東方夢喰録 〜 Have a sweet nightmare!! 〜 作:ODA兵士長
「わはー、つよいのだー」
ルーミアは地面に横たわり、大の字になって寝そべっていた。
「やっと観念したわね」
アリスが地面に降り立つ。
その横には咲夜もいた。
「……殺していいよ。もう逃げるのも面倒くさい」
「ええ、もちろんそうさせてもらうわ。じゃないと私の気が触れちゃいそうだもの」
「既に触れてると思うぞー」
咲夜は出現させたナイフを逆手に持つ。
そして躊躇なく、ルーミアの喉に突き刺す––––
「やめなさい、咲夜!!!」
––––つもりだったが、その声に咲夜の体は反応した。
「お嬢様……?何故ですか?」
刺してはないが、ルーミアの喉元で牽制していた。
元より、ルーミアに逃亡の意思など既に無かったが。
「悪いのはその子じゃないわ。ユメクイでしょ?」
「お嬢様、失礼ながらお言葉を返させていただきます。この少女こそが、そのユメクイなのです」
「霊夢から聞いたわ。生まれながらのユメクイなんていないって。その子も、誰かにユメクイにされてしまっただけ。同じ被害者でしょう?」
「ですがお嬢様。既にこの者が、多くのものを喰い殺しているのは事実でございます。そしてお嬢様も––––」
「…………そうね。それは事実なのかもしれない。でもそれは、貴女も同じなのよ。咲夜」
「……え?」
「ユメクイが新たに人を殺さないために、貴女はユメクイを殺している。それは理解できるし、責められることではないと、私は思うわ」
「ならば……」
レミリアは語尾を強めて言った。
「でも結局は、同じ人殺しなのよ」
咲夜は、以前魔理沙が同じようなことを霊夢に言っていたことを思い出す。
その時の咲夜は、その言葉に何も思うことは無かった。
だが、今この発言をしたのは他でもない、レミリアである。
咲夜には、あの時とは違い、響くモノがあった。
「……そのことに関しては私も十分に承知しております。私のこの手は多くの者の血で汚れている。お嬢様に触れることなど、もはや許されないほどに」
「咲夜……」
咲夜は視線をレミリアから逸らした。
「ですが私は、もう後には引けません。来るところまで来てしまったのです。私にはもう、この者を殺すことしか出来ないのです」
ナイフを握る手に力が入る。
「……その子を、貴女と同じ種類のユメクイにすることはできないの?」
「わ、私達の同胞に……ということですか?」
咲夜は、驚きの色が映った瞳でレミリアを見た。
「ええ、そうよ。霊夢が言っていたわ。1人、ユメクイを仲間にしたって」
「咲夜。私からもお願いするわ。交渉だけでもいいから、してくれないかしら?もしルーミアが断ったら、その時の判断は貴女に任せるから」
「霊夢……貴女はこの子に思い入れでもあるの?」
「そうね、無いことはないわ。私の知り合いだし、それ以上に……魔理沙が可愛がってた子の1人だから」
「……そう。分かったわ」
咲夜はルーミアに視線を落とす。
「もし貴女が"イエス"と言えば、私はこの夢を崩壊させる。もし貴女が"ノー"と言えば、私はこのナイフを突き刺すわ」
咲夜が宣言した。
おそらく咲夜は、躊躇わないだろう。
「貴女、私達の同胞になる気はないかしら」
咲夜は淡々と続ける。
それは冷たく感情が無かった。
自分の感情を押し殺しているようだった。
「私達は、ユメクイを喰らうユメクイよ。ユメクイがユメクイの世界に入るために、夢を見る薬を飲んでもらうわ。そして他のユメクイが夢を集める度に、命がけで戦ってもらう。ユメクイを殲滅するまで、ずっとね」
咲夜はナイフに力を込める。
「––––貴女の回答は?」
ルーミアは少し考えて、こう言った。
「面倒くさそうだね」
咲夜のナイフが、少し食い込む。
ルーミアの首からは血が滴る。
「それは"ノー"と言うことかしら?」
ルーミアは笑った。
「違うよ。面倒くさいけど、面白そうだから……"イエス"だよ」
はぁ……と呆れたようにため息をつきながら、咲夜はナイフを引いた。
「貴女の回答の方が面倒くさいわ」
「そーなのかー」
スッと立ち上がる咲夜。
咲夜はルーミアを睨みつけていた。
そんな咲夜の手を、小さな手が包み込む。
「……お嬢様?」
「咲夜の手は汚れてなんかないわ。こんなに綺麗だもの」
「ですがお嬢様、私は既に––––」
「咲夜」
レミリアは、俯く咲夜の顔を覗き込んでいた。
「貴女最近、泣いてないでしょ?」
「……はい」
「もし貴女自身が、貴女の手を穢れていると思うなら、泣けばいいのよ」
「……涙は、穢れも……洗い流してくれるでしょうか?」
咲夜の目には、涙が浮かんでいた。
「ええ、きっとね」
レミリアの笑顔を見た咲夜は涙を堪えられなかった。
––––十六夜咲夜の夢は崩壊した––––
「ねぇ咲夜、なんでルーミアの腕を掴んでるのよ?」
チルノが咲夜に問う。
「……ああ、ごめんなさいね。少し汚れていたみたいだから」
咲夜が苦笑いで言った。
「霊夢にはゴミが付いてて、ルーミアには汚れがついてるの?2人とも汚いのね」
「そうね、2人とも汚いわ」
「何よ咲夜、喧嘩売ってんの?」
「買ってくれるなら喜んで売るけど?」
「いや、やめとく。勝てそうにないし」
「随分と弱気ね」
「そりゃ……あそこに連れ込まれたら……」
私は小声で言った。
「そんなことよりも、お菓子を食べましょうか。アリスが持って来てくれたのよ」
「おお!お菓子!あたい甘いやつがいい!!」
「チョコレートクッキーだから、甘いのとほろ苦いのがあるわ。好きなのを選んで食べてね」
ニコッと笑ったアリスが言った。
青ざめていたのが嘘のような微笑みだった。
「私はチルノより大人だから、少し苦いのにしようかな」
「なっ!?じゃあ私もそれにする!!」
「別に食べ物で大人かなんて判断つかないわよ。好きなのを食べて?」
アリスが微笑みながら言う。
そんなアリスはとても楽しそうだった。
アリスはこういう、子供の相手が好きなのかもしれない。
「食べる前に、ルーミアは少し来てくれるかしら?」
咲夜がルーミアに言う。
「あー、そうだね。分かったよ」
2人は病室を出て、扉の傍に来た。
「これが夢を見る薬。これによってユメクイとしての空腹も抑えられるわ」
「ふーん。分かった。飲めばいいんだよね?」
「ええ、今目の前で飲みなさい」
「はーい。別に監視されなくても飲むけど」
ルーミアは一気に薬を飲む。
「これでいい?」
「ええ。これで貴女は夢を見るようになったわ。近くのユメクイが夢を集めたとき、かなりの確率で巻き込まれるでしょう」
「へぇ。それで、そのユメクイを殺せばいいの?」
「ええ、そうよ」
「面倒くさいなぁ」
そういう彼女は、少し楽しそうだった。
そのとき、廊下の向こうから走ってくる人影が見えた。
「ルーミア。貴女は室内に戻ってなさい」
「はーい」
ルーミアが部屋に戻った。
走ってきたナースは息を切らしながら咲夜に言う。
「はぁはぁ、さ、咲夜さん!」
「どうしたの、そんなに慌てて……?」
「た、大変なんです!実は––––」
「私も食べたい」
病室に戻ってきたルーミアがアリスに言う。
「まだいっぱいあるわ。よかったらどうぞ?」
先ほどまで敵対していたルーミアに対して、かなり打ち溶けている様子のアリスを、私は若干不可解に思った。
「わーい」
ルーミアのその言葉は、やけに棒読みだった。
すると不意に、勢いよく扉が開く。
その扉を開けたのは、咲夜だった。
「ちょっと咲夜、いきなり何よ?びっくりしたじゃない」
「……霊夢、落ち着いて聞きなさい––––」
咲夜は私の肩を掴み、まるで私に言い聞かせるように言った。
「––––八雲紫が倒れたわ」
私は驚きが隠せなかった。
「紫!?」
霊夢は病室のドアを勢いよく開ける。
「SAT、基準値到達しました!」
「……よし、これで安心ね。下がっていいわ、あとは私が」
「はい、失礼します」
助手をしていたと思われるナースは私の横を通り、病室を後にした。
「ねえ、永琳。もしかして紫も……?」
永琳は振り返る。
私を憐れむような、悲しい目をしていた。
「ええ……おそらくね。突然倒れたのよ」
永琳は私の目を見ていた。
「…………本当に?」
「私が嘘をついてるとでも?」
「貴女は……色々嗅ぎ回る紫が……鬱陶しくて……だから……だから、ゆかりを……」
私の目には涙が浮かんでいた。
普段、私は紫に対して素っ気ない態度を取っている。
それは自分でも自覚してる。
だからと言って、紫をどうでもいいと思ってるわけではなかった。
それがどんなに胡散臭いババァであっても……
紫は、私の親代わりだったのだ。
––––普段なら、ババァだなんて思った時点で、飛び起きてでも私を殴るのに。
紫の目は閉じたままだった。
「私が八雲紫を喰ったとでも言いたいのかしら?」
永琳の目は冷たく私を見据えていた。
「……ええ、そうよ。だって、偶然にしては出来すぎてるわ!貴女と話をしている最中に突然喰われるなんて!!!」
私は声を荒げていた。
「落ち着きなさい、霊夢。院長には不可能よ」
私は咲夜に肩を掴まれ牽制された。
「そもそも、院長はユメクイじゃないわ。院長と2人でいるときに喰われたのは、本当に偶然なのでしょう」
「私は撒き夢よ!どうして私が巻き込まれずに、紫が巻き込まれるのよ!?」
「おそらく、私と同時に夢を集めたのよ。貴女の夢は私が集めてしまったから、そのユメクイには集められなかったのよ」
「……ッ」
「それに、いくら撒き夢とは言っても、全ての夢に巻き込まれるわけじゃない。集められる夢の範囲や量にも制限があるし……何より、貴女が同じ世界に入ったからって、どうにか出来るとも思えないけど?」
「で、でも……じゃあ……」
「これ以上院長を––––母を悪く言うなら、たとえ貴女でも容赦しないわよ?」
「…………」
私は咲夜の凄みに黙るしかなかった。
「咲夜、貴女も落ち着きなさい」
永琳が咲夜の手を取り、私の肩から外す。
「貴女からすれば信じられないかもしれないけど、これは本当に偶然よ。私にはこんなこと出来ないし、しようとも思わないわ」
永琳の目はとても嘘をついてるようには見えなかった。
しかし疑う私もいる。
私の勘は何も言ってくれなかった。
「……分かったわ。ひとまず、紫は助かったのよね?」
「ええ。今は安定してるわ」
「…………今回は礼を言えそうにないわ」
「貴女に礼を言われるために助けたわけじゃないわ。医者として当然の職務だからよ」
「そうね」
私は紫を見た。
魔理沙やレミリアと同様に、本当に安らかな表情だ。
「ねえ、ルーミア。さっきから食われたとかなんとか……意味がわからないのは私が馬鹿だからじゃないわよね?」
「黙ってなよ、馬鹿」
部屋に置いてきたつもりだったのだが、チルノとルーミアも付いてきてしまっていたようだ。
それに私たち3人が気付かず話していたのは、少なからず3人ともに焦りがあったからなのだろうか。
ルーミアとチルノの後ろでアリスが申し訳なさそうにしていた。
「チルノ。あの人はね、悪い病気に喰べられちゃったのよ」
咲夜が屈んでチルノに説明する。
「チルノは喰べられたくないでしょう?」
「うん!あたいを食べても美味しくないだろうしね!」
「ふふっ、なら喰べられなくなる取っておきの方法があるわ」
「何それ!教えて!!」
咲夜は人差し指を立てて、笑みを浮かべる。
「大人の言うことは、ちゃんと聞く」
「えー、なにそれー」
「そんなこと言ってると、喰べられちゃうわよ」
「えっ!?」
そこでアリスが手を差し出す。
「戻りましょう、チルノ。おいしいチョコクッキーが待ってるわ」
「うん!言うことは聞かないとね!」
チルノはアリスと手を繋いだ。
「私も戻ろうかな。"喰"べられたくないし」
ニヤッと悪そうな顔をして咲夜を見ていた。
咲夜はそれを睨みつける。
「うわぁ、言うこと聞かないと、本当に喰べられちゃうね」
ルーミアは笑って、アリスとチルノの後ろをついて歩いた。
「はぁ……チルノが純粋でよかったわ」
咲夜がこちらに向き直り、私たちに見せびらかすようにため息を吐く。
「まあ、馬鹿とも言うわよね」
「あら、私がオブラートに包んだのに。それを無駄にするのね」
「包む必要なんてないわよ」
少し間を置いて、私は呟いた。
「……ごめんね、咲夜」
「あら?いきなりどうしたの?」
「ルーミアの事よ。貴女、本当は殺したかったでしょう?」
「ええ、そうね。たとえ刺し違えてでも殺したかったわ」
「ごめんなさい」
「はぁ……」
咲夜は私の頭をグシャグシャっと撫でた。
「謝らないで。私はあの選択に納得しているし、満足すらしているわ。そもそも私は、自分が納得できないことはしないのよ」
「でも、今殺したかったって……」
「私が殺したかったのは、お嬢様の為よ。なのにそのお嬢様から殺すなって言われちゃったもの。もう殺すことなんて、どうでもよくなっちゃったわ」
「咲夜……」
「それにお嬢様だけじゃない。他でもない貴女からの頼みだから、私は納得したのよ」
「え……?それってどういう?」
「さあ、なんでしょうね」
私は訳が分からず咲夜を見る。
咲夜は、まるで馬鹿を見るような目で、笑っていた。
気づくと永琳も、私たちを見てクスクスと笑っていた。
「……なによ2人とも。ムカつくわね」
私は悪態をつき、2人を睨んだ。
*キャラ設定(追記なし)
○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」
17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。
○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」
19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)
【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。
武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。
○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」
37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。
○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」
20歳になる程度の年齢。
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。
【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。
【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。
○ルーミア
「……はぁ、わかったよ。断る方が面倒くさそうだし」
9歳になる程度の年齢。
極度の……本ッ当に、極度の面倒くさがり。
ただ、楽しい事や面白い事は普通に好き。
突拍子も無いことを言ったり考えたりするが、実は全て計算されている……かもしれない。
【能力 : 闇を操る程度の能力】
自らの周囲に闇を展開する。
その闇の中では相手も自分も視界を奪われる。
ただ、闇の中に何らかの方法で光が生まれると違和感を感じるようだ。
武器として闇を具現化させる。
○チルノ
「あたいはこの館を征服するわ!」
9歳になる程度の年齢。
自由奔放、天真爛漫、おてんば娘。