ダンジョンに勇者がいるのは間違っているだろうか 作:とぅいか
「お前もここまでだな」
身体中が激しく痛む。自分の姿を確認はしていないがおそらく返り血と自分の血で真っ赤に染まっているだろう。
あたりには血と死体の匂いが充満しており、死体がそこら中に散乱して足の踏み場も無い。
そんな地獄の様な場所に6人の人影がある。
黒髪黒目の少年を少し抜け出しそうな容姿をした男を囲むように5人の人間がそれぞれの武器を向ける。
「お前1人を殺すのにいったい何人の人間が死んだんだろうな。不眠不休で1週間も戦い続けるなんてやっぱり化物だぜ、なあ?勇者様」
勇者と呼ばれた男は満身創痍で剣を握っている感覚がない。あるのは今までにつけられた切り傷、火傷、凍傷、などの痛みだけ。
今は、剣を向けあって殺し合いをしている彼等はほんの1週間前までは共に笑い共に泣きそして、共に戦った仲間だったのだが。
「…なんでこんな事になったんだ、くそったれ」
体を貫通している剣や槍、矢の痛みが消えていく中掠れた声で呟かれた声はしかし誰にも届くことはなく風に乗って消えた。
この日勇者は死んでそして少年は世界を超えた。
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東城 夏は勇者だ。世界を脅かす魔の王、魔王を討ち滅ぼすために異界よりこの世界、アルトに呼び寄せた人間である。
夏がアルトに来たのは当時10歳の時だった。最初は訳もわからず泣き喚き呼び寄せた人間達も泣き止ますのに苦戦させた。
しかし、泣き止んで話を聞きはじめてもいまいち理解できない。それも当然の話で10歳の少年にこの世界を救ってほしいとか魔王倒す力を貴方がもっているなど説明されても理解できようはずもない。
そんな少年の心に気付かなかったアルトの住人は夏に英雄への道を無理やり歩き出させた。
夏は只の一般人であり戦うなど知らない。
だから、アルトの住人は夏に剣とそして魔法を教えた。
そして、少年はこの世界によばれて僅か5年で魔王を下した。まさに偉業、英雄と呼ばれるに相応しい行いをした。しかしそんな彼をこの世界の人間は恐れた。
世界を滅ぼしかけた魔王。そしてそれを倒した勇者。
誰も太刀打ちできなかった敵を倒した人間。
それは本当に人間なのか?
化け物を倒した化け物がこちらに牙を向いたらどうなるのだろうか。
魔王が居なくなったのだから勇者ももはや必要ないのではないか。
そして、勇者の食事に毒をもり奇襲をかけた。
勇者もただ座してやられる訳も無く激しい抵抗をみせた。だが、魔王との戦いの傷も癒えていないのに加え毒で身体の動きも鈍っていて限界がきたのは勇者との戦闘が始まって1週間がたった頃だった。
勇者と言えど一人の人間休む間もなく戦いその体も心もボロボロで最後はあっけないものになった。
しかし最後の抵抗か勇者にとどめを刺す直前目が眩むような光の後勇者が消えた。
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真っ白な場所。上があるのか下が何処か、自分は今浮いているのか地面に立っているのか何もわからない分かるのは自分が生きているということだけ。
『意識が戻ったか勇者よ』
「…俺は勇者じゃねぇ。誰だお前」
喋ってきたのは光。の様なもの、形がなく光っているものだった。
『私は神と人間が呼んでいる存在でそしてそなたを彼の地に送り出したものだ』
今の言葉が本当ならこの自分の事を神と言っている存在が自分をあの世界に拉致した張本人であり犯人。少し前までならこの神に憎悪を抱いたかもしれない。怒り、怒鳴り散らしたかもしれない。だが、少年の心は壊れてしまった。
粉々に砕け散ったのだ何が起ころうとももうどうでもいいと投げやりな考え方しかできなくなっていた。
「で?何のようだよわざわざ死人に会いに来るなんて神ってのはよっぽど暇らしいな」
『…勘違いしているようだ。勇者…いや少年よ。そなたはまだ死んでいない』
死んでない、自分はあの時死んだと思っていたのだが死んでなかったのか。だが、だからどうしたと言うのか生きていた所でどうしろと言うのか。
「重ねて聞き直すが何のようだ。俺が死んでいようが生きていようがどうでもいい」
『もう1度。もう1度生きてみないか?全てを捨て別の異世界でゼロから生きてはみないか?』
また、別の世界で生きるとはまた面白い選択肢を提示してきたものだ。
「断る。さっさと死なせてくれもう疲れた」
面白い、非常に面白そうだ。だが、それ以上に生きるのに疲れた。もう何もしたくない。面倒臭い。だるい。
『しかし、もう体を送ってしまったのだ。すまぬ。決定事項なのだ』
成程、体が送ってあるのかだから今の俺には体がないのだろうか……ん?いや待て今なんて言った?
「待て待て待て!じゃあ、さっきの質問は何だったんだよ!?馬鹿じゃねぇの!?すまぬじゃねぇよ!!」
『そなたの勇者としての能力は強すぎるでな封印させてもらうぞ』
神が言い終わるか言い終わっていないかそんなタイミングで体?に浮遊感が漂い始める。というか、話を聞けよ。
「この糞神がぁ!!」
最後に叫ばれた声はこの場にいる神以外には届くことはなく木霊する。
『良き人生が送れることを祈っているぞ』
その声は彼には届かなかった。
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この日別世界から勇者が1人やって来た。
これはかの勇者が、紡ぐ英雄譚。