小鳥遊ひかりと語りたい   作:まむれ

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日下部春明の日曜日

「来ちゃった」

「来ないでって言ったのにぃ~!」

 

 

 佐竹と太田の三人で遊び倒した翌日、妹の方に連絡を取り、突撃許可を頂いてから小鳥遊家のインターホンを鳴らしていた。

 お菓子と飲み物を引っ提げ、最初にドアを開けたひかりの父親と挨拶を交わし、「今日は食卓に春明君が追加されるねー」「えーいいんですかー」なんて話し、部屋へと案内してもらってから丁寧にノック、出てきたひかりへ悪戯成功と言わんばかりにベロを見せたのが今。

 普段の白い素肌は、陽射しの強い屋外ではしゃいだせいなのか赤く染まっている。思わず「痛くないのか」と聞けば「へーきへーき」と返ってくるので、色だけなのかと安堵の息を吐く。

 

「ほんと凄いなそれ」

「ずーっとプールで遊んでたし。それに、毎年のことだもん」

「そうなの?」

「日焼けするからってずっと家にいるのもつまんないじゃん?」

「それはある」

「だから、夏でも構わず遊びに行くよ? 日曜日にじっとしてれば治るし!」

 

 悪戯が成功したあとは、嘆息するひかりに連れられて、玄関から数歩進んだ左にある襖を開けた先の和室に横たわりつつ、会話を楽しんでいた。

 テーブルの上にはひかり用のトマトジュースと自分用のミルクティー、あとはポテトチップス系の袋がぶちまけられていた。文字通り、買い物袋を逆さまにしてテーブルに落とし、食べたいものを自分で開けて食べるようにしている。

 来客で騒がしい姉を諫めんと降りてきたひまりが無造作に散らばるそれらを見て、姉のひかり共々俺達に雷を落としたのは、今考えれば当然の結果だろう。

 

「いっぱい遊んだあとに丸一日室内でのんびりするって、さいっこう~!」

「勉強とか、やらないのか?」

「春明がそれ言う? 私知ってるんだからね、春明のテストの成績」

「ひかりよりは赤点少ないし」

「二つも三つも大して変わらないと思うけど……」

 

 もの言いたげな視線――実際に言われた――で俺を見るひかりからさっと目を逸らす。あぁ、縁側って良いなぁと現実逃避。

 そもそ春明だって勉強しないじゃん、と言われてしまえばぐうの音も出ない。太田の鬼教師が発揮された勉強会がなければ、もう一つか二つ程赤点が増えていた自覚があるくらいには、普段から勉強というものをしなかった。

 ちなみに赤点が増えていた場合はひかりにすら総合点数で負ける屈辱を味わうことになったので、太田には感謝している。

 

「やっぱ休日に全力でだらけるのって最高だわ」

「さっきと言ってること違うのってださいよね~」

「ところで」

「……なに?」

 

 苦しい時は話題の転換が一番だ。ひかりの視線が若干辛いのは気にしていられない。

 

「いや、痛くないんだよな?」

「何が?」

「日焼け」

「うん、さっきも言ったけど、色だけだよこれ」

 

 ぺたぺたと自分で肌を触って見せるひかり。それに便乗せんと起き上がり、ふにふにと腕をつつこうとして――その手を叩き落とされた。

 

「何する気?」

「いや痛くないなら触ろうかと」

「駄目」

「何で?」

「乙女の柔肌は気軽に触っていいものじゃないもん」

 

 ひかりが畳を鳴らし、一歩距離を取る。めげずに叩かれた手を支えに身を乗り出し、もう片手を伸ばせばやはり叩かれる。

 不満げに睨んでみるも最初に叩いた時と同じ顔で「駄目」とひかりに拒否された。

 

「痛くないんでしょ?」

「そうだけどそれとは違う話でしょ」

「何が?」

「私達だけじゃなくてお父さんもお母さんも、ひまりだっているんだからその、見られたら恥ずかしいし……」

 

 なるほど一理ある。俺としては見られても構わないのだが、見た側がいちゃいちゃしてるのをどう思うか、という話だ。突然開けられた襖を閉められる体験はしたくない。その時に残す言葉は「ごゆっくりどうぞ」で決まりだ。

 触るのを諦めると再び畳に寝転がり、そのままローラーのように窓の近くまで転がる。

 

「プールを楽しんでるようでなによりだよ」

「うん、この肌のとーりっ」

 

 ぺちん、とひかりが自分の頬を叩く音が鳴る。つまり、それくらい楽しかったらしい。

 下心抜きに、一緒に遊びたかったなぁと思う。

 

「三人以外はテツせんせーだけ?」

「サッキーが来てた!」

「なん……だと……?」

 

 未開封のポテトチップスの袋が床に落ちる。サッキーと言えば佐藤先生、佐藤先生と言えばサキュバス。普段は九割程抑えられている色気が解放されていたかもしれないと持っていたものを落とすのもしょうがない。

 口に出したりしないが、正直に言えばめちゃくちゃ見たかった。下心100%で一緒に遊びたかった。

 

「あー! ぜえったいサッキーのこと考えてるでしょ!」

「ソンナコトナイヨー」

「棒読みはもうちょっとなんなかったの!? だめだよだめ!」

 

 もっとも、それはすぐにバレてしまったようだが。

 

「いやいやでも佐藤先生だぞ、男子は逃げられない!」

「わたしがいるじゃん!」

「お、おう」

 

 流石にその返しは予想していなかった。ひかりの方も反射的に言ってしまったようで、机を叩いた手がそのままに、一拍置いてからすごすごと座りなおす。

 それから恥ずかしそうにポテトチップスを摘んで噛み砕いている。無言で。何だこいつ可愛いぞ。

 

「いやそれは、そうだけど、え? 今見せてくれるの?」

「ど、どーして今すぐにって発想が出てくるかなぁ……」

 

 ごめん願望が。

 プールや海でもない、家の中で水着を見せてほしいなどただの変態ではないかと首を横に振る。

 

「んーでもプール自体は、夏休み行こうぜ」

「いいねいいね!」

「いっそちょっと前カラオケ行った面子で行くかー?」

「シッズーとアッツーも?」

「シッズー……? アッツー?」

「C組の二人」

 

 佐竹に引き続きあの二人もあだ名で呼ばれるようになったらしい。確か静香と敦美だったと春明は二人の顔を頭に浮かべる。なるほど。

 佐竹があだ名で呼ばれた時、二人も羨ましそうにしていたからなぁ。

 

「誘うなら私がやりましょうか?」

「ぬおっ!」

「ひ、ひまり! 急に出てこないでよもぉ~」

「驚かすつもりはなかったんだけど……」

 

 音を鳴らさず滑る襖、にゅっと顔を出した後に入ってきたのはひまりさんだ。自分の買ってきたポテチとはまた別の、おそらく元から買い置いてあったであろうコンソメ味を片手にテーブルの前に座る。

 どうしたのか聞けば、勉強も終わって暇になったので、様子見がてら姉と春明の会話を聞きに来た。そこで同じクラスの友人のことを聞いて気になったとか。

 さっき肌をぷにぷにと触っていたままだったらお約束の展開がなされてるところだった。

 

「よっしゃじゃあひまりさんも行こうか」

「えっと、それは……」

「いいじゃんいいじゃん! 勉強ばっかじゃ息詰まっちゃうよ~!」

「お姉ちゃんは勉強しなさすぎ! 日下部さんも!」

 

 ひかりと顔を見合わせる。余計な事を言ったばかりに飛んできたお小言に、次の瞬間には見事と言う他ないハモりで、まったく同じ言葉を発していた。

 

「勉強はつまらないからなあ」

「勉強はつまんないも~ん」

「息ピッタリか! もー!!」

 

 

────────

 

 

 

 

 それから少し経って、次は浩二(おじさん)が和室へ顔を出した。

 

「ちょっとコンビニ行ってくるけど、何か欲しいものはあるかい?」

「私アイス~~!!」

「俺は特にないです」

「私も大丈夫ー」

 

 投げかけられた言葉に各々が返す。ひかりは遠慮のない要望を、俺は遠慮して、ひまりさんは本当にいらなさそうに。

 自分だけが物を所望したからなのか、いらないと言った二人にきょとんとした顔を向け、

 

「……おとーさん、良い?」

「もちろん大丈夫だよ。二人にもアイスは買っておくから、欲しかったら冷蔵庫から取ってね」

 

 すっと耳に通る柔らかく優しい声で微笑む小父さんに、頭を下げる。

 

「あと、春明君は良かったら後で買い物に付き合ってくれるかな? 夜ご飯の買い物行くんだ」

「あ、いいですよ」

「パパ! 日下部さんをあんまり荷物持ち扱いしちゃ駄目よ!」

「……ってひまりが言ってるけど」

 

 荷物持ちなどひかりの御付きとして既に何度も行っているため、それと同じ気分で軽く承諾する。

 しかし、聞いていたひまりさんひゃそう思わなかったようで、眉を顰めて小言を飛ばす。困ったような笑顔の小父さんを庇うようにまあまあとひまりさんを抑える。

 

「そんな気にすることないって」

「でも、かなりの頻度で姉に付き合ってもらってるのに休日まで……」

「いいって、今日のご飯はおじさんに誘われてるから、それのお返しだし」

「うんうん、それに車出すし、持つとしてもスーパーの中と、車までの間と、帰ってから冷蔵庫前までぐらいだよ」

「いーじゃんひまりー、春明もこう言ってるし気にしすぎ~」

 

 ひまりさんとしては至極まっとうな事を言っているつもりだったのに本人すら肯定してしまった。

 そう言えば、前に「もう家族みたいなものだからね~」とパパ(浩二)が呟いてたっけ……とこめかみを抑え、長く息を吐いて「じゃあいってらっしゃい」と力無く言うのだった。

 

「あ、みどりも一緒だから」

「まじっすか」

 

 みどり(おばさん)がくる。それはなんというか。

 

「春明、まだおかーさん苦手なの?」

「苦手じゃないし良い人だって思ってるけど、独特な会話がまだコツ掴めなくて」

 

 普通に話は出来るし、楽しいのだが、時たまに突然良いことを言い出して、こちらに同意を求めてくることがある。

 それ自体は良い。問題はその「突然さ」で、繋がっているようで繋がっていないのだから返しに困る。困惑しているうちに別の言葉で締めくくって次の話題に移るので、どうにもそこらへんが未だに慣れない。

 ここまで回想してから、彼女の親に対する評価じゃないなこれ、と笑う。

 

「じゃあ先にコンビニだけ──」

 

 襖を閉じようと手をかけたその瞬間、甲高い音が小鳥遊家に響く。呼び鈴が誰かの手によって鳴らされたようだ。

 宅配便かそれとも何かの営業か。小父さんがすぐにドアを開ければ可愛らしい声が外から聞こえてきた。

 その声は俺もひかりも毎日聞く声で、聞けば誰かすぐわかるもの。

 

「あの、ひかりはいますか?」

「あれ、雪ちゃん? こんにちは、今日はどうしたの?」

 

 つまり、友人の日下部雪のものだった。

 三人で揃って顔を見合わせる。その様子から、どうやらアポがあった訳ではないらしい。

 ゲリラ的な訪問、ということか。伝承で突然家を訪ねる雪女らしいと、思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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