自室。俺はベッドの上で寝転がり、天井を眺めながら、ふと思った。
なんつーか、情けねーな。俺。北上を好きになって約一年が過ぎている。だが、未だに自分から話しかけたことがない。これは昔から変わっていない。
学生の頃とか、モテたくて髪の毛を染めたり、筋トレをしたりとかしてたが、好きな子が出来ても告白する勇気なんかなかった。いや、告白どころか雑談する勇気すらなかった。
好きな子と話す勇気なんかない癖に、それを隠すために見栄を張り、虚勢を張り、表面だけ格好付けて来た。好きな子から話しかけて来てくれるのを待った。
「………けど、それじゃダメだ」
そういうのはもう辞めたい。何とか勇気を振り絞って、俺から北上に話し掛けられるようになりたい。
なんて話しかけたら良いのか……。そもそも、みんな全国の男子は女子にどうやって話しかけてんだ?
「………困った」
分からない。でも、そろそろこっちからアタックしていかないと、北上は大井のものになる。それだけは避けたい。好きな子を女の子、それも姉妹に取られるとか死んでも死に切れん。
………よし、とにかく自分から話しかけるんだ。なんでも良い、話しかける内容は明日の俺に任せよう。明日は明日の風が吹くんだ!
「サンダーファイヤー!」
意味不明な必殺技名(?)と共に、俺は眠った。
++++
翌日。俺は仕事をほっぽり出……中断して、北上のいそうな場所に向かった。
昨日、間宮にいたから、今日は多分いないだろう。北上だって女の子だし、体重くらいは気にするだろう。と、なると、演習場か屋根で日向ぼっこか……。
演習場から回ってみるか。そう決めて、廊下を右に曲がると、北上と大井が二人で前を歩いていた。
「ッ⁉︎」
慌てて壁に隠れた。な、何やってんだ俺……何逃げてんの?
俺は後ろから北上と大井を覗いた。
「それでですね、北上さん。私、こんなお洋服が北上さんに似合うと思うんですよ」
「あー、確かにかわいいねこれ。でも、私にはちょっと派手じゃない?」
「そんな事ありません!北上さんは何を着ても似合います!」
「じゃあ別にこれって選ぶ意味なくない?」
「その中でも『特に』の話ですよ」
………気になる。どんな服だ?大井は北上が関わらなければ超女子力高い最強の女の子だ。その大井がコーディネートした北上の私服なんて気にならないはずがない。しかし、私服の北上か………。
………って、イカンイカンイカン!話しかけるんだ、俺!何のんきに妄想を始めてんだ、俺!
なんて話しかけるべきか、あまり向こうが引かずに且つ、話が盛り上がる話題……高校の時に散々調べたろうが!勇気がなくて活かせなかったけど!
「そういえばさ、大井っち」
「何ですか?」
「この前、出掛けた時にあのカーディガン買ったお店ってなんだっけ?また行きたいなぁ」
「ああ。あそこですね。今度行きます?」
「うん。今度は大井っちの服も見つけないとね」
「き、ききっ、北上さんが選んでくれるんですか⁉︎」
「え?うん」
「行きましょう!さぁ行きましょう!すぐ行きましょう!」
「いや、今日は無理だよ〜。午後から雷撃演習だし」
「そ、そうでしたね……。チッ、提督め………」
「大井っちにはロングのスカートも似合うと思うんだよなぁ」
俺がなんて話しかけようか悩んでる間に、二人の話はさらに盛り上がって行く。
な、何か……何か話し掛けないと……。
「提督じゃーん!ちぃーっす」
後ろからドンッと背中を押された。
「っ⁉︎ッ⁉︎」
「あははっ、提督ビビりすぎ〜。鈴谷だよ」
「お、おおっ……脅かすなよ!」
ていうか、よりにもやってお前かよ!青葉に次いで、今来ちゃいけない奴ランキング堂々の2位!
「何してんの?壁に張り付いて。忍者ごっこ?スパイごっこ?エージェントごっこ?」
「ち、違うから!お前には関係ないから!」
「ナニナニ〜?……って、北上と大井………?ナニ、ストーカー?それ笑えないよ提督……」
「違うから!ただのナルトごっこだから!」
「え?それ忍者ごっこじゃん……。しかも一人で?歳いくつよ提督」
「……………」
なんて答えりゃ良かったのか、誰が模範解答を教えて下さい。
「ま、暇なら良いよね?鈴谷、今暇でさ〜。ちょーっと暇潰しに付き合ってよ」
「え、いや俺今忙し」
「ストーカーしてたって、憲兵さんに言っちゃおっかなー」
こ、このアマ……‼︎大体、俺は北上に話しかけないといけないわけで……!
どうしようか悩んでると、鈴谷の後ろからズビシッと頭にチョップが直撃した。
「鈴谷、提督に失礼ですのよ」
「げっ、熊野………」
「申し訳ありません、提督。ほら、鈴谷行きますわよ」
「や、全然」
「ちぇー。提督ー、鈴谷と今度遊んでよー!」
熊野に引き摺られる形で、鈴谷は去って行った。
俺はそれを見ながら、ホッと胸をなで下ろして、北上と大井の方を見ると、姿が無かった。
「いっ⁉︎」
慌てて後を追おうとした直後、ガッと後ろから襟首を掴まれた。大淀さんが眼鏡のレンズを光らせて立っていた。
「提督、何遊んでるんですか?」
「げっ……」
「仕事が溜まってるんですから。執務室に戻ってください」
「……………はい」
俺は執務室に連行された。
結局、午前中は話しかけられなかった。
++++
午後。昼休みに俺は昼飯を食べようと北上を誘おうとしたが、すでに大井と食べていたので、一人で食事を終えた。
さて、ここからだ。北上は演習場にいる。なんとか話し掛けなければならない。
「………どうしたもんか」
俺しかいない執務室で、椅子の背もたれに寄り掛かって、天井を見上げた。
話しかける内容もそうだが、タイミングだ。ずっと大井がくっついて来ている。絶対に邪険にされるだろうなぁ……。いや、大井が怖くて北上と付き合えるか。そこは意志を強く持て。
「よし、じゃあ早速………!」
「何処に行く気ですか?提督」
大淀さんが面白いほどタイミングぴったりで入って来た。
「午前の仕事の遅れを、今から取り返さないといけないんですよ?」
「や、でもッ……」
「仕事、しましょう?」
「……………」
大淀さんが怖くて北上に告白出来るか‼︎
俺は執務室の窓からロープを投げた。
「っ⁉︎」
大淀が動揺してる間に、ロープを握って降りた。ロープを固定するのを忘れてた。
「…………あっ」
死んだな、と、一発で分かった。ロープと一緒に下に落ちた。
「え、嘘?」
「え?」
下から間抜けな声が聞こえた。見ると、北上がいた。
「「ぬあああ⁉︎」」
俺は北上の真上に落ちた。ドッシーン、と言う漫画みたいな効果音の後に、なんとか意識を取り戻すと、目の前に北上の顔があった。
誰がどう見ても、俺が北上を押し倒してるように見える。
「わっ……⁉︎」
「て、提と……‼︎」
俺の顔が真っ赤になると、北上も一瞬だけ顔が赤くなった。
が、すぐに、いつものケロッとした笑顔になった。
「もー、どーしたの、提督?スーパー北上様が見えて、思わず跳んで来ちゃった?」
「え?あ、いやっ………」
チャンスだ。何か、何か話しかけ………!
「な、何やってるんですか提督………⁉︎」
遠くから声がした。大井がすごい形相でこっちを睨んでいた。と、思ったら猛然と走って来た。
ヤバい、狩られる。でも、北上に何か話しかけないと……‼︎わ、話題……話題……!ええぃ、話題なんか知るか!逆転の発想で行け、俺‼︎
「き、北上!」
「何?どしたの?助けてくれってオチ?」
「今日、仕事終わったら話あるから‼︎」
「……………えっ?」
予約を取っておいた。これなら問題ないだろう。
北上の返事を聞く前に、俺は大井から逃げ出した。