この凄まじい金欲者に祝福を!   作:ホイル焼き@鮭

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ちょこちょこ書いてたヤツです。ヴリトラやっと死んだ


6.この苛烈な戦いに終焉を!

爆風。そして爆音。

同時に放たれた二本の熱線が、凄まじい熱を呼び覚ましながらヴリトラへと向かう。

その破壊の権化のような熱線を遮るのは、やはり魔法障壁だ。

漆黒に輝くその障壁が、真っ赤な熱線を真っ向から受け止める―――――これが、ヴリトラの持つ魔法障壁。やはり、図抜けた強度を持っているようである。

今までに何度も、ありとあらゆるものを爆裂四散させていた爆裂魔法。

ソレを受け止めているのだから。

しかし―――――僅かな間のみだが。

 

む―――――――おおおおぉぉぉっ!!??

 

パリンッッッッ!!

爆音の終わりに、甲高い音が鳴り響く。

見れば、漆黒の障壁に巨大な風穴が開けられている。

爆裂魔法による、ヴリトラの魔法障壁の無力化――――――第一段階のクリアだ。

 

さて。

普段であれば爆裂魔法を放った後、メグは全くと言っていいほど動けなくなる――――ギルドの連中たちも言っていたように、爆裂魔法の魔力消費はケタ違いだからだ。俺様にしたところで、撃った後は戦えたものではない。

しかし――――――そんな役立たずを抱えたまま、あの悪龍に勝てるかと言えば否だ。

そこで俺様が取った方策は。

 

くく―――――はっははははは!

これは傑作だ!まさか、爆裂魔法(こんなもの)まで使えるとはな―――!

こんなもので来られては、さしもの我が障壁でも防げんだろうよ!それに、その魔力の塊――――超高純度のマナタイトかッ!

 

――――――マナタイト。

魔力が込められた青色の石である。

魔法職御用達、どんな魔法使いでも最低1個は持ち歩いているらしい。

これを使えば、込められている分だけ自分の魔力消費を減らすことが出来る。

その減らせる量は初級魔法1発程度から上級魔法数発までピンキリではあるが―――――ウィズはよほど高価なマナタイトを入荷したらしい。

『爆裂魔法1発分』もの魔力が秘められたマナタイトなど――――――1つ数千万は下らないだろうしな。

 

「随分と余裕だな―――――寝首をかかれても知らんぞ」

 

―――――――かかっ!なに、所詮は戯れよ。この戦い、我の勝ちは揺るがない。ならば貴様らの希望を高め、その後のより大きな絶望を喰らってくれるまで!

 

「は―――――強者故の傲慢だな。嫌いではないぞ―――――かかれッ!!」

「「「おおおぉっ!」」」

 

そう雄叫びを上げ、キラキラと白色に輝いた剣を持った剣士達がヴリトラの四方を囲む。

そして一斉に―――――ではなく、多少の緩急を付けて切り込む。

ソレを見て、ヴリトラは少し考えてからその長大な尻尾を振るい、前方180度全てを薙ぎ払う。飛び跳ね回避する者と、真正面からソレを受け止める者が出た。

回避した者は風圧で横に吹っ飛び、受け止めた者は、あまりの破壊力に幹に叩きつけられてしまう。

恐らく死んではいない――――が、戦える程の余力があるかどうか。

恐らくまだ本気ではないはず――――やはり凄まじい。すぐ後ろの部隊も、目の前の光景に戦慄したのか、進みが一旦止まる。

しかし、後ろの部隊には全く支障はない―――――そのままガラ空きの前面へと切りつける。

プシュッ、と、僅かばかりではあるが血が噴出する――――――よし、ダメージは僅かだがありそうだ………!

 

ぬ――――これは上級魔法か――――しかしこの街に、これ程の上級魔法使いがいるはずもなし。これも貴様の策か?

 

しかしヴリトラは意にも介さず、俺様の方を見てそう言う。

こいつ―――――妙に余裕だな。魔力障壁は破壊され、上級魔法を当てられてなお。

ヴリトラの態度は余裕を保っている。

 

「ふん――――どうだろうな」

 

そう言って、ヴリトラの発言を受け流す。

彼奴の言う通り、剣士達の武器には聖属性の上級魔法『ライト・オブ・セイバー』が掛けられている。勿論、俺様が掛けたものだ。

彼奴に物理攻撃が効かぬからと言って、大勢いる剣士達を戦力にせず勝てるわけがない。

が故に、剣士達を魔法で戦わせる必要が生じる。ならば、俺様がどうにかするしかあるまい。

 

しかし。ロバースト・ロックなどと違い、攻撃魔法に持続性はない。時間経過で消えてしまう。

そんな中、俺様が取った方法。

それも無論、マナタイトによるものだ。

戦いの直前に剣士達の剣にマナタイトを使ってライト・オブ・セイバーを掛ける。

そうすることで、剣士達に攻撃手段を与えたのだ。お陰で、リッチーから買い付けたマナタイトの二つを使うハメにはなったが。

 

彼女から買い付けたマナタイトは5つ。

そのうち二つは、俺様とメグが爆裂魔法を使用する時に使った。そしてライト・オブ・セイバーの大量使用にも二つ。

残る一つは、一応俺様の懐にあるが―――――出来ることなら使いたくないというのが本音のところだ。

マナタイト5つを買い付けるのにかかった金額は3億エリス。バカげた買い物をしたものだと思う。出来れば温存したまま倒したい。

だがまぁ、それも命あっての物種。

いざとなれば使用も辞さないが。

 

しかし、リッチーの奴もバカをする。

こんなもの買い付けて、この街で買うものがいるわけないだろうに。間違えたと言っても、そんなバカ高い買い物を間違えるなよ。

…………っと、そんな場合じゃない。

彼奴がどのようなスタンスを取ろうと、こちらのやる事に変更はない―――――ただ、最善を尽くすだけだ。

 

「ドルア!」

「分かってますよ――――『デコイ』ッ!」

 

ドルアがそう叫んでからヴリトラに突撃を仕掛ける。その後ろに追従するものはいない。

完全に単独の突進だ。

 

―――――囮のスキル『デコイ』か。そんなモノは我には通じんが………。ふむ、これも一興だろう――――乗ってやろうではないかッ!

 

ヴリトラは咆哮してから、真っ正面から向かってくるドルアにその拳を振るう。

目にも止まらぬとはまさにこの事。

この俺様の動体視力でさえも捉えきれない速度で振るわれたその拳で、ドルアは避けられずに潰されてしまう――――ように見えた。

 

「傲慢は――――命取りですよ。切り裂け、デュランダルッ!!」

 

彼は剣を縦に構え―――――――勢い良く、その拳へと突っ込む。

するとどうだ。

ヴリトラの超大な拳を真二つに引き裂きながら、彼は勢いのままに剛腕を駆け上がるではないか。

 

――――――――ぬう!?

「その両眼――――貰い受ける!」

 

一閃。

白銀の煌めきがヴリトラの目線上を駆ける。

後に残るは、吹き散る大量の血飛沫だった。

凄まじい――――――想定以上の戦力だ!

攻めるのならば――――――この時を持って他にない!

 

「メグッ!もう一撃放つぞ!」

「ッ!良いのですかっ!?これが最後ですよ!?」

「構わん!いいから合わせろ!」

「っ―――――仕方のない人ですね!」

 

メグが再度杖を構える。

俺様も杖を構えて爆裂魔法の準備をする。

レベルアップを続けた俺様の魔力と生命力ならば、ぶっ倒れる迄には至らないはず―――――マナタイトは使わない。

 

―――――くく。くくくくく――――傷を負ったのか?我が。この悪龍が?これ程までのダメージを負ったのか。かか――――かかかかかかかかかッッ!

 

ヴリトラの哄笑が鳴り響く。

爆裂魔法を放つには、まだ時間がいる――――何もする気が無いのなら。

その間も攻める。無駄な時間など、刹那たりともありはしない!

 

「時間を稼げ!今が好機だ――――攻め落とすぞッ!」

「おおおおおおおおッ!!」

 

剣士達が隊列を組みながらヴリトラへと向かう。魔法使いたちは攻撃魔法を、プリーストは支援魔法を放つ。盗賊職は俯瞰の視界で指示を出し、戦場を支える。

誰1人として、この場に全力を注いでいない者はいなかった。軍隊と呼ぶにふさわしい。

しかし、ヴリトラは意にも介さない。

絶えず、笑っている。

 

傑作だ―――――笑わずにはいられん!所詮はザコども、余興に過ぎなかったのだが。まさか童の中に、神器持ち(英傑)が混じっているとはな――――!くく、愉快愉快!

 

爆裂魔法の準備が整う。今度の目標は、先ほどドルアがぶち壊してくれた頭部だ。

見れば、メグも準備を終えているようだった。いつも上げている妙な口上も終わっているようである。

 

「いつでも行けますよ、キョウヤ!」

「よし―――――剣士諸君、下がれッ!」

 

俺様の号令の元、雄叫びを上げながら剣士達が一斉に飛び退く。

これが最後の爆裂魔法だ。ヤツに放つことが出来る、最大の火力―――――ここで決めなくては後がない。少なくとも、押し切れる程度の打撃を与えなければ、死に真っ逆さま間違いなしである。

 

「決めるぞ――――ここで!」

「えぇ―――――」

 

――――――本当に愉快である―――どれ、楽しませてくれた礼だ。本来ならば貴様らのような存在はお目にかかれぬものだが、サービスしてやろう―――――――――――――

 

「エクスプロージョン――!!!」

 

爆炎の再来。

まるで2体の龍のようにヴリトラの頭部へと迫るそれは、残りの魔力の殆どをつぎ込んだもの―――――――フラリと、メグが倒れるのが横目に映る。

しかし――――――どうやら俺様たちには、勝利の女神はついてくれなかったらしい。

 

――――――『インフィニティ』――――!

 

そうヴリトラが叫ぶと―――――ヤツの口元から大量の魔法陣が展開された。

そこに轟、と息を吹きかけると――――――吐息は魔法陣に接触し、豪炎へと姿を変える。

驚くほど広範囲に放たれたソレは、いとも簡単に爆裂魔法を飲み込み――――――天へと消えていった。

 

「こんな――――ことが……!」

 

実力差は正しく把握しているつもりだった。

聞きかじりとは言え、十分な対策を取ったはずだった。

しかし――――――届かなかったのだ。

背筋に脂汗が滲む。ヴリトラには全く傷一つついていない。

どうする。

俺様の類まれなる才覚は、『撤退』をまず頭に浮かべさせた―――――客観的事実として、勝てる相手ではない。

爆裂魔法。

とんでもない破壊力を誇る、人類最大の攻撃手段を。二つ。

いとも簡単に返すような存在――――勝ち目は無しに等しい。

しかし―――――――――――――――――

 

「み、ミツルギ………?」

 

声が響く。

俺様の背後で、兵士達が、魔法使い達が、プリースト達が。ありとあらゆる仲間達が。

不安そうな声を響かせる。

俺様が退けば、こいつらは死ぬ。

撤退は、俺様に命を預けてくれた者達全ての死を意味する――――――俺様だけならば、撤退程度造作もないのだが。

撤退は出来ない。

しかし―――――――どうする。

 

――――――フハハハハッッッッ!!いい絶望だ――――貴様らの絶望、無力感!真に美味であるッ!

 

ヴリトラの哄笑が、一層鳴り響く。

全く――――いいご身分ではないか。俺様たちが付け入るスキがあるとすれば、その1点のみなのだろうが―――――生憎、良策は浮かばない。

残る一つのマナタイト――――わずかばかりのプラス要素だが、的確な活用方法も頭には浮かばなかった。まさに絶対絶命―――――しかし。

 

「惚けている暇はない――――ここでヴリトラを倒さなくては未来はないのだ。今一度、諸兄らの力を貸せ!」

 

一喝する。自分に言い聞かせているのもあるが、士気の乱れは戦線の乱れだ。

勝てる試合も勝てないし、負ける試合が更に酷くなる。

未だ戸惑いの色は隠せていなかったが、仲間達はお互いを見回し、コクリと頷いた。

 

「誰でもいいから1人、メグを安全な所に運べ!魔法使いたちは攻撃魔法を、剣士達はもう一度隊列を組み直せ!それ以外は各自出来ることをしろ!」

 

出した指示通り、仲間達は動く。

誰も彼もが必死な面持ちで、剣を、杖を、それぞれの得物を構え始める。

傷は入る。ダメージは与えられているのだ、このまま少しずつ削っていけば、あるいは。

俺様も刀を構え、少しでも戦力になる。

斬っても斬っても終わりが見えない。

今HPゲージが見えたらどんなに良かっただろうか。

残りすぎてて絶望しそうだ。

そんなことを繰り返すこと十数分。

 

―――――――ふん。そろそろ、飽きてきたな――――そら、人の子。もう終わりか?

 

俺様を見据えながら、彼奴はつまらなさそうに洩らす――――その身に付けられた無数の切り傷など、全く意に介している様子は見受けられなかった。

確かに、まともな策など既にない。

爆裂魔法は、人類最大の攻撃手段。それは誇張でも何でもなく、事実だ。

それをものともしない存在に、こちらが何をなせると言うのだろうか。

 

「―――――ミツルギさん!」

「ドルア――――?」

「僕が行きます。兵を下げていただけませんか?」

「?―――――なにを」

「お願いです」

「……………分かった」

 

ドルアが何を画策しているかは分からないが―――――ヤツの戦力は未知数だ。

爆裂魔法での一撃必殺プランが崩れ去ってしまった今、ヤツに期待する他ない。

ドルアはデュランダルをヴリトラに向けながら、彼奴へと語りかけ始めた。

 

「悪龍ヴリトラ――――あなたは強い。正直、ここから逃げ出して、王都へと帰りたくてなりませんよ」

 

――――――――かっ、何を言うか英傑。貴様のような人種はけして諦めぬ。最後の最後まで、希望を抱き、運命へと抗おうと試みる。それでいいのだ!そのような連中を下し、踏み潰してこそ――――我の体は癒えるのだからッ!

 

「…………これはこれは、随分と過大評価を受けたものだ。それほどまでに――――僕は強くありませんよ」

 

―――――――戯言だな、英傑。貴様からは、我を切り捨てる意思しか感じぬ!そう、それでいいのだ!希望に燃える人間の絶望こそ、この悪龍の養分なのだから―――――!

 

「……………確かに、諦めてはいません。これだけは、使いたくなかったのですが―――それも、命あっての物種ですから」

 

そう言うとドルアは、デュランダルに何かの力を注ぎ始めた。

魔力ではない、ただそうであるとしか言い表すことのできない力――――――これが、神々から受け継いだ『特典』の力なのだろうか?

 

その訳の分からない力が注がれるたび、デュランダルの刀身が徐々に伸びていく。

元々1m半程だった刀身は、2メートル、3メートル、4メートルと増えていき――――最終的には、十メートルはあろうかという程巨大に変質する。

なるほど、これでヴリトラの巨体を切り裂くつもりか―――――――いや、待て。

 

おかしい。

聖剣デュランダルは、不変の刃のはず。

何事にも影響されず、けして朽ちることのない、不変にして不滅の剣では無かったのか?

少なくとも、俺様はドルアからそのように聞かされていたが―――――――――――?

そんな俺様の疑問に応えるかのように、ドルアが口を開く。

 

「聖剣デュランダル―――――不滅にして不変の刃。1度だけ――――僕はこの剣を変化させることが出来る。面白い設定でしょう?やはり、神々の遊び心には目を見張るものがあります」

 

…………なんだ、その都合のいい設定は……。

あまりの超理論に少しげんなりした気持ちの俺様を横目に、ヴリトラは愉快そうに哄笑する。

 

―――――――かかっ!凄まじい輝きだ―――!それが英傑、貴様の奥の手という事か!

 

「そうですね――――あーあ。ここまで大きくしちゃったら、もうまともには使えないなぁ………全く、バカな事をしました」

 

ですが、とドルアは繋ぐ。

その目に確かな敵意を秘めながら。

かの悪龍を睨みつけて。

 

「これで未来ある冒険者たちや、街の人々を守れるのなら――――――安いものだッ!」

 

そう叫ぶとドルアは、デュランダルを引きずりながら、ヴリトラの元へと高速で駆け抜ける。恐らく彼は、何かしらの支援魔法も受けているのだろう―――――十メートルはあるデュランダルを運びながらもなお、その勢いは凄まじいものであった。恐らく、血のにじむような努力もしたのだろう。

ヴリトラの懐へとたどり着くとドルアは、引きずり運んだデュランダルを渾身の力を込めて上段へと振り上げようとする。

 

「オオオォォォォッ!!!」

 

いけるか――――――――!?

ドルアの予想外の攻勢に、後ろに控えさせた仲間たちがどよめく。俺様も、同じ気持ちだった。

しかし――――――そんな、俄に出てきた希望は。

かの龍の餌にしか、ならないようだった。

 

―――――――確かに、聖剣は脅威だが……。所詮、それを振るうは人間。つまり―――――――――――――――――――

 

ヴリトラは、懐に潜り込んだドルアを一瞥すると――――――目にも止まらぬ俊敏な動きで、ドルアを蹴り飛ばした。

ドルアはデュランダルごと吹き飛ばされ―――――俺様の目の前へと転がってきた。

ピクリとも、動かなかった。

 

―――――――――当たらなければどうということはない、という事だ。

 

―――――あぁ。俺様の人生の中で、これ程の絶望を感じたことがあるだろうか。これほどまでに、敵を強大と思ったことが。

そう感じるほど、俺様はかの龍に恐れおののいてしまっていた。俺様でそうなのだ――――後ろの仲間たちの絶望は、計り知れない。

 

「もう、ダメだろ………」

「どうしたらいいのよ……」

「なぁ。教えてくれよ……」

 

そのような声が、ありとあらゆる場所から聞こえてくる。心なしか、倒れているメグも不安げに見えた。魔法使い隊の中にいたユウも、不安げに俺様を見つめている。

もはやこの場に、希望を抱いているものは居なかった。この――――俺様でさえも。

 

―――――――ククク……。フハハハハハハッッッ!良いぞッ!凄まじいほどの絶望だッ!ミツルギ……だったか?感謝する!貴様が希望を高めてくれたおかげで、我の古傷も癒えたッ!

 

奴の言うように、ヴリトラの至る所に刻まれた深い傷は、徐々に癒え始めていた。

そのついでのように、仲間たちが命がけで刻んでくれた新しい傷も、全て。

ドルアの与えてくれた両眼の傷は、それでもまだ残っていたが―――――――ほぼ、全快と言っていいほどに、ヴリトラは五体満足だった。

これは、ダメだ。

どうしようも、ない。そもそも、爆裂魔法が通じなかった時点で、諦め、多くの命を残すことに専念すべきだったのだ。

誤った―――――――そう思いながら、今更にもすぎる撤退命令を出そうとした時――――ある、声が聞こえた。

それは、一介の冒険者が洩らした一つの嘆き。

ただ、それは俺様にとって――――最も重要な嘆きだった。

 

「あーあ……。やっぱり、ダメだったか―――分かってはいたけど。あわよくば、大儲けと思ったのにな………」

 

ピクリ。

なにかいま、放置できないような言葉を聞いた気がした。

俺様はその嘆きをした人物の元に一直線に近寄り、顔を近づけながら詰め寄る。

 

「おい、そこのお前。今……なんと言った?」

「え?いや、あの……大したこと言ってない」

「いいから早く言え!」

「はいぃ!えーっと……あわよくば、大儲け?」

「それだ。なぜ、この討伐が大儲けに繋がる?」

「へ?そりゃあ、だって………あの龍にかかってる懸賞金………『5億エリス』だし」

 

――――――ドクン。

心臓が早鐘を打つのを感じる。

 

5億?5億だと?

 

なんだそれは。5億だぞ?俺様の人生の200分の1の額だぞ?それを?

このデカブツ一体殺すだけで?

得られる、と言うのか?

今まで、あれほどちまちまと泡銭を稼いでいたのに?

 

「ふ、ふふふ………ふははは」

「キョウヤ……さん?」

「今までに使った額、実に4億3256万三千エリス。稼いだ額は257万500エリス。この隊の人数は丁度60人。分配としては6000万エリスを割り振り、一人あたり百万エリス。ふむ――――まだ、お釣りが出るな」

「…………え?」

 

いつの間にか近くに寄っていたユウが、惚けたような声を洩らす。

そんな声にも構わず、俺様はドルアの握りしめていたデュランダルを手に取る。初めて触る剣だが、まるで数年使っていたかのように、手に馴染んだ。

――――――その時、俺様は気づかなかったが。俺様の懐に潜ませていた冒険者カードのスキル欄が、光り輝いていたらしい。

――――――――――――『金欲者(パワー・オブ・マネー)

 

「だとすれば―――――倒さぬ道理はなし」

 

ボゴォッ!

俺様はそのまま、半ば以上が土に埋もれたデュランダルを引き抜く。

本来ならば、長すぎるエモノだ。支援魔法を受け、恐らくは高レベルだったであろうドルアですら、引きずり、振り上げるといった単純な動作しか出来なかった程に。

しかし―――――何故だろう。

俺様はそのデュランダルを、なぜか―――――片手で構えることができるようになっていたのだ。

 

―――――――ぬぅ!?貴様―――何故!魔力がそれほどまでに跳ね上がった!?

 

ヴリトラが驚いたように呻く。魔力?

そんなものまで、上がっているのか?

というか俺様はなぜ、こんな見るからに重そうな剣を持てているのだ?

いや―――――そんな事は、詮無きことじゃないか。

いま、大事なことは―――――あの龍をぶち殺し、金を稼ぐことだけだろう?

 

「まぁ、ヴリトラよ。貴様に恨みがあるわけではないが――――少し俺様のために、死んでくれッ!」

 

そう叫んで、俺様はデュランダルを片手で保ちながら高速で、ヴリトラの股下へと潜り込む。

すれ違いざま、一閃。

ヴリトラの巨大な足首を切りつけた。

真っ黒な甲殻に覆われた足首が、ごっそりと切り落とされる。

 

――――――き、さ、ま……ッ!雄々ォォォォォッ!

 

足首の腱を切られ、体勢を崩されたヴリトラは、その両翼をはためかせながら浮かび上がり、尻尾を鞭のようにしならせて叩きつける。

速い。

辺り一面に放たれた衝撃波が、その速度を物語っていた。本来ならばその姿を捉えることが出来ず、その暴力の餌食となっていただろう。

しかし――――本当に、いったいどうしたのか。なぜこんなにも――――止まって、見えてしまうのだろう?

 

――――――グゥウウウ!な、なぜ、だァァァァッ!

 

その暴力を、俺様はデュランダルを真横に掲げるだけでいとも簡単に受け止める。

ブォンッ!という音とともに、風が木々をざわつかせた。スッパリと切り落とされたヴリトラの尾の先端が後ろの同士たちの元へと吹き飛ぶ。

衝撃を吸収されずに、予想外に力を持て余したヴリトラが体勢を崩す。

それを見逃すような俺様ではない。

跳躍。そして、詠唱。

さしもの俺様といえど、少し想定が甘かったようだ。リスクを犯さずに、思うような戦果を得られるはずがない。

ヴリトラの動揺したようなツラを眼前にしながら、俺様はそう自省した。

 

「ヴリトラよ―――――さしもの貴様といえど、この距離で爆裂魔法を食らって、無事ではいられまい?」

 

―――――――フハハ―――フハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!

 

実に愉快そうにヴリトラは哄笑する。

先程までのような、余裕のある強者の笑声ではなく。本当に興味深いものを見られたというような――――そんな、喜色に満ちた笑いだった。

 

―――――――我が……この悪龍が!このような小童1人に命を奪われるか!愉快だ――――実に愉快だッ!

 

爆裂魔法の準備が始まった。

幾重にも張り巡らされた魔法陣が、ヴリトラの眼前に広がる。魔力が上がっているというのは、本当なようで――――急激に魔力を吸われる感覚こそあれど、身体にかかる負担はほとんど感じられなかった。

 

――――――――いいだろうッ!殺せ、ミツルギッ!我は、悪龍!魔王様に仕え、悪に生きる憎悪の化身なり!なればこそ――――我に、生への執着など、微塵もないッ!

 

「―――――その意気や、良し。高潔な兄に、心よりの賞賛を述べよう」

 

さぁ、終幕だ。

メグのように、キザな言葉を好む俺様ではないが―――――最後くらい、少し羽目を外しても構わないだろう。

最後のひと爆裂(はな)を、咲かせよう。

 

「エクスプロージョン――――――!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に行ってしまうのですか?キョウヤ」

「その言葉はもう12回目だぞ、メグ。さしもの俺様といえど飽き飽きしてきた」

 

―――――――――ヴリトラとの決戦から、三日の時が経った朝。

俺様は、アクセルの街の西街道口の門の前で多数の仲間たちに見送りをされていた。

悪龍ヴリトラを倒したことにより、俺様の手には5億もの大金が転がり込むことになった。戦闘前に勘定した通り、6000万は協力してくれた諸兄らに分配することにしたが。

まぁ、殆ど俺様とドルアが倒したようなものだが――――なに、彼らの心意気を考えれば、何かしらの報酬は必要だろう。

100万だが、それでもこの街で得られる額とは比べ物にはならない金額だ。

早速、彼らは宴会をするらしい――――しばらくは傷を癒すと言っていたがな。

 

さて、本題だ。

俺様は、この街を出ることにした。理由は単純、そろそろ別の街も見てみたいと言うだけだ。

メグは付いてくるなどと言い出したが、まぁそこまで付き合わせる訳にはいくまい。所詮は成り行きの仲だ。やけに強情だったので理由を聞いてみると、「またパーティメンバーを探す旅ですかぁ……?」などとのたまった。

知るか。

 

「キョウヤさん、今までありがとうございました」

「ユウ。君も達者でな。紅魔の里に戻るのだろう?」

「えぇ。上級魔法を覚えた今の私なら、きっと故郷のために出来ることがあると思うのです」

 

そう、実は彼女、上級魔法を習得したらしい。これで1人前の仲間入り、というわけだ。

心做しか、今までの彼女より自信に満ちているような気がする。コンプレックスの強い彼女だが、彼女の中でも何かが変わったのかもしれない。それは、彼女にしか分からないことなのだろう。

 

「ミツルギさん。短い付き合いでしたが、感謝しております。あなたの行く先に、女神エリスの加護があらんことを」

「ドルア……お前、もう平気なのか?」

 

………ドルアは、参加者の中で最もひどい怪我だった。デュランダルを振り回したことによる右腕の筋肉断裂、ヴリトラの一撃による胸骨の複雑骨折など散々な有様だった。

 

「えぇ、腕のいいプリーストに治癒魔法を頼んだので。日常生活なら、もう大丈夫です」

「そうか、それは良かった。デュランダルは、どうするんだ?」

「残念ながら、もう使いものになりませんね。置き場所に困りますよ。何回か割ろうとしてみましたが、ハンマーがひしゃげました」

「流石は不滅の剣、か」

 

冒険者稼業に戻るには、まだまだ時間がかかるらしい。とんでもなく能力の高いプリーストが現れたりなんかすれば治るらしいが、本物の女神さまでもなければ不可能らしい。

アクアでも呼んで来ればいいのかもしれない。

 

「さて、メグ。いつまでべソをかいてるつもりだ?」

「うぅー……だって……。こんな私を受け入れてくれるようなおかしな人が、また見つかる気がしないんですよ!」

「ふむ、そんな事は知ったことではない。なんなら物理攻撃でもしてみればどうだ、俺様のように。餞別に剣でも買ってやろうか?」

「……………アリですねそれ」

「だろう。何せお前、恐らくこの街の標準的なナイトより腕力強いぞ」

「ふむ……素晴らしい発想かも知れません」

 

メグは、この街に残るらしい。俺様が連れていってくれるなら出ても良かったらしいが、そこまでされると少し怖い。

だからまぁ、賢明な判断だろうとは思う。

恐らくメグは、この街でも随一の冒険者であろう。何せレベル23(この世界では、与えたダメージに比例して経験値が入る仕組みらしい。理屈はわからんが俺様もレベルが4上がっていた。すごいな中ボス)だ。レベル10でも超えればどこかに出る人が殆どなので、それはもう強い。

まぁそんなメグなら器用にやっていけるだろう。少し、心配だがな。

 

「ミツルギさん!命を救っていただき、ありがとうございました!」

「あなたがいなければ、俺たちはあの悪龍に殺されてしまっていたでしょう!」

「ミツルギさんに任せてよかった!」

 

そんな賛美の声が各所から上がる。なんだか知らんが、この街の冒険者の間ではカリスマとして名を馳せてしまったらしい。多くはヴリトラ戦の参加者だったが、見たことのないというか、冒険者ですらないだろう格好をした人間も交じっていた。

 

「お前ら、いい加減にくどいぞ。この俺様に感謝したい気持ちは分かってやるが、そう何度も持ち上げられても困る」

 

本音である。持ち上げる時は持ち上げればいいが、必要のない時に持ち上げられても気味が悪いというものだ。

それでもと、群衆は口々に俺様をはやし立てた。まぁ、仕方あるまい。

さっさと出ていって、新しい冒険を始める他ないな。

 

「では、メグ、ユウ、ドルア、そして諸兄ら!また会う時を、楽しみにしておくぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、俺様の冒険の始まり。これから巻き起こる、様々な出来事の幕開けだった。

この、ヴリトラの一件は様々な形で語られることとなる。大勢の冒険初心者を率いたカリスマとして語られる事もあれば、単騎で悪龍を打倒した英雄譚として語られることもあった。しかし、最も多く語られたのは、こんな説だ。

 

ある時、悪名名高き悪龍を打倒した男が居た。彼は、凡そ1人で、かの悪龍を屠ってみせたらしい。なぜそのような事が出来たのか、何のために、そこまで出来たのか。聞いたものが居たらしい―――――その問いに。

 

「そんなもの、決まっているだろう――――――金だ」

「……は?」

「金のためだよ。誰だって、金は欲しいだろう?彼奴を殺して、大金が転がり込むなら。殺す以外の選択肢は、俺様にはない!」

 

と、男は答えたそうだ。

かくもあろうに、この男は金のために、かの悪龍を打倒したと言うのだ。この一件以来、各地で、金を払えば何でも承る男が現れるようになったらしい。彼はいつも名乗らずに仕事だけをこなしていくのだが、いつの間にやら、こう呼ばれるようになった。

最強の傭兵――――――――『金欲者』と。

 

 


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