朝の6時過ぎに、コンコンと俺の部屋を叩く音がした。おそらく、北上だろう。これから二人で温泉旅行である。
「おはよー、提督ー」
「ああ、おはよう。少し待ってて」
「はーい」
靴下を履いて、俺は部屋を出た。部屋の前では、私服の北上が待っていた。
「お待たせ」
「んっ」
「行くか」
「…………それより、言う事は?」
「………えっと……私服、かっ、可愛いよ………」
「提督も照れてて可愛いよ」
「う、うるせぇ!」
「いいから、いこ?」
北上は俺の手を引いて歩き出した。
そのまま駅に向かい、改札を通って、俺と北上は電車に乗った。これから小一時間、電車の旅である。
「おおー……!私、電車乗るの初めてなんだー」
北上が目を輝かせて車内へ。まだ6時半頃なので、電車も空いていた。
「ああ、そっか。悪いな、今までバイクで」
「ううん?提督の背中にくっ付けるし、バイクも良かったよ?」
「…………そ、そうか」
「あ、やっぱ照れるんだそこで」
「う、うるせぇ!バーカバーカ!」
「はいはい、かわいいかわいい」
俺の頭を撫でて来る北上の手を払いのけながら、椅子に座った。本当にこいつは俺の事ばかりからかって来る。
……いや、それが北上なりの愛情表現なのかもしれないが。あ、なんかそう思うと可愛く思えて来た。
「北上」
「なにー?」
「かわいい」
「うえっ⁉︎な、何急に⁉︎」
「好きな子にちょっかい出す小学生みたいで可愛い」
「………あ、謝るからやめて下さい……」
北上は顔を赤くして俯いた。本当に受けに回ると弱いなこいつ。
++++
電車を乗り継いで、新幹線に乗った。北上は当然、新幹線に乗るのも初めてのようで、子供みたいにはしゃぎながら窓の外を眺めていた。
「おおー……すごい早いね……」
「まぁ、新幹線だからな」
「これどのくらい速いの?」
「普通の電車より速い」
「比較対象考えてよ」
「いや、俺も詳しくないんだよ。ちょい待ち」
俺はスマホを取り出した。
「ふーん……時速285kmだって」
「嘘っ⁉︎速くない⁉︎」
「ウルトラマンは時速450kmで走るなら、余り速いとは感じないや」
「何と比べてんの?ていうか、前々から思ってたけど、提督はウルトラマン好きなの?」
「ウルトラマンっていうか……特撮ヒーローとかアメコミが好き」
「ふーん……子供だねー」
「うるせ。アメコミは一般的だろ。仮面ライダーとかウルトラマンだって大人も見るぞ」
「じゃあ特撮ヒーローと私、どっちが好き?」
「ベクトルが違うだろ………」
「誤魔化さない」
「…………………北上」
「そのくらいで照れないのー」
「う、うるさい!良いから朝飯食うぞ!」
「おーおー、いつまで経っても提督は可愛いねぃ」
北上が隣でケタケタ笑うのを無視して、俺は新幹線に乗る前にニューデイズで買った食い物を取り出した。前の席の背中の机を出し、北上の方にはパン二個と午後ティーのミルクティー、俺は鮭のおにぎり二個といろ○すの炭酸水ぶどうを置いた。
北上がパンの袋を開けて、思いっきり一口噛み付いた。パンのラインナップは、チョココロネにチョコクロワッサンと、可愛らしいチョイスだった。小さい口で、ハムハムとパンを頬張る北上は何とも可愛かったが、ジッと見過ぎでた所為か、北上が俺の方を見た。
「…………今、そんな高カロリーなの食べて太らないの?って思ったでしょ」
「え?いや、思ってないけど⁉︎」
「ふっふっふっ、それに関しては問題ないね。私は太らない体質なのだからっ」
ああ、それを自慢したかったのか。俺、女子じゃないんだけどな。
「ああ、それは知ってる。見れば分かる」
シレッと答えると、北上の目付きが鋭くなった。
「………どういう意味?」
「え?どうって……あっ」
俺の目は北上の胸に吸い寄せられた。大井よりおとなしい胸。妹より控えめな胸。俺はふっと目を逸らした。
「………個人差だから」
「……………提督、嫌いっ」
「ッ⁉︎」
ぷいっとそっぽを向かれ、俺はその場でうなだれた。
++++
「き、北上ぃ……機嫌直してよ……」
「うるさいおっぱい星人」
俺を無視して、北上は前を歩いている。新幹線は目的地に到着し、送迎バスを待ってる状態だ。
「いや、俺別に巨乳に興味ないし!むしろ大き過ぎない方が……!」
「ロリコンなの?キモっ」
「ど、どうしろと……」
お、大井ぃ……。お前がいてくれれば……!いや、俺が狩られるだけだな。
誠意を伝えてもダメなら、物も付けるしかない。
「………北上」
「何?ロリコンオッパイ星人」
「この辺に美味いたい焼き屋があるらしいんだよね」
ぴくっと北上の耳が動いた。本当、下調べしといて良かったわ。
「味が5種類あるらしくて、カスタード、あんこ、チョコ、抹茶、そして密林檎らしいんだけど……これ一1個奢るから許してくれない?」
「………5個で許す」
「…………あ、はい。りょかい」
ちなみに、1個350円とかいうナメた価格である。合計1750円也。しかもこれ1個も食えないんだよなぁ。
北上と屋台まで歩いた。平日なだけあって誰も並んでなかった。すごく良い香りが漂って来て、嗅いだだけでも腹が減る、というのはこの事かと納得してしまった。
「5種類1個ずつ!」
北上はといえば、さっきまでの怒りはどこに行った?と聞きたくなるほどに上機嫌になって注文していた。
たい焼きを買って、北上は俺の手を引いてベンチに座った。………嗚呼、畜生。良い香りだなぁ………。
「……………」
北上は俺の事などまるで無視して、袋の中のたい焼きをひとつ取った。
すると、何を思ったか半分に割った。
「…………はっ?」
思わず間抜けな声を漏らした俺を無視して、北上はムムムッと割ったたい焼きを見比べると、小さい方を俺に渡した。
「はいっ」
「………え、良いの?」
「良いも何も、最初からそうするつもりだったんだけど?」
「えっ……他のも全部?」
「……………」
北上は少し照れたようにそっぽを向いてから頷いた。俺は「ありがと」とお礼を言うと、ありがたくたい焼きを受け取った。
で、二人揃ってあむっと一口食べた。
「おおっ……美味ぁ。なんだこれ」
なんだこれ、外サクサク中ふわふわとか本当にあるんだ世の中に………。
北上も満足してるかな、と思って横を見ると、無言で咀嚼しながら、片手をブンブンと振っていた。え、何その味わい方、可愛い。
「ん〜!」
「良かったなぁ、買って」
「ね、次!あんこ!」
「んっ」
二人でたい焼きを食べた。割った奴、全部大きい方を北上は取ったけど、別に気にしなかった。
丁度、全部食べ終えたタイミングでバスがやって来た。俺は軽く伸びをしながら立ち上がった。
「行きますか」
「うんっ」
バスに乗った。これから、いよいよ温泉である。
席に座って、バスが出発した。
「所で北上、お前これから行く温泉の事、どれくらい知ってる?」
「? 普通の温泉じゃないの?」
「……………」
こいつは一切、調べてないのか……。今思い出したけど、部屋に露天風呂付いたんだよなぁ………。いや、別に一緒に入るとは言ってないし、入っても特訓してあるし、大丈夫だろう。
「なんなの?」
「いや、何でもない」
言うのは温泉着いてからで良いか。と、思ったのだが、北上はジッと俺を睨んだ。
「………そう言う言い方されると気になる」
「今はまだ、気にしない方がいいよ」
「………ふーん?」
すると、北上は俺の脇腹に手を突き刺し、指を動かした。
「ふぁひょっ⁉︎ちょっ……、やめっんんひゃはははは‼︎」
「吐く?」
「吐く!吐くからやめろ!」
客が俺たち以外にいなくて良かった。いたら怒られてた。
「あー実は、さ……」
「うん?」
「これから行く、温泉なんだけど」
「うん」
「部屋に、露天風呂があるらしいんだよね」
「うん。………うん?」
どうやら、理解したみたいだな……。
そこから先は、お互い顔を赤くして俯いたまま、一言も話さなかった。