リールベルトに成り代わった男の物語   作:冷やかし中華

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成り代わって18日目

 第4次試験終了のアナウンスが流れたことを契機に、俺はスタート地点へ向かって歩を進めていた。その途中、まさかクラピカと遭うことになるとは思っても見なかった(待ち伏せされていただけかもしれない)が、そのやり取りの中において、何故、あのような甘い裁定を下したのか。それが自分自身でも理解できなかった。

 

 本当に、この試験が始まる前にクラピカは落とすと決めたはずだというのに、それが実行できるほどに冷徹になりきれなかった自分が嫌になる。これが『俺』本来の性なのか、それとも、この身体の持ち主だった者の名残なのか、それは分からない。まぁ、クラピカの縋るような表情(かお)に中てられたというよりは、どちらかと言えば、もっと別な理由だったのかもしれないが。その1つが――

 

「隠れてないで、そろそろ出てきたら如何だ?」

 

 相手にも聞こえるように言葉を紡ぐと、木陰からスッと人影が1つ目の前に現れる。その人物を視界に納め、俺は内心で嘆息した。

 

「一体、どういうつもりだい♠」

 

「ん? 『どういうつもり』とは?」

 

 目の前に現れた男、俺の天敵認定している1人である奇術師にして変態(ドS)変態(ドS)にして変態(ドM)という、その存在そのものが「ありえねえ」と言いたくなる変態オブ変態ことヒソカが姿がそこにある。ヒソカは笑顔を浮かべながら俺との距離を詰めるが、その表情とは裏腹に全く笑っていない目と口調が、彼の不満を抱く心を如実に反映しているように見えた。だが、ここまで来て俺も試験に落ちるのは癪であるから取り繕うように言葉を紡ぐ。

 

「冗談だ。別に、お前の玩具を横取りしたわけでもないのだから、あれくらい目を瞑れよ」

 

 そう答えるとヒソカは肩の力を抜いて、「まぁ、そうだね♦」と答えてきた。それに合わせる様にして「質問には答えてやるから移動するのを手伝ってくれよ。ここはギブ&テイクと行こう?」と提案すると、ヒソカは割りと律儀に俺の背後に回ると押しての部分を持って共にスタート地点へと進んでいく。その最中、何故、自身が近くに控えているかとも問われたので、まずはそれについて答えることにした。

 

「ヒソカが何処にいるか、そもそも傍にいたのがヒソカだったのか、ということには直前まで気付いて無かったよ。だけど第4次試験開始からこのかた、基本的には俺たち受験生一人ひとりにピタッとついてるヤツがいるだろ?

 俺と404番との会話の最中から "絶" 使いの人数が増えてくれば、それなりに辺りへ注意を払っていれば招かざる客がいることくらい嫌でも気付くさ。あとは覚えのある気配の殺し方から誰が張っているかの中りを付けたに過ぎない。楽勝だろ?」

 

「♣」

 

 そう気付いた理由を伝えれば、ヒソカは俺の言に納得の意を示しつつも、どこか苦虫を噛み潰したような不思議な表情へと切り替える。

 

「それで、キミが404番に情けをかけたのはボク以外にもキミと彼の動向を見守っていた第三者が他にもいたからかな?

 でも、それだと理由としては少し弱い……ハンターになれば自ずと念能力は身に付けざる得ないわけだけど、彼の心を、牙を折ってしまえば碌な能力を身に付けてくれない可能性があるからね♠

 つまり、彼に()()()()()()()()()()というのは、それはそれでボクの玩具候補から外れるというデメリットが発生し得るわけだけど、それを補えるだけの理由がリールベルトには何かあるのかい?」

 

「さてな。そこは本人次第だから俺に保障できる領分ではない。ただ、ヒソカにはヒソカの考えがあるように、俺には俺の考えがある。そこくらいは理解して欲しいね。あくまでも俺は、俺の自己保存、防衛のために先手を打ったに過ぎない」

 

 そういうとヒソカは、また不満気な気配を漂わせる。本当に、こういうところはコイツも自己中というか、子供そのままだよなと俺は苦笑いを浮かべて更に続きを口にした。

 

「俺の個人的な感想を言えば、もう404番が何が何でも旅団(アイツ等)に復讐したいのだというなら、これ以上、それに係るようなことはしないつもりだ。それ故に『別に約束は守ってもいいし、守らなくてもいいとも告げた』からね。俺の自己防衛の為に先手を打つというのは、404番に俺が旅団(アイツ等)の味方や仲間だと思われることを避けるためだ。ま、そこはもう手遅れかもしれんけど、一応、ね。一応。

 

 それになにより、俺が旅団の仲間か否か、俺がそう思ってなくとも向こうから見れば知人であるからという理由だけで、クルタの一件と関わりが無くても復讐の対象となってしまう可能性も捨てきれない。まぁ、そこまで分別がつかないほど子供でもないと思いたいが、どちらにしてもそれらの判断は404番に一存に全てが掛かっている。俺がどう釈明したところで、アレが『お前も同類だ、死ね』なんて言って挑みかかってきたら、もう俺にはどうしようもないだろ?

 

 そうではなく、仮に俺が旅団と好むと好まざるとに関わらず親しくしているところを見られた上で、尚、それをノーカウントにしてくれるというなら、それはそれで助かるのだけど、そこで新たに問題になってくるのが……死者の念だよ」

 

 其処まで言うと、ヒソカも漸く俺の言いたいことが見えてきたのか、それに理解を示したような、だけどまだ釈然としない表情を浮かべていた。

 

「死者の念は非情に強力なのは、ある程度の経験を積んだ念能力者であれば周知の事実だ。それを除念できる人間は、この世界に5人もいないと言われるくらいにはね。そして、404番が無念と失意の内に旅団のメンバーに殺されるようなことがあれば、それは新しい怪物を誕生させる恐れがある。即ち、復讐に特化した化物の存在だな。語らず、映らず、不死身である化物に狙われるだなんて、俺はまっぴらゴメンなわけさ。ヒソカだって、そんな理性の欠片も無い獣の相手など趣味じゃないだろ?」

 

 そこまで言うと、初めてヒソカから「それは、そうだね……♦」と言葉を濁されながらも一定の理解を得ることは出来たようだった。

 

 復讐者(アベンジャー)……それは何て虚しくて悲しい化物だろうか。

 

 憎くて憎くて何もかもが憎くて煮えたぎる油を胃の中に注ぎ込まれるような日々――殺しても殺してもその気持ちが晴れることはなく、その当事者を殺した後ですら曇った心が晴れることはない。だから結局、次の獲物は、それに関わったもの、取り返さなければならないナニカを持っているもの。そういった関わりのある何もかもを殲滅するしかなくなっていく。

 

 凡そ、このまま放っておけばそうなりかねないということを知りえたのは、授けられた『知識』によるもの。目を瞑れば勝手に必要な情報を文字と数字の羅列によって教えてくれるそれであるが、たったそれだけのことであったも俺の心を打つには十分だった。

 

 しかし、その曇った心は一生涯晴れることはない。それこそ()()()()()()()()()()()その憎悪が晴れることはない。

 

 404番、否、クラピカの味わった絶望と痛みを部外者である俺に理解できるはずもない。けれど、それでも安易に復讐などという道に走るべきではないというのは、それこそ人間でいたいなら尚更だ。一度でも復讐と応報、殺戮の道を走り出してしまえば、あとは心が渇いて、渇いて、渇いて、そして軋んで、やがて罅割れていくのは避けられない宿痾(もの)となる。

 

 それは僅かに残った良心とか、そんな甘っちょろいものなんかじゃない。単純な心の加速の問題だ。

 

 ――それは言い換えれば、己の内に蔓延る憎悪と復讐を充たすために遮二無二突っ走ることに他ならない。その走行は、より速く、迅く、加速していく。生半可な憎悪では足りない、半端な復讐では美味しくない。復讐するべき相手に復讐したとき。応報すべき相手に応報したとき。その時になって初めて、()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。復讐を遂げ、応報を果たし、そして潤ったはずの心は、気付けば渇き、罅割れ、そうしてまた飢えていく。あとは、それの繰り返し。復讐と応報を果たす当事者たちがいなくなれば、今度は、それに関わった者たちが、その対象へと拡大していく。

 

 そうして途切れることの無い復讐と応報の連鎖の中にあって最初に抱いていた理想、一番叶えたかった願いは次第に滲み、濁り、やがて視界から消えていくという。終いには己が還るべき場所も、目的とした地平も見失って、自身を苛む『渇き』を満たす為に走り続けるだけの獣に成り下がる。この世界に "魔術" なんてものがあるのかは知らないが、代わりに "念能力" などという神秘がある世の中だ。そして、俺たちの扱う "念能力" というのは、『知識』の中にあった "魔術" なんてものよりも更に直接的ものだ。なんたって本人の健康状態やら精神状態に依存するものだからな。クラピカは、たとえあそこから立ち直らずに今回ハンターになるという道を諦めたとしても、いずれ早い段階で運命に導かれるようにして "念能力" を身に付けるだろう。そうなれば、尚更、死者の念を纏う化物が誕生する可能性は高まらざるえまい。

 

 ヒソカにも語ったとおり、死者の念は非常に強力だ。何れは内在するオーラが尽きて立ち消えるという可能性もゼロではないが……そうなる保障はどこにもない。仮に自然に任せるまま立ち消えてくれるとして、そうなるまでの間にどれだけの害悪を周りに撒き散らすか分かったものではない。とはいえ、クラピカがそうなると断定できるものでもないのは確かではある。だが、そうなる可能性が高いのも事実だ。それらのことを総合して考えれば、やはり俺にはどうしてもクラピカを放っておくことは出来なかったのだろう。

 

(あぁ、そうか。ここで落としてもクラピカが運命に導かれて念を身に付けてしまうだとしたら、俺がしてきたことは彼の俺に対する心象を悪くするだけのマイナス、あまりにも意味の無い徒労だったな………。)

 

 そう思い至って俺はヒソカに悟られないように自嘲した。なんて無様と。だが、俺の背後にいる男には、その僅かな変化にも気付いたらしい。本当に、この感覚の鋭さは何なんだろうかと辟易しそうにもなるが、そこで下手に策を練っても仕方が無いと諦めて俺は気持ちを切り替える。立ち止まってこちらの様子を伺う男に対して、おそらく最も効果的で納得してもらいやすいであろう言葉を告げたのだった。

 

「ヒソカだって新しく見つけた玩具には下手に歪な能力……例えば旅団特化の能力を身に付けられるよりも、その才能を活かした能力を身に付けてもらえたほうが今後の愉しみが増えるんじゃないのか?」

 

 その俺からの言葉に、ヒソカは珍しくキョトンとした表情を浮かべながらも「たしかに、そっちの方がボク好みかも♥」などと身勝手なことを宣いながら、また無邪気に過ぎる笑みを、その顔に貼り付けるのだった。


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