――1998年1月
俺の周りをうろついては気持ち悪い視線を投げかけてきた変態ことヒソカが天空闘技場からいなくなった。気が付いたら新規に購入してから携帯電話の連絡先一覧には、頼んだ時に介添してくれる女性以外に連絡先の入っていなかったはずが、きっちりと『ヒソカ=モロウ』とホームコードが登録されているところに恐怖を覚えたが、消したら消したでフラグの予感がしたので、そのまま取っておいてある。なお、件の変態奇術師から最後に連絡があったのは4日前、なんでもハンター試験というものを受けに行くとのことだった。
「あると便利だよな、アレ」
「何がです?」
俺の呟きに答えてきたのは、つい先日に試合を終えたばかりの対戦相手だったカストロである。「なんで、お前此処にいるの?」と聞けば、「この私や貴方を包む白い靄のようなモノが強さの源泉なんだろう? これの使い方について教えてくれ」とのこと。というか、手加減はしていたが回復速いな、おい。さすが強化系。というのは『知識』からの引用である。
「ああ、ライセンスだよ。ハンター・ライセンス。持ってると持ってないとじゃ天と地ほども差があるからな」
「噂にしか聞いたことが無く、これまで見向きもしてこなかったが確かに冷静になって考えてみると取れるなら、取っておいて損はなさそうですね」
「まぁ、こんな
「ぐっ………わかりました」
別にカストロを弟子にするつもりなど毛頭なかったが、この目の前で禅を組んで迷走する見た目だけは良い
「教えても良い」
「本当か!」
「だが、契約料は3億J。それ以上はビタ一文負けることはできねえよ。
「ぐ、ぎぎぎ………」
というのが現状に至るまでの事の経緯、その全てである。というか、本当なら断るべきだったのだが絶妙に手の届く条件だったためか、カストロは表情に見える懊悩など実際は殆どなく、ほぼ即答するカタチで俺の出した条件に答えてきたことに俺の方が逆に困ったくらいである。これでは独りで行っていた本当の秘密の鍛錬が出来ないではないか、とは思うものの自業自得かと過ぎた日(主に2日前)を思い出しつつ、俺は俺で本日は『操作系の修練』ということで、オーラを用いた手遊び『イボクリ自慢』に取り組んでいるのである。『知識』と『経験』があっても難しいな、おい。
――~♩~♪
「なんだ、まだ始まって4日も経ってねだろうに、もう帰ってくるのかよ。クソ、私の平穏も此処までか……」
「一体、誰からです?」
「お前は黙って『燃』集中してろ!」
もちろん着信元はヒソカである。俺の独り言に移り気になるトロカスもといカストロを一喝して届いたメールの中に目を通す。
『試験が余りにもタルいんで試験官の選考を手伝っていたんだけど、その時に手が滑って、そのまま失格になっちゃった♥』
唐突に送られてきたヒソカからのメールに首を傾げながら「手が滑った程度で不合格になるハンター試験とは一体……」という真理を垣間見た。だが、冷静になってみれば、どちらかといえばヒソカの我慢が先に限界に達し、大方「気に入らない」とかいう適当極まりない理由で先に手を上げたのが原因だろうと事の経緯を想像して溜息を吐いた。まだヒソカとは短い付き合いだが、あの男は悪魔的な狡猾さと地頭の良さ、腕っぷしの強さ、メイクを取ればイケメンという三拍子揃った正に完璧超人然としたところがありながら、その反面で、堪え性の無い子供の様な癇癪を起すこともあるという不思議ちゃんだったりする。眺めている分には目に毒程度で済むが、関わり合いになるのは極力避けたいというのが本音な灰汁の強い人物だ。とはいえ、俺自身が既にヒソカによってロックオンされてしまった身の上である以上、あとは逃げるか、戦うかしか選択肢はないのが非常に辛いところである。
「謀殺、もしくは暗殺という方法も無くはないが、それには資金も足りないしな………」
「何を物騒なことを!!」
うっかり声が出ていたらしい。それに声を大にしてリアクションする青年に「そう睨むな。俺と関わって『念』を習得する以上、お前にも何れ意味が解る」とスカトロ……じゃないカストロへ俺は言葉を返して、今後のことを考えながら思考を巡らせるのだった。
* * *
やがて時は過ぎ、猶予期間の90日が近付いてきたことで不肖の弟子という扱いとなったカストロに介添してもらいながら、俺たちは次の試合にそれぞれエントリーした。カストロ自身は端的に言うなら努力型と言ったところであろう。天才だなんだと周りからは散々に持ち上げられていたが、実際のところは不断の努力が実を結んだ姿が、かつての彼であり、そして今の彼であるという評価である。時折、俺の部屋を強襲してくるヒソカを適当にあしらったり、割と近くの銀行および美術館が幻影旅団なる世間を騒がせっぱなしの盗賊団によって壊滅させられたりと周りを騒がせるニュースには事欠かなかったが、俺には関係が無いと見て見ぬふりをしてきた。だって俺は正義の味方なんかじゃない(断言)
さて、それはそれとしてエントリーした試合である。この試合における倍率表示の前予想は先のカストロとの試合のこともあり、俺のオッズは1.4倍にまで下がっていた。対する相手のオッズ2.3倍。何故? と一瞬だけ考えたが、この時の組合せに表示された相手の経歴を見て、さもありなんと納得することになった。それでも稼げる不労所得は得ておくべしと割り切り、最近では(必要があればカストロを頼ってしまっていたので)連絡が疎かになりがちだった『彼女』へ連絡を取ろうとして――何故か音信不通と言う結末には衝撃を受けることになった。
「な、なんてことだ……俺のオアシスが……」
「今度は一体、どうしたんです?」
「お前は早く自分の控室にいけよ」
「ここまで連れてこさせておいて酷い言いぐさだね。そこまで言うなら俺は戻りますけど、試合前にトイレに行きたくなったら後は勝手にしてくださいね」
そう言ってカストロは此処とは反対側にある選手控室へ去って行った。ちと当たりが強かったかと反省するも、連絡が取れなくなったジャポンに縁のありそうな名前を持っていた美女の事を想い、短い間だったが介添してくれたヒトにはお世話になったので、こうなる前に礼の1つもしたかったのだが……このような結果になってしまい非常に残念である。そういえば、彼女は本当に
あ、ちなみに試合には勝った。相手は何時かの能面隻腕闘士ことダサイ。あれ、なんか違うか? まぁ、別に良いかと勝手に納得して選手控室から観客席へ移動してカストロの試合を見守った。しかし、こっちは死なない程度にボコられての二連敗となったようだ。残念ではあるが、その相手がヒソカじゃ仕方がないとしか俺には言えなかった。
というか、ヒソカの辞書に『手加減』なんて言葉があったのかと初めて知ったことで衝撃を受けつつ、試合後にヒソカがカストロへ向かって何か言っている様だったので、"凝" にて聴力を強化して会話を拾う。それによると、どうやらカストロは無事にヒソカにとって青い果実認定されていた様である。「なるほど。やはり見立て通り、
まぁ、そうは言ってもカストロは理知的に見えて、その実、典型的な強化系脳筋バカな部分の方が強いと言う念能力者あるあるということを考えれば、きっと、すぐに今日あったことなど忘れてリベンジに燃えるのだろうなと苦笑いを零して先に自室へ足を向けるのだった。
(―――?)
観客席を後にしようとしたところで視線を感じたような気がして振り向くが、そこには相変わらずの大衆による熱狂が木霊するだけで、特に何もありはしなかった。
「気の所為、か……?」
俺は1つ呟き、今度こそ会場を後にした。
――vs.サダソ戦(勝者:リールベルト〔戦績4戦2勝2敗〕)