諸事情によりカットしてしまった傭兵生活編の弊害がしばしば出ています。
余談ですが、この小説は余り恋愛要素は入りません。
好意を匂わせるような表現は入りますが、ガッツリ恋愛、という事にはならないかと。
ベルディア討伐から10日が経ったある日。
サトウやらアクアやらは、何やらアクセルの街でやっているようだったが、まぁ俺様には関係がない。この世界には魔力が少量でも込められた物体があれば、そちらに向けて念話が出来る機械がある。よって与えておいた。
連絡先は与えておいたので、どうしても頼らなければならない時は連絡してこいということだ。金次第でいくらでも動く。
さて、ならば俺様は今何処にいるか。
教えてやろう。タダで。
む、なんだその顔は。俺様にも金を求めない時くらいはある。特に大金を手に入れた時くらいは。
まさかあの程度の脅しで賞金をぶんどれるとは思わなんだ。
実際に起こっていない架空の損害への要求で請求できるなど、杜撰な体制だなと思う。
まぁ、俺様がどこにいるかなどは、説明するより見てもらう方が早い――――俺様もこの手記を誰かが読むと思って書いてはいない。
だが書類というのは、誰もが読んで分かるというのが大前提でもある。書くからには誰にでも読めることが必要だ。
……はて、なぜ書こうと思ったのだろうか。
まぁいいか。
「お待ちしておりました、ミツルギキョウヤ様。こちらへどうぞ」
俺様の目の前に、真っ黒なカーテンに包まれた馬車が現れ、中から執事らしき服装に身を包んだ爺が現れる。
こいつの名はハイデル。『ベルゼルグ王家』――――つまりこの国、ベルゼルグ王国の国王に仕える存在である。
コレで俺様が何処にいるかは分かっただろう。
この国の中心―――――――王都だ。
ガラガラと開かれたカーテンを開け、俺様は中に入る。そのまま馬車は発進した。
「ミツルギ様、りんご酒とぶどう酒、どちらになさいますか」
中にいる給仕らしき女が、何故か備え付けられている冷蔵庫から2本の瓶を取り出して言う。何を言っているのだこの女は。俺様は未成年だぞ。
「要らん。俺様は見知らぬ連中の酌を受ける気はない」
「そうでございますか。失礼致しました」
………ふむ、よく出来た給仕だな。眉一つ顰めないか。流石は王家か。
「おい、執事」
「なんでございましょう」
「今回の用件はなんだ。わざわざアクセルまで連絡を飛ばしてきて、よっぽどの用なんだろうな」
そう。俺様がわざわざ王都くんだりまでやってきたのは、アクセルのギルドまで要請が来たからである。
曰く、そちらにいらっしゃるミツルギキョウヤ様へ。至急用件がございます。どうか王都正門までいらしてください。
…………ついでと言わんばかりに、前金と称して200万を同封して。
ナメられたものだなと言いながら、3日ほどかけて馬車でここまで来た次第だ。
「はぁ、どうでございましょう。お期待に添えるかは判断しかねますが、見合う価値はあるのではないでしょうか」
「ふん。俺様はお前の御託を聞いているわけじゃない。さっさと用件を話せ」
「失礼致しました。今回お呼び致しましたのは、この国の第1王女でございます、アイリス様に教授して頂きたいとのご用件でございます」
………………………またコレは。
「お前。俺様に死ねと言いたいのか?」
「いえいえ、とんでもございません。ただ国王陛下よりのお達しでございますし。それに、『最強の傭兵』とも称されるミツルギ様であれば、この大役もこなしてみせるのではと愚考致します」
「………おいハイデル。次俺様の目の前でその下らん二つ名を語ってみろ。王都に爆裂魔法をお見舞するからな」
はぁ、とため息をついて、俺様は後頭部をガシガシと掻く。
………いつか、俺様が王都に居たことがあると言った。その時の事は俺様にとって特筆するべきことでもないので、この手記に詳しく書くこともないが。しかし当たり前のように供述するのもおかしな話なので、かなり省略しながら書く。
王都には特典持ちの転生者が大量に存在した。多くの街を巡った俺様だが、数倍は居た。
そいつらの殆どが、レベル30付近だった。
高い連中は凡そ年齢も高く、転生して多くの時間が経っていた。
その中で俺様は、この当時には大量の依頼を受け、レベルは既に40を超えていた。
つまり簡単に言えば、目立った。
しかも俺様は、パーティーを組まずに王都で依頼を受け、クリアしていた。
王都は魔王軍の本拠地と隣接する激戦区であるため、依頼もより多い。この頃には多少名が知れていた(さっきの『最強の傭兵』等だ。厨二病か。恥ずかしくてならん。言い出した奴はいつか殺す)ため、名指しの依頼が飛んできたりもする。この頃に稼いだ額は恐らく1億は超える。
つまり、より目立つ。
最終、俺様は王家の連中に目をつけられた結果、何回かの要請を俺様に要求するようになった。
しかもその額がまた頭が悪い。
例えば、魔王軍の拠点への遠征へ付き添わせる額が5000万。逆に拠点防衛が6000万。
俺様が稼いだ73億。その内の約3割ほどが、王家から稼いだものである。それほど膨大な額だ。王家の出費の表に、俺様への依頼金という欄があるのではと思う程度には。
まぁ俺様がそんな額の依頼を断るはずもない。そしてその悉くで、俺様はそれなりの結果を出してしまうのだ。常に先陣を切り、時には大量のモンスターを引き付けて進軍をサポートするのだ。
それに関しては俺様なので仕方がないが、王家は更に俺様を頼ることになってしまった。しまいには王家の専属騎士についてくれだった。やなこった。
ともかく。俺様と王家の関係はそのような感じだ。
いつもの様に、大量の金を積んでいるのだろうと思うと断る気は起きない訳だが………まさか第1王女の戦闘の相手にまでなるとは。
「到着致しました、ミツルギ様」
「あぁ………」
カーテンを開けて、外に出る。
純白の外壁が、俺様の十数倍の高さで威圧感を与えている。王城である。
王城を囲う塀には、八方向に物見櫓が設けられていて、窪みが少なく、登るのにも苦労するだろう。
相変わらず、よく出来た防備だ。
入口の付近まで来ると、前に誰かがいることがわかった。3人。
三人のうち、二人は見知った仲。もう1人は知り合いではないが、見たことはある―――――この国に住むもので、見たことが無いものは居るまい。
第1王女アイリス――――――フルネームは「ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス」。
………この世界では普通なのかもしれないが。
1回訳してみろ。ベルゼルグ・オシャレ剣・アイリスだぞ。流石の俺様も吹いた。俺様は心の奥でオシャレ剣と呼んでいる。
「ふむ。わざわざお出迎え下さるとはな。俺様のような一庶民をここまで丁重に扱ってくれるとは思ってなかったぞ?」
「………ミツルギ様。いくらミツルギ様とはいえ、アイリス様の御前です。言葉遣いにはお気をつけください」
と苦言を呈したのは、白いスーツに身を包んだ短髪の女だ。名をクレアという。
ふん。何が『ミツルギ様』だ。オシャレ剣の前だからって、賢しらぶりよって。
オシャレ剣を挟んでその右側に居るのはレイン。他の2人に比べて、暗めのローブを被っていて少し暗めの印象を与えている。
「ハッ。下らんことを言うなよ、クレア。お前らは何の用件も告げず、数十キロ離れたアクセルから王都まで呼び出し、金を払えば良いのだろうとばかりに前金を同封するような連中だぞ?礼節を持てと言うならば、まずお前らが持つべきだ」
「……それは……」
「やめなさい、クレア」
と言って、未だ何かを言いかけていたクレアをオシャレ剣が制する。
「申し訳ございません、ミツルギ様。仰ることは尤もでございます。手紙を送った者達については、後に然るべき処分を致します」
申し訳なさそうに困った顔をしてから、オシャレ剣は頭を下げる。それに倣うように、クレアとレインも慌てて頭を下げる。
ふむ、こうも頭を下げられるとオシャレ剣と心の奥で呼んでいることが申し訳なくなってくるな。しかし日本人にとっては本当にオシャレ剣なので俺様は呼び名は変える気はないが。
「ふむ。処罰とやらは要らんぞ、第1王女。そんなことをされても俺様に何の利益もない。俺様にとって適切な処置など、お前らは理解しているだろう」
「…………なるほど。分かりました、ミツルギ様。後ほど給与に上乗せさせていただきます」
「あぁ。ならばいい。どこへなりとも行ってやろう」
「ありがとうございます。では、行きましょう」
アイリスは再度頭を下げると、くるりと踵を返して中へと入る。
クレアは未だ不満そうだったが、主の言うことには逆らわないのか、それに続いた。
レインはこちらの言い分に特に不満はないらしく、何事も無かったようにオシャレ剣に続く。
この二人とも共闘したことはあるが、俺様はどちらかと言うとレインの方が評価している。どちらも優秀だが、彼女の方が常に冷静で、自分の仕事をこなせるからである。
クレアは好況には凡そ大きな力を発揮出来るが、反面劣勢に弱い。簡単に言えばメンタルが弱い。
…………こういうヤツは、強くはあっても強敵にはならないんだよな。強い人間と、敵に回したくない人間は全く別なのだ。
「ミツルギ様。話はハイデルからお聞きしていますか?」
「大体は聞いている。何やら君の相手をして欲しいとか」
「えぇ、その通りです。えぇと、お父様からは真剣でお相手してもらえと言われているのですが………よろしいのでしょうか?」
「……………………あのクソ国王が……」
「へ?」
「………む、すまない。少し君の父親に殺意が湧いただけだ」
「えっ!?な、何故ですか!?何か父が粗相を……!?」
……………なんだコイツ。オシャレ剣なんて頭のおかしな名前のくせに純粋だな。オシャレ剣なのに!
……そろそろ俺様も本気で罪悪感が湧いてきたな。
オシャレ剣呼ばわりされる第1王女、という字面が面白すぎてつい使いすぎたようである。
それにしてもあの国王め。自分の娘を俺様と真剣で戦わせよう、だと?
何を考えているのか――――――そんなことをしたら危ないだろう。
全く―――――少しは俺様の心配をしろと言うのだ。
「………ミツルギ様。少しよろしいでしょうか」
と言って、クレアが俺様に呼びかける。
またなんぞや小言を言われるのだろうなと思いながら、俺様はクレアに寄る。
「なんだ、クレア。小言なら聞かんぞ」
「えぇい、うるさい!先程はアイリス様の手前黙っていたが、もはや見過ごせん!さっきからなんだお前のその態度は!国王陛下やアイリス様に無礼だろうが!」
小声ながらも語気を強めた物言いで、クレアがそう進言する。
ふむ。俺様もタダの貴族ならば敬意を払う事に異論はない。ただベルゼルグ王家は別だ。
王家と俺様は、ベッタリとくっつきすぎている。数多くの賞金首を狩ってきた俺様のレベルは、この世界でももはや指折りである。よって王家としては俺様を魔王軍討伐に使いたい。
しかし生憎俺様は、金でしか動かない。
ベルゼルグ王国は隣国のカジノ大国・エルロードから魔王軍への対処を理由に多額の融資を受けている。魔王軍の賞金もそうだが、多くの賞金首が隣国からの融資で成立している。だから俺様をあまりに頼ると、その分借金が増えるのだ。魔王がいつか倒される時、この国の外債が増えすぎては俺様の身にも関わる。
よってそろそろ、王家との関わりは薄くしておきたいのである。
しかし金を出されれば、俺様は否が応でも応じてしまうだろう。それは俺様の根本であって、今更変化の利く分野ではない。
だから相手から、徐々に頻度を減らしてくれるのが理想だ。
ゆえに、態度を緩める気はない。第1王女への無礼とあれば、多少の効果はあろうさ。
「ふん。クレアよ、貴様も見知らぬ仲ではあるまい。俺様が俺様を曲げることはない。それが嫌ならば、俺様など使わなければいい。そうだろう?」
「なっ……。ミツルギ、お前な……!それが」
「それが出来たら苦労しないか?ふっ、ならば我慢するしかあるまい。取引をするからには、取引先の強みも弱みも同様に受ける。それくらい分かるだろう」
「む………しかし……」
「まぁまぁ。その辺りにしましょう、クレア様。ミツルギ様も、クレア様のお気持ちをお考えください」
と、俺様とクレアを諌めるのはレインだ。
この二人は常にセットだが、クレアがシンフォニア家という貴族の出なのに対して、レインの家は無名なので立場に差はある。
しかし俺様との間に身分差は無い。
「レイン……。むぅ」
仲がいい上にレインの方が頭が良い事をクレアはよく理解しているがゆえ、多少不満そうだったが、その申し出を受け入れる。
俺様も特に異論はない。矛を向けられれば矛を返すが、矛を収めるならば向け続ける必要は俺様にはない。しかし不満はある。
「それはいいがレイン。お前なぞに『ミツルギ様』と呼ばれる筋合いはない。さっさと敬語を外せ。もうそれなりの付き合いだろう。いつになったらお前は遠慮がなくなるんだ?」
「へ?……いや、それはちょっと、ねぇ」
「遺憾ながら同意見だ。この男は、レインが畏まるような大きな人間ではない」
「クレア様まで……」
「ハッキリ言うがな、レインよ。俺様が敬意を払われるに値すると考える者は、俺様が庇護する存在だけだ。その中にお前はいない。立場が異なれば構わんがな」
「…………あははは。そこまで言われると、さすがにたじろぎますね……そうですか。本当に、よろしいので?」
………む。意外だな。
レインはこう見えて頑固な面もあるので、ここまで言っても受け入れない可能性の方が高いと思っていたのだが。
まぁ、俺様がヤツの何を知っているのだと言われれば何も知らないので、そういうこともあるか。
「あぁ。そもそもだ、レイン。同じ言葉遣いをするという事は、されているものを同列とする事でもある。俺様とクレアを同列に扱ってみろ。怒り狂うぞ、ヤツは」
「本人の目の前で言う奴があるか!」
「あははは。そうかもしれません――――そうかも。じゃあ、うん。今後はこれで行くよ……ミツルギ」
………………ふむ。
少し恥ずかしそうにはにかんだその笑顔は、俺様としては不覚な事に、酷く可愛らしいものに見えてしまった。
まぁ、可愛いからなんだという話なのだがな。金を稼げんのならば、容姿の美醜など1エリスの価値もない。
「……さっきから3人で。何を話してるんですか?」
「ハッ。アイリス様!いえ、少しばかり世間話をば……!アイリス様のお耳に入れるような事は、決して…!」
「はい、アイリス様。クレア様の言う通りでございます」
「……そうですか」
くるりと、後ろに回していた首を前に戻し、再び前に進み始めるアイリス。
む、今の感情は……寂寥と落胆か。
ふむ、第1王女と言ってもやはり子供か。
一人除け者にされては、面白くはあるまい。
胸を撫で下ろしているクレアに向けて、俺様は少し、呼びかけてみることにした。
「おい、クレア」
「なんだ。この際だからお前の慇懃無礼さは見逃してやるが、せめて様をつけろ」
「おいクレア様」
「なんだ」
「クレア様はヤツに構ってやらんのか」
「アイリス様に?そんな恐れ多いこと出来るか。あの方は王族であり、私の主君だぞ」
「ふむ。その前に子供だろう。強かろうが身分が高かろうが、子供は子供だろうに」
「アイリス様は幼い頃から王室の教育をお受けになっている。ただの子供と同列に扱うなど、無礼にも程があるぞミツルギ」
…………そういう基準なのか、こいつらは。
高い教育を受ければ、能力は確かに高まるだろう。頭も良くなるだろうし、身体能力も普通の者より高くなるだろう。
しかし精神は?
多くの頭脳が結集し、導き出した地球の心理学になんの狂いも生じない。
むしろ高い教育を受けたからこそ、他者を欲する思いはより強くなるものだ。
一番の側近であるだろう(王家の存在に接する人間は、総じて身分が高い。つまり身分が高い人間が王家の傍にいれば、それはその人間が最も近い側近であることを示す)クレアがあんな様子では、誰が彼女と接することが出来るというのか。それでいいのかベルゼルグ王家。
「ふん。下らん事を聞いて悪かったな、クレア」
「まぁそれはいいが呼び名が戻っているぞ」
そんなクレアの苦情はさておき、宮殿が広すぎるせいか、些か長い。
俺様でも退屈はする。俺様は何かをしていない時間というのが大嫌いなのである。
遊ぶのもいいし仕事をするのもいいが、ダラダラすることだけは許せない。なんでもいいから意義のあることをしなければ。
……………。
今、我ながら下らんことを考えてしまった。俺様にはとんと似つかない、生産性の欠片もない思いつきだ。
………全く。この世界に来てからどうも調子が狂って仕方がない。
俺様は目の前を歩くアイリスに向けて声をかける。
「おい、そこの第1王女」
「わ、私ですか?」
「無論君だ。今思い出したのだが、俺様は君から何の自己紹介も受けていない。王家だろうがなんだろうが、通すべき義理はあるのではないか」
「あっ……そうでしたね。まだ名乗りすらしてなかったなんて。失礼致しました」
そう言うとアイリスは、振り返って一礼しようとする。それを制するように俺様は、アイリスの横に並び立つ。
「歩きながらでいい。立ち止まればそれだけ、金が貰えるのが遅くなるだろうが」
「……………」イライラ
はっはっは。後ろから苛立ちの念を面白いほど感じる。非常に愉快だ。
アイリスは少しだけ驚くと、ふふふと急に笑い出す。
何やらお気に召したのか、暫く笑っていた。
後ろのクレアから、心配の声が掛かる。
「あ、アイリス様……?」
「ふふふ……ごめんなさいクレア。ミツルギ様が余りにもお父様から聞いた通りのお方で、つい。本当にお金のことしか考えてないんですね?」
「ふん。当然のことだろう。俺様は傭兵だぞ。この場にいるのは、全て金のためだ。俺様は金のためにこの場にいるだけで、それ以外の目的を持つことなどない」
「あはははは。アレ?じゃあどうして、話しかけて下さったんですか?お金のことしか考えてないのに。おかしくないですか?」
一頻り笑って、緊張が解れたのだろうか。
アイリスは悪戯っぽく笑って、そんな風に問いかけた。
ふむ。いいバランスだな。無礼と無口の中間を行く、絶妙なラインの冗談だ。
親しみが過ぎれば無礼だし、かと言って何のユーモアもない人間は好かれない。
少しだけだが、アイリスという人間が好きになれそうな気がした。
「ふっ。何を言うやら。無論、金のためだとも。ここで君との繋がりを作っておけば、君から君の父上に良い評価が伝わるかもしれないだろうが。よって俺様のこの行動も全て、金のためだ」
「あはは!でも、それを私に仰ったら台無しじゃないですか!おかしな人です」
ふふふ、とアイリスはまた一人で笑っている。
後ろでクレアが、普段見ることの無い主の様子にオロオロしているのが横目で見えて、少し愉快だった。
………ふむ。子供じゃないか、やはり。
子供は子供らしく、などと言うつもりは無いが。常にあのような調子では、いずれどこかで疲れてしまうだろう。誰かがガス抜きしてやらねば、だが。
………………やれやれ。何をやっているのか、俺様は。王家との繋がりを切っておきたい、と思っていたのは俺様だろうに。
くだらない。一時の感情のために、正しきことを成せぬとはな。
………何か、変わり始めているのだろうか?
……………考えすぎか。
仮にそうだとしても、俺様が金を求めている限り、俺様は俺様だ。他の何が変わろうとも、それだけが変わらなければいい。
「ふふふ。ごめんなさい。こんなに笑うつもりはなかったのですけれど」
「ふん。なに、気にすることはない。君の歳を考えればそれも当然。そんなことより、さっさと名乗ったらどうだ?」
「あっ……そうでしたね。では、改めて。私は、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス。この国の第1王女です」
「……………ぶふっ……」
「え?な、なんで笑うんですか?」
「いや……すまない。分かっていたのだが、それでも直接聞くと少し……だな」
「は、はぁ……?」
スタイリッシュって。ソードって。
ダメだろうそれは。まだめぐみんの方がマシだと思えるレベルだ。
俺様をここまで笑わせる名前などなかなか無いからな?オシャレ剣というのも大分俗っぽい訳だが、それ以外に訳しようがなかった。
いかん……一応仕事で来ているのだ。
さっさと名乗り返さなければ。
「すまない……申し遅れたな。国王から聞いてはいるだろうが、ミツルギキョウヤだ。一介の冒険者に過ぎないが、今日は宜しく頼む」
「はい。今日は名だたる冒険者であるミツルギ様と剣を交えられるということで、楽しみです」
「出来れば手加減をして欲しいものだな。タダの冒険者には、王族の相手は少し堪える」
「また、そんなに謙遜なさらずとも。お父様からミツルギ様の噂については伺っております。なんでも竜種を退けたとか!まるでお伽噺のようで、はしたないことにはしゃいでしまいました!」
ヴリトラの一件か…………。
俺様にとっては愉快ではないが、あの話はベルゼルグ王国中に広がり、俺様という人物を語る上でよく用いられるエピソードとなっている。アレは
…………不意に、アクセルを出る前、アクアに『
「固有スキル?」
「あぁ。この世界に来てからだが、最初からあったものなのだ。特典は一人1つではなかったのか?」
「えぇ、無論その通りよ?固有スキルか。多分だけど、その固有スキルは貴方が元々持っていたものでしょうね」
「元々?俺様が?」
「えぇ。パワーオブマネー、だっけ?そのスキルは、貴方の魂の形の発露、のようなものね。そのスキルはきっと、元の世界でも発動してきたもののはず。同じ効果ではないだろうけど」
「ふむ。要はなんだ?俺様は自覚はしていなかったが、兼ねてよりそんな特殊能力が備わっていたと?」
「まぁ、そんな感じなんじゃないの?それが生来のものなのか、後から染み付いちゃったものなのかは分かんないけど。ねぇねぇマスターさーん!しゅわしゅわもういっぱーい!」
とまぁ、要らぬことまで思い出したが。
謎ではあるが、あのスキルの正体はある程度分かった。
………アクアは駄目な女神だが、アレで立場は決して悪くは無い。異世界の転生事情にまで口を出せていたことを考えれば、ヤツの考えがそう間違ったものでないことも理解出来る。
ふむ。
もう少し使いやすいものであれば良かったのだがな。
「あまり期待しない方がいいぞ。ヴリトラとの一戦は、人づてに聞くには誇張がキツすぎる」
「あら、そうなんですか?私は、たった一人で悪龍を打倒した、と聞いておりますが」
「ふん。やはりな。無論俺様の能力が高いことも認めるが、アレは決して俺様一人のものでは無い。俺様だけで打倒できるほど、悪龍は甘い存在ではなかった」
「本当は違うんですか!是非お話を……あ。残念です、着いてしまいました……」
アイリスの言う通り、暫く歩いた突き当たりには、模擬修練場、と書かれたルームプレートの部屋が現れていた。
ここが剣を交える場所なのだろう。
隣で至極残念そうに笑うアイリスを見ると、流石の俺様と言えどバツの悪い気持ちになる。
大切に育てられたのだろうが、この国は子供の教育について明らかに間違えている。
子供に必要なものは、知を高める学びと、健やかな食事と、感受性を高める遊びと、感情を共有する友人だと言うのに。
はぁ、と息をつきつつ、俺様はこの国の行く末が非常に不安になってきた。
魔王軍が居るうちは良いが、いなくなった途端にこの国は崩壊するだろう。
余りにも武力国家の面が強すぎる。交易も産業も教育も、レベルが低い。街単位であればいくらかマシだが、国家レベルの強みがない。
その被害に今まさにあっている目の前の王女を見ると、筆舌に尽くし難い苛立ちを感じる。
やれやれ。最悪、この国を出ることも考えねばな……。
「…………ふん。別に、話すのが今でなければならない理由もないだろう」
「え?どういう意味ですか……?」
「聞きたければいつでも話してやると言っているのだ。俺様は確かに傭兵だが、それくらいタダでやってやるさ」
…………何を言っているのだろうな、俺様は。
認めよう。どうやら俺様はこの娘に、同情しているらしい。
優れた出自を持ち、あらゆるものを与えられる立場にいるだろう第一王女が。
このような孤独を抱え、誰もそれを理解していない。
金がないのはいい。
腹が空くのも耐えられよう。
頭が悪くとも、なんとでも出来る。
ただ精神が孤独なのはダメだ。
それは、誰も耐えられない。
それが人だからだ。人は他者を求めるからだ。孤独を真に良しとする人間性は、人の領分を超えている。
無論、俺様がその孤独を埋めようなどと言うつもりは毛頭ない。そんな事が出来るなどと、俺様は驕るつもりは無い。
だが可能なことはやる。
「………いいんですか?」
「ふん。しかし、それは俺様が決められることでもない。俺様は君のスケジュールなどには関与できんからな。ゆえに、ヤツに聞いてやればどうだ――――なぁ、クレア」
くるりと振り返って、クレアに呼びかける。
ここで話を振られたのが意外だったのか、少し動揺しながらも、クレアは答える。
「む――――今日のアイリス様のスケジュールは、この修練を1時から3時まで。そこから30分の休憩の後、レインと王国史の勉強となっています」
「だ、そうだぞ。それで?どうするのだ、第1王女」
俺様はそうアイリスに問いかける。
俺様は求められればそれを返す程度の事はするが、逆に言えば求められない限り何も与えない。俺様を頼ろう、使おうとする者に対してはそこに理がある限り応える。
まぁ、金が関われば全て関係ないがな。
アイリスは少しだけ戸惑った。
恐らくだが、この少女は誰かに我儘を言ったことがないのだろう。
しかし、おずおずとだが、アイリスはクレアに申し立てる。
「……あの、クレア。もし、宜しければですが……。この修練が終わったら、ミツルギ様にお話を伺っても……いいですか?」
かなり遠慮がちに、クレアにそう伺いを立てる。
クレアはそれを聞くと、間髪入れずに返答する。
「勿論でございます。忌々しいですが、その男の武勲は紛れもなく本物ですよ。アイリス様も、何か得るものがあるかと」
そんなクレアの返答は、凡そ俺様の予想していたものだった。断るはずがないだろう。
無論スケジュールに空きがなければある程度考えただろうが、主の申し出を断るような人間では、クレアはない。
まぁ少しばかり俺様への本音が漏れているがな。
「……!ありがとうございます!レインも、その分お勉強頑張りますから!」
「えぇ。私も精一杯、教鞭を振るわせていただきますね」ニッコリ
…………ふん。最初からこうしていれば良いのだ。
無論、逆らう必要は無いが。叶えられるレベルのお願いならすればいい。子供の我儘など、可愛いものだろうに。人の言うことを聞き、言われた通りに出来る子供は確かに素晴らしいかもしれないが、同時に愛嬌のない子供にも映るだろう。
………ふと思ったが。
この国。学校はないのか?
どこの街にも、それらしき建物を見なかった気がするが。
………そんなんでやって行けるのか?
甚だ疑問ではあったが、まぁ呑み込むこととした。
後で調べてみるとしよう。
「ミツルギ様!許可を頂けました!」
「そのようだな。ならそろそろいいだろう。俺様もさっさと終わらせたいんだ、中へ入ろう」
「あっ……そうですね。では、中へ」
キィ、と音を立て、ドアを開く。
中では2人ほど、従者が立っていた。
曰く、これから二手に別れて部屋に入り、指定の服に着替えてもらうとのこと。
確かに、左右に男女のマークが書かれた階段がある。そこから先が更衣室なのだろう。
「それではミツルギ様!また後で」
「あぁ」
アイリスやクレア、レインと別れ、従者の2人について行く。
階段の先には、青いドアがあった。左手にもドアがあり、ここが恐らく剣を交える部屋なのだと言う。
青いドアを開け中に入ると、そこには様々な武器種が並べ立てられており、数多の鎧やレザーが所狭しと壁に掛けられていた。
………どれもまともに買えば一千万は下らない名品ばかり。
何か持って帰れそうなものが無いかと思ったが、後ろに控えてる連中が居るからな。
俺様相手にあの国王が配置するような連中だ。無理矢理持って帰ることも難しいだろう。
悪くない金儲けだと思ったのだがな。
………さて、何を着たものか。
正直、今の服装に慣れているため、これで構わんのだが………。
質感の似た皮のベストやレザーを見つけ、それを着用する。
さぁ後は武器だが……俺様の主武器は初期から変わらず長剣と杖である。
魔法と剣術を織り交ぜながら戦うのが、なんだかんだで最も使いやすい戦法だったからだ。
本来魔法職は腕力の伸びが小さく、物理攻撃を担うには心許ないがそこは俺様である。
レベルアップになど頼るまでもなく、多少長い程度の剣を振り回すのは造作もない。
よって俺様は恐らくだが、この世界でも類を見ない魔法剣士型になっている。
よって欲しいのは刀か長剣な訳だが……。
「………これは…日本刀、か?」
スラリと伸びた長い刃が、無造作にも立てかけられていた。鞘はどうしたのだ。
少し手に取ってみる。ずしりと重い。
ふむ。これにしてみるか。
その後適当な杖を見繕い、俺様は装備を整え終わる。
二人の従者とともに、俺様は更衣室を出て右側のドアを開ける。
「………………」
中に入ると、そこには既にアイリスがいた。
先程までのお嬢様然としたドレス姿でなく、青色に輝く鎧に身を包み、無駄な装飾のないスラリと白く輝く両刃剣を持って。
…………………………すごく、嫌な予感がする。
あの剣。どこかで見た気がする。
具体的に言うと、知己である『ベルゼルグ王国国王』が、魔王軍の拠点を攻める時に持っていたような気が――――――――――。
「あっ、ミツルギ様!お待ちしておりました!」
懐かれたのか知らんが、妙に嬉しそうな笑顔で此方に寄るアイリス。
「………やぁ。少しばかり、聞いてもいいだろうか?」
「えっ?なんでしょう?」
「その剣は………もしや、国王の……?」
「あっ。分かりますか?お父様が『ミツルギと戦う時はこの剣を使うといい。なに、大丈夫さ。ミツルギは強いからね。遠慮せず、全力で相手してもらえばいい。なんならソレ要る?あげるよ別に』と言って、下さったんです!」
「………………………………………」
「ふふっ。それにしても楽しみです!終わったら色んなお話、聞かせてくださいね?絶対ですよ!」
「アイリス様。そろそろ」
「あっ……そうですね。それじゃあ早速、始めましょうか」
俺様が放心している間に、着々と戦闘の準備が進んでいく。
俺様がこの時思っていたのは、ただ1つ。
国王、ファック。