東方夢喰録 〜 Have a sweet nightmare!! 〜   作:ODA兵士長

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第10話 必要 –– ヒツヨウ ––

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、お嬢様」

「ええ、おはよう咲夜」

「では、本日の日程ですが––––」

 

私がここ、紅魔館でメイドとして働き始めてから2年が経とうとしていた。

そんな、ある日の朝のことだった。

私はお嬢様の自室に居た。

 

「––––のようになっております」

「分かったわ、ご苦労様。下がっていいわよ」

「誠に失礼ながら、お嬢様。後頭部に寝癖がついております」

「あら……まあ、いいわよ。どうせ、後でシャワーを浴びるわ」

「いえ、主たるもの、常に美しくあるべきでございます。私がお直し致しますので、どうぞこちらへ」

 

私はドレッサーの前の椅子を引き、お嬢様に腰を掛けていただく。

私はお嬢様の髪を湿らせ、櫛でといたのちに、ドライヤーをかける。

お嬢様の髪は非常に美しかった。

指の間を通るたび、私は何故か満足した気分になる。

 

「……いつものことながら、本当に綺麗な髪ですわ」

「咲夜の銀髪も、私結構好きよ?」

「勿体無いお言葉でございます」

 

私はコンセントからドライヤーのプラグを抜き取る。

そしてコードを纏めていた。

 

「咲夜……本当に貴女。変わったわね」

「……?」

「いや、悪い意味じゃないわ。むしろいい意味よ」

「……申し訳ございません。私では、意味を理解するに及びません」

「そうねぇ、なんで言ったらいいのかしら?とにかく、一人前のメイドになったわねってことよ」

 

そう言って、お嬢様は笑っていた。

 

「もう私は、貴女のいない生活が想像出来ないわ。貴女がいなかった頃の私はどうしていたのかしらね?思い出すのも難しいわ」

 

私は胸の奥から何かが込み上げてきた。

必死にそれを抑えていた。

 

「……訂正するわ。一人前じゃない。メイド10人分くらいの働きね。流石は自慢のメイド長だわ」

「身に余るお言葉でございます」

 

私は深々と頭を下げる。

私は抑えられなかった。

 

 

 

 

 

 

––––私はいつも1人だった。

 

 

 

 

 

 

でも、今は違う。

 

 

私のことを必要としてくれる人が、こんなに近いところにいる。

 

 

「咲夜、泣きたいときは泣いた方がいいわ。涙は時に、心の傷を癒してくれるのよ」

 

 

お嬢様の言う通り、それは私の過去を––––傷を洗い流してくれるようだった。

 

 

私は手で顔を覆い、両膝を床に着け、泣き崩れた。

 

 

そしてお嬢様は、そんな私を優しく抱きしめて下さった。

 

 

私の人生で、これほどまでに満ち足りたことが、他にあっただろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

お嬢様が、何かに驚いたような、間の抜けた声を出した。

 

「ど、どうされまし……ッ!?」

 

私は驚きを隠せなかった。

館にいたはずの私たちは、いつの間にか知らない場所にいた。

場所、という表現が正しいかどうかも分からない。

その空間は光で埋め尽くされているように見える。

だが、違和感があった。

この世界では影ができない––––

 

そんな私の目に、涙は浮かんでいなかった。

 

 

「あ、ニンゲンだ」

 

突然背後から声がした。

私たちは揃って振り返る。

するとそこには金髪のショートヘアーで、妹様と同じくらいの歳であろう少女がいた。

全体的に黒い格好だった為だろうか?

咲夜には、彼女がこの世界で唯一の闇だと直感的に感じられた。

 

「今回は発見が早いなぁ」

「貴女、何者よ?」

「うーん、なんだろうね?私にも分からないんだよ」

 

お嬢様の問いに少女は首を傾げた。

 

「でも、ニンゲンじゃないことは確かかな」

 

少女は"闇を展開"した––––

 

先ほどとは異なり、あたりが一面暗闇と化す。

咲夜には何も見えなかった。

もちろんそれはお嬢様にも言えるのだろう。

お嬢様は私の手を強く握った。

 

「この手、離しちゃダメよ」

 

それは私に助けを求めるために握られたわけではなかった。

2人で逃げようと、いや、私を助けようとしているのだろう。

 

「見えないでしょ?実は私も見えないんだ。どっちが先に見つけられるか勝負だね」

 

少女に見つかってはいけない。

それは、私にも理解できた。

 

「咲夜、声と音を出さないように。できるだけ離れるわよ」

 

お嬢様が私の耳元で囁いた。

私は手を握り返すことで、返事をした。

 

 

それから、お嬢様に手を引かれ、私たちは逃げていた。

暗闇で辺りが見えない中で走ることは、普段視覚に頼ってばかりの人間にとっては恐怖でしかない。

しかし、お嬢様は駆ける。

私はそんなお嬢様に手を引かれているからこそ、走り続けることが出来た。

……だが、どれだけ走っても、闇を抜け出すことは出来ない。

 

「おかしいわね、いつになったら抜け出せるのよ」

「お嬢様、この闇には終わりがあるのでしょうか?」

「……ないかもしれないわね」

 

薄々感じていた。

これでは距離を取れても、抜け出すことは出来ない。

だが、距離を取らなければ見つかってしまう。

私たちはひたすら走る他なかった。

 

その時だった。

 

「きゃっ!?」

「痛っ!?」

 

お嬢様が誰かとぶつかった。

暗闇の中で見えないために、上手く支えられるか分からなかったが、私は咄嗟に体が反応し、なんとかお嬢様を抱きかかえることが出来た。

 

お嬢様とぶつかったのは、先ほどの少女とは違う女だった。

 

「いきなり後ろからぶつかるなんて……まあ、貴女たちは人間のようね。2人でいるみたいだし」

「貴女、この闇の中で見えるの?」

「ええ、見えるわよ。私は魔法が使えるから。この程度の闇なら"視る"ことができるわ。それに……」

 

彼女の手が発光した。

 

「少しくらいなら、光も出せるわ。この闇の魔力はそこまで高くないけど……流石にこの程度の光が限界ね」

 

彼女の顔が灯りで照らされる。

金髪にカチューシャをした彼女の顔立ちは造形物のように端正だった。

まるで人形のようだ。と私は思っていた。

 

「私はアリス・マーガトロイド。魔法使いみたいなものよ。この闇の主を殺しに来たわ」

 

アリスは随分と物騒なことを言い出した。

私は少し顔を引きつらせてしまう。

 

「私はレミリア・スカーレット。この子は私の自慢のメイド、十六夜咲夜よ」

「ご丁寧にありがとう。ところで、貴女たちは逃げて来たようだけど、その先にこの闇を操ってる者が居るのかしら?」

「ええ。おそらく移動してるでしょうけどね」

「でも、重要な手がかりにはなるわ」

 

アリスは灯りを消した。

 

「これ以上光らせてると、見つかっちゃうかもしれないから消させてもらうわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう遅いよ、見つけちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に少女の声がした。

 

「咲夜!後ろ!!!」

 

少女の声は私の背後からだった。

お嬢様が叫ぶ。

 

「いただきまーす」

 

そのとき、不意に私は突き飛ばされた。

 

「……え?」

 

倒れた私の体には、何やら液体のような物が降り注ぐ。

液体と一緒に、腕のような何かが、私の元に落ちて来た。

これは私を突き飛ばした手、だろうか?

もう片方は、私と手を繋いでいる。

 

「……あれ?間違えちゃった?まあいいや、美味しかったし」

「よ、よくも…………私の目の前で……ッ!」

「本当はもっと食べたいんだけど…………面倒くさいね、あんた」

 

少女が何かを言っていた。

私には理解が出来なかった。

 

「…………お嬢様?どこにいらっしゃるのですか?」

 

手は離していない。

だが、お嬢様の場所がわからない。

私の呟きは、ただ闇の中を彷徨っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––ルーミアの夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お嬢様?」

 

私はお嬢様に抱かれ、泣いていた。

初めて必要としてくれたお嬢様には、感謝しかなかった。

そんなとき、不意にお嬢様が私に体重をかけてきたのだ。

元々軽いお嬢様なので、大した負荷ではなかったが––––違和感があった。

お嬢様の体に、力が入っていない。

 

「……お嬢様!?」

 

私はお嬢様の肩を掴み持ち上げ、顔を合わせた。

その顔は、恐ろしいほど無表情だった。

そして私は気づいた。

 

呼吸(いき)をしてない……?」

 

私は愕然とした。

 

 

 

 

そこから先は、必死過ぎてあまり憶えていないのだけど……

 

私はお嬢様を抱きかかえ、そのまま走って館を出た。

途中、美鈴が驚いたようにこちらに何かを言っていたが、そんなものを聞いてる余裕などなかった。

私は、ただひたすら自分が何をすべきかを考えていた。

 

 

私は幼い頃からなんでも卒なくこなしてきた。

それは普段から自分がどうあるべきか、正確に考え、そして理解していたからだった。

 

 

そして今の私がするべきこと。

それはお嬢様に呼びかけることでも、救急車を呼ぶことでもなかった。

 

 

館の近くに、大きな病院がある。

そこには最近有名になった名医––––"あらゆる薬を生み出す医者"がいた。

私はその医者を求め、病院へ向かった。

 

 

気づけばお嬢様は様々な器具を取り付けられ、なんとか一命を取り留めた。

私はその名医––––八意永琳にひたすら感謝していた。

 

 

そして、いつの間にか私には、"また"帰る場所がなくなっていた。

紅魔館に、私の居場所は無くなったのだ。

お嬢様と最後にいた私が全責任を取ることになったからだ。

"責任を取る"とは、辞職という名の解雇である。

 

お嬢様の両親も酷く冷たいものだった。

まあ、ほぼ別居状態で世話は全て使用人に任せていたのだ。

お嬢様に対して、愛情など沸いてなかったのだろうか?

紅魔館の当主は、お嬢様に代わり、妹のフランドール・スカーレット様となった。

 

––––これらは全て、その日のうちに美鈴から聞いた話である。

 

 

しかし、私にはどうでもいい事だった。

私はこうして、ただお嬢様の側に居られるだけで良いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、永琳が私達の病室に訪れた。

 

「心中お察し致しますわ」

 

永琳は、ベットの横で座る私の横に椅子を持ってきて腰掛けた。

永琳にはお世話になった。

本当に、感謝している。

 

その永琳が私に言う。

 

「まだ世間ではあまり認知されていないけど……最近、突然呼吸を止めてしまう人が増えてるのよ。貴女の大切なお嬢様のようにね」

 

私は黙って、永琳の話を聞いていた。

 

「そして、この事件には犯人がいるわ」

「……?」

 

私は永琳の方を向く。

事件……?

犯人……?

彼女は何を言ってるのか、私には理解出来なかった。

 

「貴女の大切なお嬢様が、どうしてこうなったか……知りたいかしら?」

「……貴女は知ってるの?」

「知ってるのは貴女なのよ。今はそれを思い出せないだけ」

「……?」

「この薬を飲めば分かるわ。全てを思い出す」

 

永琳はポケットから薬を取り出した。

 

「ただし、この薬を飲んだら、貴方は命がけの戦いを強いられることになる。その覚悟があるなら、飲むことをオススメするわ」

 

私に迷いはなかった。

私にはお嬢様しかいない。

私の命は、お嬢様の為にあるのだ。

 

「飲むわ、その薬。寄越しなさい」

「どうぞ」

 

私は一気に飲み込んだ。

 

 

 

 

 

「………………ッ!!!!」

「その薬は超即効性よ。既に全てを思い出したんじゃないかしら?」

 

私は涙が止まらなかった。

 

「お嬢様…………お嬢様ッ!」

 

私は眠るお嬢様の手を掴む。

その手が、身体と繋がっていることを確認し、また泣いた。

 

「……申し訳ないけど、私の説明を聞いてくれるかしら?その薬を飲んでしまった今、貴女はいつユメクイに襲われるか分からない状態なのよ」

 

永琳が私の肩を叩く。

私はそれで、少し正気を取り戻した。

 

「貴女の大事なお嬢様を喰べたのは、ユメクイと呼ばれる生き物よ」

 

永琳は淡々と説明し始めた。

 

「ユメクイは、人の夢を掻き集めて仮想世界を形成する。そしてその中では超人的な身体能力と、個々に特有な能力を発揮できるようになるわ」

 

私は、先ほどの闇を想像していた。

 

「そしてユメクイは夢を見ない。だから他のユメクイがユメクイの作った世界に入り込むことは本来ありえないわ」

 

私はアリスの存在が頭によぎった。

彼女が魔法を使っていたことを思い出す。

彼女もユメクイだったんじゃ……?

でも、ユメクイが2人もいるなんてありえない……?

 

「そしてその世界での出来事を、ユメクイ以外は忘れてしまう。先ほどまでの貴女のようにね。しかし貴女は今、全てを記憶している。これが何を意味しているかわかるかしら?」

「私は……ユメクイになったの?」

「ええ、そうよ。ただし、ただのユメクイじゃない。夢を見るユメクイよ」

「え…………?」

「先ほど貴女が飲んだ薬は2種類。ユメクイになる薬と、"ユメクイに集められやすい夢"を見る薬。これから貴女は、幾度もユメクイに"集められる"わ。貴女にはそこで、ユメクイを殺して欲しいの」

「ユメクイを殺す……?」

「現実世界では、ユメクイは人に紛れて、判別するのは不可能だわ。しかし、その世界の中では明確に分かるし、殺しても現実ではただの窒息死になるわ。そこで、貴女にはユメクイを殲滅してもらいたいのよ」

「……もしかしてアリスも?」

「あら、アリスに会っていたのね。そうよ、あの子もユメクイを喰らうユメクイよ」

 

永琳は私の目をまっすぐ見て言った。

 

「貴女の、今するべきこと。それは、貴女の大事なお嬢様を喰ったユメクイ共を、殺してしまうことだわ」

 

私があいつを……あいつらを殺す…………

 

「……ええ、分かったわ。やってやる。殺してやるわ」

「ふふっ、いい面構えね。私……貴女のこと、結構気に入ったわ」

 

永琳が私に笑いかける。

 

「貴女、住む場所がなくなったのでしょう?良かったら私と住まないかしら?」

「…………え?」

「私の家はこの病院の裏にあるわ。いつでも急患に対応できるようにね。だけど、タダで住まわせるほど、私はお人好しじゃないわ。だから、ここでナースとして働いてくれないかしら?」

「…………いい……のですか?」

「ええ。働き手が多く居て、困ることはないしね。金銭面以外は」

「ありがとうございます」

 

私は立ち上がり、頭を下げた。

それは住む場所を提供してくれたことへの感謝でも、働き口を紹介してくれたことへの感謝でもなかった。

もちろんそれらに対する感謝が全く無いわけではない。

しかし、私の心を大きく占める感情。それは––––

 

 

 

 

 

––––必要としてくれて、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

私はいつも1人"だった"。

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)

○十六夜咲夜
「いいわ。メイド、やってやろうじゃないの」

18歳になる程度の年齢。(1年前)
容姿端麗で、頭が良く、運動神経も抜群。
だが、それ故に周りを見下す為、友達はいないようだ。
中卒で紅魔館に就職した模様。



○レミリア・スカーレット
「すぐに貴女を消してやってもいいのよ?」

13歳になる程度の年齢。(1年前)
義務教育?なにそれおいしいの?的な英才教育を受けに受けまくった天才児。
えいさいきょーいくってすげー。
『うー☆』なんて言わないカリスマ系お嬢様(のつもり)。



○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

19歳になる程度の年齢。(1年前)
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。


○ルーミア
「……はぁ、わかったよ。断る方が面倒くさそうだし」

8歳になる程度の年齢。(1年前)
極度の……本ッ当に、極度の面倒くさがり。
ただ、楽しい事や面白い事は普通に好き。
突拍子も無いことを言ったり考えたりするが、実は全て計算されている……かもしれない。

【能力 : 闇を操る程度の能力】
自らの周囲に闇を展開する。
その闇の中では相手も自分も視界を奪われる。
ただ、闇の中に何らかの方法で光が生まれると違和感を感じるようだ。

武器として闇を具現化させる。

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