第1話 からかい合戦
ウブ、という言葉がある。
一言でいうと、恥ずかしがり屋は人を表す言葉だ。又の名を、シャイとも呼ぶ。
俺は、よくそういう風に呼ばれている。それも、部下であるうちの艦娘に。確かに、女性と話すのは慣れてるとは言えない。だが、ウブと言われるほどじゃないはずだ。
うちの艦娘の中で、特に俺のことをウブだなんだと、バカにしてくる奴が一人いる。
それが、こいつだ。
「よーっす、提督ー。スーパー北上さまが遊びきてあげたよー」
重雷装巡洋艦北上である。
この野郎は、いつもいつも執務室に来ては、俺の邪魔をする。
「遊びに来てなんて言ってないから」
「そーんなツレないこと言っちゃってさー。本当は嬉しいくせにー」
確かに、女の子が俺の所に遊びに来てくれるなんて、童貞の俺からしたら超嬉しい。
だが、お前それ自分で言うかな普通?その時点でありがたさ半減だわ。
「や、マジ今仕事してるから。遊んで欲しいなら大井の所に行きなさい」
「大井っちは今、駆逐達に授業してるよー。やらせてるの提督じゃん」
そ、そういえばそうだったかな。それなら尚更マズイんだけど。
「や、そしたらお前尚更ここ来るなよ。大井に、お前と遊ぶために授業に駆り出させたって思われたらどうすんの?」
「大丈夫大丈夫。何して遊ぶ?」
「大丈夫の根拠言わねーのかよ。つか、遊ばないし。仕事中だっつってんだろ」
「じゃ、スーパー北上様が手伝ってあげよう」
「え?」
「そうすれば、早く遊べるよね?」
ニヒッ、と何故か勝ち誇った笑みで言うと、北上は俺の横に座った。教室の席と同じくらいの間隔で、俺の隣に置いてある椅子を、わざわざ俺の真横に運んできて、北上は座った。
肩と肩がぶつかり、俺は思わずビクッとする?その俺の反応を見て、北上は楽しそうにケタケタと笑った。
「ほーんと、ウブだね。提督」
「う、うるせぇ。誰だって隣に座られたらビビるだろ」
「いや、普通の人ならビビらないと思うけど。………っと、それより仕事を続けよう」
北上は、わざわざ俺に寄りかかって、俺の右斜め前の書類に手を伸ばした。……あの、膝にささやかな胸が当たってるんですけど…………っと、キョドるな、俺。またからかわれるぞ。
背筋をピンと伸ばして、北上の様子を見てると、北上はニヤニヤしながら俺を見上げていた。
「………な、何笑ってんの?」
「べーつに?」
………その笑顔はむかつく。北上は書類を手に取ると、中をチェックし始めた。
俺は俺で、作業を開始する。俺は報告書は全部手書きで済ませることにしている。いや、特に理由はないんだけどね。ただ、あんまパソコンが得意じゃない。
「相変わらず、手書きなんだねー」
「まぁ、こっちのが楽だからな」
「いや、普通は手書きの方がめんどいと思うけど」
「それは人によるでしょ」
「………あ、もしかして、パソコンにエロ画像入ってるから見せられないんでしょ?」
「いや、入ってないから……大体、パソコンのエロ画像なんてダウンロードするわけないだろ。ウィルス入ってたらエライ目に遭うし」
「まるで、過去に被害にあったみたいな言い方じゃん」
「いや、違うから。友達が被害に遭ってただけだから。ほら、舞鶴の」
「………ああ、あの人」
北上はゴミを見る目になった。悪いな、大将……今度、ラーメン奢るぜ。
「でも、提督がそういう趣味じゃなくて良かったよ」
「俺はそういうの見たいと思わないからな」
「見る勇気がないだけじゃなくて?」
「ちっ、ちぎゃ……!ちがうから!」
「あははっ、焦り過ぎでしょ〜。なに噛んでんの?」
ケタケタと笑って俺の肩をバシバシと叩く北上。こ、この野郎……!ムカつくぞ、その顔……。
だが、ムカついても俺は何も言えなかった。
ぶっちゃけたことを言うと、俺はこの北上が好きだ。いつもいつも執務室に遊びに来て、いつもいつも仕事の邪魔をし、いつもいつも俺の事をからかってくる北上が好きだ。
だけど、俺にその想いを告げる勇気はなかった。ヘタレを絵に描いたような奴だ、俺は。
「…………はぁ」
「どしたん?ため息なんてついて」
「や、なんでもない……」
「なんでもなくないっしょ、今の感じは。この北上様が何でも聞いてしんぜよう」
えっへん、と無い胸を張る北上。
………こいつ、人の気も知らないで……‼︎一度で良いからこいつを困らせてやりたい。
「………聞いてくれんの?」
「へっ?ま、まぁね!聞いてあげようじゃないの!」
「…………誰にも言わないって誓って言える?」
「誓おう!」
うわっ、薄っぺらっ。装甲かよ。まぁいいや。
「………す、好きな人に、想いを伝える時って、どうすりゃいいの?」
「………………はっ?」
ニヤニヤしてた顔が一気にポカンとした顔になる。
で、頬をヒクヒクさせながら、恐る恐るといった感じで聞いてきた。
「………て、提督……す、すす、好きな人、いるの……?」
「……………」
俺は無言で目を逸らした。
…………うん、ちょっと困らせ過ぎたかもしんない。ていうか、このまま大声で叫びながら廊下を走り回られかねない。
「なーんてな、冗談だよ。ジョーダン」
「…………はっ?」
さらにポカンとした表情になる。で、引きつった笑みを浮かべながら空笑いした。
「だ、だよねー!も、もー、変なこといきなり言わないでよー」
「いつもの仕返しだよ」
「にしても心臓に悪いよー。まったく……次やったら本当に怒るから」
「お、おう………」
えっ、なんで怒ってんの?そんなタチの悪い冗談だったっけ………?
「じゃ、私そろそろ帰るね」
「えっ?いや仕事全然進んでな……」
「知らない」
「えっ………?」
北上は何故か怒って、執務室を出て行ってしまった。
仕事は、夜中の0:30まで続いた。