やはり俺の十七歳の地図はまちがっている。   作:エコー

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久しぶりの投稿です。


9 波乱の予兆

 

 金曜の放課後。

 俺は昨日の平塚先生の言いつけ通り、職員室を訪れた。

 同行するのは雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣、一色いろはの三人だ。

 時期的に見て平塚先生の用件は合同イベント絡みなのだろう、という推測の元にこの面子に声を掛けたのだが。

 

「──ちょうどいいから観劇の件、お願いしますね。せんぱい」

 

 進路指導室で平塚先生を待ち始めての開口一番が一色のこれだ。

 まだそんなことを言ってるのか。とっくに終わった議論だと思ってたわ。

 

「何度も言うが、出るのは小学生で、やるのは朗読劇だぞ。そんな舞台がタイミング良くあるかよ」

「ぶー、じゃあカラオケでもいいです」

 

 そうだね。観劇が無理なら代わりにカラオケ……って、全然違うじゃねぇか。頭文字しか合ってないし。

 

「お前なぁ、何が望みなんだよ」

「遊びたいんですよ〜」

「ただの欲かよ……」

 

 あっさりと吐きやがった。

 ぶーと頬を膨らませる一色の処理に困っている隙に、さらに味方を増やしにかかる。

 

「ね、結衣先輩も遊びに行きたいですよねっ? みんなで行けば超楽しいですよ〜」

「えっと、そりゃ行きたいけど……今はイベントが先だと思うよ」

 

 おっ、由比ヶ浜が正論を述べている。千葉でオーロラが見えるくらいに珍しい奇跡の光景……と、ここまで言うのは失礼だな。

 由比ヶ浜の責任感の強さは、少しばかりだが俺も知っているつもりだ。

 彼女は葉山グループの中のバランサーだ。そして、俺の間違ったやり方で繫ぎ止めたグループの関係を維持しようと懸命になっていたのを思い出す。

 その姿は、俺のやらかした失敗を無にしない為に頑張ってくれた様にも見えた。

 まあ完全な自惚れ、だな。

 

 そしてもう一人の同席者、雪ノ下については言わずもがな、である。

 

「そうね、まずは新生徒会の最初の行事を無事に完遂することに集中しなさい。その頃には冬休みになっているから、存分に羽根を伸ばして遊ぶといいわ」

 

 雪ノ下にしては随分と優しい物言いだ。否定するだけでは無く、一色の気持ちも勘案しているのが何とも微笑ましく思える。

 俺が奉仕部に強制連行、もとい入部した頃と比べると、随分と柔らかくなったものだ。

 と、不意にこちらを向いた雪ノ下と視線がぶつかる。

 

「──比企谷くん、何か?」

「いいや、何でも」

「何でもないのに人の顔を見てにやにやしていたの? さすがね」

「マジ? 由比ヶ浜、俺ニヤついてたか?」

「うん。なんだろ、お父さんみたいな視線だった」

 

 思春期の女子にとって、父親の存在は忌避の対象だ。

 つまりあれだ。

 

「悪かったな、キモくて」

「いえ、そういう訳ではないのだけれど」

「そうそう、むしろ好き……な、なんでもないしっ」

 

 ムシロスキーってなんだよ。ロシア辺りの作曲家みたいな響きだな。

 つか二人とも顔が赤いな。集団感染か?

 

「由比ヶ浜さん、最近お口が緩いわよ」

「ゆ、ゆるくないしっ」

 

 そうだな。由比ヶ浜が緩いのは貞操観念だな。

 主にシャツの第3ボタン辺りに貞操観念の緩さをひしひしと感じる。

 

「と、とにかく一色さん。今はイベントの成功だけを考えなさい」

 

 かなり強引ではあるが、雪ノ下が話を本筋に戻す。

 

「雪乃先輩までそんなこというんですね……じゃあいいです。せんぱいと二人で観劇してきますから」

「おい」

 

 俺の予定を勝手に決められては敵わない。そう反論しようとしたが、それは不必要だった。

 

「どうしてそうなるのかしら……全く理由が分からないのだけれど」

「そうだよいろはちゃん、意味わかんないよっ」

「意味なんて無いです。"Don't think,feel"ってやつですよ」

「何故ここにジークンドーの達人の言葉を引用したんだよ」

「それも、意味のないことです」

 

 クリスマス前に禅問答かよ。さすがは日本。宗教観に統一性が無い。

 クリスマスの数日後に寺院で除夜の鐘を叩き、その数時間後には神社に行く。

 一週間で幾つの宗教を渡り歩くんだよ。

 宗教ビッチかよ。

 

「ね、ゆきのん。さっきの英語、どおいう意味?」

「由比ヶ浜……さすがにそれは笑えないぞ」

 

 Don't think,feel.

 

 かのクンフーマスターの主演作である香港映画の、余りに有名な台詞、なのだが。

 

「直訳すると『考えるな、感じろ』かしら。使用している単語はどれも中学生で習うものよ」

「えー、あたし知らないよ」

 

 マジか。

 堂々と知らない宣言しちゃう由比ヶ浜を思わず案じてしまいそうだ。

 

「由比ヶ浜さん、冬休みは長いわ。たっぷりと勉強しましょうね」

 

 うわぁ、雪ノ下の笑顔が恐い。由比ヶ浜さんご愁傷様です。

 

 ──いかん。最近の俺たちは話が転がり過ぎるせいか、すぐ脱線しちまう。

 さて本題、本題っと。

 

「つか、もし観劇に連れてくなら、台本を担当する書記の子だろ」

「女子二人で遊びに行っても面白くないですよ」

「いや遊びじゃねぇし」

 

 先程の雪ノ下に便乗して一色を追撃するも、きっぱりと遊びと言い切るこの後輩は、中々どうして強靭なハートの持ち主のようだ。

 しかしこうして眺めていると、まるで姉妹だな。

 厳しい長女が雪ノ下、緩衝役の次女が由比ヶ浜。もちろん一色は奔放な末っ子である。

 

 それから姦しい女子三人を傍目にスマホを弄ること五分、平塚先生が入室してきた。

 

「すまない、待たせたな」

「いえ、構いません。それで、どのような用件でしょうか」

 

 白衣のポケットから出した紙束を、ばんっと机に叩きつける。ちなみに平塚先生はドヤ顔だ。

 

「これだ」

 

 まずあんた誰だ。

 

「ここに6枚のチケットがある」

 

 ばらら、と机に広げられたそのチケットは──

 

「あっ、ディスティニーランドのチケットっ。どうしたんですか、こんなにたくさん」

 

 いち早く声を上げたのは由比ヶ浜だ。ついで一色が椅子を鳴らして立ち上がる。

 雪ノ下は……あれ、無反応。

 どういうことだ、こいつパンさん好きだったよな。

 

「いや、な。まさか3回続けて当たるとは思わなかった」

「福引きですか?」

「……結婚式の二次会のビンゴ」

 

 おかしい。

 平塚先生の周囲の空気が淀んで見える。

 まさかこの人、精神を打ちのめされて時空を歪めるスキルを取得したというのか!?

 

「よかったね、一人で二回行けるね〜って……三回言われた」

 

 違った。歪んでいるのは、涙を浮かべる平塚先生の視界だった。

 

 

 

 

 翌日の土曜日。

 せっかくの休日だというのに、ディスティニーランドへと駆り出された河合荘、もとい可哀想な俺。

 つか誰が来るのかも知らない俺。

 ちなみに平塚先生に引率を頼んだら「私を殺す気か」と泣かれた。マジでごめんなさい。

 

 待ち合わせ場所の正面ゲート前が近づくにつれ、見覚えのある顔の集団が見えてきた。

 貰ったチケットは6枚。その内1枚は俺の分だ。つまり、待ち合わせ場所には5人いるのが正解なのだが。

 ──何故8人もいやがるのだ。

 その中には明らかに合同イベントに関係ない面子の姿もある。

 

「やあ、ヒキタニくん」

「はろはろ、ヒキタニくん」

「おっ、来た来た。ヒキタニくんウェイ〜」

「あれぇ、なんでヒキオいんの?」

 

 よし。

 順番に片付けていこう。

 葉山消えろ。海老名さん眼鏡。戸部うるさい。

 あと三浦よ。

 それはこっちの台詞だ。

 

 頭を抱える雪ノ下の横、苦笑いを浮かべる由比ヶ浜を睨む。

 

「だ、だって……うーっ、いろいろ大変なんだよぉ」

 

 何も言わない内に言い訳されてしまった。

 まあ、6枚のチケットの余った分は由比ヶ浜に委ねたのだから文句は無い。

 無い、が。

 明らかに定員オーバーじゃないですかね。

 あ、これって俺のチケットが無いパターンかな。

 帰っていいパティーン(死語)かな。

 

「大丈夫だよヒキタニくん。俺らは自分でチケット買うから」

 

 寒風吹き荒ぶ正面ゲートで爽やかな風を吹かせるのは、クソリア充イケメン野郎こと葉山。

 

「そーそー、今日は弾けようぜぇいヒキタニくんっ」

 

 戸部は一人で勝手に弾け飛べ。

 

 しかし、総勢8人かよ。

 しかも面倒な奴らまで来るとは。

 はぁ、帰りたい。

 それが叶わないなら、とりあえずとっとと用事を済ませるに限るな。

 

「全員揃ったなら行くぞ。ささっと回ってささっと帰ろうぜ」

「来たばっかなのに帰る気マンマンだっ!?」

「当たり前だろ。休日出勤は短いに限るだろ」

「ふふーん、ヒッキーがそんなこと言えるのも今の内だからね」

 

 そりゃどういう意味……え?

 

「はちまーん!」

 

 ちょっと大きめのダッフルコートのフードを揺らして駆け寄るのは、天使だった。

 違った、戸塚だ。いや違わない。だって天使だもの。

 

「お待たせ、八幡」

「いや、今来たとこだ」

 

 息を弾ませて上目遣いで俺を見る戸塚を見つめる俺。

 ややこしいな。

 

「デートの待ち合わせみたいな会話だ!?」

「……もう病気ね、これは」

 

 奉仕部の女子二人が何か言っているが、もう俺の耳には入らない。

 俺の耳は戸塚の声を聞く為に。

 俺の目は戸塚の笑顔を見る為に。

 俺はこの瞬間、戸塚の為だけに存在するのだ。

 

「会いたかったよ、八幡」

 

 ──ぐはァ!?

 なんて破壊力だ。連邦のモビルスーツは化け物かっ。

 

「あれ? まだ全員来てないんだね」

「そうね、あと二人ね」

 

 ん?

 ちょっと待て。

 

「チケットは6枚だったよな。葉山たちは自費なら、残りはあと1枚だろ?」

「私は年間パスを持っているから、残り2枚ね」

 

 さすがは雪ノ下。年間パスをお持ちだったか。道理で無料チケットを見た時の反応が薄かった訳だ。

 

 つーことは、あと二人来るのか。

 

 それから二分。

 正面ゲートに現れたのは。

 

 折本かおりと、海浜総合の生徒会長の玉縄だった。

 

 

  * * *

 

 

 一通りディスティニーランドを回り終える頃、日は沈みかけていた。

 雪ノ下と由比ヶ浜は相変わらずゆるゆりと仲睦まじく、葉山達は常に一緒に動き、一色はその間を行ったり来たりしていた。

 俺は従来のスタンス通りに集団の最後尾をとぼとぼと歩く。その隣には戸塚がいたりして、身に余る幸せを噛み締めていた。

 

 時折感じる折本かおりの視線が痛かったりしたが、一行は概ね和やかにディスティニーランドでの時間を楽しんでいた。

 

 いや待て。それで良いのか。

 平塚先生は、合同イベントの為に6枚ものチケットを提供してくれた。だというのに一行はただ楽しんでいる。

 葉山達は自分でチケットを購入しているからそれで良い。

 

 だが、合同イベントに関わる奴らは違うだろ。

 特に海浜総合の生徒会長である玉縄は、折本をあちらこちらと引っ張り回していたことがやけに目についた。

 

 聞けば、海浜総合の二人を呼んだのは一色だ。曰く、ここで恩を売っておけば合同イベントも円滑に回る、ということらしい。

 さすがは一色というべきか、計算高い判断だ。上策といえよう。

 

 だが当の玉縄はただ楽しんでいる様に見えた。その姿に苛立ちが募る。

 楽しむ前に早く演目を決めろよ。あと一週間も無いんだぞ。

 ただただ暗鬱と心中で正論を吐き続ける俺の顔を、戸塚が覗き込んでくる。

 

「どしたの、八幡」

「ん?」

「なんかこわい顔してるよ」

 

 恐い顔?

 ああ、目がゾンビみたいだからかな。ぐすん。

 

「玉縄くん、でしょ」

 

 ずぼしっと図星を突かれて、思わずたじろぐ。

 

「まあ、な」

 

 曖昧な返事を返すと、戸塚はにこにこと微笑みを浮かべる。可愛い。

 

「八幡ってさ、真面目だよね」

「いや、どうみても不真面目だろ。どうしたら働かなくて済むかを常に考えてる様な奴だぞ、俺は」

 

 働かざること山の如し。

 かの戦国武将、武田晴信の名言である。勿論嘘だ。

 

「八幡はさ、いつも効率を考えてるよね」

「んあ? まあそうだな。楽できるに越したことはないからな」

「それって、仕事が出来る人の考え方なんじゃないかな」

 

 仕事なんて断固拒否したい俺が、仕事が出来る奴の思考をしている、だと?

 ──解せぬ。

 

「八幡はさ、いつも状況を見て、どれが最適解かを考えてるんだよね」

「そりゃ買い被り過ぎだ」

「ううん、少なくともぼくはそう思ってる。だって、ずっと八幡を見てきた、もん」

 

 ズキュン?

 ドキュン?

 DQN……これは違うか。

 とにかく、戸塚の言葉にハートを撃ち抜かれちまったぜベイビー。

 

「でもさ、八幡の気持ちは、どうなのかなぁ、って」

「仕事に個人の気持ちなんて無いぞ。あるのは結果だけだ」

「そうだけどさ」

 

 冷たい冬の海風は、艶やかな戸塚の髪を踊らせる。

 

「八幡のイライラの原因、教えてあげよっか」

 

 くるりと振り返った戸塚が、俺の顔を覗き込む。

 非常に可愛らしいのだが、その目は強い光を帯びていた。

 そして、いつもの柔らかい口調とは違う、低い声音でこう語るのだ。

 

「なんで玉縄が折本さんの隣にいるんだよ、でしょ」

 

 ……は?

 

 ──はい?

 

 

 

 

 

 

 




クリスマスイブなのにクリスマスイベントまで書き進められなかった(汗

兎にも角にも、メリークリスマスです☆

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