幼女ルーデル戦記   作:com211

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12:ダキアI

1月26日 ブタペスト郊外駐屯地

 

事前にもらった忠告の通り、ダキアが宣戦布告した。

既に動員を開始していたので今更感しかないが。

 

おととい、参謀本部から極秘裏に受け取った情報によると

以前より協商連合、連合王国、共和国の3カ国から参戦交渉を受けていたダキアは、

トランシルヴァニア地方の併合を条件に参戦を決定したという。

 

それを捕捉した帝国は再度ダキアの戦力調査を行うものの、その実態は惨憺たるもの。

 

装備は割と更新されつつあるようで、英仏が装備更新で不要になった駐退復座の無い旧式野砲を

機動砲として多数購入しつつ、

更に105mmクラスの榴弾砲を師団砲兵用に少数ながら輸入。

 

歩兵の小銃は二十年くらい前まで前装ライフルが半数程度を占めていたようだが、

最近、全てを後装式ライフルに改修若しくは更新できたらしい。

おそらくスナイダー銃のようなブリーチロック式が殆どで、

多連装ボルトアクションは英仏からの輸入品。数も多くないだろう。

 

少々古めだが、装備はまあ悪くないように思える。

上層部もそう考えただろう。

 

 

だが我々二人は様々な情報を鑑みて、敵戦力をかなり低めに評価した。

 

ダキア軍の戦力評価は主に4つの要因によって低くされる。

 

1つ目は、動員体制。

前世世界で言うところではナポレオン戦争においてフランス大陸軍が暴れまわって以降、

軍隊というものは大きく変化した。

まず"国民国家の徴兵軍"がやたらと強いことが分かった。

志願や傭兵なんかと比べ物にならないくらいの人数を集められるのに士気が高い。

 

それまでの拉致同然の徴用とは違い、名誉と祖国への忠誠で動いてくれる士気の高い兵士が大量に確保できるのだ。

 

この世界の列強諸国も当然徴兵制を採用し、隣接する国の殆どが徴兵制へと移行した。

ダキアも例外ではなく、"一応は"国民皆兵になった。

 

しかし増えすぎた人数は2つ目、3つ目の問題を生む。

 

 

2つ目は、補給体制。

 

国民国家の徴兵軍というのはとにかく数が多い。その分要求される補給物資も多い。

例えば一次大戦開戦時のドイツ帝国軍なら予備役まで全部かき集めれば550万人が動員できる。

当然戦闘をせずとも食料は550万人分用意しなければならないし、弾薬も必要になる。

 

郊外の道路もろくに舗装されてない上、そもそも自動車自体が少ない時代。

 

このような時代において、補給のための陸上輸送は鉄道以外では困難。

で、ダキアの鉄道事情はどのようなものか。

 

列強と比べると残念極まる、というのが実情である。地図から見るだけで分かる。

秘密裏に敷設したり軽便鉄道を増設していたとしても、まずそもそも首都近辺に複線鉄道がない時点で論外。

国家総力戦を戦うには圧倒的に輸送力が足りない。

 

この場合、補給をどうするかといえば選択肢は2つ。

馬や牛などの畜力か人力。

この結果、輜重兵がやたらと多い。

 

 

3つ目は致命的な士官不足。

 

国民国家の徴兵軍は、平時は士官の比率が高い状態となる。

これは戦時動員を開始した場合に適切な数になるため。

 

士官の数というのは作戦の遂行能力、指揮統率に直結する。

実際、一次大戦における帝政ロシアは莫大な人的資源と徴兵可能人数を抱えており、

ドイツが550万に対して2000万人以上徴兵可能だった。

 

だが、その莫大な人的資源の運用にはいくつかの問題が残っていた。

その一つが士官の不足。兵3000人に対して士官13人という隊もあった。

ここまで士官が少ないと散兵運用が難しく、戦列歩兵に近いものになってしまう。

もう一つが工業力不足による装備の不足。支給されないやつは死体から小銃を拾っていたそうな。

かの有名な"銃は二人に一丁"という話はソ連ではなく帝政ロシアの話なのだ。

 

そしてそれだけ纏まっていると当然機関銃の餌食。

一人で300人なんて簡単には纏められないし複雑な動きはできない。

下手すると"戦列歩兵が適切"と言われても仕方がないレベル。

 

…まあ、どこかで聞いたような話だ。

一次大戦のルーマニアそのものなのだが。

 

前世通りであれば識字率が低すぎて士官にすら文盲が多数存在し、

農繁期には兵を除隊しなければ経済が維持できないとか…。

 

 

 

そして4つ目。これが我々にとって一番重要。

 

"どこを掘り返しても魔導師の情報も航空戦力の情報も出てこない"ことだ

今の所、宝珠を生産できる国というのは限られる。

航空戦力だって大規模に予算を割けるほど実用性がまだ認められたわけではない。

それに、列強でもない工業化が不十分な途上国が買ったとしても維持が難しいのだ。

 

英仏に金を出せば当然売ってくれるだろうが、まず運用するための産業基盤がない。

それには整備人員や派遣パイロット、更に自国パイロットの新規育成まで、

全部セットで行えるだけの金を払う必要がある。

 

21世紀で例を出すなら、5000万ドル程度のはずのF-16Vを

整備人員、予備部品、ミサイルなども込みで1機辺り1.5億ドル出した国が存在したはずだ。

世界有数の自動車産業が根を張り、国内に複数の重工業メーカーを抱え、

戦闘機すらライセンス生産可能な日本という国に住んでいると案外わからないが

殆どの国というのは、整備するための産業基盤が存在しない。

 

 

なお、この事は大戦におけるアメリカの強さにも直結する。

"自動車産業が強力で自動車を整備する産業基盤が揃っている"というのは

機械化、自動車化部隊の創設、運用を容易にしてしまう。

これがこっちの合州国にも適用されるから恐ろしい…。

 

 

 

更に、ハンナ個人のルーマニア人に対する評価が加わる。

 

「スターリングラードでの奴らの情けなさといったら最悪極まる。

冬季に入り掛けていたというのに彼奴等、"渡河攻撃"に対して崩れて敗走しやがった。

防衛陣地で備えてたのに、まだ川が凍ってないのに渡河攻撃相手に敗走するんだぞ?信じられるか?」

「そうやって崩れて逃げていくルーマニア人共を見て、こいつらは戦力として計上するに値しないだろうと思った。奴らの代わりに毎日アカ共の戦車をぶっ壊した。奴らのせいで多くの同胞が死んだ」

「一次大戦の酷さも知っている。奴らの弱さはドイツと違って20年じゃ変わりようがない」

 

ちなみにこの後はナチスの戦前戦略の話が続いた。

確かにナチスの戦前の経済政策は戦争準備としては天才的、

未来人が来たんじゃないかと思うくらいの手際の良さだが…

 

後にして思えば、この話をしているときのハンナは前世のそれに戻っていた気がする。

 

 

 

さて、話を戻してダキア軍は航空戦力も魔導師も無し、

更に師団も自動車化もされていない歩兵編成のみ…だがこれは運がいい。

 

ダキアは訓練の途中で実戦に投入されることとなった我が隊に、

"実弾演習の的"を提供してくれるのだ。生きていて一応反撃してくるやつを。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

ダキア戦初日の状況としては

 

"事前に動員を確認して国境に配置された4個師団が損害もなく一時的に後退し、増援師団が到着するまで後方に防衛線を敷いて待機"という状態らしい。

 

 

レルゲン中佐が南東方面司令部から命令書を持参してきた。

「デグレチャフ少佐、南東方面軍司令部から遅滞戦闘の要請があった」

「遅滞戦闘…?」

はて、私は敵の先鋒師団に対して火力投射して壊滅させるつもりだったのだが。

「中佐殿、"遅滞戦闘"でありますか?ダキア軍の足止めをしろと」

「難しいのは理解できるが、再配置中の南東方面軍が投入可能になるまでの時間を稼いでもらいたい」

 

「お言葉ですが、レルゲン中佐は我々の大隊にとって遅滞戦闘が難しいとお考えで?」

 

「いかなルーデル中佐とて、陸軍の支援なしに複数の師団を止めることは難しいだろう。

砲兵支援がなければ火力が足りない」

…150mmクラスの榴弾を直接照準で一方的にバカスカ撃ち込まれたらどこの国の師団でも数分で混乱状態に陥ると思うが

 

「分かりました。601は遅滞戦闘に出撃しますが、司令部に伝言を」

「何かね?」

「"601はこれより敵軍先鋒集団を襲撃する。

これを壊滅せしめた場合は直ちに師団を反転させ、残ったダキア軍の掃討を求む"と」

「なっ!?」

「敵は所詮、前近代的な軍事組織です。魔導師の脅威となりうる対空装備もなければ戦闘機もあるかどうか怪しい」

「自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 

「中佐殿、敵の越境前に事前の準備砲撃と制空戦は実施されましたか?」

「いや、そのような情報は無い」

「つまり、その程度の連中ということです。それに、撃滅くらいしないとルーデル中佐が退屈します」

 

公用使が来ているというのに応接室のソファで横になっているハンナに目を向ける。

「ラインにかえりたーい」

「というより既に退屈しております」

 

「…一応確認しておくが、当該の敵軍先鋒集団は三個師団だ」

「戦争は数ではありません。

いかに敵が大人数であろうと統制が取れないならそれは軍隊と呼べません」

レルゲン中佐は最早言い返す言葉もなさそうである。

 

「セレブリャコーフ少尉、大隊全員に三種対地攻撃戦装備で出撃準備させろ。

今日は夜まで帰れん」

「了解しました!」

 

「あと、これだけ珍しい現象をゆっくり観察出来る機会はもう無いだろう。

出来れば記録しておきたいのでセレブリャコーフ少尉はビデオカメラを持参しろ」

「ビデ…なんです?」

「あ、いや、映像記録用の16mmカメラだ」

 

「それとレルゲン中佐。どこまで進撃してよろしいのですか?」

「な、なに?」

「敵の抵抗はほぼ無いでしょうから、我々は今日一日で行軍可能な範囲であればどこに対してでも攻撃が可能です。それが敵の首都であっても」

「デグレチャフ少佐!貴官は何を言っている!ルーデル中佐は少佐の意見が理解できるか!?」

起き上がってソファに座り直し、

セレブリャコーフ少尉が置いて行ったコーヒーを飲み始めていたハンナが仕事モードで答える。

 

「私が行かなくても先鋒集団を撃滅し、ついでに兵站を派手に攻撃することは容易でしょう」

「ルーデル中佐、本気で言っているのか?」

「一方的に叩ける時点で勝敗は決まっています。

三個師団の戦闘力を永久に奪うには投射火力が幾分少ない気はしますが、

再編成で数日間機能停止させる程度には問題ないかと」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「大隊、傾注!」

 

「さて、大隊諸君。残念ながら君らが待ち望んだ戦争はまだお預け、今回は訓練の続きだ」

「今回の訓練は、ダキア大公国が特別に我々に提供してくれた訓練用標的、約60万に対する対地攻撃だ。

諸君はこれを銃撃しても良いし、術式で爆破しても良い。

このような訓練は中々出来るものではない。諸君らには"歩兵部隊がその機能を喪失していく様"をじっくり観察してもらいたい」

「ターニャ、それはどういうことだ?」

訓示を自分でやらず部下に押し付ける我が戦闘団の司令官が問う。

 

「軍隊というのは組織的な戦闘ができてこそのもの。どこを攻撃すれば敵が組織力を失うか、

どのような攻撃が効果的かというのをゆっくり観察できる、恐らく最初で最後の機会になる。

効率よく敵の戦闘力を奪う方法を学んでおけという事だ」

「全部潰しちゃ駄目なのか?」

 

「お前みたいに魔力が無尽蔵でいつまでも砲撃してられるやつが他に居てたまるか」

「ふむ」

「そういう意味ではルーデル中佐はあまり手出しをしないほうが大隊のためにはなるな」

「帰っていいか?」

「軍法会議に掛けられたいなら。どうぞ中佐」

 

この遠足の引率が義務であることがえらく不満だったらしく、黙り込んだ。

 

「最後になるが、標的は一応反撃してくる…はずだが、

もしダキア軍相手に落とされたら懲罰訓練か不名誉除隊させてやる」

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

同日

トランシルヴァニア地方某所

 

『こちら第601航空魔導大隊(601 M B)、後退中の陸上部隊へ。越境した敵軍を撃滅するべく移動中。

敵軍の正確な情報を求む』

南東方面司令部から聞かされていた、魔導部隊の増援が通信を送ってきた。

「こちら第81歩兵師団本部(81 INF Div HQ)、敵方数多く、方面軍司令部の指示によりやむなく後退中。

斥候部隊の報告では敵軍先鋒集団の規模は三個師団程度、721デシマル448の地点を北西に行軍中」

『こちら601、情報感謝する』

「こちら81、ご武運を」

 

師団本部は一時、車両を停止して上を飛び去る601を眺めていた。

「死ぬ気だな、彼らは」

「"敵軍を撃滅するべく"とは言っていましたけど、たった一個魔導大隊で三個師団はどうにもならないでしょうね」

「我々も遅滞戦闘を行うべきでは」

「方面軍司令部は我々を後退させて、彼らを前線に送った。鉄道を利用できない我らを後退させる時間を稼ぐため。彼らの献身を無駄にしてはならない」

 

「たった一個大隊で三個師団を相手にする…」

「英雄だ。我々は英雄の姿を目撃しているのだ」

 

「本部総員、601に敬礼!」

師団本部人員は一斉に敬礼すると、再び車両に乗り込んで車列を組み、北西方面へ撤退していった。

 

 




用語解説については今までどおり文末に置くことにしました。
脚注の利用も考えましたが、動作がよくわからないので当面ナシで。
ちなみに今回はありません。

ダキアが終わるとちょっと番外が入りまして、話の傾向が変わります。
こいつが"世界観的には結構大事なヤツ"なんですが、
如何せん話が色々と難しいんです
今までのようにルーデルがおかしいってだけでは自分が満足できなくなってしまって、
軍事財政と輸送の二点を本格的に補強しようとか目論んでいます。
公開して「分からん!」って意見が多いようなら簡単な感じでもう1本書いちゃいましょう


最後にまたもやアンケートです。

現在、原作に近い感じで進行しています。
これを、「原作に近すぎる内容の所を一気に飛ばして先に進めようか」と考えています
理由はいくつかあるのですが、
書きたい衝動がある内になるべく早く進めてしまいたいなというのが本音です。

途中を全部ダイジェスト化して、作中時間的には1-2年くらいすっ飛ばすことになるかもしれません。
(しかも気分次第ですっ飛ばさないかもしれないという身勝手計画)
これを、良しとするか否か。


…いや最終的にはダキアの次の番外編の反応次第なんですけどね?

今の執筆スタイルからすると何話か前から決めておかないと困るので…

原作に近い内容はダイジェスト化で飛ばすべき?

  • 飛ばすべき
  • 飛ばさないべき
  • その他
  • 好きにしろ

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