幼女ルーデル戦記   作:com211

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2:士官学校生活

私、ターニャ・デグレチャフ二号生の一日は起床ラッパの一時間以上前に始まる。

 

毎朝ハンナが先に起きて私を起こし、朝の日課の体操が始まる。

当然、最初は体操をするつもりなど一切なかった。貴重な睡眠時間を削ってまでやることではないと思っていた。

だがハンナが言うには、生き残るには撃墜されても生き残れる体と体力が無ければならないらしい。

 

30回撃墜されても徒歩で、それも敵の追跡を撒いて味方基地まで帰還した実績がある。

少しでも生存率が上がるのであればと自分もハンナと共に毎朝の体操を始めたのである。

 

そして体操を終えて戻ってくる頃には窓の外の箱に牛乳が配達されているので500ml瓶2本を保管庫に移し、

1本を一気に飲み干す。飲み干してしばらくすると起床ラッパが鳴って士官学校の一日が始まる。

 

――何か毒されている気がするが、生存のためであれば致し方無い。

 

牛乳は昼食に500ml、シャワー後にも500ml。一日1.5L。

ハンナにとっては70年近く飲み続けてきたから苦でもなんでもないのだろうが、

牛乳が好きではない私としてはそれなりにキツい。

牛乳以外も合わせると子供の体に必要な量を超えて水分を摂取している気がする。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

士官学校に入って早数ヶ月。

他の連中との知能的な差は無いにしても2人揃って見た目には浮きまくっており、

私達2人は「姉妹」と言われている。ハンナは私と違って黒髪だし顔が似ているとも思わないのだが。

 

因みに私の方が姉なのだそうだ。

中身はあっちが70代半ば、こっちが40強なんだが。

 

"おじいちゃん"は時たま年相応の女の子らしい仕草と言動を見せることがある。

本人は牛乳のときの一度きりのつもりだったらしいが、

以前からそういうことは起きていたらしい。

本人が以前言っていた通り、こっちに来てかなり精神的に変化があったようだ。

 

自分はそういう部分を見せることが無いために「姉っぽい」と評価されているようだ。

嫌な予感がする。2年でこの関係が終わる気がしなくなってきた。

 

しかし―

 

「姉様ー、朝ですよー。起きてくださーい」

 

これは本当にかのルーデルなのだろうか?

 

確かに人の精神は、記憶ではなく状況に大きく左右される。

 

化学物質によって人の精神をある程度制御できることは向精神薬が証明しているが、

その手の物質は体内でも発生する。アドレナリンなどのホルモン類がそれだ。

 

我々2人は"成人男性の記憶と精神を持った9歳の少女"である。

当然、体内で発生する化学物質が脳に作用して変化をもたらすこともあるだろう。

しかし、その結果がこれなのか…?

 

そもそも、私の方ではこのような現象は起きていない。この差は何だ?

私も生まれてから身体が精神に追いついてない、精神と身体が一致していないという感覚はあった。

しかしそれも5歳頃には無くなっていた。

 

ストレスが原因で幼児退行するという精神疾患の可能性もある。

現実逃避やストレス発散の手段として無意識的に切り替えながら幼児退行しているのだろうか。

 

何にせよ、このような現象は休憩時間や就寝前、起床直後にのみ起きているため、

士官学校での生活に問題はない。

 

"自分が自分であるためには、驚くほど多くのものが必要"―か、

何処で聞いたかよく覚えていないが、

最低限必要な要素を備えていないからこのような事が起こるのだろう。

我々2人の本来の持ち物は記憶だけ。精神も本当に引き継げているかどうか確認する手立てはない。

 

そういう意味でも、本人の言う通りルーデルは既に記憶だけを受け継いだ別人と考えるべきなのかもしれない。

身体の方にかなり引っ張られている印象を受ける。前世の本人に会ったことがないために憶測だが。

 

「その姉様と言うのをやめろ。不愉快だ」

「はーい」

とりあえず、起きて体操を始めるとしよう。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

今年の士官候補生には2人の変わり者が居る。

 

と言っても(教官)の仕事の支障になるようなものではない。

むしろ私が教えることなど無いのではないかと思うほどだ。

 

最初、資料を見たとき上は何を考えているのかと思った。

初等学校も卒業していない8歳の女児を、それも2人も士官学校に入れるなどどうかしている と。

入学規定に性別及び年齢の下限は無く、試験さえ通ってしまえば誰でも入れることになっていた。

準戦時体制でなければ何かしら理由をつけて断ったのであろうが、

魔導適性の高い志願者を断れるほどの余裕は帝国には無い。

 

2人の少女はいつも行動を共にしており、まるで姉妹のようであることから、

他の候補生からもそう呼ばれるようになっていった。

 

"妹"はハンナ・ルーデル。

普段、訓練や座学の時は至って真面目な候補生であるが、

休憩時間や起床時間前には年相応の子供らしさやたまにつたない喋り方をするなどの一面もある。

見た目からは想像できないほどの精神力と体力を備えており、

2ヶ月間の国境研修における敵地浸透訓練では彼女が率いる分隊が最初に目的地に到着した。

分隊員の優秀さもあるが、殆ど睡眠せずに一人で多少先行して経路探索を行っていたらしい。

 

通常、行軍経路探索は最も疲労する。

何せ道のない場所を歩き回って経路を確定した後、

引き返す必要があるために歩く距離がかなり延びるのである。

本来それを指揮するのが士官の役割であるが、彼女は分隊員を休ませて一人で斥候をしていたと報告されている。

彼女はまだ、"変人の天才少女"に見える。

 

 

だが"姉"のターニャ・デグレチャフ。

妹同様、成績は優秀な候補生ではあるのだが彼女は"妹"とは全く異なる。

訓練前に「部隊の統制は絶対であり、作戦遂行能力の無いと判断した分隊員は容赦なく処分する」

と宣言し、実際に分隊員のうち2名が"銃の暴発事故"で負傷している。

 

一号生になってすぐ、指導先任として二号生の指導に入った際、その見た目と年齢で侮った二号生が命令に背いたとき、その二号生はデグレチャフ指導生に吹っ飛ばされ

「今のが敵前でなくて良かったな。敵前であれば貴様は既に死んでいる。私が殺す」

と銃剣を首に突きつけたり。

 

確かに合理的ではあるし軍法からすると当然の行いではあるのだが、

優しさどころか人間性の欠片も感じられない。組織の歯車そのものという表現が適切か。

簡潔に言って、「異常」だ。

 

軍隊のために作られた人形なのではないかと思えるほどである。

 

しかしながら2人に、死刑囚の"銃殺処分"の任務が与えられたとき、

引き金を引くのすら躊躇う候補生すら居る中、平然と撃ち殺したのである。

 

デグレチャフ候補生の方はいつもと変わらないのであるが、

ルーデル候補生に関しては明らかに目つきが変わっていた。

それどころか、殺すのが共産主義者だと分かった瞬間、笑ったのである。

初めて彼女に恐怖した。恐らく少女が初めて人を殺すというのに楽しげに笑っているのだ。

 

本人曰く「既に死が確定している人間を誰が殺そうと変わりはしない」と。

外見からは分からないが、"姉妹"と言われるだけあって本質的に2人は似ているかもしれない。

この2人は只者ではない。だがその本質を見抜くことは今の私にはできないだろう。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

銃殺任務。

 

配属前に殺人に対する心理的障壁を減らそうという目的で行われる。

人を殺すときに躊躇していては殺されるのが戦場であるし、

配属する前に実際に人を殺しておくことで殺人に"納得"する術を学ぶという側面もある。

要するにPTSDを予防しようということだ。

 

「幾ら何でも本物の人間を殺す必要性は無い気がするが…有効ではあるんだろうがな」

記憶の上では最低でも数千人殺してきたハンナにとっても態々本物を使うことには疑問のようだ。

 

「必要性はともかく、他の手段で発砲率を改善する方法が分かってないんだろう」

二次大戦とベトナム戦争期の兵士の発砲率は5倍近く異なる。

殺人に対する心理障壁を減らす訓練を行うことで発砲率を改善できると解ったためであるが、

復員後に精神疾患となる例が多く、後に社会問題になっているため、

ベトナム戦争以降は調整されたらしい。

 

「私は空軍だったからその辺りはよく分からないな。殺すにしても最初から最後までアカしか殺していない」

 

「まさかこっちに来ても最初に殺すのがアカだとは思わなかっただろう?」

銃殺任務の死刑囚というのが共産主義者だった。まさか暴力革命を実行するとは愚かなものだ。

 

「思わず笑ってしまった。こんな所まで来て私は共産主義者を殺さねばならんらしい」

 

「こっちのアカも相変わらず兵士の数だけは圧倒的らしいからな。

例によって大粛清をしているから立ち直らなければ一気に踏み潰せるだろうが…」

 

――共産国家との開戦は当面ないというのが残念でならない。

 

「ああ、楽しい楽しいアカ殺しは最後まで取っておこう」

ハンナがこの年頃の少女には見られない口元を歪めた笑みを浮かべる。やはりルーデルだったか。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

対魔導師戦闘訓練としての模擬戦は実弾で行われる。

といってもただの曳光弾であり、防殻術式に干渉した時点で撃墜判定となる。

当然魔力残量次第では死に至るが、その程度で死ぬような奴はどっちにしろ戦場に出たら真っ先に死ぬ。

戦力に計上できない程度の雑魚だということだ。

 

4人で小隊を編成し、大隊を二分割し小隊単位で6小隊対6小隊で戦闘を行う。

基本的に准尉候補生である成績優秀者が小隊長となる。

私とハンナはどちらも小隊長として、別のチームとなった。

当然ながら私は飛行訓練でも優秀な成績を収めている。

 

だが…模擬戦開始直後、一騎単独で突っ込んできたのを目視で確認した。

「正面から一騎、急速接近。小隊各員迎撃せよ」

 

一騎で正面から突撃? 何者だ?――まさか!

 

「小隊全騎散…被弾!」

回避運動をしつつ小隊に指示を与えようとしたが、

回避した先に1発を撃ち込まれ、私は防殻術式が反応し撃墜判定となった。

 

『2番被弾!』

 

私以外に小隊員一人がやられた。

相対速度300ですれ違いざまに2人を撃って当てる? 何だそれは。照準が間に合わないだろう。

少なくとも我々が知る限り、あんな飛び方をする魔道師は居ない。速いうえに機動がおかしい。

 

"奴"を狙って弾が飛び交っているが一発も当たりそうにない。

後ろに目がついているのかと疑いたくなる。弾のほうが避けているようにすら見える。

 

そしてそれができる可能性がある人物を私は一人知っている。

 

『何が起こった!?』

 

『第二小隊半壊!』

 

『3番被『4番被弾!』

 

『こちら第一小隊、全滅だ』

 

空を見上げて自分の小隊全員が撃墜判定を食らったことを目視で確認し、報告した。

降下して地上に降りる前に自分の小隊は全滅してしまったのだ。

 

『こちら第四小隊だ何が起こっうわああああくるなあ!』

 

『第七小隊援護に うへっどどどこから撃たれた!』

 

『こちら中隊長! どういうことだ! 何が起こっている!』

 

小隊間通信は完全に混乱している。何が起こっているのか把握できているのは

既に撃墜されたもののうちの、更にその一部だろう。

中隊長役をするはずの教官も何が起こってるか分かっていない。

 

こんな真似をしたのは何者か。言うまでもなくハンナだ。

 

本来、こんな酷い結果を残したときは小隊員を蹴飛ばしてでも役立たずを反省させるのであるが、

叱るべき立場の私が真っ先に、それもチームで最初にやられていてはどうしようもない。

実戦であっても、"あんなの"を相手にして壊滅した部下の責任を追及する気には流石になれない。

 

さて、私もようやく状況が把握できてきたので再整理するが、

相対速度300で、弾を避けながら一瞬しか無いすれ違いの間に2発撃って当てる。

それが常人の技ではないのは説明するまでもない。

私も一人落とすならできるだろうが、2人はおかしい。

照準する時間がないだろう。

 

飛び回るハンナを見上げながら何をしているのか観察していたが、

尋常な速さではない。本当に同じ宝珠であの速度が出せるのか。

 

航空機的なあの機動から推測するに、位置エネルギーの活用で速度を維持している?

元飛行機乗りとして本能的に理解できているのかもしれない。

 

 

自分が見た範囲では、ハンナのスコアは19騎。圧倒的すぎて訓練になっていない。

それでもハンナはハンデのつもりなのか敵魔導師の正面からだけ射撃している。

一人が防御し損ねて腕を負傷したが、私から見ても同情せざるを得ない。

並の候補生ではあのハンナの位置を把握するのも難しいだろうし、

急降下で突然目前に現れた影に撃たれて反応できるなら優秀と言えるだろう。

 

模擬戦は損失1対24で惨敗に終わった。わずか5分で終わったのである。

 

下から、離れて見ていて状況を把握しやすいはずの教官達も全く理解できていない。

片方が全滅したことに気づいたのはハンナが降りてきてからだ。

 

そして小隊を変更して再び模擬戦が行われた。

負傷した一人が離脱したためハンナの小隊を3人小隊に変更し、4小隊対8小隊で行われたが…

 

今度は10分で全滅した。

損失0対32である。今度は余裕ができたのか、味方を全員守りながら戦っていた。

因みに私はまたもや最初に撃墜された。クソッ。

 

ハンナ曰く、

「この中で唯一脅威足り得るのはターニャだけだ。あとは射撃の的と変わらない」

脅威と思われているのは名誉以外の何物でもあるまい。

 

さて、確かに相手は全員候補生である。新兵以下で練度は低いが数を揃えればそれなりに使えるはずだ。

ここまで圧倒的だと、戦場でも中隊規模程度であれば一人で相手にしてあっさり殲滅しかねない。

 

これでも爆撃機乗りである。

ハルトマンやバルクホルンなどの戦闘機乗りだったらとも思ったが、あまり変わらない気もする。

 

その日最後の模擬戦は1対46、

ハンナ一人で他の全員を相手にしようというのである。

 

まあ、結果を言うまでもなかろう。損失46対0。

私は再び最初に撃墜された。狙ってくることが分かっていてもこれだ。

 

三度に亘って一人が一方的に蹂躙するかのような空戦を見上げていて、ふたつほど分かったことがある

 

まず一つ。ハンナは「狙っていない」のだ。

狙わずに確実に当てる術をハンナは持ちあわせている。

通常、飛行中の射撃は小銃を構えて照準器を見ながら射撃する。

だがハンナは照準器を見ずに、"腰だめ"の姿勢でタイミングだけを測って射撃したのだ。

 

我々魔導師は小銃を撃つとき、照準器を使い、腕で照準する。そう教わる。

だが戦闘機やルーデルの搭乗機であるJu87Gなどは違う。

機関銃や機関砲は機体に固定されているため、機体の向きを合わせて照準する。

 

当然、そういう射撃術も教本には載っているが、

それもあくまで照準器を見ながらというのは大前提だ。

腰だめ姿勢で照準器を見ずにやるものではない。

 

Ju87Gのガンポッドと照準器の位置は大きく離れているゆえに

照準器は特定の距離でのみ正確に着弾し、ガンポッドは左右同時に発射される。

距離を直感的に把握し、弾道交差距離になったタイミングで引き金を引くというのはできて当然。

 

そのうえ、ハンナは敵の真後ろにつくということをしない。

敵のケツを追いかけるという空戦の基本を無視し、殆ど偏差射撃で当てている。

 

「どういう向きで小銃を抱えてどのタイミングで撃てば当たるか」というのを本能的に理解しているのだろう。

このような能力を「当て勘」とでも言うべきなのだろうか。

 

 

もう一つは「どう機動すれば敵が撃ちにくいか、当てにくいか、弾が当たらないか」と言うのを把握し、

敵の位置だけではなく、高度、速度、移動方向、距離を全て把握して機動している。

視界の後ろであってもある程度敵の位置取りを把握しているように見える。

 

そのため、敵が撃ちやすい位置取りや機動を全くしない。ゆえに当たらないのだ。

流石に終戦まで戦闘機からの攻撃で一度も撃墜されていないだけのことはある。

確かソ連のトップエースが逆に撃墜されてたりしたな…

こっちは「避け勘」とでも言っておこう。

 

更に言えば、「当たると確信しない限り撃たない」。

普通なら一人で46人を相手にしたら弾切れで負けるのが普通だ。

だが「当て勘」によるものなのか一発も外していない。

Ju87Gの装弾数は24発。12回しか撃てない。

ちょっと外したらすぐ弾切れするだろうし、補給は煩わしかったに違いない。

一度帰還すればアカの戦車を撃破できる数は確実に少なくなる。

当然一回たりとも外したくはなかっただろう。

 

今、弾を一発も外さないのはその辺りに理由があると思われる。

実際にできるのはどうかしているが。

 

――― 一つ一つ取っていけばなるほど分からなくはないが

それをこっちで、飛行機ですらないのに実現する時点でおかしい。

 

一応、この世界において単純に経験としての"飛行時間"はぶっちぎりのトップだろう。

出撃回数と無断出撃から推測するに、1万時間など余裕で超えているに違いない。

"空戦"の経験も少なくないはずだ。

本人の記憶によれば、Fw190に乗るようになってからだけで5機以上の航空機を確実に撃墜している。

文句なしのエースパイロットである。

曰く、F-8なら1000kg爆弾を吊り下げてても空戦は可能とのこと。なんだそれは。

最初から戦闘機に乗ってても300機どころか500機撃墜などということをやらかしそうな気がしてきた。

 

これを世に、というか戦場に放ったとき何が起こるのだろうか。

実際には当てられるとしても防殻術式で防御されるが、

そもそも位置を捕捉できない魔導師も多いだろうし、

あの魔導適性から引き出される火力だ。防殻術式が有効かどうかも分からない。

 

三十分で敵の魔導大隊が消えたとか、

無断出撃によって誰が撃破したかもわからない敵の魔導師の遺体がそこらじゅうに落ちてるとか、

司令部が迎撃を命じたら迎撃に向かう隊が交戦する前に敵が謎の爆発で全滅したとか。

敵味方双方が混乱に陥るミステリーが日常のように発生するのだろうか…

 

…ありえる。前世で推測200両以上の戦車撃破スコアを味方の軍上層部が把握していない、

ある意味で戦場神話のデパートのようなやつだ

 

 

…このバケモノを相手にする敵魔導師が哀れでならない。

"これ"と交戦した場合、生きて帰れる確率は一割以下だろう。

いや生きて返してくれるだろうか。余裕があれば駐屯地まで追撃して駐屯地ごと焼きかねない。

 

配属されたら早々にハンナに二つ名が付くのは最早確定したようなものだが、

何になるか最早想像できない。恐らく、あれと交戦する側にとって理不尽な存在だからだ。

現状で「バケモノ」とか「悪魔」とか「鬼神」とか思いつきはするが、

その程度では適切な表現とは言えない。

実際配備されてどの程度の戦果を出すか分からない。敵がどんなあだ名を付けるか楽しみにしておこう。

 

 

結果として、ハンナは模擬戦から外された。

熟練の航空魔導師のみで編成された中隊すら蹂躙しかねない候補生を相手にしていても、

そんなのを相手にする可能性が低すぎて訓練にならないのだ。

結局一人で対地攻撃訓練をするということになった。

 

――本業ではない空戦でこれだ。本業の対地攻撃訓練なんてやらせたら何が起こるか分かったものではない。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

――教官共、ハンナに空戦技術の指導をさせようとしたらしい。

 

「そもそもこの飛び方自体前世の経験に基づいたものだ。

考えずとも体が勝手に動く。それを教えろと言われても困る」

 

「アルゼンチン空軍で教官をしていただろう。そのときはどうだったんだ?」

 

「私はあくまで教官として至って普通のことを教えただけだ。

航空機の、低空での戦闘技術なら色々と教えられるが、魔導師としては本当に直感で飛んでいる。

教えられることは今のところ無い」

 

魔導師としての経験は浅いから他人に教えられるわけではないと。

――本当に経験の浅いやつがあんな飛び方するかどうかは別の話として。

 

「いや多分、一部は教えられなくはないんだ。

ただ結局は十分過ぎる経験を積まねば真似できないことが多すぎる」

 

仮に教えて真似できて同期と後輩が"こんなの"だらけになったら周辺各国の魔導師戦力が一年持たずに枯渇するだろう。

 

「それに、この飛び方は通常とは多少異なる。

空力に術式で干渉することで一部、航空機的な機動をしているわけだが、

不用意に使うと錐揉みを起こして回復できず落ちる。

便利だが、航空機でそれなりの時間飛んだ経験のある人間以外が使うと恐らく死ぬ。

そもそも航空機で空戦を経験していないと、どこでどう使えばどのように動くかと言うのが分からないだろう」

 

あの高速飛行や姿勢変更はやはり揚力を使っていたか。

圧倒的な飛行時間と空間把握能力があって初めて使えると。

 

「私に言わせれば、飛行時間2000時間を超えてからでも遅くはないと思うが」

 

推測飛行時間1万時間超が言う。

こんな空飛ぶ非常識を何故、存在Xはこちらに連れてきたのか。本当に謎だ。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

私、ターニャ・デグレチャフ准尉候補生はまたもや"おかしなもの"を見ている。

何がおかしいか? いや私の考えが及ばなかったことの方が問題なのかもしれない。

こんな単純なことにどうしてすぐ気づかなかったのか。

 

今、私は対地攻撃演習に来ている訳だが、そこには見知った先客が居る。

名前を出すまでもありますまい。

 

突然だがハンス=ウルリッヒ・ルーデルの乗機といえば?

そう。Ju87G(カノーネンフォーゲル)である。

 

では、Ju87Gの装弾数は? うむ。24発である。

ただし左右同時に発射される。このため攻撃可能な回数は12回だ。

 

では、魔導師の携行弾薬は? これに関しては決まってはいないが魔力量次第では240発近く携行できる。

尤もそれが全部使える状況と人材は限られる。飛行などに魔力を取られるためだ。

どんなに優れた魔導師であっても180発が実用的な上限だろう。

更には、体力精神力疲労その他諸々細かい条件を加えれば"普通なら"更に少なくなる。

 

 

砲撃術式の火力は、魔力量依存だが概ね15cm榴弾程度、推測TNT換算5-7kgといったところ。

 

さて、ではハンナ=ウルリカ・ルーデル准尉候補生の魔導適性及び魔力量は?

魔導適性A、魔力は本人曰く「飛んでりゃ回復する」とか。

――もう突っ込む気力もない。

 

体力? 自分の体重と殆ど変わらない20kg近い装備を背負って3時間睡眠で山を大の大人より速いペースで5日間歩き回る程度である。

 

精神力? 昔と変わらなければまともに歩けない状態のままで、

足が吹っ飛んで傷口が塞がってなくても血を流しながら出撃する程度。

 

疲労? 奴にそんな概念があるのか?

 

 

そしてハンナの対地攻撃技術は―――ルーデル大佐を知っているならば説明不要だろう。

 

この点を踏まえたうえで何が分かるか。

 

簡単に言えば15cm砲を搭載して装弾数が180発、

航続距離及び飛行可能時間は不明。

空戦性能は表現が難しいが、"おかしい"と言っておけばいいか。

これを装備するルーデル大佐。

 

そういう戦闘爆撃機(ヤーボ)を、我々候補生は目前にしている。そんな感じである。

 

東部戦線にそんなものがあったら史実の三倍以上の戦車を破壊していただろうし、

こっちでも桁違いの戦果をもたらすことは目に見えている。

 

 

ハンナは急降下して加速し、超低空で高速を維持しながら砲撃。

瞬く間に砲列を模した射撃目標が数十個単位で吹き飛ばされていく。

 

この前の模擬戦で揃いも揃って吹っ飛ばされたからか、候補生には大した驚きもない。

私も予想をし損ねたが最早驚くに値しない。

 

普通、魔導師の対地攻撃は遠距離から照準して砲撃術式で叩く。

少なくとも機動しながら撃つにしてもある程度距離をとるものだ。

だが奴にはそれがない。

 

低空高速飛行で限界まで接近して吹っ飛ばす。

その戦い方はJu87G(カノーネンフォーゲル)IL-2(シュトルモヴィーク)を彷彿とさせる。

ただし、斜め下向きに小銃を構えながら並んだ砲列を攻撃するので、

複数目標を連続して攻撃する際、アプローチし直す必要がない点は異なるが。

 

"ルーデル"なのだから空戦に比べ対地攻撃は更に凄まじいだろうとは思っていた。

今となっては予想の範囲内である。

 

と言ってもあくまで一人だ。間違いなく超人ではあるのだろうが宝珠の性能限界を超えることはできないし、高高度の爆撃機や戦闘機などは落とせないだろう。

――まあ戦闘機に乗ればそれはそれで圧倒的な強さを見せるだろうが…

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

用語解説

・Ju87 Stuka(シュトゥーカ)

 

ユンカース社製の急降下爆撃機。スツーカとも。

ルーデルの愛機であり、ルーデルといえばスツーカ。

後部機銃手と二人で乗り、機銃の操作以外に航法、索敵、誘導なども担当する。

ルーデルの場合、後部機銃手が整備兵だったり軍医だったりする。

 

ルーデルは主にD型とG型に搭乗していた。

 

・Ju87G Kanonenvogel(カノーネンフォーゲル:大砲鳥)

 

上記のスツーカにガンポッドで37mm対戦車砲を2門乗せた代物。G型。

ルーデルにすら「恐ろしく操縦が難しい機体」と言われた。

なお、ルーデルの戦車撃破スコアが急に伸びるのがコイツに乗り始めてから。

 

それまでは1000回の出撃で100両以下の公式スコアだったのに、

残りの1500回で公式に400両程度、実際には推測で600両以上を撃破している。

(そもそも1500回の出撃には無断出撃が含まれていないが)

 

 

・戦闘爆撃機(ヤーボ)

現代的に言えばマルチロール機。

戦闘機でありながら十分な重量の爆撃装備を搭載できる機体のことを言う。

ヤーボとはドイツ語で戦闘爆撃機という意味のヤークトボンバー(Jagdbomber)を略したもの。

 

・Fw-190

フォッケウルフ社開発の二次大戦ドイツ空軍主力戦闘機の片方。

A、D、F、G型が存在し、

戦争末期のルーデルも500回程度の出撃をFw-190でしている。

主に乗っていたのは恐らく戦闘爆撃機型のF-8。

戦闘機なのに1トン爆弾を搭載できる。




適当な書き方が見つからず継ぎ接ぎだらけ酷い有様になってしまったこの…ナニカ。


ルーデルのキャラを壊した理由として、
実在の人物がどうのような人だったか、把握しきれない部分が存在します。

意図的にキャラを破壊することでそれを説明してしまおうとか、そういう考えがあります
やっぱり基本はルーデルですが、色んな部分で別人かも。

あとデグ様も結構壊れ気味です。
ルーデルに振り回されてる間にどんどん壊れてます

あと、「ハンナ」と「ルーデル」で呼び方分けてます。
我々のよく知るスツーカ大佐は「ルーデル」
航空魔導師の方は「ハンナ」になってますが、これが常に守られるかどうかというと…



更に、このルーデルはこちらの世界線で日々崖から飛び降りながら魔力空力飛行を試しているので、
飛行に対する認識が他の魔導師と大きく異なります。


そう言えば敵対国家側はいくらでも思いつくけど帝国側の二つ名どうしよう


※追記
あっえっなんでこんな文章で評価高いんですか(困惑)

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