翌日。俺はいつものように仕事。北上は今日はまだ部屋に来ていない。最近、毎日来てくれていたからか、少し退屈してたりもする。早く来ないかなーなんて思ってみたり。
………こっちから行くか?いや、そんな勇気はない。向こうは俺のことなんて好きじゃないだろうし、こっちから行こうものなら、「え?何この人、少し遊びに来られただけで私のこと好きになったの?キモっ」となるのは目に見えている。
「…………暇」
………やっぱ行こっかな。いやでも嫌われたくないしな。…………やっぱ行こっかな。でも嫌われたく……、
「………いや、北上の所に行くんじゃないから。ちょっと鎮守府の中歩き回るだけだから。これ休憩だから」
誰に言い訳してるのか自分でも分からないが、とりあえず執務室を出た。
えーっと、北上の居そうな場所……あ、いや会いに行くんじゃないけど。会いに行くんじゃないけど、北上に会えたら嬉しいなーって感じ。何処だろ、間宮?だろうな。どうせ、大井とイチャイチャしてるんだろうなぁ。食べさせ合いとか。
「…………」
………よし、間宮に行こう。急ごう。そう思って小走りに廊下を移動した。
すると、曲がり角でドンッと誰かとぶつかった。ぶつかった相手は後ろにひっくり返った。
「きゃっ」
「あ、悪い」
「い、いや大丈……って、提督さん⁉︎」
ぶつかったのは、瑞鶴だった。
「大丈夫?」
「大丈夫。気を付けてよも〜……」
「悪い、余所見してたわ」
謝りながら手を差し出すと、瑞鶴はその手を取って立ち上がった。
「お詫びになんか奢るよ。間宮行こう」
「お、マジで?さーんきゅっ」
素直でよろしい。これで、仮に北上に俺がいることがバレたとしても、北上と会えたら良いなーなんて気持ち悪い考えのもとで動いていたとはバレまい。
二人で間宮さんの店に入った。中には、予想通り北上と大井が百合百合していた。
「あら、提督。瑞鶴さんも。いらっしゃいませ」
間宮さんがにこにこと微笑みながら挨拶してくれた。
「あ、どうも」
「珍しい組み合わせですね」
「さっき、提督さんに押し倒されたから、奢ってもらいに来たの」
「おい、言い方」
「そういう事ですか。お二人共、どうぞお先な席にお座りください」
「あの、今何を納得したの?おーい、間宮さーん」
無視されて、俺と瑞鶴は席に座った。
「さ、好きなもん頼め」
「うん。じゃあ、この空母パフェで」
こいつまったく遠慮しねーよな。別に良いけど。
「はいよ。間宮さん、空母パフェと抹茶プリン一個ずつ、お願いします」
「はぁーい」
注文すると、調理に掛かる間宮さん。
俺はぼんやりとプリンを待ちながら、北上と大井を見た。相変わらず、百合百合してやがる。
「……提督さん?」
「んをっ、何?」
「何見てんの?」
「別に」
「………あー、北上と大井ねぇ。すっごく仲良いよね。割と本気でドン引きするくらい」
「ドン引きしてやるなよ……」
まぁ、嫉妬してる俺の言えた話じゃないけど。
そういえば、俺が北上の事が好きな事を知ってる奴って、この鎮守府にいるのだろうか。昔から、好きな人を隠すことにおいて、俺は最強クラスだったから、そうバレはしないと思うけど………。
「てか、瑞鶴と翔鶴さんも仲良いじゃん。あそこまでいちゃついてないけど」
「まぁねぇ。翔鶴姉は私がいないとダメだから」
「逆じゃね」
「そ、そんなことないもん‼︎」
「いやいや、いっつもいっつも翔鶴さんに纏わり付いてるでしょ。まぁ、翔鶴さんも嫌がってないけど」
「い、嫌がってないなら良いじゃん!ていうか、なんで翔鶴姉は『さん』付けで私は呼び捨てなの?」
「あー………」
そういえばそうだな。なんでだろ。
「知らね」
「加賀さんや赤城さんにも『さん』付けだよね」
「…………飛龍さんも蒼龍さんも雲龍さんも天城さんも『さん』付けだな」
「葛城は?」
「ヅラ」
「は?」
「ヅラって呼んでる」
「うわあ……かわいそう。でも、さん付けじゃないん……あっ」
「どした?」
「………おっぱいだ」
「は?」
「おっぱいが大きいと『さん』付けなんだ!」
「や、違うと思う。鳳翔さんも『さん』付けだし」
「………それ、本人の前で言わないようにね」
「うん、知ってる」
しかし、さん付けの定義か……。
「ああ、多分自分より年上に見える奴には『さん』付けなんだろうなぁ」
「何それ⁉︎私は子供に見えるってこと⁉︎」
「若く見えるって事だよ」
「…………なら許す」
日本語って素晴らしい。
すると、プリンとパフェがきた。
「お待たせいたしました」
「おーきたきた!」
「すいませんね」
「いえいえ」
間宮さんは商品を置くと、店の奥に戻った。
プリンを食べながら、北上と大井の様子を見た。北上は微笑みながら、大井とお話ししている。
ああ、あの笑顔なぁ……かわいい。なんというか、惹きつけられるよね。ヒマワリがパァっと咲くような笑顔じゃなくて……こう、なんだろ。普通に可愛い笑顔。ダメだ、良い表現ができない。
「ん〜!美味しい!」
そう言った瑞鶴は幸せいっぱいの顔だ。
「美味そうに食うな、お前」
「まね。美味しいものは味わって食べないと」
「それな。物を大事に食べるとかわけわからんよな。美味い時に美味く味わえるように食った方がいいよな」
「それを大事に食べるって言うんじゃ……」
………あっ、確かに。
「いや、そういうんじゃなくてさ。チビチビとモタモタと時間をかけて食べる奴って好きじゃないんだよね」
「あーそれは分かるかも」
「だべ?」
「翔鶴姉とか、意外と食べるの遅いんだよねー」
ああ、なんとなく想像できる。まぁ、瑞鶴の話を聞いてやってるからだろうけど。
そんな想像をしながら、生クリームの乗った抹茶プリンをスプーンで掬って一口食べた。
「美味っ」
「ほんと?一口ちょーだいっ」
「へっ?」
えっ、そ、それって……あーんしろってこと?何この子、いきなりハードル高くね?
「え、いやっ……そ、それってつまり……?」
「? ダメなの?」
え?それが常識みたいになってるの?翔鶴さんとはいつもそうなのかな?これって俺がおかしいの?
釈然としないながらも、俺はスプーンでプリンをまた掬って、瑞鶴に差し出した。
「んっ」
「へっ?」
「ん!」
「………えっ、あ、いや別に、良いよって言ってくれれば普通にもらったんだけど………」
「………えっ?」
…………何それ死にたい。
俺は恥ずかしさのあまり、顔を両手で覆った。
「でもま、もらえるなら頂いちゃおっかな」
「へっ?」
「あー……」
瑞鶴が一口食べようとした直後、隣から別の顔が伸びて来て、一口食べた。北上だった。
「っ⁉︎ き、きき北上⁉︎」
「んーっ、やっぱ間宮さんのプリン美味しいわー」
「お、っ、おっ……おまっ……何やっ……⁉︎」
「それはこっちの台詞。何、イチャイチャしてんの?」
ゴミを見る目で北上は言った。
「う、うるさい…!てか、お前に言われたくねーし!」
「私は別に姉妹で仲良くしてただけだもん。ね?大井っち?」
「え?」
「えっ?」
大井がキョトンと首を傾げた。北上もそれに声を漏らしたが、スルーして言った。
「とにかく、人目のつくところでイチャイチャするのやめなよ」
「や、だから別にイチャイチャしてたわけじゃ……!」
「そ、そうよ、北上。別にイチャイチャなんて……!」
「二人して否定しちゃってる辺りがもうね」
俺は反論の手立てを失って俯き、瑞鶴は「あのねぇ!」と説明する。
「確かに、なんでそこで『あーん』されたのか分からないけど、別にイチャイチャしてたわけじゃないの!」
「いや、それ側から見たら立派なイチャイチャだからね」
な、なんで北上はこんなに機嫌が悪いんだ……?
「わ、悪かったよ……。何を怒ってるか分からんけど、なんか奢るから、もう怒るな」
「………この私を食べ物で釣ろうっての?」
「いや、釣ろうじゃなくて、北上とは喧嘩したくないって事」
「……………」
すると、北上は何故かそっぽを向いて、しばらく考え込んだ後、俺のお向かいに座った。
「じゃ、チョコパフェ、ミルクプリン、たい焼きカスタード、抹茶アイス」
「えっ、そ、そんなに?」
「文句あんの?」
「い、いえ、ないです……」
「じゃ、提督さん。私、そろそろ行くね。奢ってくれてありがと」
瑞鶴が席を立った。
「あ、ああ」
瑞鶴は去り際に北上を見て、ニヤッと微笑んだ。それに、北上はメンチを切って返すと、「おー怖っ」と瑞鶴は呟いて、大井を引きずって店を出た。
「…………」
「…………」
「……あ、間宮さん。チョコパフェ、ミルクプリン、たい焼きカスタード、抹茶アイス」
「はーい」
注文したものを待つ間、俺と北上はただ二人で料理を待っていた。
「…………」
「…………」
「……あの、北上?」
「何」
「まだ怒ってる?」
「怒ってない」
「ほ、ほんとに?」
「しつこい」
怒ってんじゃん。悪かったな、しつこくて。そんな事してる間に、俺はプリンを食べ終えてしまった。
………まあ、北上と二人きりでここにいられるだけでも良しとしよう。
「………提督」
「な、何っ?」
「そんな怯えなくて良いよ。本当に怒ってないから。少し不機嫌なだけ」
怒ってんじゃん。立派に。
「提督さ、瑞鶴と何話してたの?」
「え?あ、あー……いや、大した話してないよ。ただ、俺が『さん』付けしてる人の定義とか」
「ふーん、どういう人なの?」
「歳上に見える人」
「ああ〜、提督ヘタレっぽいもんねー」
「うるせー」
「ま、私も人の事言えないけど」
「………えっ?北上が?ヘタレ?どの辺が?」
「…………」
「え、何その顔」
「何でもないよー。バーカ」
え、なんで罵られたの俺。
そんな事をしてる間に、北上の注文した商品が運ばれて来た。
北上が甘味を食べ始め、俺はそれを黙って見ていた。