ダンジョンに勇者がいるのは間違っているだろうか 作:とぅいか
ドスンドスンと、後ろから迫ってくる音に苛付きながらそれに追いつかれまいと自分の足をひたすら前に出す。
追ってきているものに顔をちらりと向けそれが何なのか再度確認する。
こちらを殺そうと向かってくるは半人半牛の怪物。かなりメジャーで物語や英雄譚何かにも出てくることがある怪物その名は《ミノタウロス》。筋骨隆々でその見た目通りかなり力が強い。ミノタウロスは中層に出てくるモンスターだとベルとアドバイザーが言っていた。ここは、上層で中層まで降りた記憶はない。それなのにミノタウロスがいるというのは緊急事態なのだろう。なにせ、ミノタウロスの適正レベルは2。相対するなら最低限レベル2は必要なモンスターだ。まだ、レベル1でしかないナツが勝てる道理はない。…ことも無いが、それでもレベルの壁は厚く倒すよりは逃げた方が色々と良いのだ。レベルが上の怪物を倒すのはそれなりのリスクが付き纏うもの。戦うのなんて論外である。
「…にしても、距離が離れないな」
ミノタウロスと追いかけっこを始めてからずっと付かず離れずの距離を保っている。気による身体能力の強化をしているがこのまま互角ではいずれ体力が尽きて追いつかれるのは明らか。
まだ体力がある今の内に何かしら手を打たないとかなり痛い目にあう可能性がある。
考え事をしながら目の前の曲がり角を右に曲がる。その先には上にあがるための階段に続く道があるはず、だったのだが、道はなくあるのはダンジョンの壁。ダンジョンの地図は頭に入れていたが考え事に集中するあまり道を間違えてしまったようだ。
一度止まれば追いついてくるのは当たり前で既に後ろにはこちらを攻撃しようとするミノタウロスがいるのだろう。攻撃されたら棒立ちというわけにもいかず反撃しなければならない。逃げ場はなく正面戦闘をしなければならないという考えていた中でもまあまあ、面倒なシナリオだ。
しかし、現実は刻一刻と進んでいく。
覚悟を決めて後ろを振り向きミノタウロスの姿を視界に入れる。
走りながら見ていた時には気付かなかったが正面からまじまじ見ていると何となくわかる。追いかけてくる前からだろうか、疲労か恐怖か。何かしらから逃げているような雰囲気がある。それが分かるのは追いかけられる側になったからだろうか。
少なくとも追いかけられるなんて経験は生まれて初めてだ。今まで足をひいたことは一度としてなかったからある意味貴重な経験だったと言える。これから先そういう経験は沢山あると思うが今回は初体験だ。
「初めてが牛人間とはあんまり嬉しくないな」
冒険者になるにあたってギルドから支給されたショートソードを腰から抜き片手で構える。このショートソードでミノタウロスに傷を付けることは出来ないだろう。どれだけ腕があろうと武器が悪ければどうにもならない。いなすことは出来るがそれが出来ても切れないのでは勝ち目がない。
魔法を使えばどうとでもなるがそれは、最後の手段だ。少なくともナツにとって魔法は切り札なのだ。切り札を切るなら奥の手を用意するか、確実に敵を倒せる時だけにする。故にここで魔法は使わない。
『ヴォアアアアア!!』
こちらが考える時間を待つなんてことはなくミノタウロスの剛腕が振るわれる。その攻撃を身を屈めることで回避し股を潜り相手の背後をとる。
がら空きの背中に向かってショートソードを突き立てる。しかし、表面を少し傷つけただけでショートソードがミノタウロスの背中に突き刺さることはなかった。
その場から後ろに跳躍しミノタウロスから距離をとる。その一瞬あと先程まで自分がいた場所を右腕による薙ぎ払いが通過する。
馬鹿の一つ覚えのように先程と同じように右腕を振るう。
その右腕を回避しそして、相手の懐にはいる。
「いくらレベル差があってもここは防げねぇだろ?」
生物である以上大体の生き物は視覚、嗅覚、聴覚などの5感に頼っている。それを潰す手段の一つ。即ち目潰し。ミノタウロスの目が見えていないなんてことでもない限り確実に効く攻撃のはずだ。
片腕でミノタウロスの顔に向かってショートソードを振るおうと構えた瞬間だった。
目の前のミノタウロスの体から剣が生えた生えたように見えた。顔に手が届くほど接近していたせいでその剣が見えたが反応できなかった。ミノタウロスを切り裂いたその剣は同時にナツの体を斜めに切りさく。多少離れていたお陰で浅く切られる程度ですんだがコンマ1秒遅ければミノタウロスごと体を真っ二つにされていたはずだ。
「何なんだ?くそったれ。痛てぇ。」
その場から数歩後に下がる。体を切り裂かれたミノタウロスは消滅し魔石だけがその場に残る。
そして、その後ろ。ミノタウロスごとバッサリ切りやがった輩を見る。
スラリとした体つきに金色の髪を背中の中ほどまで伸ばした美しい女性。あんな、細腕でどうやってミノタウロスを真っ二つに出来るのか疑問だ。…これが、神の恩恵という事か。俺の持ってるやつとは大違いだ。それに―
「まさか、女だとはな」
てっきり、男だと思っていたが…やはり、この考え方はここでは通用しないみたいだな。
「…ごめんなさい。大丈夫?」