんか武器とかあるなら聞いとくべきだったな。失敗失敗。
「まあ良い、なら私が仕留めるから先程の様に上空からハートショットで援護してくれ。ただし気を付けろ、敵の残った奴は初めて見るタイプの新型だ。まだ固有スキルを見せていない。」
「アイツも固有の何か技があるって事?」
「今までの怪人共は全員持っていたな。ウルフの青い炎柱とかだ。強力な技が多い、警戒を怠るなよ。」
・・・青い炎柱ってオレが巻き込まれたアレか。格好いいな、能力だけ見たら。ところでオレの固有技能って飛行では無いんだろうか?飛んでるのオレくらいだし、珍しいっぽいし。
「・・・フェアリーロッドよ、祈りと想いを装填する! 雷を纏いて敵を穿て!!」
「諦めたか? なら、怪人よ! 自らの行いに後悔して死ぬが良い!
おお、まさに魔法少女。
雷を纏った、杖の周りに浮いていた球体が高速でリング状に並び回転を始めたのだ。そして、その回転しているリングから巨大なエネルギー波が怪人目がけ撃ち出された!
ジュッと嫌な音が立ち、エネルギー波が消えると・・・
「す、スゲー・・・。怪人が蒸発しちまった・・・。」
跡形も無くその怪人は焼失してしまった。
何?火力がなんか日曜朝のソレじゃなくね?てかこれ人殺しになるんじゃ?死んじゃったら不味くないの?それとも怪人は幾らでも湧いてくるから毎回殺す感じなの?
「お、おーいレッド?これ大丈夫なのか・・・?」
「馬鹿な・・・モジャ!?フェアリーレッド!!」
──え?
横を向くと、隣にいた筈の
「・・・加速、完了。」
先程蒸発したはずの“怪人”に踏み付けられていた。
「テメェ!! レッドからどけぇ!!」
「まて、無闇にツッコむのを止めるモジャ!! お前までやられたら全滅モジャ!!」
「じゃあ黙って見てろってことかよ!!」
とは言え奴のスキルがどんなものか判明するまでは仕掛けにくいのは確かだ。加速とか言っていたが敵の言うことを真に受けるほど馬鹿では無い。時間停止や瞬間移動、幻術などこの状況を作れるスキルは山のようにある。
「・・・心配せずとも次は君だよ、悪逆の“魔女”め。」
「何が魔女モジャ!! お前達の目的は分かってる、悪魔はどちらモジャ!!」
「おーともよ、テメェの悪事はまるっとお見通しだ!! (モジャにとりあえず乗っかっただけ)」
「話にならないね。すでに洗脳済みとは・・・。君は成り立ての魔女のようだから怪我をし無いよう手加減してあげようとは思ったが、そうは行かないらしい」
カツリ、カツリ。少しずつにじり寄ってくるソイツに冷や汗が吹き出る。
「ウルフさんの仇を取らせて貰う。覚悟しろ。」
(い、一旦引くべきモジャ! 怪人共といえど恐らく1人になってまで今回の襲撃を続けようとはしない筈モジャ! 1人は
なんか頭にモジャの声が響く。え、テレパシー? 成る程、そう言うのも有るのか。
撤退。確かに、今の最善はそれだろう。ナツメと、サチちゃんが心配だ。勝てれば良いが負けたとき、ヤバいのは俺一人では無い。
オレはそう判断し、先程のように不敵に笑ったのだった。
「く、くくっ。かかったな怪人!! 今だやれオレンジ!!」
「・・・何だって!? まだ新手が居たのか!?」
適当なハッタリをかました直後に最大加速でナツメを回収!!
「って、しまった!! ハッタリか! 待てっ!」
奴が気付いた頃にはもうおそい。
オレは耳が痛くなるのも気にせずナツメを抱えて急上昇し、空へと逃げ出したのだった。
「起きろ、おい。大丈夫か?」
割と重傷な2人の魔法少女を両肩に抱えて、近くの公園にあるベンチに降ろした。ナツメはなんと、まだ意識が有るようだ。
「あ、ああ・・・。だが封印結界がもう持たん、眠くて仕方が無い。奴等は?」
「すまんが逃げてきたよ。あのまま勝てる見込みが薄かった。」
「そうか・・・。ぐっ、悔しいな畜生。初めて彼処まで追い詰めたのに・・・。」
「無理すんな。」
ぱしゅーん。
突如間抜けな音と共にセピア色だった背景に色彩が戻ってきた。
「うお、いきなり男に戻った!」
そして同時にオレの魔法少女がいきなり解除されてしまったらしい。
「封印結界が解除されたからだモジャ。封印結界の中でしか、人間はフェアリーズに変身出来ないんだモジャ。お前も、じきに封印結界の張り方を覚えて欲しいモジャ。」
成る程。最初に結界に巻き込んだとかなんとか言ってたのはそう言うことか。
見ると、違法なSM幼女と赤い髪の魔法少女も、姿形が変わっていた。コレが、彼女たちのホントの姿なのだろう。
嘘だろ、こんな・・・。
「まだ、幼稚園通ってるくらいじゃねぇか・・・!」
金髪のSM嬢だった
幼稚園でお昼寝でもしてるかのようだ。コレが実年齢なら、そう言った知識が無くあんな格好をしてて疑問に思わないのも頷ける。
意識を失ってしまった
バッサリとしたショートヘアにワンポイントのヘアピンが女の子であることを主張し、そして武器として掲げていたカラフル杖が消えてなお、その右手は硬く握られている。
2人の少女をみてまず安心した。何故なら幸いなことに怪我が綺麗さっぱり無くなっていたからだ。モジャ曰く変身が解けると傷は治るらしい。
ただし、負傷した後に変身解除し、時間を空けず変身し直すと傷を負った状態で魔法少女に変身するのだとか。
変身中の傷は変身中の傷と言うことか。実際、魔法少女へ変身と言うよりは、ある精霊の姿を借りて闘っているのに近いとはモジャの弁。
実はオレが魔法少女に変身出来たとき、実はコイツらもいい年してるのでは無いかとか考えた。
まさか、オレが思っていたより、2人のヒーローはずっと年下とは思わなかった。
「こんな、こんな子供達に闘わせてたのかよ! モジャテメェ!」
「・・・魔力を発揮することが出来るのは、子供のウチだけの事が多いモジャ。そして、怪人共とは闘わないと・・・。」
「だからって、子供を矢面に立たせて言い訳ねぇだろ!」
「聞いて欲しいモジャ。このままだと、世界が滅んでしまうモジャよ。」
そう言ったモジャから聞いたのは難しい話では無かった。
魔力と言うのは、精霊(モジャ達のような存在)にとってのご馳走である。
そして、何でも無いような地面から吹き出したり、特殊な人から溢れ出たりするエネルギーなのだ。
その地面から吹き出したエネルギーに目を付け、無理矢理に回収し、自らのモノとしている連中が怪人共。
地上の魔力の殆どを回収していった怪人共のせいで、今まで何もせずとも食い扶持維持できていた精霊が食糧難に陥り、なんとか魔力を回収するために一部の精霊は人を襲いだした。それも強力な自然災害や人の心を操り戦争させるという形で。
魔力を持つ人が死ねば、その魔力は自然に還元されるのだ。かつては人間と共存していた精霊が、人間に牙を向け始めたのだ。
「だがこのまま人間が全滅してしまっては、精霊も魔力を得ることが更に難しくなるモジャ。だからモジャは人間と協力して怪人を討つべく立ち上がったモジャ。」
と言う話だそうだ。
怪人は自らの力のために魔力を吸収している。怪人さえ倒せば万事解決、らしい。
「モジャのような精霊は、他にも存在するモジャ。魔力の吹き出る地域には怪人が沸く。そう言った怪人に対し精霊達も立ち上がったのだモジャ。」
「まぁ難しいことは考えず、怪人倒せばそれでいいんだな?」
「その通りモジャ。」
分かりやすい。オレ好みの展開だな。
その後、暫く公園で寝ていたサチちゃんとナツメが目覚めるのを待つことにした。
時刻は午後七時前。女の子が子供だけで帰るには少々危ない時間だ。送っていってやることとしよう。
「あの巻き込まれたお兄さんがフェアリーブラックだったのか! てか大人で男が成れるのか!! スゲェ!!」
帰り道、話してみるとこの子達は、まさしく子供だった。闘っているときのピリピリとした雰囲気は霧散してハキハキと快活に喋るナツメ。ピッタリ腕にくっついてくる辺り人懐っこさが伺い知れる。
「びっくりです! お父さんが部屋で縛られてた時くらいびっくりです!!」
左右の括られた髪を器用にピョコピョコ動かし楽しそうに騒ぐのは、発言自体は所々アダルティなものの更に幼く純粋なサチちゃん。
「コレでフェアリーズも3人目です! 戦いがずっと楽になりますよ!!」
「サチ、相手も新型が居ただろう。今まで2対2だったのが3対3になっただけだ。あんまり変わらねぇよ。・・・いや、違うか。やはり大人が居てくれるのは助かる。」
「ああ、どうしても出れない時以外はオレだって積極的に闘っていくつもりだ。コレからはもっと大人に、いやオレを頼ってくれ。」
申し訳無いが、この子達の為だけに時間を使うわけにはいかない。バイト代が入らないと妹共々飢え死にしていまう。
だが、この娘達を放っておく訳にはいかない。オレは自分でヒーローになると決めたんだ。ヒーローになりたかったんだ。
「本音を言うと、どうせ変身するなら魔法少女みたいなのじゃなくて仮面ライダーとかの方が嬉しかったけどなぁ」
「バカ言うなお兄さん、あんな怪しい格好してる連中の何処が良いんだ?」
「女子にゃ分からんよ」
やはり仮面ライダーのロマンが分からぬか、男女の違いと言う奴だなぁ。つーかいい歳した男がフリフリスカート履くのは抵抗でかいんだよ。
「何はともあれ、これから、一緒に闘ってくれるんだな? 頼もしいぞ、よろしくフェアリーブラック。」
「よろしくです! 私はフェアリーサディスティックと呼んで下さい!」
「ああ任せとけ。お前らもオレが護ってやるよ。」
帰り道、こう言って笑いあった時の2人の顔は年相応だった。これが、本来子供のするべき顔なのだ。あの険しい闘いに誰にも言わず、認められず身を投じていた2人には頭が下がる。
オレが居もしないと切って捨てたヒーローは、現実に居て、こんなにも小さな存在なのだ。
・・・ただサチちゃんのご両親はもう少し配慮してあげて欲しい。
「ただいま。」
「お帰り兄さん、随分遅かったね? また何かやって怒られてたのかい?」
「・・・まぁ、そんなところだ。正直疲れている。お前の美味しいご飯が食べたい。」
「やれやれ、兄さんには困ったモノだ。待ってて、温め直してくるよ。」
我が家に帰ると、妹が出迎えてくれた。2人きりの家族。癒される、オレのこの世で最も大事な時間だ。
『このままだと、世界が滅んでしまうモジャよ。』
・・・闘わねば。
ぶん殴られたような衝撃が頭を走った。気付いたのだ。自分が如何に浅はかであったか。いやむしろ家に帰って、妹に飯作って貰うまで気付いていなかったのだ。
オレは、護りたい。ヒーローに成りたいってだけじゃ無い。誰かに認められたいって想いも無かったわけじゃ無い。
でも、今オレが感じている感情は。昔から感じていた
(成る程。ナツメの気持ちが今やっと実感できた。)
ナツメは、アイツは。別にヒーローに成りたいんじゃない。ただ自分が護りたい人がいて、それだけなのだ。
もっと利己的で、子供染みていて、純粋な想いなのだ。
そして、ヒーローに成りたいオレなんかより、ずっとヒーローだったのだ。
「来週から魔法少女モノも見てみるかな?」
そんなことを考えて、妹の待つ食卓へと向かった。
翌日。
「兄さん、行って来るよ。」
日直だという妹を見送り、その後オレは高校へ行く時間まで仮面ライダーのフィギュアでも眺めておこうとしたのだが。
「・・・あ。」
「どうしたのなっちゃん?」
「な、何でもない行くぞ!」
見送る際、妹と一番仲が良いと聞いているなっちゃんと目が合った。
「案外、世間ってのは狭いもんだなぁ。」
昨日、送っていったばかりの少女は何かを誤魔化すように妹を急かして学校へと行った。
────そう、オレにとって小さな先輩である魔法少女、ナツメは妹の親友でもあったのだった。
次の話は一週間以内に投稿させて頂く予定です。
ご指摘ご質問等ございましたらお気軽にどうぞ。