小鳥遊ひかりと語りたい   作:まむれ

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日下部春明の日曜日(2)

 さてどうしたものかと二人を見る。ひかりの方は悩んでいて、ひまりさんは何も言わないで姉の判断に任せるようだ。

 

「どうするの? お姉ちゃん」

「う~ん」

 

 せっかく来てくれたのだから一緒に語りたい、けれど今の自分は全身が日焼けしているのでそれを知られるのは……そんなところだろうか?

 結局悩んで悩んで、

 

「春明はどー思う……?」

「俺にパスするのかぁ」

 

 ひかりは自分へと投げてきやがった。

 自分に投げられるとは思っていなかったから、慌てて腕を組んで考える。

 

「いーんじゃない? それ、どうせ何時かは知られることだろ?」

「えー軽い」

「俺にはこうとしか言えないからね」

「むむむ……」

「というか」

 

 決めあぐねるひかりに廊下へ親指を向ける。残念ながら、悩んでいる暇はないと教えてあげなければいけない。

 

 

「あ、わざわざ日焼け止め返しに来てくれたんだね、ありがとう。それじゃあこれはひかりに渡しておくから」

「はい! 急に来てしまってすみませんでした……」

「いいのいいの、いつでも遊びにおいで!」

 

 

「もう日下部さん帰っちゃうぞ」

「…………」

 

 玄関から聞こえてくる二人の声。どうやら日下部さんが用事を済ませ、帰ろうとしているようだ。

 

「ま、まって……! あ~~!」

 

 1、2、3、4、5秒。床に手を着いて廊下へ顔を出し、日下部さんを引き留めようとしてバランスを崩した結果、倒れてとても女の子が出してはいけない声を響かせるまでの時間だ。

 カエルが潰れたような声ってこういうのを言うのかなぁとその様子を見て暢気に笑っていたが、ひかりから思いっきり睨まれて笑みを引っ込める。

 ひかりの眼光は蛇のようで、カエルは自分だった。

 

「ど、どうしたんだい……?」

「ひか……り?」

 

 しかし、そのひかりも玄関から注がれる二対の眼差しには耐えきれなかったようで、起き上がって咳払いをすると「あ、あがっていーよ~」と日下部さんを手招きして歓迎するのであった。

 

 

──

 

 

「日下部君も来てたんだ」

「ああ、ひかりが日曜に来るなよ! 絶対来るなよ! って言うから」

「ひどくな~い!? 私何度も念押ししたのに!」

「私には連絡あったけれどねー」

「ひまりは知ってたなら教えてよ……」

 

 お菓子を咀嚼する音が鳴る。小鳥遊家に一人増え、三人から四人になった和室ではお菓子の消費が増えていく。ちなみに一番食べているのはひかりである。

 食べるのは構わない。しかし自分が口に運ぶより二倍程早い手の動きに、こいつ夕飯食えるのかなと思わなくもない。

 ちらりと自分の持ってきた菓子の袋──テーブルの上にばら撒いたのをひまりに怒られたあと元に戻した──を見れば残りも少なくなっていた。

 先ほどからちらちらとひかりを伺う日下部さんに、まあ気になるよなぁと思いつつ、それにしては何かこう、思い詰めているというか。深刻そうな顔をしているのが気になった。

 

「っと、飲み物が……」

「お姉ちゃん飲みすぎ!」

「しょーがないじゃん! 喋ってると喉乾くんだから!」

「ごめんね日下部さん、ひかりのやつ、遠慮を知らないんだ」

「ひまりに言われるならともかく、春明がそれ言うの?」

 

 空になった1.5Lのプラスチック容器を左右に振る。持ってくる時は重かったそれも今では指二本で摘めるくらいの軽さだった。

 テーブルの上のグラスの中で、日下部さんのグラスが空になっていて、しかし肝心の飲み物は既に空。

 

「ごめんね雪ちゃん、お姉ちゃんは遠慮を知らないのよ」

「あ、あはは」

「ひ~ま~り~!」

 

 大食いを揶揄すれば、頬を膨らませて抗議をするひかり。しかしその言い方をすれば当然、ひまりが後に続く。

 恨めし気に妹を睨む姉の図、一丁あがり、である。「ひまりに言われるのなら」と口走っている以上、そのひまりさんに言われてはぐうの音も出まい。

 

「ま、ちょっと待ってて。んー、冷蔵庫になんかあったかな」

「お茶ならあるよー、あとトマトジュースは常備してるの」

「ここひかりの家だよね?」

「そうだけど?」

 

 懐疑の視線を注ぐ友人に、何を当たり前のことを聞いているのか首を傾げながら頷く。

 そうだよね、と彼女は呟いているが、どこに引っかかる要素があったのか、いくら考えてもわからない。

 

「日下部さんはかなりの頻度でうちに来ますから」

「付き合い始めたの最近だよね?」

「それより前から、まあ色々と」

 

 ひまりさんへ微妙な視線を向ければ、それに返すように淡々と日下部さんへ返す。それを聞いた少女の表情は推して知るべし。

 

「そーいえば、なんだけどさー」

「ん?」

「春明ってユッキーのこと苗字で呼んでるけどこんがらがらない?」

「ん? 確かに自分の苗字を呼んでるようで違和感はあったりするけど」

「別に名前で呼んでもいいんだよ? 私も違和感あるし、その方がいいかも」

 

 本人からもお墨付きはもらった。となれば否定する理由はない。三か月前ならいざ知らず、今は友人なのだ。

 

「よし、雪さんで。俺のことも名前でいいぞ」

「ふふ、春明君、でいいかな」

「ああ」

 

 日下部さん──改め雪さんはそう言って微笑む。なんだか、不思議な気分だった。

 

「じゃ、飲み物取ってくる。お茶でいいよね」

「あたしはトマトジュースねー」

「ひまりさんも一応来てくれ。俺が一人で冷蔵庫漁ってるのってなんつーか」

「今更パパもママも気にしないと思いますけど」

「俺の気分の問題だよ。あと、コップも新しいの持ってこないと」

「わかりました」

 

 ほらはりーはりー。自分にとってもタイミングが良い。これで雪さんとひかりを二人にしておけば、もしかしたら何かを伺う雪さんも話しやすいだろう。

 ひまりさんそれに気付いていない訳ではない。姉を一番見ているからこそ他に姉へ飛ぶ視線に敏感なのだと語っていたひまりさんを思い出す。

 お茶を持ってくるならばジュースを入れていたコップは使えない。だからとってもタイミングが良い、のだ。

 すぐ戻れる距離ではあるが、涼しい部屋にぬるっとした空気を入れるのは嫌なので襖はきちんと閉める、これ大事。

 

「どうしたんですかね、雪ちゃん」

「あそこまで露骨だとねぇ……でもひかりはいつも通りだしわからん」

 

 コップと飲み物を取る間、ひまりが廊下へ目を向けながら言った。それに対する答えを春明は持っていない。

 なにせ、ひかりときたら普段と変わらないのだ。最初は日焼けのことかなーと思ったが、それにしては雪の雰囲気は重々しくて、首を傾けるばかりだ。

 

「ま、ちょっとゆっくりして……」

「春明くーん、そろそろ行こうと思うんだけど、大丈夫かい?」

 

 とんとんと手慣れた手つきで用意をしていたところ、ドアが開いて小父(浩二)さんが顔を出す。コンビニから帰ってきて、小母(みどり)さんの準備もほぼ終わったため、呼びに来たようだ。

 

「あーじゃあこれお願い出来る?」

「いつもすみません」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるひまりさん。「いやいや」と手をぶらぶらさせるのは様式美。しかし忘れてはいけない。

 

「でも俺が買い出しに行くようになったのってひまりさんが一芝居打ったからなんだよね」

「そういうこと言っちゃいます?」

「一芝居……?」

 

 小父さんが引っかかったようで、ひまりさんの方を見ている。そこを突っ込まれてしまうとまたこの両親の前で昔話をしなければいけないので適当に誤魔化す。

 まさかお宅の娘さんと仲良くなるために協力してもらいました、なんて言えるわけがないだろう。言いたくもない。

 

「いえなんでも。それより行く前にひかり達に一言言ってもいいですか?」

「ああもちろんだよ」

 

 ひまりさんは両手で物を持っているため、俺が襖を横にスライドさせる。途端、冷房が効いた部屋の涼しい空気が頬を撫でる。数分と言えど、生温かい場所にいたから冷気が気持ちいい。

 が──

 

「……」

「……」

「……」

「な、なんか言ってよ」

「雪さん、どうかし──あっ」

 

 無言で固まる三人。まさか、ちょっと席を外している間に雪さんがひかりを押し倒しているとは、この春明を以てしても見抜けなかった。

 沈黙が気まずいのか、半ば投げやりに雪さんの下から焦った声で凝視してくるひかり。ひまりさんと顔を見合わせ、取った行動はもちろん、

 

「──ごゆっくり」

「ひかりは女の子の方が好きだったんだね! ちくしょー!」

 

 お約束の反応である。

 

「待って! 違うの! ひまりちゃん!」

「事故! これは事故! 春明もわざとらし過ぎるよ!」

 

 二人そろって両手を不規則に振るその姿は、ひまりさんと自分が望んだ反応まんまであった。

 

「冗談はさておき」

「春明は後でお話ね」

「俺は小父さん達と買い物行ってくるから」

「んー、献立は?」

「買い物次第」

 

 献立までは知らされていない。怒筋が浮かんでそうな声色はスルーするのが精神的に良いので右から左に流す。

 

「じゃー行ってくる」

「ごめんねひかり、ちょっと春明君を借りるよ~~」

「べ、別に私に言わなくてもいーから!!」

 

 襖を閉める前、余計な一言を小父さんが飛ばす。自分達しかいない時ならばまだしも、ここには雪さんやひまりさんもいるわけで、その二人から優しい顔をされる俺達の身にもなってほしい。

 

「小父さん」

 

 はぁ、と息を吐く。

 

「まあまあ、ほら、みどりも来たし~~」

「わかりました……」

 

 何も言うまい。それに、ポジティブに考えればそんな冗談をひかりの両親が言えるくらいには受け入れてくれているとも思える。

 そう思えれば、悪い気もしない。

 二階から降りてきた小母さんは、そのまま玄関……ではなく皆がいる部屋の襖を勢い良く開けて中へ入っていく。

 

「あら?」

「雪ちゃんに挨拶しに行ったのかな、話さなきゃ! って言っていたし」

「なるほど」

 

 声が聞こえてくるが、驚くほどにオチがつかない。言ってることは良いことなのだけど、それが突然過ぎて反応出来ないというか。

 雪さんがどんな状態なのか簡単に予想出来る。そしてそれは自分が昔に通った道だった。

 

「みどりー! 春明君も待ってるから! そろそろ買い物いこー!」

「はーい!」

 

 じゃ、雪ちゃんも良かったら晩御飯食べてねー!

 開けた時とは違い、ゆっくりと丁寧に襖を閉めた小母さんが「お待たせ!」と言いながら靴を履く。

 

「大丈夫です」

「今日は私がご飯作ろうかな~!」

「ホント!?」

「雪ちゃんも春明君もいるし、たまには私だって作らなくちゃ腕が鈍っちゃうわよ~」

 

 『良かったら』と言いつつも既に雪さんがご相伴なのは確定の様だ。

 あれこれと雪さんが遠慮しようとしてそのまま押し切られる未来が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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