東方夢喰録 〜 Have a sweet nightmare!! 〜   作:ODA兵士長

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第14話 母親 –– ハハオヤ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は揺する。

 

「嫌だよ!起きてよ!」

 

私は叩く。

 

「なんで眠っちゃうの!目を覚まして!!」

 

私は叫ぶ。

 

「居なくなっちゃイヤ!おか––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––あさん……?」

 

いつの間にか、朝を迎えていた。

私は夢を見ていたようだ。

 

「ごめんなさい、霊夢。起こしちゃったかしら?」

「……咲夜?」

「ええ、そうだけど……大丈夫?」

「うん……」

 

私は上体を起こした。

ベッドの横で椅子に座り、壁に寄りかかって寝ていたようだ。

 

「そんな体勢で……体は痛くないかしら?」

「んっ……ちょっと、痛いかも」

「なら、私がマッサージしてあげるわ。これでも私、少しだけ整体術を齧ってたのよ。もちろんお嬢様の為にね」

「へぇ……なら、少しお願いしようかしら」

「少しだけ待っててくれる?尿瓶と点滴薬変えないと」

「ええ、もちろんいいわ」

「それと、寝てるから今は下げようかと思ってたんだけど……そこに朝食置いておいたから、先に食べちゃっててくれるかしら?」

「分かったわ。ありがとう」

「仕事のうちだもの」

「でも、料理は手作りなのね」

「それは趣味みたいなものよ」

 

咲夜はそう言うと、ニコリと微笑んで作業に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで––––」

 

咲夜は作業を終えると、どこからか簡易ベッドを持ってきた。

私はそこにうつ伏せになっている。

そして、咲夜は私の背中から腰にかけて、念入りに揉み解していた。

 

「––––何か夢でも見ていたのかしら?」

「え?」

「あら、自覚ないの?」

「どういうこと?」

 

私から咲夜の表情は伺えない。

だが、悪戯に笑っていることは確かだ。

なんとなく分かる。

 

「私は、貴方のお母さんじゃないわ。まだ、そんな歳でもないしね」

「なっ……」

 

私は自分の顔が熱くなるのを感じた。

 

「声に……出てたの?」

「いえ、ほとんど聞こえなかったわ。でも何となく、そう言った気がしたから」

「カマかけたのね……最低」

「ふふっ、悪いわね。ただ、貴女の過去には興味があるのよ。それに、溜め込んでいても良いことはないわ。私で良ければ話してみない?」

「…………そうね。話しても良いかも」

「あら、随分と素直なのね」

「別に、そんなんじゃ……」

「ふふっ……やっぱり貴女、可愛いわね」

「はぁ!?」

「ちょっと、動かないでよ。やりづらいわ」

「あ、あんたが変なこと言うからでしょうが!!」

「ごめんなさい、悪気はないわよ?」

「まったく……」

 

咲夜はクスクスと声に出さないように笑っていた。

 

「えっ……と、夢にお母さんが出てきたのかしら?」

「んー、まあそんなところね。私がよく見る夢なのよ。小さい頃は頻繁に見ていた夢で、最近ではほとんど見ないようになってたんだけど……どうしていきなり、見るようになったのかしら?」

「それはきっと……貴女が大切な人を失い過ぎたからよ」

「……え?」

「おそらく今の貴女は、心の奥底で、大切な人達を失うのが怖くなっていて、精神的に不安定なのだと思うわ」

「そう……かもしれないわね」

 

私の脳裏には、魔理沙と紫の顔が思い出された。

 

 

 

「……霊夢?」

「え?あ、ああ……何でもないわ」

 

私は少し、黙り込んでしまっていたみたいだ。

 

「本当かしら?無理しなくても良いわ。たまには弱いところを見せないと、やっていけないわよ。私も実感したし」

 

私は、レミリアの前で号泣する咲夜を思い出していた。

あのくらい晒け出せる相手が、今の私に居るのだろうか?

 

「私で良ければ、貴女の涙や感情、そして話の受け皿くらいにはなるわよ?」

 

確かに今の私にとって、そのような存在に一番近いのは咲夜だろう。

咲夜と出会ったのは、わずか二日前だと言うのに……

私たちは、共に過ごした時間が濃密すぎた。

 

「そうね、お願いするわ」

 

だから私は、咲夜に昔話を聞かせることにした––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見て見て!今日、お母さんの似顔絵を描いたの!」

「え?……あぁ、よく描けてるじゃない。ありがとね、霊夢」

「えへへ〜」

 

母が私の頭を撫でる。

母の手は柔らかく、そして温かかった。

私は母が大好きだった。

 

私の父は、私の物心が付くよりもずっと前に死んでいるらしい。

死因は……昔聞いた気がするが、忘れてしまった。

私にとって父は、その程度の存在でしかないのか、と私は何となく申し訳なかった。

しかし、そんな気持ちがあるからと言って思い出せるわけではない。

 

母はずっと、女手一つで私を育ててくれた。

母の親友である紫は、よく母のサポートをしていたらしい。

だが、私にはあまり干渉をして来なかった。

あくまで、母の為になることをしているようだった。

 

「最近、幼稚園はどう?」

「楽しいよ!あのねあのね、今日はみんなで––––」

 

私は母にその日のことを話すのが大好きだった。

私は身振り手振りを加えながら、自分が経験したことを語り、そして母はそれを笑顔で頷きながら聞いてくれた。

 

「––––それでね私は」

「ねぇ、霊夢」

「なぁに、お母さん?」

「魔理沙が話に出てこないようだけど、仲直りしたの?」

「うっ……」

 

私は先日、魔理沙とケンカをした。

そしてそれから、口も聞いていない。

 

「仕方ない子ね……」

 

母は呆れたように笑って、私と目線を合わせるように屈んだ。

 

「時間が経つにつれて修復は難しくなるものよ。それとも霊夢、貴女は魔理沙とこのままでいいのかしら?」

「そ、それはヤダ!」

「なら早めに仲直りしなさい?分かった?」

「うん……頑張る……」

 

母は私の頭を撫でながら言った。

 

「私は、素直な子が大好きよ」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ねぇ……魔理沙……?」

 

翌日、私は母に言われた通り、魔理沙と仲直りすることにした。

 

「べー、っだ!」

 

魔理沙は舌を出し、私に向けた。

 

「なっ……」

「私はお前なんか知らん!」

「私だってあんたのことなん––––」

 

 

 

––––早めに仲直りしなさい?分かった?

 

 

––––私は、素直な子が好きよ?

 

 

 

私は母の言葉を思い出す。

仲直り……したい。

 

 

俯きながら、私は言う。

 

「……魔理沙、ごめんね。私は前みたいに、魔理沙と遊びたいよ……?」

「………………私だって、遊びたいぜ」

「じゃあ仲直りしよっ!時間が経つと、"シューフク"ってのが難しくなるのよ!」

「……仲直りするときは、握手ってのをするんだぜ!」

 

魔理沙は私に右手を差し出した。

 

「うん!」

 

私はその手を力強く握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––それでね、魔理沙と仲直りしたの!」

「よくやったわ、霊夢。貴女は本当にいい子ね」

「えへへ〜」

 

母は私を撫でてくれた。

 

「ところで霊夢。貴女一体どうして、魔理沙とケンカしたの?」

「え?えっとね––––」

 

私は必死に思い出す。

 

「––––あれ……なんでだっけ?」

「まあ、子供の喧嘩なんてそんなものよね」

 

母は呆れながらも笑っていた。

私も、母の笑顔を見て、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼稚園からの帰り道。

いつも通っている道。

私は母と手を繋いでいた。

 

その日にあったことを細かく説明する私。

それを微笑み、頷きながら聞いてくれる母。

 

私の話に区切りがついたところで、今日の夕食は何がいいかと聞く母。

お母さんの料理ならなんでも美味しいと答える私。

それじゃ決められないじゃないと笑う母。

 

 

 

 

––––今でも忘れない、忘れられないあの瞬間。

 

 

 

 

私の母は死んだ。

交通事故だった。

 

日常が壊れていくのを目の当たりにした。

 

 

 

 

 

「嫌だよ!起きてよ!」

 

大型のトラックが突っ込んできた。

運転手は酒を飲んでいたらしい。

 

「なんで眠っちゃうの!目を覚まして!!」

 

母は咄嗟に私を庇った。

母はトラックに吹き飛ばされた。

 

「居なくなっちゃイヤ!おかあさん!!!」

 

いつの間にか、私たちの周りには人だかりができていた。

救急車のサイレンが鳴り響いていた。

 

 

 

「…………ぃむ」

 

母が呟く。

それはかなり小さく、弱々しい声だった。

私はそんな母の声を聞いたことがなかった。

 

「お母さん!?」

 

しかし、私を呼んでいるのだとはっきり理解した。

 

「……ぁぃ…て…るわ」

 

母が私の頭を撫でる。

母の手は柔らかく、そして温かかった。

 

「私だって!愛してる!!いやだ!いやだよ……おかあさん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––母の手が私の頭から滑り落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づくと私は、家に1人だった。

あれから、どうしたのだろう?

その場からどう戻ってきたのかも、母がどうなったのかも、分からない。

よく、憶えていない。

 

ただ今は、家の中で"独り"だということだけが分かっている。

"いつも一緒にいた母がいない"ということだけが、私の中で渦巻いていた。

 

––––ガチャ

 

不意に扉の開く音がした。

振り向く気力も、私にはない。

 

「……大丈夫かしら?…………ってのは愚問よね」

 

私は返事をしない。

 

「私のこと、分かるわよね?何度か会ったことはあるのだけど」

「…………ゆかり」

「よかった、生きてたのね」

「……」

 

紫は私の顔を覗き込み、笑っていた。

 

「私は別に、貴女がどうなろうと、正直どうでもいいのだけど……」

 

紫は笑みを消している。

幼い私には、ひどく恐ろしいものに感じられた。

紫の発言よりも、その表情に。

 

「貴女の母親は、よく勘の冴える人だったわ。彼女の勘には、いつも驚かされたものよ」

「……」

「そんな彼女だから、こうなる事もなんとなく分かっていたのかしらね?」

「……」

「少し前、貴女の母親は私に言ったわ。『私に何かあったら、霊夢をお願いしたい』とね」

「……」

 

私は終始無言だった。

 

「だから霊夢、これからは私と暮らしましょう。いいかしら?」

「……うん。分かった」

「あら……随分と素直ね?少しくらい嫌がると思ったのだけど」

「お母さんは……素直な子が好きだって、言ってた」

 

紫はしゃがみ、私と目線を合わせる。

 

「私も、素直な子は好きよ?」

 

紫は笑顔を浮かべていた。

そして私の頭を撫でる。

母の手よりも大きいその手は、私を違和感で満たした。

母はもう、この世にはいない。

改めてそう実感した。

 

 

––––それでも私は、家に1人ではなくなった。

 

 

「霊夢、悪いけれど、この家の物は売らせてもらうわ。もちろんこの家ともお別れよ」

 

紫は立ち上がりながら言った。

 

「誰も住んでないのに、ずっと家賃を払うのは馬鹿馬鹿しいもの。その代わり、このそれらを売ったお金は全額貴女に使うから安心しなさい」

「……でも、思い出は無くなっちゃう」

「ええ、そうね。思い入れがあるものは、うちに持ってくるといいわ。私は一人暮らしで家も小さいから、出来るだけ荷物は少なくして欲しいけど」

「うん。分かった」

「いい子ね。じゃあ私は、引越しに必要なものを揃えてくるわ。貴女はうちに持って来たいものを集めておいてくれるかしら?」

「うん」

「それじゃあ、少ししたらまた来るわ」

 

 

––––ピンポーン

 

 

紫が部屋を出ようとしたとき、インターホンが鳴った。

 

「あら、誰かしら?」

 

紫は部屋を出て、玄関へ向かった。

私は作業に移ることにした。

何を持って行こう?

 

 

––––貴女は、霊夢の友達?

 

 

私の友達……?

魔理沙かな?

何しに来たんだろう?

 

 

––––霊夢なら奥にいるわ。2人で仲良くするのよ。

 

 

紫は、おそらく魔理沙であろう誰かを中に入れ、自身は外に出ていったようだ。

鍵の閉まる音がした。

 

 

––––ガチャ

 

扉が開く。

やはりそこには、魔理沙がいた。

 

「おっす霊夢、遊びに来たぜ」

 

魔理沙の笑顔は眩しいほどだった。

 

「魔理沙……私、今遊べないの」

「なんでだよ?すごく暇そうだぜ?」

「やることがあるの」

「手伝うぜ」

「無理よ。魔理沙にはわからないもん」

「教えてくれれば手伝えるだろ?」

「いいよ。私がやるから」

「なんでだよ、2人でやれば早く「うるさい!!!」

 

私は、怒りを露わにしていた。

 

「あんたなんかと遊びたくない!!もう帰ってよ!!!」

 

私は叫ぶ。

全力で魔理沙を拒んだ。

 

どうして魔理沙を拒んでいるのか、私には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だな」

 

––––しかし魔理沙は、笑っていた。

 

「霊夢は私と遊びたいはずだぜ」

「あんたに何が分かるのよ!?」

「分かるぜ」

 

魔理沙は自信満々だった。

 

「私も母さん居ないし」

「……え?」

「父さんも、いつも仕事で、家に居ても"サケ"ってのを飲んでるから構ってくれないし……寂しいよな、分かるぜ」

「……」

 

魔理沙の笑顔は、先ほどと変わらず眩しかった。

 

「寂しいときは、泣いて、遊んで、寝るのが一番だぜ」

「寂しくなんか……ないもん……」

「おい霊夢、素直になれよ」

「……素直に……?」

 

魔理沙は真っ直ぐ私を見ていた。

 

「子供の仕事は、たくさん遊んでたくさん寝ることなんだぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、可愛らしい寝顔ね」

 

紫が戻ると、そこには2人の天使がいた。

黒髪と金髪の天使が寄り添って寝ている。

 

「貴女にも見せてあげたかったわ」

 

紫は虚空を見つめる。

 

「……いや、きっと貴女も見ているわよね」

 

紫のその言葉は虚空に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)

○博麗霊夢
「なんで眠っちゃうの!目を覚まして!!」

5歳になる程度の年齢(12年前)
純粋で素直な良い子。
たった1人の家族である母を心底愛している。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、遊びに来たぜ」

5歳になる程度の年齢(12年前)
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。
(現在と、中身はほぼ変わらない)



○八雲紫
「あらあら、可愛らしい寝顔ね」

国家機密になる程度の年齢。
霊夢の母とは古くからの付き合いであり、お互いに信頼することのできる関係であるようだ。



○霊夢のお母さん
「私は、素直な子が大好きよ」

30歳になる程度の年齢。(12年前)
霊夢のことを1人で育てていた母親。
勘の鋭い女性で、その勘は霊夢と同等以上に的確である。
現在の霊夢を楽観的にしたような性格である。

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