リールベルトに成り代わった男の物語   作:冷やかし中華

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 クラピカが、クラピカらしくないと思われるかもしれませんが、その辺りは、ご容赦の程を。。



成り代わって17日目

 海上に浮かぶ客船から『ブォォォォォ』という汽笛が鳴り響くと同時に、この長かった第4次試験の終了を報せるアナウンスが島全体に木霊した。

 

『ただ今をもちまして第4次試験は終了となります。受験生のみなさん、すみやかにスタート地点へお戻り下さい。

 これより1時間を帰還猶予時間とさせていただきます。それまでに戻られない方は全て不合格とみなしますので御注意下さい』

 

『なお、()()()()()()()()()()()()()プレートの移動は無効です。確認され次第、失格となりますので御注意下さい』

 

 その定期的に帰還猶予時間だけを変更しながら繰り返される第4次試験終了のアナウンスを聞きながら、私は全力で目の前に佇む男に頭を下げていた。

 

「ほれ、もう試験は終了したぞ。()()()()()()()()()()()()()()()、地に額をこすりつけて一体どういうつもりだ? まだ俺に何か用か?」

 

「お願いします。俺に……私にプレートを譲って下さい!!」

 

 そう目の前にいるのは、43番のプレートを()()()()()()()の車椅子の男だった。車椅子の男は何処までも冷たく感じるような視線で()()()を睥睨する。まるで私を、否、ここに私と共に居る者たちまで、私の、私自身の力不足が原因で所為で汚物同然の扱いをされているような錯覚を覚え、それが堪らなく情けなくなると同時に自分自身への怒りで視界が赤く染まりそうになるのを必死で堪えて私は地に額を擦り付けた。

 

「………何故、俺なんかに頼る? というか、合格したければ、すぐに近くにプレートがあったんじゃないのか? 一緒に行動していた、ご友人がいたのだろう?」

 

 至極、当然の切り返しをされて言葉に詰まる。当然だ。彼が、自分と私の2枚、合格に必要な計6点分のプレートしか保持していなかったとしたら、私は自分の力不足を棚に上げて彼に試験から降りろと言っているに等しいのだから。しかも、どういうわけか、彼は自分の胸につけていたプレートを外している。否、それは正しくない。外しているのではない、おそらく彼を超える実力者によって奪われている。私と相対していたときにはプレートのあった箇所が解れているのが見えていたからだ。

 

 それでも彼は悠然とスタート地点へ向かって移動していたところを見るに、おそらく失った自分のプレート(43番)を補うだけのプレートを既に所持している。それが何枚なのかは不明だが、しかし、このままスタート地点まで帰還猶予時間内に戻れれば、この試験は合格することが確実ゆえの余裕のある動作だと一目見て気付いた。そんな受験生から私は誇りも何もあったものではない物乞いそのものの無体なお願いをしているのだ。

 

「ゴンと、レオリオは関係ないんです。これは私自身の問題だから彼等を巻き込みたくない」

 

 それなら一緒に来るなよ……そんな彼の呆れ声が脳裏に響いた気がした。最もだ。だが、私のプレートが足らないのは、睡眠効果のある煙で満たされた洞穴からゴンに抱えられて脱出した後、目が覚めるまで伝えていなかったし、伝えるつもりもなかったから、こうして私は合格に必要なプレートが1点足りていない状態となっている。先じてゴンに私も合格するプレートが足りないからポンズのターゲットである人物(バーボン)のプレートは、ポンズに渡さずにいてほしいと頼むことも、おそらく可能だったのに、私はそれをしなかった。それが出来ていれば、こうして頭など下げずにいられたし、仲間(ゴンとレオリオ)を巻き込まずにいられたのに。全ては私自身の力不足の所為で、周りに迷惑をかけていることを自覚して抑えようとしても自制が効かなくなりそうになる。

 

「おねがい、します………わたしにプレートをゆずってください………」

 

『帰還猶予時間、残り40分です!!』

 

 時間は無情に過ぎていく。背後に隠れているだろう2人(仲間)の焦る気配があるのが分かる。着いてくるなと言ったのに、結局、彼等は私を追ってきたらしい。そして、私よりも数段実力が上の彼も、おそらく、その事に気付いている。

 

「ところで、何故、俺に頼もうと思った?」

 

 そんな問いを投げられて私は言葉に詰まった。何故、何故か。分からない。スタート地点に向かって移動している彼を見つけた瞬間に、条件反射をするようにして身体が勝手に動いていたというのが正確だろうか。

 

「わかりません」

 

 故に、偽ることなく正直に答えた。これは好機だと私は思った。彼は自分が合格するのに必要なだけ、それ以上のプレートを持っているに違いないと確信が持てたから、交渉次第では何とかなるかもしれないと甘い考えが過ぎってしまった。なにせ、彼が合格するのにギリギリのプレートしか所持していないとしたら、また、あの謎の攻撃で私を地面に縫い付け、身動き1つ取らせないようにするなど造作も無いはずなのに、それをせずに問答を口にしたからだ。

 

「なんでもするか?」

 

「します!!」

 

 ハッと顔を上げて条件反射で了解の意を返したことに「しまった……」と内心で毒づく。彼は今、()()()()と、たしかにそう言ったのだ。おそらく交換条件で命までは奪われるようなことにはならないと思うが、それでも私は一瞬目の前にチラついた希望に縋るようにして反射で答えてしまったことに後悔した。そして、沈黙が降りた。

 

「なんで、そこで条件反射するかね……」

「……………」

 

 そう、先ほどまでの冷厳とした表情ではなく、どちらかといえば本来の彼に近いのであろう表情で呆れるように問われてしまい、私は顔だけでなく耳まで赤く(あつく)なっているのが分かる。

 

「俺は今『なんでも』と言ったわけだけど、この言葉の意味するところの重さが分からなかったわけではあるまい?」

 

「はい……間違いなく失態だったと自分でも思います。降って湧いた希望に縋りつくにしては、余りにも幼稚な反応をしたものだと、そう思わずにはいられません」

 

「じゃあ、取り消すか?」

 

「いいえ」

 

 私の答えに彼は僅かに瞠目し、次いで「何故?」と疑問を口にした。その際も口角を上げたり、頬を緩ませたりするような仕草すらみせずに、あくまでも淡々とした表情だったことを受けて、それだけの情報で私は目の前に佇む彼が、弱者(わたし)を弄って愉しむような、性根の曲がった精魂腐り果てたような人物ではないと直感した。どちらかと言えば、そう、彼はレオリオに近いのかもしれない。偽悪的に振舞っていても、身内に甘いような、そんな彼の本質を少しだけ垣間見た気がした。

 

「私が、この第4次試験に合格するには、もう他に手立てがありません。そして、ほぼ条件反射だったとはいえ、自分の犯した失態を自分に都合が悪くなったから無かったことにするなど許されないことだと考えているからです」

 

 私は彼の顔を真っ直ぐと見据えて答える。その直後、強い、そして冬を感じさせる冷たい風が吹いた。

 

「仮に『復讐を諦めろ』と完全な部外者である俺に言われたら、お前は、それを守ることが出来ると誓えるのか?」

 

 そのように問いかけられ、私は俯き「ギリッ」と奥歯を噛み締め、視線を落としたまま地面の土を握り締める。

 ハンター試験が始まってから船長やレオリオに語ったことを思い出す。

 

 ――奪われた同胞の眼を1つ残らず取り返す。

 

 ――私から幻影旅団(全てを奪った元凶)を必ず捕らえてみせる。

 

 ――死は、全く怖くない。私が一番怖れているのは、この怒りがやがて風化してしまわないかということだ。

 

 あれだけの啖呵を切っておきながらおめおめと敗北し、挙句の果てには、その状況へ追い込んできた相手に対し、こうして頭を下げている。

 

(くやしい……くやしい……! くやしい……ッ!!)

 

 ――こんなに悔しいことがあるか。

 

 ――こんなに惨めなことがあるか。

 

 余りにも悔しくて、こんなことにしか縋れない自分が惨めで、情けなくて、思わず涙が零れそうになるのを必死で堪える。

 

 私が一人っきりでの受験だったら諦められたかもしれない。

 でも、此処にくるまでに得た新しい心を寄せられる仲間、一緒になって苦難(試験)を乗り越えてきた仲間が最終試験に駒を進める中で、こうして自分だけが不合格になるということが何故か我慢できなかった。

 何よりも、この私自身の命よりも優先すると決めたことそのものが、ここで合格(ハンターになること)を諦めてしまえば一生叶わないのではないかと錯覚した。だから、私のもっているちっぽけな誇りなどを理由に、ここで合格を諦めるわけにはいかない。そのためには、今、ここで何を捨ててでもこの他者(43番)に頼らなければならないということそのものが耐えられないほどの屈辱だったとしても、私はそれを犠牲に出来るのだと思っていた。

 

「………はい」

 

 私にとって幻影旅団(全てを奪った元凶)を必ず捕らえることと、奪われた同胞の眼を1つ残らず取り返すことは、たった独り残されてしまった私の人生の生甲斐(すべて)のはずだった。その片割れがこんな形で奪われるというのが堪らなく許せなかった。けど――気付けば、私は、彼の問いに対して搾り出すような声で肯定の言葉を返していた。否、声になっていたのかも分からなかったが、それでも私の中の激情が一気に冷めた気がした。けれど、悔しくて、悔しくて、情けないほど悔しいのに何故か涙は零れなかった。

 

「顔を上げろ」

 

 そう言われて私は顔を上げる。

 

「酷い顔をしているな。まぁ、当然だが。そして、そんなお前に1つだけ忠告しておく」

 

 また、先ほどまでとは違い、私が頭を下げたときと同じような冷やかな視線に曝されたことで、ぞくりと背筋が震える。

 

『帰還猶予時間、残り20分です!!』

 

「出来もしないことなら最初から約束なんてするな。()()()お前にではなく、後ろに控えているお友達に免じてくれてやる。精々気張れよ。そして、先の約束については、守ってもいいし、()()()()()()()()。俺から言えるのはそれだけだ。じゃあな」

 

 そう言って彼は、何時の間にか手に持っていた誰のものとも知れないプレートを投げ捨てるようにて放り投げ、そしてスタート地点がある方向へと去っていった。

 

 目の前、少し離れたところに足りなかった最後の1点分のプレートが転がっている。ここは、まだ()()()()()()()()()()から、プレートの譲渡には含まれないと考えても捉えてもいいのだろうか。最初に流れたアナウンスを頼りにするならギリギリセーフなのだろう。よろよろと立ち上がり、プレートを拾った。その時、初めて涙が溢れてきた。悔しい。

 

「おい、クラピカ………」

 

「先に行っててくれないか。だいじょうぶ、じかんまでには、わたしも、もどるから………」

 

 レオリオの言葉に振り返ることなく言葉を返す。ゴンの「行こう、レオリオ」という気遣い(言葉)が痛かった。あぁ、本当に、なんて惨め。

 

 しかし、分からないのは、やはり彼の残した言葉だった。本当に、一体、どういう意味が込められてあんなことを言うのか。私の実力不足だというのは大いに分かるけれど、きっとそれだけでないというのは間違いない。確かめないと。それだけが胸中に残り、スタート地点まで戻る時間が10分を切ったことを伝えるアナウンスが耳に届いたことで私の足は漸く動き始めて、そしてゴン、キルア、レオリオと合流した。

 

 

 ――第287期ハンター試験 第4次試験(合格に必要な6点分のプレートを集めよ)通過者:10名




ちなみに、これ以外のパターンでは……

1.島内を探索していて出遭ったアゴンから奪う
2.洞窟脱出時にバーボンのプレートもちゃっかりゲット
3.(本文には描写してませんが)空から降ってきた199番のプレートを持っているので、ハンゾーと交換

の3つがありましたが、前者2つが話を作る上で一番簡単かつ読者的な不満も無いという案牌かなーっと思いましたが、それだとつまらないかなというのが1つ。後者のハンゾーと交換するというのは、アニメオリジナルの軍艦島エピソードを挟んでいないので、如何考えてもハンゾーが協力してくれるヴィジョンが思い浮かばなかったのでボツ案としました。

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