シュガールの異世界訪問   作:勇忌煉

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シュガールとパーティ

 ドラゴンは最強の生物である。

 

 火を吐けるし、空も飛べる。生まれによっては毒や電気、水も操れるし、魔法も使える。

 

 故にドラゴンのほとんどが誇り高く、人間を下等生物と見なしている。

 

 しかし同時に、討伐の対象として狙われることも多く、弱きドラゴンはすぐに狩られる。

 

 まさに食うか食われるか。人間との関係は基本的にこんな感じである。

 

 

 これがその世界における常識。つまり当たり前だった――その世界では。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある世界の山脈。暗くなり始めた空は分厚い雲に覆われて見えなくなり、吹き荒れる風と降り注ぐ雨が徐々に強さを増していく。

 白煙の如く悠々と連なる山々の上で、数人の黒マントを羽織った女性が箒に跨って飛び回り、やがてその集団に巨大な生物が加わった。

 堅い鱗に覆われ、鋭利な背鰭の生えた三、四百メートルはあろうかという灰色の身体、鳥とコウモリを足して割ったような翼に頑丈な手足、角を生やした大きな頭と鋭い牙。

 その巨大な生物――ドラゴンは山の頂に降り立つと、天に向かって凄まじい雄叫びを上げた。

 

 ――さあ、始めましょう。

 

 次に女性の一人がそう言った瞬間、他の音が聞こえなくなるほどの強風が吹き荒れる。

 彼女達は魔女であり、今から行われるサバトという夜宴の参加者達だ。

 そして雄叫びを上げたドラゴンは夜宴で魔女らと共に嵐を起こすため、わざわざ住処の洞窟から離れた場所まで訪れている。

 

『ん?』

 

 すると山頂から空を縦横無尽に飛び交う魔女達の様子を眺めていたドラゴンの隣に、通信機と同じ性能を持つ小さな魔法陣が展開された。

 それを指先で軽く押した途端、そこから声が途切れ途切れに聞こえてくるので何事かと唸るドラゴンだったが、すぐに魔法で雨や風の音を遮断して耳を傾けると、

 

『誰だ――』

 

《おーい! 聞こえてますかシュガールさーん!? なんか雑音が凄いんですけどー!?》

 

『うるさっ!?』

 

 女性のものであろう明るい声が、耳の奥まで突き抜けるように響いてきた。シュガールと呼ばれたドラゴンは驚きのあまり、片耳を塞ぎながら身体を少しビクッとさせる。

 よし、一旦落ち着こう。そう思いながら一息つくシュガールだが、今度は別の意味でその精悍な顔に驚愕の色を浮かべた。

 

『…………生きていたのか、トール』

 

 トール。

 彼と同じドラゴン(雌)であり、三つある勢力のうちの一つ、人間と敵対し破壊を信条とする『混沌勢』に属していた同族からも一目置かれるほどの実力者である。

 しかし先日、神々に戦いを挑んで敗北。聖剣を突き立てられて死亡したとされていた。

 ちなみに当の本人は一部の竜にだけ自分の生存を伝えていたのだが、シュガールには今に至るまで教えていなかったのだ。

 それを思い出したのか申し訳なさそうに唸るトールだったが、気を取り直して続ける。

 

《まあ色々ありまして……今は小林さんという人間の方と暮らしています。このあとそこでパーティをやることになったんですけど、シュガールさんもどうですか?》

『おい待て。意味がわからんぞ。生きてたかと思えば、人間と一緒に暮らしている? お前が? しかもパーティだと?』

 

 コイツ本当にあのトールか? 口調も柔らかいし、『混沌勢』の中核として神々と戦ったドラゴンとはとても思えない。

 あり得ない事ばかりを言うトールに思わず戸惑い、混乱しそうになるシュガール。

 トールは人間が嫌いだ。『混沌勢』に属しているのが何よりの証拠だし、シュガールが前に会ったときもその手の愚痴が多かった。

 シュガール自身もトールほどではないが、過去に友を黄身のない卵で殴るというシュールな方法で殺されたこともあり、人間に対してあまり良い感情を抱いていない。

 ……尤も、死んだ友に対して何とも言えない情けなさを感じてしまっているのも事実である。死因が死因なだけに。

 

『……まあいい。聞きたいことも山ほどあるし、参加させてもらおう。他にも誰か呼んだのか?』

《ファフニールさんとルコアさん、それと故郷から追放されたカンナの三人ですね。ちなみにカンナもこっちで一緒に暮らしてます》

 

 呪いの竜であるファフニールに羽毛ある蛇のケツァルコアトル、それに最近この世界からいなくなったカンナカムイときた。

 随分と豪勢な面子だなと呆れ気味に思い、同時にある事が気になってしまう。

 

 ――ドラゴンの数が多い。

 

 ただでさえ強大な力を持つドラゴンがすでに二体もいるのに、追い討ちを掛けるかの如く追加で三体も人間界へ訪れる。気を付けないとその世界の秩序が乱れる恐れがあるのだ。

 ……とはいえ、それを強く警戒しているのは『混沌勢』と対立している『調和勢』のドラゴン達であり、どちらの勢力にも属さないシュガールはそこまで気に掛けていない。

 パーティの開催場所を聞いてから展開された魔法陣を消し、音を遮断していた魔法も解除する。

 現在サバトの真っ最中だが、優先度においては今回の件が上だろう。

 

「どこへ行くの?」

『用ができた。後はお前らだけで進めろ』

 

 声を掛けてきた魔女の一人にそう告げると翼を広げ、飛び上がって山を後にするシュガール。

 しばらく飛び続けていたが周囲に何もいないことを確認して異世界への門を開き、そのまま突撃するように入っていく。

 そして他の者が自分につられて来ないよう、すぐに門を閉じるのだった。

 

 

 

 人間界。そこに到着したシュガールは本来の姿を見られないようすぐさま認識阻害を使い、トールがいるであろう建物の屋上へ降り立ち、独自の魔法で男性の姿へと変身を完了していた。

 

「――よし、こんなものか」

 

 身体の色と同じ灰色の髪、長身に整った顔立ち。そして上着を羽織った、この世界で言う今時の若者のような服装。これが彼の人間態である。

 さっそく近くにあった階段を下りながらちゃんと変身できたかどうかを確認するため、試運転のように両手を動かすシュガール。

 ちなみにこのドラゴン、予定よりもかなり早く来てしまったので、元の世界とは違う人間界の常識を覚えながら指定された時間になるまで世界中を飛び回っていたりする。

 

「まさかここまで来て暇潰しをするはめになるとは思わなかっ……たぞ……」

 

 今度自分の伝承がある国へ行ってみるか。そう思いながらトールに教えられた階へ着いた瞬間、シュガールは言葉を失っていた。

 目の前にいるはずのない、亜人の姿があったのだ。しかも化けているのは知り合いで、自分と同じドラゴン(雄)。これは酷い。

 

「よう、引きドラ」

『……シュガールカ。今夜ハサバトジャナカッタノカ?』

 

 気軽に声を掛けたシュガールに対し、威圧的に返答する亜人の姿をしたドラゴン。

 彼が財宝の守護を務める呪いの竜、ファフニールだ。人間への警戒心はシュガールやトール以上に強いものの、棲み処から一歩も出てこないせいで知り合いからは引きこもり扱いされている。

 

「まあな。けどこっちの方が俺にとっては大事なんでね」

 

 今もなお死んだと思われている仲間が生きていた。しかも人間嫌いだったそいつが、その人間の元で厄介になっている。

 さらに凶悪で人間嫌いな彼女を手懐けたらしい、コバヤシという人間。

 人とまともに接した経験が少ないシュガールにとって、それは非常に興味深いものだった。

 ……夜宴の途中で自分の役割を放棄し、すぐさま異世界へ飛んでしまうほどには。

 

「ところでお前、その格好でいるつもりか?」

『トールガ人型ナラ何デモヨイト言ッテイタ』

「マジかよ。それじゃあ俺も背鰭――はまずいから角でも生やしてみるか」

 

 シュガールがそう言って二本の角を生やすと同時に、ファフニールは早く入れろと言わんばかりにインターホンのボタンを押す。

 そこから間延びした高い音が響き、直後にドタバタと一人分の足音が聞こえてくる。すると目の前の扉が開かれ、人間の女性が出てきた。

 

「はーい、どなた……」

 

 馬の尻尾みたいに纏めた髪と死んだ魚のような目。彼女が例のコバヤシだろうか?

 不意を突かれたこともあって思わず身構えたシュガールだが、すぐに杞憂だと判断して身体から力を抜く。リラックスというやつだ。

 コバヤシはシュガール――の後ろにいるファフニールを見て固まっていたが、

 

「…………」

 

 我に返ったのかそのまま静かに扉を閉めた。しかも無言で。

 ファフニールは特に反応しなかったが、シュガールは内心戸惑っていた。どうして人の姿をしている自分達を見て閉めたのだと。

 今度はファフニールに代わってシュガールがインターホンのボタンを押そうとしたところで、

 

「その姿はまずいですよファフニールさん!」

 

 再び扉が開かれ、見慣れた顔の少女が出てきた。シュガールの脳内に記憶された彼女とは髪型が異なるものの、間違いなく向こうの世界で死んだとされていたドラゴンだ。

 亜人の姿はいけないと指摘されたファフニールが人間の姿に変身し、扉の先へ足を進めたところで、シュガールは閉ざしていた口を開く。

 

「……久しぶりだな、トール」

「はい。お久しぶりです、シュガールさん」

 

 残念ながら感動の再会と言えるほどのものではないが、彼らにとってこの出来事はとても嬉しいものであると断言していい。

 互いに軽く挨拶を済ませたところで、シュガールはずっと気になっていたことを口にする。

 

「さっきも言ったがお前には後で聞きたいことが山ほどある。だが、これだけは今この場で言わせてもらおう。その格好は一体なんなんだよ!?」

「見ての通りメイド服ですが?」

「そんなことは知っている! 俺が聞きたいのは何故お前がそれを着ているかだ!」

 

 生きていただけでもあり得ないのに、らしくない言動に本人は嫌いな人間と一緒に暮らしている、挙げ句の果てにはメイド服ときた。

 凶暴なドラゴンがメイド服を着ているという今日一番の衝撃を受け、混乱していた頭がパンクしそうになるシュガール。

 なんなのこの世界。どういう原理で成り立っているの。前に俺が来たときは特に衝撃を受けるようなことはなかったのに、ドラゴンがメイド服を着ただけでこうも変わるものなのか……!?

 どうしてこうなったと内心でひたすら頭を抱えるシュガールに、トールは可愛らしい笑顔でとどめの一言を告げる。

 

 

「――ここで小林さんのメイドとして働いているからですっ!」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、シュガールは考えるのをやめた。もういいや、と投げ出すように。

 

 

 

「初めまして、シュガールです」

「これはご丁寧にどうも、小林です」

 

 家に上がってトールのご主人様と思われる例の小林と挨拶を交わし、頭を冷やすためにもファフニールに続いて寛ぐことにしたシュガール。

 トールが従僕になるからどんな人間かと思えば、これといった力を持たない普通の人間じゃないか。彼女のどこが気に入ったというんだ?

 静かにソファーへ腰を下ろし、テレビゲームをやっている滝谷真という人間の男とファフニール、そして民族衣装のようなドレスを着た幼女もとい幼竜――カンナカムイを眺める。

 

「今日はサバトの日じゃなかったっけ?」

 

 いきなりトールや小林のものではない聞き覚えのある女性の声が聞こえ、思わずギョッとしながら後ろを振り向くシュガール。

 そこにいたのは露出の多い服を身に纏う、豊満なスタイルの女性。しかしその頭には二本の角が生えており、人外であることがわかる。

 顔を引きつらせながらも、シュガールはどうにか平静を保って声を出す。

 

「ご、ご無沙汰してます、ルコアさん」

「そうだね。前に会ったのは一ヶ月ほど前だったかな?」

 

 ルコアことケツァルコアトル。シュガールが知っているドラゴンの中では一番強く、それに加えかつては文明を司るほどの神だったこともあり、彼にとっては頭の上がらない存在でもある。

 

「はい。その日も確かサバトがあったはずです」

「もしかして今回も途中放棄しちゃった?」

「…………まあ、トールに聞きたいことが山ほどあったもので」

 

 嘘は言っていない。実際この世界へ飛んできたのもそれが目的なのだから。

 何を言えばいいのかわからないシュガールは背中に流している冷や汗を必死に隠しつつ、適当に思ったことを口に出す。

 

「あー、ルコアさんはトールが生きてたの、以前から知ってたんですよね?」

「うん。本人から直々に連絡があってね。僕も最初はびっくりしたよ」

「やっぱりか」

 

 どうやら彼女の友人で生存の事実を知らなかったのは俺だけのようだ。サバトのために表へ出まくっていたせいだろうか?

 いや、仮にそうだったとしてもトールの交友関係はどちらかと言えば狭い方だ。単純に忘れていたということもあり得る。

 本当にトールが教えるのを忘れていただけとは知らずに、意味のないことで考え込むシュガール。さすがに気づくべきである。

 

「それじゃ、僕は小林さんと少し話してくるよ」

「あっ、はい………………まあいいか」

 

 そう言ったルコアが小林の元へ歩いていくのを見届け、考えるのをやめたシュガール。どうも集中力が持続しないタイプらしい。

 

 

 

「だぁーかぁーらぁー!! 私は初老派なの執事は! 初老で完成形なの!!」

「いやいや! 昨今は若い美形型鬼畜執事もなかなかのモノがあるでヤンス!」

「あの、やめろ……やめて……」

 

 ――何が起きているんだこれは!?

 

 あのファフニールが酔っ払いと変なメガネに圧倒されている。人間のことをよく知らないシュガールが驚く理由はそれだけで充分だった。

 ていうか、人間って基本的に弱いんだよな? 力のある奴が集結したのならまだわかるが、ここには二人しかいない。彼らの何がファフニールをあそこまで押しているんだ?

 目の前の状況についていけず顔の前で手を組み、驚き一色の表情を隠すように俯く。

 が、そんな彼を天――もとい小林は見逃してくれなかった。

 

「おら! そっちのにーちゃんもじっとしてないで執事になれ!!」

「あんた自分で初老派とか言っておきながら若人の俺に求めるのかよ!?」

 

 もうむちゃくちゃだ。こんなの俺が知っている人間じゃない。まさかトールもこの酔っ払い特有の圧力にやられたのだろうか?

 そのトールは苦笑いで傍観しており、ルコアも笑顔だが少し引いている感じだ。カンナに至ってはまだ子供であるせいか、この状況下をまるで意に介さずぐっすりと眠っている。

 そして魔女とつるんでばかりで人間という種族を理解できていないシュガールですら、暴走気味の小林と滝谷を見てこう思っていた。

 

 

 ――人間、恐るべしと。

 

 

 

 




《酔う前の小林さん》

「ねえトール、シュガールさんって何をしている人なの?」
「そうですね……普段は山と山の間を雷の姿で駆け巡っているんですが、金曜日になると夜宴に出席して魔女と共に嵐を起こしています」
「その行動に意味はあるのか……?」
「前者はそれを見た人間が恐れるそうですが、私にはよくわかりません。後者はシュガールさんの主な役割だそうです」
「さっきの二人よりかはまともっぽいけど……その辺りはどうなの?」
「ドラゴンの中では比較的大人しい方かと。ただあの人、何かあるとすぐに途中で自分の役割を投げ出すんですよ」
「サボり魔……引きこもりといい痴女といい、ろくなのいないなドラゴン」



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