リールベルトに成り代わった男の物語   作:冷やかし中華

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成り代わって3日目

「あれ、ところでキミは自分で自分を呼称する時の一人称は『私』じゃなかったかな♠」

 

 その指摘に俺は表情や身に纏うオーラや強張りこそ経験からくる反射によって包み隠すことはできたはずだが、内心ではゾッとしたものを覚えた。

 

(本当に良く見て、そして良く聞いている………)

 

 俺はヒソカの言葉を無視して「介添してくれるなら、このまま受付まで運んでくれよ」と口にする。それにヒソカは嫌な顔一つせず「いいよ」と答えた。

 

 沈黙が2人の間を包み、周りに僅かにあった他の200階クラスの闘士が発していた気配は既にない。大方、新しいカモの品定めの心算で、この200階クラスの入口で陣取っていたのだろうが、その判断は懸命だと言わざる得なかった。

 

「ここで良いのかい♦」

「ああ。ところで試合にエントリーするのだろう? 早くしたらどうだ?」

 

 そうヒソカへ合図すると彼は何を思ったのか「本当につれないねえ♣」などと言って受付の女性から簡単な説明を聞き、闘士としてのエントリーだけするに留めていたようだった。

 

「明日、試合を組みたい。ああ、不戦敗の心算だからニヤけるな、そこ」

「クックック……本当に焦らすのが上手い。欲情してきちゃうじゃないか♥」

「ヤメロ! 気持ち悪いわ!!」

 

 そして俺は試合のエントリーだけ済ませて自力で車椅子を操作し、エレベーターを降りようと階を下るボタンを押下して到着した文明の利器へ乗り込んだのだが――

 

「何時までついてくるつもりだ?」

「ボクは、まだこの辺りの立地がよく分からなくてね。良かったら案内してくれよ♠」

「嘘ばっかりだな」

 

 ヒソカの言葉に溜息交じりに答えて了承の意を示す。これは下手に強硬な姿勢を貫くと碌なことにならないだろうと俺の勘が告げていたからだ。

 

「目的は何だ?」

「青い果実を見つけることかな♦

 そういう意味ではキミは既に熟す寸前。今すぐ食べたい気もするし、まだまだ我慢。このまま何処まで美味しくなるのか眺めていたい気もする、という絶妙な塩梅だ♥」

 

 その言葉に俺は心底疲れ切った表情を浮かべながらも「何言ってるんだか。こんな身体(なり)の弱者など放っておけば良いだろうに」とだけ答えるに留める。だが、その程度で諦めるほどヒソカ(この男)が甘いわけでも、その眼が節穴なわけもない。

 

「キミは本当に、その車椅子から()()()()のかな♠」

「おいこら、そこで試そうとするな変態」

 

 殺気を滲ませながら口角を歪めて何か良からぬことを考えているであろう男を睨みつける。それが悪手だと悟ったのは直後のこと――「へえ、そんなカオも出来るんだねえ♦ ますます欲情しちゃいそうだよ、もう今すぐにでも食べたいくらいだ♥」という言葉を聞いてからのことだった。

 

「寄るな、変態」

 

 そう言い残して俺はエレベータの扉が開くと手動で車椅子を操作して、その場を後にした。後日、天空闘技場周辺で200階クラスの闘士のものとみられる男性の惨殺死体が見つかったそうだが、それが誰の手に依って行われたものかは俺には分からなかった。うん、まったく心当たりなど、ない(断言)

 

 

 * * *

 

 

 ところ変わって試合当日の日である。対戦相手は、これまた名も知らぬもの。戦績を確認すると、どうやら200階クラスで初めての試合のようだ。白星も黒星も無い格闘家然とした好青年。この時の俺は不戦敗で過ごすつもりだったが、組合せが発表されたことと己自身の境遇を天秤にかけた結果、この試合を受けることにした。

 

『さあさあさあさあ、やってまいりました本日の天空闘技場第一試合。200階クラスまでは順当に登り詰めたものの、その後の一戦にて多大なダメージを負い、凡そ6か月間も療養を余儀なくされたリールベルト選手に対するは、天空闘技場では初試合となる虎咬拳の使い手であるカストロ選手だあ!! というか両者ともイケメンすぎるだろ、こんなところで何やってるんだ爆発しろ!!』

 

『オオオォォォォォ!!!』『リールベルト(あの野郎)、あんな身体で試合なんかできるのかよ!』

『リア充、爆発しろ!』『ぶっ殺せえ!!』『ウホ。イイ男』

 

 訳の分からない実況に会場に集った大衆は大盛り上がりである。このまま不戦敗を重ねて消えていく身として認知されていた俺の登場と期待の有望株(なんでも相手となる青年は、190階クラスまでは一度の土も着かなかったそうだ)の組合せということで、どんな試合になるのか想像もつかないことも一因なのだろう。

 

「そのような姿で闘士の意地をみせるのは素晴らしいと思うが、本当に戦えるのか?」

「それは始まってからのお楽しみだよ。最初からタネや仕掛けを見せては、つまらないだろう?」

 

 そんなやりとりを経て主審を務める男性から試合進行について簡単な確認が行われる。俺としては、もう何度も試合中継を見たこともあり聞くまでもないことだったが、相手の青年は初試合ということで丁寧に説明されている『ダウン:1pt』、『クリーンヒット:1pt』、『クリティカルヒット:2pt』………そして、その説明が終わり、主審の合図によって試合の火蓋が切って落とされた。

 

「両者、位置について。レディ・ファイ!!」

 

 俺は動かない、相手となったカストロも動かない。それは俺が試合開始の合図と同時に行った "念" の圧力によるもの。未だ『念』を知らないカストロにとっては、まさしく言葉のとおりに未知の圧力に曝されているといったところだろう。

 

「どうしたんだい?

 先ほどの口ぶりでは俺の身体のことを心配してくれていた様だったが……それとも今になって怖気づいたのかな?」

「だ、黙れ!!」

 

 言葉は強気でも向けられる手から発せられる正体不明のナニカにカストロは仕掛けることが出来ずに俺の周りをウロウロすることしかできない。

 

「なんだ、お散歩でもしに来たのか?」

 

 重ねた挑発と緩めたオーラの圧力によってカストロは、この機を逃さんと踏込、そして――

 

「ごほぁ……」

「油断しすぎじゃないか?」

 

 俺の腕を用いた振り子のような動作から流れる様にして放たれた頭突きがカウンター気味にカストロの鳩尾に突き刺さり吹き飛んでいく。もちろん障害が残らないであろう程度に加減をしつつ放たれたソレだったが、それでも『念』を知らないカストロにとってはダンプに突っ込まれたような衝撃を味わう事になったのだろう。呻き声を上げてリング上でのた打ち回っている。

 

「クリティカル&ダウン! リールベルト3pt!!」

『ウオオオォォォォォ!!!』

『リールベルト選手の様子を窺っていたカストロ選手でしたが、踏み込み仕掛けた隙を逆に突かれる形で頭突きと言う反撃に遭い、リングの端まで吹き飛ばされたぁぁぁ!!

 この展開を誰が予想したでしょうか!? まさかの大波乱だ!!』

 

 もちろん、俺は試合に臨むことを決めた後に普段から介添を務めてくれる女性に倍率で不利になるであろう俺へ1,000万Jほど賭けさせてある。そして思った通り観客によるギャンブル・スイッチが押された結果として俺のオッズは7.1倍だった。それに対して、200階クラスでは初試合とはいえこれまで負け知らずで此処まで来た上での()()()()()()()()()()()ということも手伝ってか、当初の目論みどおりカストロは1.1倍と優性だ。まぁ、俺は車椅子だしな、こんなもんだろう。というわけで、不労所得をガンガンに稼がしてもらうとしよう(ゲス顔)

 

「立てるか!?」

「ま、まだまだぁぁ!!」

『さあ盛り上がってまいりました!

 リールベルト選手の反撃によって吹き飛ばされ、のた打ち回っていたカストロ選手ですが、カウント7で立ち上がり闘う意志を見せています!!』

 

 もちろん、このあと後遺症が残らない程度にカストロをボコボコのグチャグチャにした。与えられた知識によると、カストロは例の変態ことヒソカによって、天空闘技場(200階クラス)での洗礼を受けて『念』に目覚めるらしい。その後、独学で『念』を習得するそうだが、そのヒソカ曰く「メモリの無駄遣い」により期待外れと蔑まれて若くしてこの世を去ることになる。正直、このカストロの一生など俺にとっては路傍の石も同然かつ所謂カストロ自身が少しキャラの立ったモブという程度の扱いなので、放っておいても良いのだが、これはこれで良いのかもしれないと俺は甘っちょろいことを考えてしまったが故の結果だった。悲劇を知ってしまって止めずに放置するといのは、きっと悪魔の所業とでもいうべき行いなのだろう。そんな正義の味方染みた精神性など宿してはいないつもりだが、それでも前途ある若者が誤った道を進むのを咎められないというのは、こうして授かった『知識』と『経験』によって先を見知ってしまったことで、見た目以上に老成してしまった精神を持つ俺自身の老婆心なのかもしれないなと苦笑いを1つ零し、主審と実況の出した勝ち名乗りを受けて俺は闘技場を後にするのだった。

 

 ――vs.カストロ戦(勝者:リールベルト〔戦績3戦1勝2敗〕)

 


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